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【Web版】怨獄の薔薇姫 政治の都合で殺されましたが最強のアンデッドとして蘇りました 作者:パッセリ / 霧崎 雀

第三部 遷都転進編

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[3-28] 兎もナチスも月には居ない

「道をお示しください、道をお示しください……」


 クルスサリナは大霊樹の洞に籠もり、祈り続けていた。


 気が遠くなるほど巨大な樹の根元に存在するそこは、ドーム状で半地下の広大な空間だった。

 壁も床も天井も、全てが複雑に絡み合った大霊樹の根でできていて、辺りには青白い光が飛び交っている。

 その中心に設えられた祭壇の前、共の者すらつけることなく、クルスサリナはただ独り祈り続けていた。


 夢を見るように身体の感覚が曖昧になる度、こだまのようにクルスサリナの中に声が響く。

 『血に染む銀の禍星を討て』と。


 ――それは、もう分かっております。


 クルスサリナは父祖の意志に触れる度、命を吸われるような疲労感を覚えながらも、しかし祈りを止めようとはしなかった。

 それでは足りない。何が足りないかは分からないが、足りない。

 この里を導くには足りない。


 より深く。

 より深く。

 人を超越した意識に触れて、そこから何かを掴み出そうとした。


 死ぬかも知れないな、とどこかで思った。

 だがそれでもクルスサリナは祈りを止めなかった。

 これは、命を懸けるに値する仕事だ。

 形こそ違うが先代のサーレサーヤも里のために命を懸けた。彼女の後を継いで祭司長になった己が命を惜しんで何とする。


 託宣を無視して目先の餌に縋れば里は滅ぶだろう。少なくともクルスサリナ自身はそう信じていた。

 滅びの未来を回避するために。祭司長として皆を導くという役目を果たすため。

 そのためなら、何を差し出そうと惜しくはなかった。


 轟々と流れる地脈の力を感じ、クルスサリナはその中に感覚を広げていた。

 乱れる息を必死で整え、ぐらつく頭を必死で支え、血の一滴、魔力の一滴まで全て絞り尽くすかのように。


 生と死の狭間に近づくほど、クルスサリナはより鮮明に、地脈に宿る大いなる意志を感じ取れるようになっていった。

 やがてクルスサリナは、父祖の大いなる意志に触れて声を聞いているのか、自分がものを考えているのかも分からなくなっていた。

 大いなる意志と溶け合い、同調していく。


 クルスサリナは徐々に理解した。森に還った父祖の在り方を。

 地脈と同化して本当の意味でこの世界の一部となった、彼らに課せられる制約を当然のものとして受け止めた。

 『映し身』が現れることは少なく、託宣は不親切なほど端的で、それは仕方の無いことだった。

 だが今は緊急事態だ。生ける者らが戦わないのであれば尚のこと。


 この世の摂理。聖邪の天秤。片方に傾けば、もう片方へと向かう反発力が生まれる。

 邪悪なる者が森に迫った今、地脈は引き絞られた弓のようになっていた。

 そしてクルスサリナは鍵となる。

 丁度お互いが手を伸ばしたことで、道は繋がった。


 嗚呼、とクルスサリナは心中で嘆息する。


 ――人の世と神のため、"怨獄の薔薇姫"を討とう。

   きっと私は、このために祭司長になったのだ。


 里のためでも、森のためでも、父祖のためでもなく。

 人族のため。世界のため。神のため。

 しかし半ば自我を亡失したクルスサリナは、そのことに疑問を抱けなかった。

 ただ夢見心地のまま、己は為すべき事を為しているのだという大いなる充足に包まれていた。


 広大な洞の中はいつしか、目も眩むほどの光に満たされていた。


 *


 ケーニス帝国青軍に動きあり……

 斥候から情報がもたらされ、青軍に対するゲーゼンフォール大森林とシエル=テイラ亡国の『暗黙の同盟』も動き始めていた。


 ゲーゼンフォール大森林の北側外縁部では、夜を徹した作業が行われていた。

 アンデッドの兵たちが収納用のマジックアイテムから大砲を出し入れし、設置した時の座りの善し悪しを確かめ、射角を取れるかや旋回が可能かを確かめる。

 問題があれば、森の側から寄越されているエルフの術師たちに指示を出し、魔法によって草木の形を変えさせ、陣地を構築する。


 帝国青軍から大砲をぶんどったとは言え、森の外縁部全てに置けるほどの数は無い。

 そこで青軍の動きに合わせて移動し、収納用のマジックアイテムから大砲を展開して防御に当たることになる。そのための陣地をあらかじめ、要所要所にこしらえているのだ。


『姫様、変なもんが出て来てたりしない?』


 作業を見守るルネにエヴェリスからの念話が届く。

 通話符コーラーは声を出す必要があるので、どこで聞かれるか分からない。そのため念話によって連絡を取っているのだった。


 ルネは周囲の気配や魔力、感情反応を探りながら応じる。

 エルフの戦士はおっかなびっくりながらも特に敵意らしきものはなく、アンデッドたちの作業を監視し続けている。陣地構築をさせられている術師たちも似たようなものだ。


『今のところ大丈夫みたい。『映し身』は来てないし……エルフ側にも妙な動きは無いわ』

『ならよかった。ミアランゼまで付けたのは用心しすぎだったかな?』


 ルネのすぐ隣には、新月の下で赤い目を爛々と輝かせるミアランゼが控えていた。

 エルフ側が妙な動きをした場合、それを()()()()鎮圧する手段としてルネは彼女を連れて来たのだった。戦闘能力にはそこまで期待できないが『魅了の邪眼』をまき散らせるだけで充分に強い。ミアランゼが魅了を担ってくれるなら、ルネはヴァンパイア形態を取らなくても良くなりフリーハンドが確保できるだろう。

