TSモモンガさんの貞操がやばい話   作:田島

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TSモモンガさんの貞操がやばい話

 大墳墓、玉座の間。神聖な雰囲気さえ漂わせる大墳墓の最奥でモモンガはユグドラシル最後の時を迎えようとしていた。

 人は幻想の中では生きられない。幻想の時間は終わり、現実が戻ってくる。ただ、それだけ。

 モモンガにとっての現実は明日朝四時起きという事実だ。サーバーがシャットダウンしたら即座に寝なければならない。この頃徹夜は少し堪えるようになってきたのだ。

 楽しかったユグドラシルの時間を噛み締めながら、モモンガは最後の時を待ち。

 

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 ゆっくりと目を開く。不思議な事に視界は依然として大墳墓の玉座の間の偉容を映し出している。

 時間を確認しようと視線を滑らすが、その先に表示されている筈の時計がない。それどころか、システムコマンドや一覧の表示一切が視界から消えていた。

 どういう事だ? シャットダウンの延期ならばGMが何かアナウンスを行っているかもしれないと確認しようとして慌てて操作するがシステムメニューもコンソールも出せない、GMコールやチャット、シャウトも使えない。まるで自分がゲームのシステムの中から締め出されてしまったようだった。

「どういう事だ!」

 思わず叫んでしまったが、その自分の声にモモンガは言い様のない違和感を覚えた。自分の声だとはとても思えなかった。そう、たとえばぶくぶく茶釜が仕事で出す声のような――可愛らしい女性の声だったのだ。

「モモンガ様……」

 呼びかけられて見やれば、どういう訳かアルベドが勝手に動いていた。口元を抑え、驚愕の眼差しでモモンガを見つめている。視線を移すと、プレアデス達も同様に驚いているし、セバスに至っては何でか目元を腕で押さえていた。

「……GMコールが利かないようだ」

 何でどうしてNPCが勝手に動いて言葉まで喋っているのか、これはどういう状況なのか。考えたところで分かりはしない、まずは主人らしい言動を崩さないようにしようとモモンガは威厳のあるつもりの声を出した――筈なのだが、やはりどう聞いても可愛らしい女性の声だった。多分十代の若い女の子の声だ。魔王ロールをしている時の出し方で声を出している筈なのにどうしてこれなのかとモモンガの混乱はより一層深まる。

「お許しを、無知なわたくしではじーえむこーるなるものについてお答えすることが出来ません……あの、モモンガ様……」

「ん、何だ」

「セバスが困っておりますので、その……はだけた前を、隠して頂ければ……と思うのですが」

 セバスが困る? 何で? アルベドの言葉の内容がモモンガにはよく理解できなかった。確かにモモンガはローブの前をはだけて中の肋骨を見せているが、それを見たからといってセバスは別に困りはしないだろう。どうして見てはいけないもののように目を押さえて見ないようにしているのか……と思いつつ自分の胸元をモモンガは見た。

 そこには、ありえないものがあった。

 

 女性の白い腹と、膨らんだ乳房が、ローブの裾から覗いていた。

 

 えっ? 何? 何で? どうして?

 誰かに聞きたいが誰に聞いても分からないだろう事はモモンガにもさすがに分かった。とりあえずローブの前を閉めて、確認の為に胸を触ってみる。手も骨ではない、女性の手だった。胸の膨らみは大きく柔らかい。おっぱいってこういう感触なんだ……と思わず噛み締めそうになりモモンガは慌てて我を取り戻した。

 サーバーが強制シャットダウンせずGMコールが効かずNPCが勝手に動いて喋っているだけでも十分異常事態なのに、それに加えて何だこれは。どういう事なのか。

 その時、何かと繋がる感覚が突如として頭の中に起こった。何だこれ……とモモンガが思っているとどこからか声が聞こえてきた。

『やっほー、神だよー』

「……神? 何言ってんのお前」

『モモンガくんは、いつも食事も睡眠も出来なくてかわいそうなので、今回は特別に人間の身体にしてあげました!』

「……は!?」

『これで美味しい食事も食べられるし惰眠も貪り放題だよ! 感謝してね! あっついでにかわいい女の子にしといたから!』

「待て! ふざけるな! どういう事だこれはちゃんと説明しろ!」

『それじゃ、楽しい異世界ライフを送ってね~!』

「待て! 説明しろっつってんだろ! 神このクソッタレ!」

 繋がっている感覚は一方的に切断され、脳内に静寂が戻ってくる。神を自称する何者かは、モモンガの身体を人間にした、と言った。人間にするも何もモモンガこと鈴木悟は元々人間なのだがどういう事なのか。しかも女の子にしといたってどういう事だ。何もかもが分からない、何一つ理解出来る事がない。

「アルベドよ」

「はい、モモンガ様、何でしょうか」

「私は今……どういう姿なのだ?」

「その……大変お可愛らしい、女性です」

 とりあえず現状の確認、と思ってアルベドに聞いてみたが返ってきたのは無慈悲な回答だった。使えるのかなと思いつつアイテムボックスを開いてみるとちゃんと開けたので鏡を取り出し自分の顔を覗き込んでみると、なんか美少女がいた。

 は? 何で俺美少女になってんの? 意味が分からないよ?

