Remember11「バックログ:プロローグ αでありωである」
闇に閉ざされた部屋の隅……。
少女は膝を抱えてうずくまっていた。
小さな背中が小刻みに震えているのがわかる。
しくしくと……しくしくと……。
彼女は声を殺してむせび泣いていた。
ひとりの少年が彼女の肩に触れた。
彼女は濡れた瞳で少年を見上げると、すがりつくように彼の胸へと飛び込んでいった。
少女
「怖い……」
少女
「怖いよぉ……」
ぎゅっと力一杯しがみつきながら、彼女は泣き続けた。
少年が彼女の幼い髪を優しく撫でる。
『大丈夫だ』
そっと耳元でささやいた。
『何も怖くなんてない』
『必ず守ってやるから』
少女
「違うの……」
少女
「違うんだよ」
少女は首を振って言った。
少女
「わたしが怖いのは……」
少女
「わたし」
少女
「わたしは、わたしが怖いんだもん」
『それでもだよ』
『たとえそれでも守り抜いてみせる』
少女
「無理だよ……」
少女
「絶対に、無理」
少女
「だって……」
少女
「だってわたしは … … ちゃんも──」
彼女の細い指先が、少年の背中にギリリと食い込む。
少女
「殺しちゃうから」
Remember11「バックログ:ココロ編1月12日 12:34」
深い深い穴の、奥の奥の奥…………。
暗い暗い闇の、向こうの向こうの向こう……。
どこまでもどこまでも……落ちていくような。
そんな喪失感。
いや……違う。
失ったのではなく。初めからなかったのだ。
何もない。
ここには何もない。
無。
虚無。
虚ろなまでに、何もない。
でも、本当に何もないのだとしたら……。
無を感じるワタシは、なんなのだろう?
ワタシという存在は、何者なのだろう?
無とは……0のことだ。
0は存在するだろうか?
存在するとしたら、0とは何?
存在しないとしたら、1とはどこからが1?
そんな、0と1の狭間から……。
──ワタシは無理矢理に引きずり出された。
Remember11「バックログ:サトル編 1日目 Great Mother」
内海
「話を始める前に、言っておきたいことがあるの」
内海は部屋のベッドに腰を下ろしていた。
内海
「どうぞ」
椅子に座るようにと手のひらで促す。
オレは机の前の椅子に身体を預けた。
悟
「言っておきたいことって?」
内海
「ここはスフィア」
内海
「隔離と保護の為の特定精神医療施設」
内海
「このことを、頭の中にしっかりと刻んでおいて?」
悟
「ははっ、そんなこと、言われなくてもわかってるよ」
内海
「いいえ、あなたは何もわかってないわ」
内海
「ここは精神に異常を来たした人達が収容される施設なの」
内海
「つまり、ここにいる人達はすべて……」
悟
「頭がオカシクなっている、と……?」
内海
「そういうこと」
内海
「こんなことを言うのは失礼かもしれないけれど、あえてあなたにだけは教えておくわ」
内海
「私はね? あなたたち3人に精神障害の疑いがあると思ってるの」
内海
「犬伏景子はもちろんのこと、ゆにくんにも、優希堂くんにも、全員に……」
内海
「逆にあなたの立場にたてばこうも言える」
内海
「私も含めて、ここにいる4人全員が、精神疾患にかかっているという可能性もある、と……」
悟
「ごめん、なにが言いたいのかよくわからないんだけど……」
内海
「要するに『誰も信用してはいけない』ってこと」
内海
「犬伏景子の言葉、ゆにくんの言葉、あなたの言葉……」
内海
「それからもしかしたら、私自身の言葉も含めて、全部……」
内海
「誰の言葉にも確実性があるとは言い切れないのよ」
悟
「待ってくれ」
悟
「内海さんがオレ達の言葉を信用できないのはよくわかる」
悟
「だけど、どうしてオレが、ゆにや、あなたのことまで疑わなければならないんだ?」
悟
「だいいち、自分で自分のことを疑うように忠告するなんて……変じゃないか?」
内海
「あくまでも、先読みしたまでよ」
悟
「先読み?」
内海
「あなたはいずれ、私の言葉を疑うようになるわ」
内海
「『内海カーリーの精神も異常を来たしているのではないか』って、必ずそう思うはず」
内海
「そうしたら、あなたは私の発するひと言ひと言に対して疑問を抱くようになり、余計な詮索を始め……」
内海
「そういうのって、不毛なことだと思わない?」
内海
「だから私は前もって言っておくことにしたの」
内海
「『私の言っていること、これから告げることが、必ずしも事実とは限らない』ってね」
内海
「わかる?」
悟
「…………」
内海
「まあ、今わからなくてもいいわ」
内海
「とにかく、繰り返すけど、ここでは誰の言うことも信じてはいけないの」
内海
「みんながみんな、嘘つきだと思ってもらえればそれでいい」
内海
「嘘つきだから、欺瞞に満ちた内容もしばしばくちにするでしょう」
内海
「けれど、そのぐらいのことで取り乱したりしないで?」
内海
「当然のことだと思うぐらいのゆとりを持って欲しいの」
内海
「あなたには、常に冷静でいて欲しいのよ」
内海
「いい? これはあなたの精神機能を正常に保つ上でも極めて重要なことなの」
内海
「受け入れてもらえるかしら?」
悟
「うん……」
悟
「うーん……」
悟
「そうだな……」
悟
「文脈の示す内容自体は理解に苦しむが……」
悟
「まあ、結論としての忠告だけは、素直に受け止めておくことにするよ」
悟
「オレはあなたの言うことを信じない」
悟
「あなたはオレの言うことを信じない」
悟
「お互いがお互いを疑いあうことによって、初めて信頼関係が構築される」
悟
「そういうことだよな?」
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