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>「仏説に依憑して口伝を信ずること莫れ」の文証では、
>「唯授一人血脈相承」は「仏説」じゃ無いです。
>「相伝」の形態です。
⇒ 依憑とは、よりどころとする、すがる、依頼すること。依拠と同じ。(参考文献)涅槃経巻19〔大〕12-735、守護国家論〔御〕43
⇒ 口伝は奥義などの秘密を口移しに伝え授けること。 奥義を伝えた書物のこと。
>日顕書写本尊 大聖人様より御許可いただいて、
>御内証を書写し
⇒ その文証は?
>弘安二年十月十二日御建立の本門戒壇の大御本尊を書写し奉り
⇒ ○の中を埋めよ。 本門戒壇本尊は○界列座の本尊 寛師書写本尊は○界列座本尊
>左下に「奉書写之」と記されています。
⇒ 日蓮正宗の法主が書写した曼荼羅の左下には「奉書写之(之を書写し奉る)」
日興書写曼荼羅には「写之」「書写之」と記載されているもの、あるいは何も
書写情報を記載しないものがあるが、「奉書写之」と敬語表現を使用している
ものは現存する曼荼羅の中には一つもないと日蓮正宗が言っていますがどうしますか?
曼荼羅作成に関して言えば、日蓮聖人の場合は「図顕」、日興の場合は「書写」、日蓮宗各派では「揮毫」という表現を使用。
なのに「之」を「本門戒壇の大御本尊」とする根拠は?
>花押と共に認められた「○○世」の代々の署名ですよ。
>宗祖より順次という事です。
⇒ 之はすでに破折済み
下記の返答を願う
「弘安二年十月十二日 宗祖模写本尊」なるものが、日蓮聖人自ら図顕し、その板本尊造立に関わり、
それを出世の本懐とされたという客観的証拠を出しなさい。
その板本尊を広宣流布の時に「本門寺の戒壇に安置する御本尊」と、日蓮聖人自身が意義付けた証拠。
日蓮聖人がその板本尊以外の本尊を「一機一縁」と意義付けた、称した証拠。
日蓮聖人が「本尊に関する権能を唯授一人で血脈相承」をした証拠。
「本門戒壇の大御本尊」という、当たり前のように思っていた呼称表現は、いつ、どこで誰が言い出したのか?
「本門戒壇の大御本尊は日蓮聖人の出世の本懐である」とは、いつ、どこで、誰が言い出したのか?
質問返しは止めなさい。
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