 この鏡の中の美少女が誰なのかがモモンガにはさっぱり分からなかった。自分でないことだけはとりあえず間違いなく確かだ。だが鏡で映しているのは自分なわけで、これが今現在の自分の姿であるという事実を認めなければ前へ進むことはできない。ものすごく現実逃避したいがサーバーがシャットダウンされずNPCが勝手に動いて喋っているというこの異常な現象の中で現実逃避など許される筈もない。

 とりあえずは周囲の状況、そして自分の身を守ることができるかどうかの確認だ。なんか女にされた事については考えてもしょうがないしとりあえず後回しだ。そう考えモモンガは命令しても大丈夫なのだろうかという躊躇を飲み込み口を開く。

「セバス」

「はっ」

「大墳墓を出て周辺地理を確認せよ。もし仮に知性のある生物がいた場合は交渉し、出来る限り友好的に連れてくるように。その際相手が出した条件はほぼ聞き入れても構わない。行動範囲は周囲一キロに限定、戦闘行為は極力避けろ」

「了解いたしました、モモンガ様。直ちに行動を開始いたします」

「プレアデスから一人だけ連れてゆけ。もしお前が戦闘行為に入った場合は即座に撤退させ情報を持ち帰らせろ」

 ユグドラシルならばNPCを拠点の外に出す事は不可能なのだが、それが可能なのだろうか。それを確かめる為の命令でもある。

「……そうだ、その前に一つ頼みたい事がある。セバス、私の前に」

「はっ、失礼いたします」

 立ち上がりぴしりと美しい礼をしたセバスが眼前へと歩いてくる。そう、確かめておかねばならない事がある。

 NPC達のAIとは思えない自然な会話、喋る際に滑らかに動く口。これはDMMO‐RPGならば有り得ない事なのだ。故に、今置かれている状況が既にゲームの中の事象ではない、という可能性が浮上してくる。その確認の為に、今から行う事はどうしても必要な行為である。

「セバスよ、私の……胸を、揉んでみてくれないか」

「……は」

「か、かま、かみゃわにゅ……ぞ、これは命令だ」

 セバスはその無表情の中に明らかに困惑を浮かべていたがこの確認はどうしても必要なのだ。そしてそれが行えるのはこの場にはセバスしかいない。噛んでしまった……とこみ上げる恥ずかしさに赤面しつつモモンガはセバスの手を取り己の乳房に押し当てた。

「恐れながらモモンガ様、尊き御身にそのような無礼を働くことなど執事として出来かねます」

「よいかセバス、これはどうしても必要な確認なのだ。お前にこのような無理を強いてしまう事申し訳なく思うが、頼めぬだろうか」

「……は、それでは大変失礼ながら…………」

「お、お待ち下さいモモンガ様、何故セバスなのです! わたくしでもよろしいではないですか! ご満足ゆくまでお揉みいたします!」

 必死な声に顧みてみれば、アルベドは鬼の形相だった。はっきり言って怖い。怖……と思って怯んだモモンガは一瞬言葉を失うが、それどころではないとすぐに我を取り戻した。今は一刻を争う時なのだ。

「控えよアルベド、私はセバスに命じている。さあセバス、やってくれ」

「……は」

 アルベドの形相にセバスも若干引いていたがモモンガに促され控えめに乳房を揉み始めた。

 このような十八禁に相当する行為が行われていてもGMからの注意がないことから、今置かれているこの状況は少なくともユグドラシル内ではない事は確定、他のゲームという可能性も極めて低くなった。モモンガの胸ではなく他の者の胸を揉ませるという方法もないではなかったが、それは何というかあまりにも人の道に外れた非道な行いすぎるような気がして躊躇われてしまったのだ。

 それにしてもちゃんと見ていないが、モモンガの胸はかなり大きいらしいし柔らかな感触が揉まれている側のモモンガにも伝わってくる。確認も済んだ事だし、これ以上はアルベドが暴走しそうだし段々乳首の辺りがこそばゆくなってきて何か変な気分になってしまいそうだと思いモモンガはセバスの手を再び取った。

