表現の自由戦士vsフェミニストという構図を壊さなくてはならない。表現の自由戦士は決して「女性差別をしよう」と思っているわけではなく、ポリティカルコレクトネスによって従来の表現が規制させることを恐れている。それに対してフェミニストはポリティカルコレクトネスを推進している。
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表現の自由戦士とフェミニストの「対話」は決して、表現の自由を潰そうとするものでも、フェミニズムを潰そうとするものでもない。どちらの考えも尊重されるように、その解決策を探すものである。 表現の自由派がフェミニズムを潰すことは許されないし、フェミニストが表現の自由を潰すのも許されない
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表現の自由派・フェミニスト共に、フェミニストを潰す討論会だと思っているようだが、違う。 お互いが歩み寄り、よりよい未来のために「対話」し合う討論会。 お互いを潰しあっていては何も生まれない。だから表現の自由派はフェミニストに「対話」を持ち掛けてくれた。 そこは感謝せねばならない。
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お邪魔します。公的表現と私的表現の区別を混同されてます。公的表現は人権を表現より優先せなならん、これをポリティカルコレクトネスといいます。対して、娯楽表現は表現>人権です。しかしこれらは私的な感覚のものなので、表現の場は私的な場であれば問題ありません。
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そして公的な場とは法に関わる場です。教育や国外や公共の衛生にかかわる場です。しかし日本人は公私の感覚にズレがあり、世間様という私的な範囲内を公的な場としている。各々の世間様内で娯楽を表現のすればいいだけの話なので、公共の場とは具体的にどこに当たるのかの法的な確認しか必要ないです
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