2019年2月24日
黒い現と白い夢(仮)
第四章(下)
浅葱の妄言に端を発したこの奇妙な事件。
いや、事件と言える程の事でもない、か。
浅葱の記憶が倒れたショックで少々混乱しているだけだ。
美味しい紅茶でも淹れて、一息つけば彼の絡まった記憶も解けよう。
隈川さんには申し訳ないが、試作品ではなく改めて淹れてもらうとしよう。
そうだな、不安定な気持ちを落ち着かせるにはまろやかでほっこりとした甘い香りのアッサムにしよう。
さて、そろそろ私の優雅な休日を返してもらわなければな。
「だから本当なんですって!乾執事から再びカップを渡されて、それは実は割れたはずのあのカップで...」
「だからそれはもう...」
杉村が呆れた顔で浅葱を遮る。
「そこで隈川さんにも会ったんです!隈川さんなら覚えてますよね?」
「はて、会ったような。会ってないような...」
とぼけているのか何なのか、隈川さんはティーカップをくるくると回して遊んでいる。
「あ、でもこの試作した紅茶のレシピが思いついたのは、夢を見たからなんだよねぇ」
「夢?なんの話です?」
杉村がぽかんとした表情で隈川さんに尋ねる。
「いやね、夢で紅茶を作っていたんだよ。そしたらさ、そこに浅葱くんが現れたんだ。そして二人であれやこれや話しているうちに、あの紅茶が完成したのさ。その時の記憶を元に作ったのが、この紅茶ってわけ」
「浅葱と一緒に作った?また業の深い夢ですね。その夢が原因でまさか浅葱が倒れるきっかけになるなんて」
私はこみ上げる笑いを堪えながら言った。
「で、思うんだけどさ。さっきの黒崎くんの夢はパラレルうんたらかんたらって話あったじゃあないか」
「うんたら・・・って夢は並行世界の自分が見た記憶を共有してるって話ですよね。だからパラレルワールドはあるんじゃないかってことですが、それがなにか?」
「その話がもし本当だとするなら、だよ?浅葱くんはもしかしたら並行世界へ行ったんじゃあないかな」
「それはいくらなんでも突飛すぎやしませんか隈川さん」
「ありうる話だよ?」
「並行世界の記憶を夢で見ているから、並行世界の存在が確認できるという仮説を立てただけであって、並行世界に行けるという話はしてませんよ。それはまた別次元の話です」
「でもさ、並行世界が本当にあるなら、いけるとは思わないのかい?」
「そりゃあそっちの方が浪漫がありますけどね。世界には不可思議なことが溢れかえってますから、ありえないなんてことはありえないとは思っています。実際に並行世界に行ってしまったという事例も世界では起きていますから」
「え、そうなの?」
「あぁ、例えば眠りから覚めたら知らない空間にいたとか、過去も現在でも存在しない誰も知らない国からやってきた男が発見された事例とかがあるな」
「起きたら違う場所なんて、僕でもあるさ。ベッドで寝ていたのに、気が付いたらキッチンで料理してたなんてこともあるしね」
「それはお前・・・夢遊病かなにかだろ」
「それに知らない国なんて、その男が嘘をついている可能性だってあるよ?」
「それが、明らかに存在しないはずのその国のパスポートや通貨までもが男の所持品から発見されたらしい」
「へぇ、不思議だねぇ」
「実際に並行世界への行き方なんかも情報はあるらしいですが、眉唾ものですね。しかしながら、浅葱がもし並行世界へ行ったとするならば、なぜ今ここにいるんでしょうか」
「またよくわからない話になってきましたね・・・ああ」
浅葱が頭を掻きむしる。
「単純に、気絶したという一瞬の内に並行世界へ行って帰ってきたんじゃ?」
隈川さんは手のひらをポンと打ってそう言った。
「んー...まぁ確かに浅葱から聞いた夢のような話も、浅葱自身事細かく記憶しているし、なんだか妙に現実味がありますね。気絶して起きたら違和感のある自分の部屋だったというのも、並行世界へ行った事例と類似していますしねぇ」
「となると、考えられない話じゃあないよね?」
「ただ気になることが二つあるのです」
「なんだい?」