「妙な事を頼んですまなかったなセバスよ、これで現在の状況についての情報が得られた、礼を言う」

「勿体ないお言葉にございます。君命に従う事は執事として当然、ご命令とあらば如何様にも従います」

 再びぴしりと美しい礼をしてセバスが下がる。セバスに随伴する以外のプレアデスにも九階層に上がり警護するよう申し付けると、跪拝してセバスとプレアデスはそれぞれの役目を果たすべく動き出し、玉座の間にはモモンガとアルベドの二人が残された。

「あまりにも、あまりにも無体にございます……モモンガ様……」

 アルベドは泣いていた。何で? と聞きたい気持ちは勿論あったのだがこれはモモンガの招いた事なのは明白だった。モモンガを愛している、という設定改変、あれが生きているのだ恐らく。だからセバスがモモンガに触れたのが許せないのだ。

「アルベドよ、すまなかったな。だがあの役目はあの場ではセバスにしか頼めなかったのだ」

「何故、何故わたくしではいけないのでございますか! モモンガ様の命とあらば、この生命すら失う事も厭いませんものを! わたくしはモモンガ様だけを愛する者、そうあるようにお命じ下さったのはモモンガ様ではございませんか!」

「いや……女が女の胸を揉んで十八禁に相当するかどうか分からなかったのだ……十八禁と言ってもお前には分からぬであろうが。とにかく性別が重要であったのだ。お前個人に対する何らかの感情からの人選ではない事は承知してほしい」

「……かしこまりました。出過ぎた振る舞いをしてしまい大変申し訳ございません。この失態を払拭する機会をお与え頂ければ願ってもない事、何なりとお命じくださいませ」

「うむ。お前に命じたい事がある。今から一時間後に、第四と第八階層を除く全ての階層守護者を第六階層の円形闘技場(アンフィテアトルム)に集合させよ。アウラとマーレには私から伝えるので必要はない」

「拝命いたしました、復唱いたします。第四、第八階層守護者を除く全ての守護者を第六階層の円形闘技場(アンフィテアトルム)に集合させます。時間は今より一時間後」

「よし、行け」

「はっ」

 仕事モードになってくれたのか涙を拭い凛とした表情のアルベドは足早に玉座の間を後にしていった。確認せねばならない事は山のようにある、そもそも何がどうして女の体になってしまったのだろう、神ってどういう事だよ。ツッコミ待ちという訳でもなさそうな状況にモモンガは長い溜息を吐いた。自分でも触ってみたがたゆんたゆんと豊かな胸が揺れる。おっぱいはあるし……息子の方は実戦使用しないままでなくなってしまった。まさか性転換させられてなくなるとか考えてもいなかったが。

 考えていても仕方がない。他の確認や実験を行うべくモモンガも動き出した。

 

***

 

 そして一時間後、円形闘技場(アンフィテアトルム)に全階層守護者が集合したのだが。

「モモンガ様は女性になってもお美しくありんすぇ。欲を言うなら死体だったらもっとよかったでありんすが……女性の方がわらわは好きでありんすから何の問題もござんせん」

「はぁ? 屍体愛好者(ネクロフィリア)は引っ込んでなさい。モモンガ様はわたくしにご自身を愛するようにとお命じになられたのよ。つまり、モモンガ様のご寵愛を受けるのに相応しいのはこのわたくし。乳なし吸血鬼の出る幕なんてこれっぽっちもないわよ」

「んだとゴラ、この大口ゴリラ!」

「八目鰻!」

「……君達、少し落ち着いて考えてほしいのだが」

 顔を合わせるなり口論を始めたアルベドとシャルティアをデミウルゴスが嗜める。おっこいつは理性派か! 話の分かる奴か! 安堵がモモンガの胸を包む。

「邪魔しないでくれるデミウルゴス」

「どうも君達は分かっていないようだが、重要なのはモモンガ様がお世継ぎを作られるという事だ。であれば君達二人は性別的に相応しくない、一番の適任はこの私だと思うのだがどうかね?」

