CMタイアップソングの時代~「燃えろいい女」
それもあってか、ヒット曲という点では世良公則&ツイストが「ロック御三家」のなかで最も目立っていた。3枚目のシングル「銃爪(ひきがね)」(1978年発売)は、オリコン週間チャート1位になっただけでなく、人気の音楽ランキング番組『ザ・ベストテン』(TBSテレビ系)で10週連続1位を記録し、番組の年間1位にも輝いた。
そうした彼らの大衆性をもうひとつ象徴するのが、CMのイメージソングである。世良公則は、大学で広告専攻でもあった。
この頃、ヒット曲を生み出す手段としてCMとのタイアップが注目されるようになる。古くからのCMソングが商品名を連呼するようなものだとすれば、この時期歌われるようになったのは商品に直接言及せずにそのイメージを高めるような楽曲だった。それゆえ、歌手はその楽曲を独立した自分の持ち歌として歌うこともできた。たとえば、JALのアメリカ旅行キャンペーンのCMに使われてヒットしたサーカスの「アメリカン・フィーリング」(1979年発売)などがそうである。

世良公則は人気ドラマ「太陽にほえろ!」にもレギュラー出演して、表現の幅を広げていった=1982年
ツイストの5枚目のシングル「燃えろいい女」(1979年発売)も、資生堂のサマーキャンペーン「ナツコの夏」のCMに流れた。歌のサビでシャウトする「燃えろ いい女 燃えろ ナツコ」という部分はキャンペーンのフレーズを取り込んだ詞になっているが、楽曲そのものはCMを知らなくとも成立する。まさに典型的なCMのイメージソングであった。
この曲もかなりのヒットを記録し、ツイストの代表曲になった。ロックミュージシャンが歌謡番組に出ることにまだ驚いていた時代に、CMとのタイアップソングをツイストが歌ったことは、ロックがさらに大衆化したことを物語る出来事であった。