怒鳴られて、気持ち悪がられて、いじめられて、男の子を好きになってもひとに話すこともできなくて、服にも美容にも自由がなく、化粧もできず、わけもわからないまま日々が苦痛で、唐突に涙が止まらなくなっては自分の体を殴りつけてしまうような子供時代が、そんなに羨ましく見えたのでしょうか。
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私は確かに堂々といろいろ言うほうに見える面はあると思うけれど、それは子供時代にしたいようにできたからではなく、むしろひとつには開き直らないとやっていけないと長じてから思い、ひとと外れたことも意識的にやるようにしたからであり、ひとつには大学で訓練したからなのですよね。
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それと、そもそも私のなかには胃が痛くなるほど膨大な「言いたいのに言えなかったこと」も実際にはあって、その元友人は、私がそのようにたくさんの言葉を飲み込んできたのだという可能性に気づきもしないくらい、何ひとつ見えていなかったのだろうと思います。もう絶交しましたが。
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わざわざそのひとに言いはしませんでしたけど、むしろ私からしたらシス女性が堂々といろんなことをしているのこそが羨ましいです。ステレオタイプを押し付けられる経験などはたくさんあるだろうけれど、そもそものアイデンティティをまともに認識されない経験とかはあまりしていないように見えます。
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