先日、ヤクザ屋さんたちが老人施設のヘルパーになるという、荒唐無稽なテレビドラマ「任侠ヘルパー」が終わりました。エンディングクレジットの背後に流れる、格闘のスローモーション映像の美しさに驚き、「いい人キャラ」の草薙剛の鬼の形相に、いい役者だなあと惚れ惚れしました。

「ごくせん」というテレビドラマは、映画にもなりました。主演の仲間由紀恵は、非現実なほど美しいにも拘わらず、非現実な役柄をとんちんかんなテンションで演じることのできる、好きな女優さんです。ここでは、ヤクザ屋さんの娘で高校の教師という、これまたありえない設定を好演していました。

数年前には、ヤクザ屋さんが高校生になるという「マイ☆ボス マイ☆ヒーロー」というテレビドラマもありました。長瀬智也の漫画チックな演技が、画面からはみ出しそうな長身と相俟って、笑って楽しめる作品だったようです。

老人施設や学校のような公共性の強い、ヤクザ屋さんがいそうにない場所で、ヤクザ屋さんの信条とされている「任侠道」がどのように現象するか、ということが、これらの物語の主題のようです。

弱きを助け強きを挫き、命がけで仁義を貫くのが「任侠道」でしょう。それが、いまの社会に希求されているのでしょうか。それだけ義理も人情も廃れてしまった、と多くの人びとが感じているのでしょうか。たしかに、かつては地域や会社内あるいは仕事関連に存在した、めんどくさくもあたたかい人間関係は、かなり稀薄になっているようです。

だから、家族という最後の人間関係を失ったとたん、すべての支えを失って、失職などしようものなら路上にまっしぐら、というようなことも起きるのかもしれません。

北九州市の若松区に
河伯洞という、文学者の旧宅があります。文学者の名前は火野葦平、『糞尿譚』で芥川賞を受賞し、『麦と兵隊』などの中国従軍物で人気作家になりました。戦後は、父母の半生を描いた作品が話題になり、何度も映画化されました。明治期、石炭の積み出しで賑わった若松に、そこで働く川筋者(かわすじもん)の口入れをなりわいとする「組」を若い夫婦が築いていく物語、『花と竜』です。葦平は作家であるとともに、この玉井組二代目も務めていました。

河伯洞には、貴重な写真が数多く掲げられています。家族や文学者仲間に囲まれた葦平や、玉井組関係者たちに囲まれたその父の写真を説明しながら、葦平の三男である館長の玉井史太郎さんは、ぼそっと言いました。

「体型と言い気性の激しさと言い、祖父にいちばん似ているのはいとこの中村哲ですね」

ペシャワール会現地代表の医師、中村哲先生は、火野葦平の妹の息子なのです。あらためて、鴨居の写真を見上げました。ずんぐりした頭部と短躯の玉井組一代目、玉井金五郎親分が、太い腕を組み、力のこもった目で泰然とこちらを見ていました。ほんとうに中村先生そっくりです。よけいなことですが、瓜二つの祖父と孫は、映画で金五郎を演じた石原裕次郎とも、中村錦之助とも、渡哲也とも、あまり似ていませんでした。

そして気性です。たしかに、中村先生の著書には、『花と竜』に描かれた金五郎を思わせる、人のために捨て身になる、常軌を逸するほどの誠実さと勇気が随所に感じられます。たとえば、自分の親族を先に診察しなかったことに腹を立て、診療所を襲撃してきた部族長のもとに、たったひとりで武器も持たずに談判に行く、と言う中村先生を、現地スタッフは「殺される」と止めますが、先生は反駁します。

「丸腰がいちばん強いんだ」

まさに、歩く憲法第9条です。そして、アフガニスタンの人びとのために医療奉仕をし、井戸を1500本掘り、農業用灌漑用水を建設する。これこそは、弱きを助ける「任侠道」です。

念のためにお断りしておきますが、玉井組を始めとする若松の港湾荷役の「組」は、漫画やドラマが描き、わたしたちがイメージするいわゆるヤクザ屋さんではありません。玉井金五郎も、竜の彫り物を背負っていましたし、花札博打もしましたが、なりわいはあくまでも船舶への石炭積み込み業で、金五郎も小舟に乗って陣頭指揮にあたりました。親分と言うより親方です。

そして、ほとんどが実話である『花と竜』に表現されているように、当時の若松には荒々しい初期資本主義の嵐が吹き荒れてはいましたが、不思議な互助の心意気がしみわたり、ほんものの任侠道が生きていました。だからこそ、『花と竜』は何度も映画化され、元祖任侠映画となったのでした。「仁義なき戦い」のような、出入りだ殴り込みだと、暴力抗争をこととするヤクザ映画とは、別の系譜にぞくします。そもそも任侠は仁義を重んじるのですから、「仁義なき戦い」は任侠を否定する世界を描くことを、タイトルにはっきりと出しているのです。

わたしも子どものころ、「ヤクザ」と言っては大叔父たちに叱られたものです。「ヤクザと違(ちご)うたい、任侠たい」と。じつはわたしも、父が若松の出身で、縁者には「組の者」がいたのです。

ということで、ヤクザと任侠は相容れないものだと、わたしは認識しています。けれど虚構の中では、任侠道はわかりやすくヤクザ屋さんの姿をとって、老人介護や教育の現場に呼びこまれました。でも、それらの分野とともに「任侠」がもっとも必要とされる国際ボランティアの世界では、玉井組一代目の孫、中村哲先生のおかげで、「任侠道」はとっくに現実のものになっています。

きょうは東京地方の2カ所で、中村先生の講演があります。もう満席だろうと思いますが、この情報も記録のために書いておきます。

■14:00~ 社会文化会館ホール(電話連絡先:03-3221-4668)
■18:30~ 練馬文化センター大ホール(電話連絡先:03-6806-6312)