2301話
「グルルルルルルルルルルルルルゥ!」
そんな声が夜の野営地に響く。
セトの鳴き声……それも警戒を要する鳴き声を聞いた者達は、すぐに目を覚まし、近くに置いてあった武器を手にテントを出る。
マジックテントの中で眠っていたレイとヴィヘラも、当然のようにそんな面々に遅れないようにと外に出た。
今日の見張りは、合流してきた者達の中から数人。
それ以外はセトだけだった
偵察隊を集める時に、多くの者が最初はセトだけが見張りをするというのを疑ったが、この野営地に来るまでの間に実際に見張りを任せてみて、その結果何も問題がないということで、任せることになったのだ。
……それでも全員が完全に信じるといった訳にはいかなかった以上、何人かは一緒に見張りをするときもあったが。
今日は新たに合流してきた面々の中から見張りをするという者がいたので、そのような者達も安心して眠っていた。
そんな中で、突然セトの鳴き声が周囲に響き渡ったのだ。
それで警戒するなという方が無理だろう。
「何があった!?」
「知るか、とにかく、セトがあんな風に鳴いたってことは、何かあったのは間違いないだろ」
そう言いながらすぐに周囲を警戒する者もいれば……
「何だよ、セトが何か寝惚けたとか、そういうことじゃないよな?」
「セトの性格を考えれば、そんなことになる可能性も否定は出来ないな」
偵察隊に合流してまだ日が浅い者達の中には、セトの鳴き声を聞いても何かの間違いではないかと、そう思っている者もいた。
この辺りはセトとどれくらい付き合いの長さが違うか――それでも数日程度だが――によるものだろう。
それでも全員がきちんと武装してテントの外に出て来たのは、ケンタウロスの習性と言うべきか。
眠っている状態だった為に、服を着ているヴィヘラをマジックテントに残して外に出たレイも、周囲の状況をしっかりと確認する。
今の状況で一体何が起きたのかを理解することは出来なかったが、予想するのはそう難しい話ではない。
そもそも、自分達は一体何をしにここにいたのか。
それを考えれば、セトが何に対して先程のような声を出したのかは、考えるまでもなく明らかだった。
(けど、問題は……敵、ほぼ間違いなくドラゴニアスだろうけど、一体どこからやって来たのかっってことだろうな)
周囲を警戒しているセトの側までやって来ると、レイはそんな疑問を抱く。
現在この野営地を中心にして、全方位に偵察の人員を送っているところだ。
そうである以上、この野営地に敵がやってくるということは……
「どこかの偵察隊がドラゴニアスと遭遇して壊滅したか?」
「何!?」
レイの言葉に、偶然近くに来ていたザイが驚きの声を発する。
レイは当然のようにそんなザイの存在には気が付いていたが、それでも今の状況を思えばザイの心情に構っていられるような余裕はない。
「ドラゴニアスがこの集落にやって来たと思われるんだから、その可能性が一番高い。……もしくは、偵察隊に偶然遭遇しないでここにやって来たか」
そう呟くレイだったが、そちらの可能性はかなり少ないだろうというのは予想出来る。
この野営地を中心にして、偵察隊はそれぞれの方向に散っていった。
つまり、野営地から離れれば離れる程に、他の偵察隊との距離は開くことになるのだ。
そしてケンタウロスの走る速度を考えれば、一日あればかなりの距離を走ることが出来る。
そのようなことになると、当然のように走った偵察隊と偵察隊の隙間をドラゴニアスがすり抜けてくるという可能性は決して否定出来ない。
ここにやって来たのは、そのようにして進んできたドラゴニアスで……であるという可能性も、ある筈だった。
「やって来た理由はどうあれ、野営地に向かってきているのは事実だ。……可能性としては、もしかしたらドラゴニアスではない、別のモンスターや動物だったりする可能性もあるけどな」
レイの言葉に、ザイもそうであって欲しいという思いを抱く。
ただし、今の状況を考えればそう楽観視出来ないというのも、また事実だ。
それこそ、今の状況でそのようなことをしようものなら、最悪の結果が待っているという可能性も否定出来ないのだから。