 と言う考えがあったのだが、幸いにもその備えは無駄になりそうだ。


『作業は順調よ。朝までには終わると思う』

『そりゃよかった』

『青軍が明日攻めてくるとして、どう来ると思う?』

『こっちが大砲を据えてることは、向こうもまあ予想してるでしょ。その上で小手調べを仕掛けてくる気じゃないかなー。

 まあ、こっちも作戦がどの程度通用するか試したいのは同じだけどね』

『でも、仮に大砲が有効だったとしてもそれだけで決着は付かないわよね? 青軍は森から届かない場所に逃げればいいだけだもの』


 ゲーゼンフォール大森林は魔力の供給源としても優秀で、木々は堅牢な城壁となり、何より食料品などをほぼ完全に自給できるので兵糧攻めが通用しない。ちゃんと機能させることができれば、恐ろしく堅牢な要塞となる。

 しかし、守るだけでは勝てない。サーレサーヤとの契約を達成するためにも、当面の安全を確保するためにも、こちらから打って出る必要がある。


『夜襲を繰り返して疲弊させるのが一番かしら?』

『まーね、流石に夜中は大砲も使いにくいだろうし、普通の軍隊は行動が制限される。反面、うちの軍は夜の方が強いんだからそれを利用しない手は無い。

 何にせよ、まずは明日の攻撃をしのいでからだ』


 そしてエヴェリスは、フフッと悪戯っぽく笑う。


『あんまりあっさり勝てても困るけどね。それじゃあ私らの有り難みが無い』

『確かに。適度に大砲を撃ち込んでくれると、里の掌握は早くなりそう』


 ひとまず青軍に勝つことも大切だが、今後しばらくはゲーゼンフォール大森林を前線基地として活用することになるのだから、エルフたちを政治的に従属させるのも大切だ。

 そのためには青軍の脅威を体よく利用するのが手っ取り早い。

 こうして森の中で陣地構築の作業をしているのは、まず『アンデッドを森の中に入れる』という心理的抵抗が大きい第一ステップを突破して既成事実を作る効果もある。

 この先どうやって支配を進めていくかは臨機応変に判断する事になるだろうが、エヴェリスもルネもいろいろとこすい手や邪悪な手を考えていた。


『……そう言えば、今夜は新月か』


 会話が途切れたところで、ふと、天気の話をするようなどうということもない調子でエヴェリスが言う。

 ルネもなんとなく、木々の向こうに見える真っ暗な夜空を見上げた。


 このパンゲア世界がどのような構造なのかはよく分からないが、少なくとも月は地球と同じように満ち欠けしていた。

 今夜は晴れた晩だが新月であるため、夜は一層暗い。

 魔力で周囲を知覚するアンデッドたちには関係ないし、ヴァンパイアであるミアランゼなどは夜間でも昼間のように視界を得ているが、エルフたちは蛍のような虫を詰めた籠を提げてちょうちんのように辺りを照らしていた。


『どう、姫様?

 魔女さんは元人間だから月光浴も好きなんだけど、やっぱ姫様は新月の方が調子よかったりするの?』

『体感できるほどの違いは無いわね。あ、でも今は一応身体があるからかな……

 霊体の時だったら違いが分かるかも』

『確かに霊体系アンデッドは新月の晩になると、普段より活発になるね』


 この世界において月の満ち欠けは重要な意味を持つ。

 地上から見ることができない月の裏側には邪神の宮殿があるとされていて、だからこそ太陽が沈んで月が輝く夜は邪悪なる者らの時間なのだ。

 大神は夜であっても何処からか光を集め、月を照らすことで邪神の力を封じようとしているが、その光は寄せては返す波のように強さを変え、新月の晩には全く用を為さなくなる。

 新月の晩、善き人族は皆、硬く戸を閉めてまじないをし、邪悪なる者を拒んで夜明けを待つ。邪悪な奴らは夜闇に跳梁し、邪悪な儀式などもしばしば行われる。


 そして。


「……あら?」


 急に辺りが明るくなった。


 ヒビが入ったかのように、光の亀裂が地面に刻まれていた。

 見る間に光は強くなり、目も眩むほどの輝きがその場に居た皆を足下から照らし出す。


 ルネは吐き気に似た感覚を催していた。

 指先から、針金を巻かれているかのように不快な圧迫感を覚え、痺れたように自由を奪われていく。


 ――あの『映し身』が使っていた光の弓と同じ……

   じゃない! 似てるけど、もっとずっと気持ち悪い何かが……!?


 森について、そして地脈についてはサーレサーヤが知る限りのことを聞き出していたが、これはルネが想定していたいずれにも該当しない展開だった。


 魔法のようだが、()()()()()()()()()とルネは本能で感じ取っていた。

 攻撃に備えて準備していた防御や脱出の手段は通用しない。魔法的手段では対抗できない。

 魔法の域を超えた、何かが……


「姫様!!」


 ミアランゼの悲鳴のような声と共に、ルネは光の中に呑み込まれていった。

割烹やツイッターでは既に告知しておりますが、2巻の書籍化作業に入りますのでしばらく更新がまちまちになります。

1巻同様にえげつない量の改稿をするためですので、どうかご了承ください。

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