『宇崎ちゃん』ポスターは「女性のモノ化」だったのか?

「性的対象物」という問いを考える

『宇崎ちゃん』論争のその後

日本赤十字社が献血を呼びかけるポスターをめぐってSNSで激しい議論が生じた。この「現代ビジネス」上でも、大阪大学教授の牟田和恵氏が論説を発表している

赤十字社のコラボ相手となった丈(たけ)氏作『宇崎ちゃんは遊びたい!』は、累計で60万部以上を売り上げている人気マンガだ。

主人公の一人の桜井先輩は、高身長のイケメンだが奥手で堅物の男子大学生である。もう一人の主人公宇崎ちゃんは、女性的で豊満な身体つきだが、実は非常に活発で食い意地がはった「ウザくてカワイイ」女子大学生である。

この作品は、二人がおりなす「くっつきそうでくっつかない」ほのぼのとした日常生活を描いたラブコメであり、部分的にエロチックな要素も含んではいるものの、一部の人々がポスターから連想したような「お色気」や「エロ」中心の物語ではない。

牟田氏は、「宇崎ちゃんのポスターが抱える問題点がわからない人々は、女性差別の問題がわかっていない」と指摘したのだが、議論の中心になっている「性的対象物」という用語が何を意味し、どのような問題を含んでいるのかについては、詳しい解説がなされていない。

本稿ではこの言葉と概念を明確化することを通して、「宇崎ちゃん問題」をもう一度考えてみたい。

 

問題のありかを明確にする

「ポスターで『宇崎ちゃん』というキャラクターが『性的対象物』として描かれている」と指摘する人は、そのとき、「女性が(男性から)性的な関心の対象とされている」ということを指摘しているのだろう。しかし、そうした「性的な対象化」がなぜ女性「差別」なのか、なぜ悪いことであるのか、ということは、実はそれほど自明ではない。

人物をポスターにすることはたしかに「対象化」の一種であるし、一般的に、そうした対象とされた人物が、性的な魅力をもっていることも少なくない。ポスターに登場するキャラクターだけでなく、芸能人やスポーツ選手の多くも、多かれ少なかれそれぞれ性的な魅力を持っており、それゆえに人気を集めている側面があるように思われる。

ではこうしたことの、何が問題なのだろうか。