「え、榎本……!?」 「──!?」 「……」 「……」 先に口を開いたのは、奴の方だった。 「お前は……」 「お前は……誰だ?」 「えっ?」 「聞こえなかったのか?」 「『お前は誰だ』と聞いてるんだ」 「答えろ」 「……」 「答えろ!」 「オレは……」 「オレの名は……」 「──優希堂悟だ」 「な、なにぃっ!?」 「う、うぅぅぅ……」 「な、なんだと……」 「なんだと! なんだと! なんだとぉ!」 「貴様は……優希堂悟だというのかっ!」 「そ、そうだ……」 「それが、どうかしたのか?」 「……」 「貴様が……優希堂悟だというのであれば……」 「……??」 「ふっ……そういうことか……」 コメカミのあたりをトントンとたたきながら呟き続ける。 「なんてことだ……」 「貴様がここに来てしまうとは……」 「くっ……すべて台無しだ」 「計画は失敗だ」 「自分のことながら、まったく……愚かすぎて反吐が出そうだ」 「な、何を言ってるんだ……意味がわからないんだが?」 「まあいい……」 「失敗したと言っても、それはひとつの可能性が潰えただけに過ぎない」 「可能性は……世界は無限に存在する」 「簡単なことだ」 「別の世界では、失敗しないとも言える」 「俺さえしっかりしてれば、こんなくだらない結果は生まれない」 「俺は、貴様とは違う」 「断じてだ。断じて貴様のような馬鹿な結果は生み出さない!」 「なんのことを言ってるんだよ……?」 「多世界解釈さ」 「多世界解釈……」 「なんだよ、多世界解釈って?」 「悪いが説明する気はない」 「面倒だし、貴様が知る意味もない」 「ダビデは琴を弾いていた……」 「サウルの手には槍があった……」 「サウルは槍を投げつけて……」 「わたしはダビデを壁にでも……」 「俺はダビデを突き刺してやる……」 「たとえ再びかわされようと……」 「とは言え……」 「貴様の世界の中では、計画が失敗したことには変わりはない」 「貴様には、ケジメをつけてもらわねばな」 その時、扉が開いた音がした。 続いて、誰かがハシゴを下りてくる音。誰だ? ──オレだった。 オレの姿形をしたオレ……。 「…………」 どうなってるんだ? どうなってるんだ? どうなってるんだ? 理解できない。 オレの理解力を超越した世界。 オレは恐慌状態に陥っていた。 ひとは自分自身と向き合った時、その姿に恐怖すると言うが、まさに今のオレがそうだった。 まともじゃない。まともじゃない。まともじゃない。 この世界は、まともじゃない。 「お、おい……どうなっているんだ?」 「なんで……ここに私がいるんだ?」 「何があったんだ? なあ、教えてくれよ」 「失敗したのさ」 「計画がな」 「こいつの世界においては……という意味だが……」 「なるほど……そういうことか」 「で? どうするんだ、こいつは?」 「このまま放置しておくわけにもいくまい」 「そうだな……それを今、考えているところなんだが……」 「なあ、未来の私を殺してしまったら、どうなるんだい?」 「ん? そうだな……」 「どうもしないさ。こいつの世界のお前の肉体が死ぬ」 「ただ、それだけだ」 「じゃあ、今の私にも、きみにも、なんの影響もない、ということか?」 「ないね」 「まあ、もし仮に、未来の俺やお前が同じ結果に辿り着いてしまったとしたら、最悪だがな」 「なるほど」 「しかし、そんな心配をしても仕方がないとはおもわないかね? ナンセンスだ」 「そうだな」 「それに、俺は自身があるね。こんな惨めな未来には絶対にならないって自信が」 「私もだ」 「では、こいつの始末は私につけさせてもらえないかい?」 「本気か?」 「ああ、もちろんだ」 「一度、経験してみたかったんだ」 「自分を殺す、ってやつをね」 「……」 自分を殺す? オレがオレを殺すっていうのか? ははっ、何を馬鹿なことを言っているんだ。 そんなこと、好んでするやつがいるもんか。 オレには自傷癖はないんだぜ……。 「……」 「いいだろう、勝手にしろ」 「俺は別に感知しない。こいつは……」 「俺とは関係のない『オレ』だからな」 「それはありがたい。では、好きにさせてもらうよ」 まさか、まさか、まさか……。本気……なのか……? オレはただ茫然、目の前のオレとナイフを眺めていた。 現実感がまったくなかった。オレがオレを殺す? そんなこと……あっていいわけが……。 次の瞬間──。 「ぐぅ!」 「ぐぁ……ごぅ……ぐ、ぐぐぐ……ごあぁぁぁぁ……」 「なぁ?」 「いま、どんな気持ちだ?」 「うむ……」 「悪くない」 「ぐっ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 「本当に、悪くないね」 「まるで、最高に美味いブラックのコーヒーを飲んでいるような気分だよ」 「ほう」 「やはり、コーヒーはブラックに限る」 「そうは思わないかね?」 「──優希堂?」 ユウキドウ? え? いま、なんて言った? 「まったくだ」 「不純物は必要ないさ」 「──榎本よ」 エノモト……? 目の前のオレがエノモトで、榎本がユウキドウ……。 何が……いったい、どうなっているんだ? やはり、この世界は狂っているのか? 最初から、こんな世界は存在しなかったのか? オレは……いったい…… 『オレは、どこにいる……?』 そして、オレの意識は、虚無へと還っていった。 ──This story is not finished yet.
True is not revealed. And it circulates through an incident. ──It is an infinity loop! |
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