「ちょ、ちょっと待ってくれ!」 「オレにはわからないことだらけだ」 「どうしてお前がここにいる?」 「どうしてお前が生きている?」 「だいいち、ここはどこなんだ?」 「……」 「わからない、わからない……どういうことなんだ……」 「説明……してくれよ……」 「お前……」 「馬鹿だな」 「なっ……」 「アイツの記憶が移植されてるとはいえ、ここまでなんにも理解できてないとは……」 「我ながら情けないぜ」 「記憶を移植……?」 「オレのこの記憶の異常は、やっぱり記憶移植だったのか?」 「……」 「アイツって、誰だ……?」 「なんで、こんな風になっちまったんだ?」 「悪いが……」 「そのことだけは答えることができない」 「正確には、答えたくない」 「忌々しい、アイツのことだけはな」 「……」 「だがしかし──」 「それ以外のことなら答えてやろう」 「何も知らないままというのは、あまりに可哀想だからな」 「感謝しろよ? 俺は慈悲深いんだ」 「……」 「さっき、貴様はこう言ったな?」 「『どうしてお前がここにいる?』『どうしてお前が生きている?』『だいいち、ここはどこなんだ?』……と」 「3つの質問をした」 「それを答えてあげようじゃないか」 「その前に……訊きたいことがある」 「俺は……」 「いや、榎本は……と言った方がわかりやすいか」 「榎本は、死んだのか?」 「え?」 「『貴様の過去では、榎本は死んでしまったのか?』と訊いてる」 「よく意味がわからんが……」 「そうだ」 「3日前、お前──榎本は死んだ」 「確かだ。間違いない」 「お前は絶対に、あの時に死んでいたんだ」 「だからオレは……」 「そうか……」 「いや、もういい。すべてわかった」 「そういう可能性もある、ということか……注意せねばな」 「……」 「いいだろう。では、回答しよう」 「まず、第一の質問──『どうしてお前がここにいる?』」 「時空間転移のことは知ってるな?」 「ああ、お前から……聞いたんだからな」 「俺は……いや、俺達は『ある目的』があって、ここにやってきたんだ」 「『ある目的』──」 「時空間転移装置を最終レベルにもっていくために」 「時空間転移装置!?」 「それって、あの小部屋にあったスパコンのことじゃないのか?」 「ふっ、そんなことにさえ気づいてなかったのか? やっぱり馬鹿だな、貴様は」 「くっ……」 「あの部屋にあったのは、時空間転移装置などではない」 「あれは、なんのことはない。ただのデータ収集用のコンピューターだ」 「本物の時空間転移装置は……」 「ここに、ある」 「えっ!?」 「見ただろ? アレだよ」 「あれが……時空間転移装置……」 「そうだ」 「……」 「続けようか」 「では、第2の質問──『どうしてお前が生きている?』」 「それと、第3の質問──『ここはどこなんだ?』」 「このふたつは、とてもシンプルな『ひとつの解』に収束される」 「貴様は、朱倉岳と青鷺島の2点間で転移が行われてると考えてるだろう?」 「ハッ、愚か者め」 「その程度の推理力だから、こんなところに来てしまうんだ」 「……」 「矛盾に気づかなかったのか?」 「矛盾?」 「気圧の変化だよ」 「気圧の……変化……?」 「そうだ。まだわからないのか?」 「……」 「もし仮に、朱倉岳と青鷺島の2点間で転移が行われていたとしよう」 「だとしたら、こういう現象が起こりえる」 「急激な気圧の変化だ」 「朱倉岳の避難小屋は標高1298mの地点にある」 「それに引き換え、青鷺島のスフィアの地点はたかだか標高11mだ」 「朱倉岳は低気圧に覆われており、スフィアは逆に高気圧に覆われてる」 「この2点間で転移が行われたのなら、転移の被験者は気圧の変化により、耳鳴り、あるいは耳の痛みのようなものを体感するはずだ」 「さすがに、わかるだろう? このくらいは」 「あ、ああ……」 「そういえば……」 「ふっ、オカシイだろ?」 「貴様はその気圧の変化を体感してないのだからな」 「……」 「冬川こころの意識は、おそらくその気圧の変化を体感してたことだろう」 「朱倉岳から青鷺島に、瞬時に転移していたのだから」 「しかし……貴様は違う」 「なぜだか、わかるか?」 「……」 「わからない」 「フン、ならば答えよう」 「青鷺島から朱倉岳に、直に転移してなかったからだ」 「えっ?」 「つまりだ、青鷺島と朱倉岳との間に、中継点があったということだ」 「鼓膜にかかった気圧の変化を慣らすための中継点がな」 「……中継点……」 「そう、ようするに、『ここ』だな」 「……」 「『ここ』は地下に位置する」 「地下にくり抜かれた広大な空間の中にな」 「幸いなことに、青鷺島のスフィアとほぼ同等の状態の気圧なのだ」 「だから貴様は、気圧の変化を実質的には体感できなかったのだ」 「そ、そうだったのか……」 「それで……ここは……どこなんだ……」 「中継点だと言っただろう?」 「わからないのか? その意味が」 ま、まさか……。そんなっ! まさか!! 「やれやれ、ようやくわかったか」 「……」 「ここは、いったいなんなんだ?」 「地下ってことは、さっき聞いたが……」 「よかろう、教えてやる。ここは……」 「『北海道妃羽郡茂木村穂樽日鉱山廃坑跡』だ」 「まさか……内海さんの入院してた……?」 「御名答。記憶力だけはいいみたいだな」 「まだ、わからないことがある……」 「俺が生きてる理由か?」 「そうだ」 「くくっ、どうしようもない馬鹿だな」 「朱倉岳は2011年1月」 「青鷺島は2012年1月」 「だとしたら、時間も空間と同じように、両極の中点を通るように移動してたと考えるべきだろう?」 「……」 「わからないのか?」 「ここは……」 「貴様にとっての『過去』なのだ」 「そして、冬川こころにとっての『未来』でもある」 「あ、あぁぁ……」 「ここの時間は……今は2011年7月18日」 「俺は、殺される前の俺なのだよ」 「……」 もう何も考えたくなかった。
もう何もかもが嫌になっていた。 もう嫌だ、嫌だ、嫌だ……。帰りたい。帰りたい。帰りたい。 でも……どこへ? オレはどこへ帰ればいい? 教えてくれ……。教えて……。 |
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