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「信じられない……」
「こんなこと……起こりえるはずが──」
「だが、実際に起きているだろう?」
「それが真実かどうか、一番よくわかっているのはきみ自身じゃないのかね?」
「……」
「真理は頭で考えても見えてこない」
「常識という枠に囚われてはいけない」
「感じたことを、素直に受け入れるんだ」
「しかし……」
「しかし、なぜそんなバカげた現象が起きるんだ……」
「やれやれ」
「本来、こんなことを私が説明するまでもないはずなのだが……」
「仕方がない」
「長くなるので、できるだけ掻い摘んで教えてあげよう」
「きみは量子テレポーテーションって知っているかい?」



「なるほど、まずはそこから説明しなければならないか……」
「量子テレポーテーションとは、量子力学の性質を利用した技術のことだ」
「テレポーテーション──物体をそっくりそのまま別の場所に転送させる現象」
「いや、物体を転送というのはちょっと語弊があるな」
「正確には物体を転送するのではなく、物体の情報を転送する」
「物体そのものを転送する必要はない」
「送りたいのは状態の情報であって状態自体ではない」
「物体の量子情報を転送し、別の場所にその物体を再構築するわけだ」
「……」
「信じられないかも知れないが、できるのだよ、現実的に」
「実証もされている」
「量子テレポーテーションの理論的基礎となっているのは『EPRペア』と呼ばれる概念だ」
「EPRペアとは、一度の操作で同時に発生させたふたつの粒子に生じる特徴のこと」
「この双子の粒子は不思議な運命を共有することになる」
「簡単に言ってしまえば……」
「その双子の粒子はどんなに離れていようとも、
一方を観測することによって生じた影響がもう一方に瞬時に伝わってしまうのだ」
「たとえ、両者が1万光年もの距離を隔てていてもね」
「つまり、光速を超えて伝達する、と?」
「そう」
「もっとも実際は、双子の粒子は個別に考えるのではなく、
ひとまとめにして捉えなくてはならないから、というわけなのだがね」



「さて、この概念を踏まえて説明を続けよう」
「テレポーテーション」
「つまり、ある地点の物を別の地点へと転送するわけだから、送信側と受信側がいることになる」
「便宜上、送信側を『アリス』、受信側を『ボブ』と呼ぶことにしよう」
「では、アリスからボブに量子テレポーテーションを用いて情報を送信する手順をお見せする」
「まず、EPRペアの共有──」
「EPRペアの発生源から絡み合いの状態にある粒子Bと粒子Cを、
アリスとボブが共有できるように送り込む」
「次に、粒子Aの受信──」
「ボブに送信したい情報Ψを持った粒子Aをアリスが受信する」
「一般にアリスにとっては、Ψがどんな情報かはわからない」
「もしわかってしまうと、波動関数が壊れてしまうからだ」
「また、アリスが粒子Aを受信するタイミングは粒子Bと合わせる必要がある」
「次は、ベル測定──」
「アリスは粒子Aと粒子Bとの間で、ベル測定と呼ばれる特別な測定を行う」
「簡単に言ってしまえば、ふたつの状態間のパラメータを計るというわけだ」
「このとき、アリスの得られる情報はベル状態──」
「つまり、AとBとで絡み合った4つのそれぞれ異なった量子論的な状態であって……」
「粒子Aの情報Ψを得ることはない」
「なお、この状態はそれぞれ理論上すべて同じ確率で、その確率は1/4ずつとなる」
「4つのうちのどれか、というわけだ」
「そして、粒子Aのテレポーテーションが行われる──」
「アリスがベル測定を行った瞬間に粒子A・Bの区別はなくなり、EPRペアの状態が破壊される」
「それと同時にボブ側のEPR状態は部分的に収縮し、情報Ψが粒子Cに移動する」
「ただし、ボブはベル測定の結果をアリスから知らされるまでは、
意味のある情報への変換の仕方がわからない」
「その次は、ベル測定の結果の送信だ──」
「アリスが得たベル測定の結果をボブに送信する」
「このときの通信手段は、一般的には電話などの古典的通信──光速以下の通信が使われる」
「最後に、量子情報の変換──」
「ボブは知らされたベル測定の結果を利用して、粒子Cの量子的な情報にユニタリ変換──」
「すなわち波動関数の情報を損なわない操作を施す」
「その結果、ボブ側にアリスが送りたかった情報Ψが再現される」
「こうしてようやく意味のある情報がボブに転送された、というわけだ」
「以上が、量子テレポーテーションの主な流れだ」
「この中では、EPRは2段構造となっているが、理論上は何段階でも構わない」
「アリスの隣にアリス2、アリス3……アリスN、と任意に設置できる」
「簡単に説明すると、こんなところかな」



