リオン・シンフォステラ
白い視界が回復して、周りの景色が見えるようになるころには、混濁した意識がベッドの上で覚醒していた。
「あれ、俺確か天上にナイフで殺されかけて……偉そうな声を聞いて……どうなったんだ?」
十羽は自分の今置かれている状況が把握できず、頭の中を整理しようと周りを確認した。すると、どこかはわからないが部屋の一室にいるようだ。パッと見で部屋は六畳ほどで、ベッドの右側には鏡台があり、その奥にはチェストが並び色は白で統一されている。そしてその上にはクマやら馬やらのぬいぐるみがズラッと並べられていた。視界の左側には窓が嵌められているようだがカーテンで外の景色は見えない。
「誰かの家の中なのか?それとも俺はあのときナイフで殺されてここは天国だったり?それはさすがにないか。でも駆がいないってことはここは安全ってことだ。」
そんな様子でブツブツと独り言を言っていると、安心感でドッと疲れが押し寄せてきた。今はとりあえず考えるのをやめようとそのまま自分が寝ていたベッドにうつ伏せに寝転がった。目を瞑るとベッドからとても甘くてずっと嗅いでいたい匂いが鼻を通り抜けてくる。頭が溶けそうだ。安心する。そんな気持ちになっていると、いつのまにか枕に顔を押し付けて深呼吸をしていた。このまま少し眠ってしまいたいっと意識がまどろんできて、あと少しで手を伸ばせば完全に意識が消える。そう思った瞬間部屋の奥の扉がキィと音を出して開いた。
「きっしょ!!! ちょっとあんた何してんのキモすぎ!! クソ雑魚ナメクジの分際で私のベッド、聖域を汚さないでよ!!」
飛び起きて声のする方を向くとそこには女の子がこちらを指差して、ブチギレて立っていた。どうやらこの部屋の主で、十羽が枕に顔を押し付けているのを目撃して激昂しているようだ。このままでは自分が他人のベッドの匂いを嗅ぎまわる変態認定されてしまいそうだったのですかさず訂正する。
「いやちょっとまて! 俺気づいたらここに寝てただけで状況がよくわかんないんだ! それに俺はこんな枕の匂いで発情するような童貞じみたことしないし、ましてやこの匂いで膨れ上がったいかがわしい気持ちを発散しようだなんて思ってない!」
と二言ほど余計な説明を付け足して反論したが、部屋の主の機嫌はよくなる様子は無くむしろ苛烈さを増した様子で、チェストの上にある全力で投げたら人を殺せるくらい重そうな小さい石の彫刻を振りかぶり、全力投球。見事、十羽の顔面のストライクゾーンにその球はめり込んで、十羽の視界は今度は白では無く、赤に染まってブラックアウトした。
「起きなさい! ちょっと! いつまでん寝てんのよ! おーきーろ!」
顔に冷たいものをかけられ、十羽はハッと目を覚ました。目の前には自分より少し背の低い女が花瓶を持って自分を上から見下ろしている。察するに花瓶の水を顔にぶちまけられて起こされたようだ。自分に凶器を投げつけた女だ。よく見てみると口も悪いし凶暴だが、顔はかわいい……というか普通に超ドタイプだった。髪は肩にかかっていて所々ピンク色に染めてある。いわゆるメッシュという奴だ。かなり……少しだけ、ほんの少しだけ見惚れてしまったが、そんなことより今椅子に縛り付けられて身動きが取れない状況に身の危険を感じたので余計なことは言わず流れに身をまかせることにした。
「さっきので、私のベッドで発情してたのは無しにしてあげる。」
「だからしてねえって!てか、この状況説明してくれないか。俺確か神社で殺されかけて……それで……ここは病院かなんかなのか?」
「そんなわけないでしょ。ここは私の自室よ。そしてついでにあんたのこと助けたのもこのワ・タ・シ。感謝しなさいよね。」
「君が助けてくれた?もしかして襲われてるときの話しかけてきて、転移何たらかんたら〜って言ってたのも?」
「そうよ、ぜーんぶこの私がやってあげたの。頭床に擦り付けて感謝するくらいしてもいいわね。」
仰け反りすぎてそのままの勢いでブリッジしてしまうくらい偉そうに話す女。
「まあ、確かに俺は死んでないし、礼は言っておく、ありがとう。それでここはどこなんだ?」
「異世界」
「は?」
「飲み込み悪いわね〜。あんたみたいな見るからに陰気な奴にもわかるようにわかりやすく言ってあげたのに。ここはあんたが住んでたところとは別の世界でここはシンフォステラ王国の王女であるこの私、リオン・シンフォステラ様の自室よ。」
あまりに唐突すぎる返答に豆鉄砲を食らった様子の十羽。
「異世界?じゃあ転移っていうのは異世界に転移しましたって文字通りの意味で、俺は今まで住んできた世界とは別のところにいると?」
「そういうことね。」
「なるほど……な。それで君は、この国の王女で……それで俺はこれからどうなるわけ?」
「転移する前に言ったじゃない。貸しひとつって。貸しを返してもらうの。」
「命を救ってもらった訳だしできることならなんでもするけどさ、何がご所望?」
「よくぞ聞いてくれたわね!あなたは私に命を助けられたお礼として、
「冒険?」
リオンがくるっと後ろを向き窓の方へ歩いていく。手を伸ばしカーテンを掴むと勢いよく閉まっていたカーテンをめくりあげた。カーテンが宙に舞い、光が部屋の中に差し込みあまりの眩しさに目を瞑る十羽。外の景色を見ようと目を開けてみるとそこには自分がアニメや漫画で見たような町が広がっていた。この部屋が高いところに位置しているのか町の向こうには美しい平原と澄み渡る蒼穹が広がっている。地平線はどこまでも続くようで果てしない。
「綺麗、だな。めちゃくちゃ綺麗だ。」
十羽の心は目の前の見たこともない景色に心震わせていた。胸が高鳴る。
「ええ、そうね。あんたがいた元の世界より何倍も面白そうでしょ。私と冒険する気になった? まあ別にならなくても貸しがあるんだから付いてきてもらうけどね」
そういっていたずらな笑顔を浮かべるリオンの顔は後ろの景色と相まってなんというか、めちゃくちゃかわいい。顔が赤くなりそうだったのを悟られないように話を振る十羽。
「そのあんたっていうのはやめてくれ。俺は十羽、段上十羽だ。名前で呼んでくれ。それと、冒険の件はリオンに付いて行くことにきめたよ。向こうの世界は正直住みづらいし、こっちのほうが楽しそうだ。」
「てっきり向こうの世界に帰りたいってゴネるかと思ったけど意外と男らしいとこあるじゃない。見直したわ。じゃあ早速この城を出るわよ。時間がないわ。」
「そうなのか?別にゆっくり装備を整えてからでも遅くは……」
と言葉を続けやうとするところにリオンが割って入る。
「何言ってるの。私達はこの城を脱走して追われる身になるのよ」