薬経バイオの本年8月の記事が衝撃的だ。広く拡散され、筆者の手元にもある。「厚労省・医系技官が山中教授を恫喝」(薬経バイオ2019年08月29日)である。医薬経済社が提供する配信ニュースRISFAXの一部であり、本来なら有料会員のみが読める記事であるが、公益の観点から全文引用することをお許しいただきたい。
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日本の科学技術史上の至宝であるiPS細胞の周辺がにわかにきな臭くなっている。震源地は1人の医系技官である。
その名は大坪寛子氏。大坪氏は今年7月から厚生労働省大臣官房審議官(科学技術やナショナルセンターなどを担当)を務めているが、それ以前は内閣府に出向し参事官の地位にあった。参事官としての担当分野は日本医療研究開発機構(AMED)など。つまり大坪氏は、国によるライフサイエンス分野への補助金の差配に大きな影響を持つ立場にあったのだ。
大坪氏は8月初旬、京都大学を訪問し、iPS細胞の発明者でノーベル賞受賞者の山中伸弥教授(iPS細胞研究センター長)と会談した。この会談のテーマはiPS細胞ストックだった。iPS細胞ストックとは、再生医療向けの高品質なiPS細胞をあらかじめ作成しておき備蓄しておくサービス。iPS細胞を利用して再生医療を提供したい企業や医療機関に、iPS細胞ストックから備蓄していたiPS細胞を提供する仕組みである。
iPS細胞ストックは現在、京都大学iPS細胞研究センター(CiRA)の一部門であるが、これを公益財団法人として大学外に切り出す方針が決まっている。iPS細胞ストックのサービスはビジネスに直結しており、大学内で抱えるには無理な面が目立ってきたためだ。
山中教授と大坪氏の会談で意見が対立したのが、財団法人化後のiPS細胞ストック関連予算についてである。大坪氏は、財団法人化後は関連予算をほぼゼロにする方針を主張。これに対して山中教授は、一定期間をおいて段階的に予算を減らすことを希望したとされる。いきなり予算がなくなると、多くの任期付き職員をクビにしなければならないからである。
2人の議論は徐々にヒートアップ。大坪氏は財団法人の甘い収支見通しを厳しく批判する意見を述べるとともに、「iPS細胞の研究には10年間で1000億円以上の補助金が国から支給されることになっているが、そんなものは私の一存でどうにでもなる」と恫喝とも思える発言もあったという。
これに激怒した山中教授は、会談の内容を文部科学省ライフサイエンス課に通報。同課が事態収拾に動き始めたことで、多くの関係者が事実を知ることとなった。
一官僚に過ぎない大坪氏が国民的ヒーローである山中教授にここまで強気の態度に出られるのは、大坪氏が和泉洋人首相補佐官の寵愛を受けているからだ。国土交通省出身の和泉氏は、第2次安倍政権発足直後から首相補佐官に起用されており、首相の最側近の1人とされる。
大坪氏は以前から、桁違いの研究費を投入しているにもかかわらずなかなか実用化に到達しないiPS細胞を苦々しく思っていたようだ。iPS細胞関連予算への厳しい対応がiPS細胞ストックにとどまればまだ影響は限定的だが、その他のプロジェクトの予算に波及する可能性を関係者は懸念している。
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この内容だけでも十分衝撃的であるが、ここには重大な事実が書かれていない。実は、山中教授と大坪氏が激論を交わした現場に、「大坪氏が寵愛を受けている」和泉総理補佐官本人も同席していたのだ。健康・医療戦略室の室長である和泉氏と次長の大坪氏が山中教授を「恫喝」していたことになる。
他にも不可解なことがある。和泉補佐官はこの日、8月9日(金)は休暇を取っていたというのである。山中教授との「打ち合わせ」は公務ではなかったとでもいうのか。
山中教授のiPS細胞ストック事業については年末の予算編成に向けて調整が進んでいるが、全く予断を許さない。大坪次長の「一存でどうにでもなる」iPS予算がどう決着するのか。文科省は、そして政治家はどう判断し、どう行動するのか。勝負の行方が数字として明らかになるのは近い。
日本の医療研究開発が歪められている。