「とにかく、今はここでこうしていても仕方がない。俺と……ヴィヘラはセトと一緒に攻めて来たドラゴニアスを迎え撃つから、ザイは非戦闘員を集めて避難させてくれ。その後で余裕があったら、こっちに応援に来てくれればいい」
少し遅れたが、着替え終わってマジックテントから出て来たヴィヘラを見ながら、レイは告げる。
元々女の身支度には時間が掛かるというのは当然の話だが、ヴィヘラの場合は着ている服が服だ。
踊り子や娼婦が着るような、向こう側が透けて見えるような薄衣。
そのような服ではあるが、着るのは何気に難しかったりする。
……それは、薄衣であるということの他にも、マジックアイテムであるというのも、関係しているのだろう。
ともあれ、いつもの格好になってマジックテントの外に出て来たヴィヘラは、レイとセト、ザイのいる場所を見つけるとすぐに近付いてくる。
「どうなってるの?」
「まだ詳しいことは分からない。ただ、セトが危険を感じてるってことは、間違いなく敵……それも恐らく、ヴィヘラお待ちかねのドラゴニアスの可能性が高いと思う」
ドラゴニアスという言葉を聞き、ヴィヘラの表情に獰猛な笑みが浮かぶ。
当然の話だが、セトの鳴き声が周囲に響いた時には、ヴィヘラも恐らくドラゴニアスの仕業だろうというのは予想していた。
だが、野営をしている関係上、もしかしたらドラゴニアス以外の、別のモンスターが……もしくは動物や盗賊の類が来たという可能性も否定は出来なかったのだ。
しかし、こうしてはっきりとレイからドラゴニアスだと聞かされれば、ヴィヘラが嬉しさに笑みを浮かべるのは当然だった。
実際には、レイもまたしっかりとドラゴニアスだと確認した訳ではなく、恐らくそうだろうという予想でしかないのだが……ヴィヘラはもうそのように確信していた。
……実際、この場で襲ってくる相手となれば、ドラゴニアスが一番可能性が高いというのも、間違いのない事実なのだが。
「そう。じゃあ、答えを確認しに行きましょ。……出来れば、ドラゴニアスだったらいいんだけど」
「そう言うのは、ヴィヘラくらいだよ。セト、頼む」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは鳴き声を上げ、軽く身を伏せる。
その背の上にレイは乗り、数歩の助走の後で翼を羽ばたかせて空に駆け上がっていく。
だが、当然の話だが今のセトにはヴィヘラが乗っていない。
この状況からどうするのか。
それは、レイにとっても既に慣れた行動である以上、特にセトに指示する必要もなかった。
セトはレイとヴィヘラの会話を聞いていたので、当然だが上空から地上に向かって降下していく。
そして地上から少し高い場所を飛んでいると、ヴィヘラが跳躍してセトの前足に掴まる。
ヴィヘラが掴まっていても、その重量でバランスを崩すといったことはない。
……それをヴィヘラに言えば、間違いなく機嫌が悪くなるだろうが。
ヴィヘラは……いや、エレーナやマリーナもそうだが、女としての体重は平均を超えている。
それはしなやかな筋肉がついているというのもあるが、三人が三人とも極めて肉感的な……男好きのする身体をしている為だ。
その豊かな曲線を描く魅惑的な身体は、その分だけどうしても体重が重くなってしまう。
実は、何気にその辺を気にしているのを知っているレイとしては、そのようなことは思っていても絶対に口にしてはいけない内容だった。
自分の背中にいるレイがそんなことを感上げているのを知らず、セトは一人を背中に乗せ、一人を前足にぶら下げながらも、全く動じる様子もなく敵がいる方に向かって飛ぶ。
「今日は月が綺麗だな」
セトの背中に乗っていたレイは、先程考えたこと――ヴィヘラの体重について――を誤魔化す為か、空を見上げながらそんなことを呟く。
実際、空には煌々と輝く月が満月に近いくらい丸くなって存在しており、見る者を不思議な気分にさせる。
「そうね」
セトの足に掴まっているヴィヘラからも、空の月は見えたのだろう。
レイの言葉に同意するように呟く。
だが……二人揃って月を見ていられた時間は、そう長くはない。
元々セトは敵が近付いてきたのを察したからこそ、夜中にも関わらず鳴き声を上げたのだ。
そうである以上、当然のようにセトが飛び立ってから目的の場所……敵のいる場所までは、遠い筈がない。
「グルルルルゥ」