 はいー! こいつも敵でしたー! 期待しただけ失望も大きい。最早死んだ目でモモンガは三人の口論を眺めていた。

「デミウルゴスヨ! ソレハ不敬ナ考エヤモシレンゾ!」

「だがコキュートス、考えてもみてくれたまえ。モモンガ様のご子息にも忠義を尽くしたくはないかね?」

「ム……ソレハ、確カニアコガレル……イヤソレコソマサニ理想ノ光景ダ! 爺! 爺トオ呼ビ下サルカ!」

 味方になりそうなコキュートスは瞬殺でデミウルゴスに懐柔されていた。残るは双子だが、さすがにこんな修羅場に巻き込むには忍びない。と思ったら。

「でっ、デミウルゴスさんが立候補するなら、ぼっ、ぼ、ボクにだって資格はありますよね! ぼっボク、ボクだってモモンガ様をご満足させてみせますっ!」

 マーレ! お前も敵か! というかまだそんな歳じゃないんだから! アウラ以外は喧々囂々のアリーナでモモンガは頭を抱えてうずくまった。

「……ちょっと、モモンガ様は大事なお話があるから私達を集めたんじゃない? そもそもモモンガ様そっちのけで騒いでるなんて不敬もいいところだと思うんだけど」

 アウラ! アウラお前は分かってる! いい子だ! 味方はお前しかいないよ! 人目がなかったらモモンガは今すぐアウラを抱きしめて心からの礼を言いたかった。

「そうね、アウラの言う通りだわ。無様なところをお見せしてしまい申し訳ございませんモモンガ様……まずは皆、至高の御方に忠誠の儀を」

 ようやく仕事モードに戻ってくれたアルベドの言葉に皆整列してモモンガへの忠誠を誓う。その後帰ってきたセバスから墳墓周囲の状況を説明させると、さすがに今置かれた状況の異常さが守護者各位にも伝わったようだった。

「……というわけで、私の世継ぎとかそういう話をしている場合ではない。このナザリックは何らかの異常事態に巻き込まれている。守護者統括アルベド、およびナザリックの防衛戦責任者であるデミウルゴスよ、両者の責任のもとで、各階層の警護情報についてより完璧な情報共有システムを構築せよ」

「はっ」

「次にアウラとマーレ、ナザリック地下大墳墓の隠蔽は可能か?」

「ま、魔法という手段では難しいです……ですが、例えば壁に土をかけて、それに植物を生やした場合とか……」

「栄光あるナザリックの壁を土で汚すと?」

 マーレの答えにアルベドが極寒の反応を示す。だがモモンガからしてみれば困ったものだとしか言い様がない。全て幻術で隠蔽するとなるとそれにかかる費用を考えるだけで頭が痛いし、マーレの言葉通り魔法だけでは対処が難しいだろう。現実的な案を採るべきだ。

「アルベド、余計な口を出すな。私がマーレと話しているのだ」

「はっ、申し訳ありません、モモンガ様」

 言葉通り恐縮しきった声色で謝罪してアルベドが深く頭を下げる。その後アウラとマーレで協力し、マーレの魔法でナザリックの壁を隠蔽して周囲にもダミーの丘を作り上空部分だけは隠せないので幻術を展開する事を決める。とりあえず思い付くのはこんな所だろう。後は思い付いたら追々検討すればいい。

「最後に聞いておきたい。まずはシャルティア、お前にとってこの私とは一体どのような人物だ」

「美の結晶、まさにこの世界で最も美しいお方であります。それはお姿と性別が変わられても変わらぬこと」

「お、おう……コキュートス」

「守護者各員ヨリ強者デアリ、マサニナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者ニ相応シキ方カト――オ姿ガ変ワラレテモオ力ハソノママデアレバ、デスガ」

「お、おう……アウラ」

「慈悲深く、深き配慮に優れた方です」

「……マーレ」

「す、すごく優しくて美しい方だと思います」

「??? ……デミウルゴス」

「賢明な判断力と即座に実行される行動力をも有された方、まさに端倪すべからざる、という言葉が相応しきこのナザリックで誰よりもお美しい方です」

「????? ……セバス」

「至高の方々の総括にして、最後まで我々を見放さず残って頂けた慈悲深き方です」

「最後になったが、アルベド」

「至高の方々の最高責任者であり、わたくし共の最高の主人であります。そしてわたくしの愛しい可愛らしいお方です」

「お、おう……各員の考えは十分に理解した。それでは私の仲間達が担当していた執務の一部までお前達を信頼し委ねる。今後とも忠義に励め」

 そう言い残し指輪の転移機能でレメトゲンへと転移したモモンガは、壁に手を突き深く溜息を吐いた。疲れたどころの話じゃない。貞操の危機だ。アルベドとシャルティアとデミウルゴスとマーレが一度に襲いかかってきたらモモンガでは為す術がない、処女を奪われる。そしてコキュートスはそれを応援している。

 ただでさえナザリックがどこか分からない場所に転移してしまっているというのにこんな問題まで転がり込んでこなくてもよさそうなものだ、神を自称するあの能天気な声の主をぶち殺してやりたい。

 何で巨乳美少女なんだ俺……。モモンガの溜息は当分絶える事がなかった。



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