「一つは時間軸ですよ。浅葱はその並行世界かもしれないところへ行ったとき、何月何日何時ごろだったか覚えているか?」
「さぁ、そこまでは。あ、ただ時刻は午後4時過ぎくらいだったような気がします。寝坊だと思ってお屋敷へ走りましたから。その時は今日と同じ休館日だったんですけどね」
「そうか、ただ同じタイミングで乾執事が現れたことや、隈川さんが紅茶を試作していたことを鑑みると、日付は今日と同じの様だね。気絶する少し前の時間に行ったってことになるな」
「はぁ」
「ということは並行世界へ行ってしまうときは、時間さえも飛び越えてしまう可能性があるってことか。一種のタイムスリップだな。ただ我々の認識で言うタイムスリップとは違う。この世界の過去未来を行き来するのではなく、違う世界の過去や未来に行ってしまう可能性があるってことだ」
「でも違う世界って言っても、乾執事や隈川さんは同じような時刻に現れたわけだし、お屋敷も休館日だったし、そんなに違う世界ってわけでもないんじゃない?」
「確かにそうだが、浅葱の部屋に違和感があったことを考えると、並行世界とはいえど、ほんの少し現在の世界からずれただけの世界かもしれないな」
「よ、よくわからないよ。どういうこと?」
「前にも言ったように、並行世界は分岐して出来る世界だ。小さな分岐なら石を蹴った世界と蹴らなかった世界みたいに分かれる。もっと大きなずれを例えるなら、太古の昔に恐竜を絶滅させた隕石が地球に落ちずに、今でも恐竜と人間が共存している世界もあるかもしれない、とかな」
「またまたややこしい話になってきましたね。よくわかんないですから次いきましょうよ!もう一つの気になることってなんですか」
「全く我慢ならない子だ。もう一つは、並行世界へ行ったなら、そもそもその世界にいるはずのもう一人の浅葱はどこにいるのかってこと」
「確かに!僕映画で見たことありますよ!主人公がタイムスリップして、もう一人の自分と出会わない様に過去を変えていくあの名作!」
「確かにタイムスリップなら、もう一人の自分は存在するはずだよね。でも並行世界ってやつは、違うんでしょ?何かわからないけど」s
「これも仮説でしかないが、並行世界へ行くっていうのは、自分自身の体が行くわけじゃあなく、意識だけが行くのかもしれないな」
「意識だけ?」
「ああ、何らかのきっかけで、この世界の浅葱の意識が、並行世界の浅葱の意識と入れ替わってしまったのかもしれない」
「浅葱はどうなの?並行世界へ行ったって感覚はあるのかい?」
「と言われましても...でも自分でははっきりと割れていないティーカップも見ましたし、隈川さんと話した記憶もあります。ただ並行世界へ行ったという時も帰ってきたという時も気絶したのがきっかけみたいですから、そこははっきりとは自覚できませんよ」
「気絶したのがきっかけかぁ....ならもう一度試してみようか」
「え!?」
「せっかく用意したんだ、無駄にならなくてよかった」
杉村はそう言って再びバールのような物を取り出した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
「待て杉村、ただ単純に気絶させただけじゃ意味は無いのかもしれない。浅葱、並行世界で再び気絶した時も、隈川さんのあの紅茶を飲んだんだよな?」
「えぇ、絶望的に美味しくなくて...三度目は結構ですからね!」
「いや、となると....もしかしたら、この紅茶が並行世界へ行く鍵になるんじゃないか?」
「そんなわけ」
隈川さんがぼそりと呟く。
「浅葱がこの世界で気絶したのも、並行世界で気絶したのも、この紅茶が原因なんだ。可能性はあり得るだろ?」
「なら、お二人が飲んだらいいじゃないですか。僕の体験が嘘じゃないって証明できるかもしれませんし」
「どうする?黒崎」
「何だか急な展開だけど、面白そうな事になってきたみたいだし、やってみたら?」
隈川さんがぐいぐいと私の肩を押す。
確かに、自分の目で確かめられるならこんなに面白いことはない。
