小籔千豊「人生会議」ポスターに感じること

お笑い芸人の小籔千豊を起用して作成された厚生労働省「人生会議」のポスターに批判が殺到しました。賛否両論まきおこったこの一件、いったい何が問題だったのでしょうか。武田砂鉄さんが考察します。

そもそも「人生会議」とは

小籔千豊が酸素チューブを鼻に入れた入院患者を演じた厚生労働省「人生会議」の啓発ポスターが批判を受け、自治体への発送をやめた件が話題になった。ベッドに横たわった小藪が顔をしかめながら、「まてまてまて俺の人生ここで終わり? 大事なこと何にも伝えてなかったわ」に始まる長文のつぶやきは、「こうなる前に、みんな『人生会議』しとこ」と締めくくられる。厚生労働省は「患者団体の方々等から、患者や遺族を傷つける内容であるといったご意見を頂戴」したことを理由に、公開・掲載を停止した。

「人生会議」とは、「ACP (アドバンス・ケア・プランニング)」の愛称。「人生の最終段階における医療・ケアについて、本人が家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合う取り組み」(厚生労働省)を広めるために、2018年から使用されてきたものだが、正直、耳馴染みがない。「人生会議」との愛称が選ばれた理由には、「意味が明確な単語の組み合わせにより、日常会話に浸透していくことが期待できる」「家族等、信頼できる人たちと輪を囲んで話し合う、というイメージが湧く」とある。病床で独り、苦い顔をしているポスターの出来を見ると、その狙いからは明らかに逆行している。

国家が「人生」に介入してくる感覚

この騒動を受けて、いつだって後輩を手厚く擁護する松本人志が『ワイドナショー』で、「小薮が巻き込み事故にあってしまっている感じがする」と述べた。これは無理がある。なぜって小藪は、ACP愛称選定委員会構成員の一人である。巻き込み事故ではない。そのたとえを使うならば、小藪は運転する側だ。いわゆる「炎上CM」に出演した芸能人まで丸ごと叩かれてしまう風潮とは、ここが決定的に異なる。それなのに今回も、なんでもかんでも炎上してしまうクレーム社会、というお馴染みの嘆きをぶつけて、炎上案件の最後尾に加えた感じで済ませているが、それでいいのだろうか。

命の危険が迫った状態になると、約70%の人が医療やケアについて自分で決断したり、その方針を他者に伝えたりすることができなくなると言われている。あらかじめ話し合い、共有することが必要だとする「ACP」が、これからの社会で必要なのはわかる。ならば、そのまま広めればいいのに、「人生会議」という愛称を用意した。ちっとも知られていなかったこの愛称で思い出すのは、少し前に批判された、経済財政諮問会議が「就職氷河期世代」という名称をやめて「人生再設計第一世代」に切り替えると発表した一件である。国家が「人生」に介入してくる感覚への嫌悪感が、少なくとも自分には強くある。

「さっさと死ねるようにしてもらう」

『文學界』2019年1月号での落合陽一との対談で、古市憲寿が「財務省の友だちと、社会保障費について細かく検討した」結果、特にお金がかかっているのは終末期医療の最後の一ヶ月なので、「最後の一ヶ月の延命治療はやめませんか?」と提案すればいいのであり、「胃ろうを作ったり、ベッドでただ眠ったり、その一ヶ月は必要ないんじゃないですか、と」などと述べて問題視された。Buzzfeedに掲載された二木立(日本福祉大学名誉教授)のインタビューによれば、終末期にかかった医療費は約9000億円(2002年度)で同年度の医科医療費の3.3%にすぎないとある。国を動かす人たちや、そのお友だちの物書きが、こういう断言や提言を繰り返してしまう。

かつて麻生太郎は、終末期の高額医療に関連して、「政府の金でやっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらうなど、いろいろと考えないと解決しない」と述べたし、石原伸晃は、どのように社会保障費を削減するかを問われた流れで「私は尊厳死協会に入りますよ」とした。石原慎太郎は、重度障害者に対して「ああいう人ってのは人格があるのかね」と言い放った。杉田水脈が「生産性」という言葉を用いてLGBTを否定してみせたことは記憶に新しい。人の生き様に介入してくる「偉い人」があちこちにいる。数日前の新聞を開けば、医療費を削減したいので、75歳以上の後期高齢者の医療機関での窓口負担を現行の1割負担から2割にしたいとある。これってつまり、倍額払えってことだ。定年後も働かないと食っていけないからあくせく働いている高齢者を見て、「まだまだ働きたい人たちがいるんですよ」と都合よく理解し、その上で、年金の支給開始時期を遅らせようとする動きも見受けられる。

「一部の人が反対したんで」という逃げ道

今、この国で濃くなっているのが、病や障害を持つ人たちに「あんまり迷惑をかけちゃいけない」と思い込ませる空気である。このところの官公庁と吉本興業の蜜月を考えると、この「人生会議」のPRに4000万円以上が投じられていることへの批判が向かうのもわかるが、ACPを広めること自体には予算が投じられるべきで、今件は金の問題ではなく、方法の問題である。「家族等、信頼できる人たちと輪を囲んで話し合う、というイメージが湧く」ことをイメージして作られた「人生会議」だったはずなのに、当事者を動揺させるようなポスターを作成し、「死」を問うというか、急がせるかのようなイメージ作りに転がってしまった。

それなのに、「出た出た、また炎上案件だよ、小藪も巻き込み事故だったな、ホント、このご時世、なにをやっても文句を言う人が出てくるから嫌だよね」と、議論すべき道から外れた上で、さらに曲解を重ねて、強制終了させちゃうプロセスが気にくわない。気にくわないというか、危うい。雑に取り扱うべきではない議題を雑に扱い、雑に立ち去る。一部の人が反対したんで、という逃げ道に頷いてはいけないと思う。

(イラスト:ハセガワシオリ

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ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜

武田砂鉄

365日四六時中休むことなく流れ続けているテレビ。あまりにも日常に入り込みすぎて、さも当たり前のようになってしったテレビの世界。でも、ふとした瞬間に感じる違和感、「これって本当に当たり前なんだっけ?」。その違和感を問いただすのが今回ス...もっと読む

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    コメント

    takedasatetsu 「なんでもかんでも炎上してしまうクレーム社会、というお馴染みの嘆きをぶつけて、炎上案件の最後尾に加えた感じで済ませているが、それでいいのだろうか」と書きました。 https://t.co/HUeuDFbfdJ 5分前 replyretweetfavorite

    wackosato まさか武田さんが「人生会議」を話題にされるとはなぁ。 23分前 replyretweetfavorite

    connectronkobe 人生会議について書かれたものででもっとも納得したテキスト  40分前 replyretweetfavorite

    crazymadcat 小籔。愛称選定委員だったのか。 https://t.co/gRDcqEyCoU 約1時間前 replyretweetfavorite