「量子テレポーテーションは本来、人間などは転送させることはできず……」
「光子や原子といった微粒子のみの転送しかできないと言われていた」
「だが、私の属している『企業』によって開発された技術がそれを可能にした」
「微粒子に分解された原子の状態──人間や物体の量子情報を転送するのだ」
「ちなみに、転送後はオリジナルの量子情報は失われるわけだから……」
「無生物の場合はコピーを作るだけということになるが、人間を転送した場合……」
「オリジナルの人間は、送信元のサークル内では消滅──息を引き取り、
蘇っている、ということなるわけだ」
「ただしきみ達の場合は例外で、意識が送信元に残留してしまうため……」
「その肉体は、一見魂が抜き取られたようにも見えることだろう」
「これが先ほど言った「肉体というウツワを失くす」という現象の正体だ」
「話は戻るが、
この量子テレポーテーションの仕組みを両地点に設定しておけば、相互の転移が可能となる」
「朱倉岳と青鷺島、ふたつの量子情報は転送しあう」

そこまで言うと、榎本はふぅと息を吐き出し、コーヒーカップにくちをつけた。

「不味いな……」
「やれやれ、すっかり冷めてしまったか……」
「なるほど……」
「時空間転移の正体が量子テレポーテーションということはわかった」
「けれど、その量子テレポーテーションが、どのようにして時空間転移に結びつくかがわからない」
「特に、空間はともかくとして、なぜ時間を跳躍して転移するんだ?」
「ふむ」
「当然の疑問だな」
「よろしい」
「では、それを説明しよう」



「まず、時空間転移を発生させるための『装置』が存在する」
「これは先ほども述べたとおりだ」
「時空間転移装置──そう私は呼んでいる」
「装置はEPRペアの粒子を生み出す発生源であり、粒子の測定機であり、転送時の変換機でもある」
「いわば、時空間転移の心臓部というわけだ」
「技術的な説明はいい」
「オレが訊きたいのはそんなことでなく──」
「わかっている」
「まあ、そう焦るな」
「装置には、さらにもうひとつの機能が備わっている」
「それは……」
「時間を歪める機能だ」
「時間を……歪める?」
「そうだ」
「限られたある一定空間の中だけだがな」
「よくわからないな」
「時間を歪める行為と、時空間を跳躍することにどんな関係性があるというんだ?」
「まあ理論的なところは省略するが、つまりは……」
「こういうことだ」
「これは時間と空間を2次元的に表した図だ」
「Y軸を時間、X軸を空間──緯度を示している」
「それで?」
「この赤い印は2011年の朱倉岳、青い印を同じく2011年の青鷺島と考えてくれたまえ」
「両者は同じ時間軸上に存在するが、空間については別の位置にある、ということだ」
「両者をY軸上においてプラス方向に移動し、このような状態とする」
「2地点の時間は2011年から2012年へと変化した」
「これが我々が体験する「時間の経過」というやつだ」
「もちろん、わかるだろう?」
「問題ない」
「朱倉岳と青鷺島が、このように同じ時間軸上に存在し、異なるのが空間だけであるならば、
転移にはなんの支障もない」
「そうだな」
「だが……」
「実際のところは、こうだ」
「冬川こころの朱倉岳は2011年に存在し、我々のいる青鷺島は2012年にある」
「空間ばかりか、時間までも座標軸が異なっている」
「このままでは転移はできない」
「両地点に双子の粒子を飛ばすこともできないし、
送信側から受信側へと測定結果を伝達することもできない」
「つまり、量子情報の変換を行うことができない、というわけだな」
「その通り」
「では、どうするんだ? いや……」
「どうやってるんだ?」
「ふたつの地点の座標を1本の直線で結ぶのさ」
「リンクを結ぶんだ」
「仮に、この直線を『t´』と呼ぼう」
「しかし、これだけではなんの解決にもならないだろう?」
「まだわからないかい?」
「先程言っただろう? 装置は時間を歪める、と」
「まさか……」
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