セトの鳴き声に、レイとヴィヘラは月を見ていた視線を地上に向ける。
するとそこには……予想通り、ドラゴニアスの姿があった。
その数は約三十。
そこまで多いという訳ではないが、少ない訳でもない。
もっとも、それはあくまでもレイやヴィヘラ、セトにとっての話だ。
野営地に残っているケンタウロス達にしてみれば、三十匹近いドラゴニアスというのは、どうしようもない相手だろう。
下手をすれば……いや、かなりの確率でほぼ全員が喰い殺されてもおかしくはない。
それくらいの脅威だ。
だからこそ、こうしてレイとヴィヘラ、セトが真っ先に出て来たのだが。
「セト、パワークラッシュだ。攻撃を仕掛ける前に俺とヴィヘラは降りるから、遠慮しないでやれ」
「グルゥ?」
いいの? とそう喉を鳴らすセトに、レイは問題ないと答える。
「ヴィヘラ、俺が今からセトの背から飛び降りるから、俺が下の方に行ったらヴィヘラもセトの前足から手を離してくれ。そうすれば、俺がヴィヘラを受け止めるから」
「分かった」
レイの言葉に、ヴィヘラは一瞬の躊躇もなくそう答える。
ヴィヘラにしてみれば、レイの言葉を信じないという選択肢は存在しないのだろう。
レイはそんなヴィヘラの言葉に笑みを浮かべると、最後にセトの背を頑張れという意思を込めて軽く叩くと、一瞬の躊躇なく飛び降りる。
セトはいつものように高度百m程の場所を飛んでいるのだが、レイにしてみれば、この程度の高度から飛ぶのはそこまで気になるといったことはない。
そうしてレイは地上に向かって落下していき、その途中でスレイプニルの靴を発動させ、落下速度を殺しつつ上に向かって叫ぶ。
「ヴィヘラ! うおっ!」
だが、上に向かって叫んだその瞬間、ヴィヘラの身体はレイのすぐ上にあった。
レイがセトから飛び降りて自分よりも下に落下していったのを見た瞬間、ヴィヘラは手を離したのだ。
高度百mともなれば、ヴィヘラでもあっても下手をすれば死ぬ……いや、今のヴィヘラはただの人間ではない以上、もしかしたら死なないかもしれないが、それでも痛い目に遭うのは間違いない。
にも関わらず、一瞬の躊躇もなく手を離すといったことが出来たのは……やはり、レイに対する深い信頼があるからこそだろう。
レイなら、間違いなく自分を受け止めてくれる。
そのような思いから、すぐに手を離したのだ。
そして実際、レイはそんなヴィヘラの身体をしっかりと受け止めることに成功する。
手の中に突然現れた柔らかな重み。
その重み横抱き……いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる抱き方で抱えながら、空中で何とかバランスを取ることに成功する。
スレイプニルの靴は、何もない空中を足場にすることが出来るというマジックアイテムだ。
だが、それは永続的に空中を足場に出来るという訳ではなく、数秒程度が精々となる。
レイのスレイプニルの靴は、最初に入手した時に比べると強化されている。
しかし、それはあくまでも空中で歩ける歩数を増やすといった方向の強化であって、空中に長時間踏みとどまれるといったような強化ではない。
結果として、レイはバランスを取ってからも何度かスレイプニルに靴を発動させながら、地上に向かって降下していく。
その際、レイの腕の中にいるヴィヘラは、レイの邪魔にならないよう下手に動くといったような真似はしていなかったが、それでも間近でレイの真剣な顔を見ることが出来たのは、嬉しいことだった。
そして……やがて百mを降りきった、もしくは落ちきったレイは、ほぼ全ての衝撃を殺して草原の上に着地することに成功する。
ほぼ全てであって完全でなかったのは、やはり自分だけではなくヴィヘラを抱いていたかだろう。
「ありがとう」
嬉しそうな笑み……それもドラゴニアスを前にした獰猛な笑みではなく、女らしい笑みを浮かべ、ヴィヘラはレイの手から降りる。
レイの温もりから離れるのを残念に思ったヴィヘラだったが……次の瞬間、上空から降下してきたセトがパワークラッシュを野営地に向かう集団に放ったことにより、残念そうにしながらも我に返るのだった。
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