優雅な休日を取り戻すことはやめにして、これまで人類が辿り着くことができなかった宇宙の真理とも言える謎を、解き明かしてみようじゃあないか。
「行こう。杉村」
「え、本気で?!もう行ける気になっちゃってるけど、あの紅茶を飲むんだよ?死ぬかもしれない」
「失敬な」
隈川さんが指で杉村の頬を突く。
「これは、俺の人生をかけた大冒険さ。大冒険にはリスクはつきものだろ。そして杉村、お前はいつも俺と一緒だ。お前と、共に行きたいんだ」
「どうするんです?杉村さん」
「そんなキラキラした瞳で見られちゃあ、断れるわけないだろ。わかったよ。君と僕は二人で一人、何をするのも何処へ行くのもいつも一緒。君が行くなら、何処までもついて行ってやるさ!」
「杉村...」
「黒崎...」
「杉村...」
「黒崎...」
「杉ー」
「早く飲んでくださいよ!」
「ったく、今二人の心を確かめ合ってるんだよ。邪魔するなよな」
そんな私達をよそに、隈川さんは既に紅茶を注いでいた。
「さぁ、召し上がれ」
差し出された紅茶を眺めていると、心臓の鼓動が段々と大きくなっていくのがわかる。
私は、これから杉村と共に人類の神秘に触れることとなるのだ。
その期待がこの胸を高鳴らせているのだろう。
しかし、一つの懸念がまた、この鼓動の源になっているであろうこともわかっている。
並行世界へ行ってしまったら、無事に帰ってくることができるのか。
などということではない。
一番の問題は、杉村と同じ並行世界へ行けるのかということだ。
二人の間で、大きく時間の軸がずれることも、世界の軸がずれることもあり得る。
それを考え出すと、より一層鼓動が早くなってゆく。
だが私は信じよう。
二人の絆が持つ力を、どんな世界でもいつの世界でも、
きっと二人の絆が私と杉村を引き合わせてくれるはずさ。
「行くぞ、杉村」
「いつでもいいよ、黒崎」
私と杉村は、なみなみと紅茶が注がれたカップを手に、互いの息を合わせ一気に・・・
「「ええい、ままよ!」」
・
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どれくらい眠っていたのでしょうか。
まったく変な夢を見たものでございます。
悪夢とは言わないまでも、到底理解の及ばぬややこしい夢でした。
記憶もあやふやで、どんな夢だったかはあまり思い出せませんが、
唯一覚えているのは、私は夢の中でとても楽しそうにしておりました。
きっと気の置ける仲間と共に、お茶でも飲みながらくだらない話で盛り上がっていたのでしょう。
夢というものは本当に不思議なものでございますね。
私には何がどうなって人は夢を見るのか、
何が夢の中のストーリーを作り上げるのかはまったくもってわかりませんが、
今度お暇を頂戴した時には、夢について調べてみたいと存じます。
調べがつきましたら、お嬢様にもぜひお話しとうございます。
とその前に、彼にも話してみましょうかね。
きっと、怪訝な顔をして「う~ん」と頭を捻らせることでしょう。
ふふ、今から楽しみでございます。
では、今日の執事日誌はこれにて
またいつか、その時まで続く
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お嬢様、いかがでしたでしょうか。
ええ、そうでしょうとも。
お気持ちはわかります。
きっと理解が及ばぬと申しあげたのは、この通りにございます。
私とてほとんど理解しておりません。
ただ、聞いていただきたかったのです。
私の見た、奇妙な夢の話を。
お嬢様もまた、興味深い夢を見たのならば、
お聞かせくださいませ。
黒崎
浅葱の妄言に端を発したこの奇妙な事件。
いや、事件と言える程の事でもない、か。
浅葱の記憶が倒れたショックで少々混乱しているだけだ。
美味しい紅茶でも淹れて、一息つけば彼の絡まった記憶も解けよう。
隈川さんには申し訳ないが、試作品ではなく改めて淹れてもらうとしよう。
そうだな、不安定な気持ちを落ち着かせるにはまろやかでほっこりとした甘い香りのアッサムにしよう。
さて、そろそろ私の優雅な休日を返してもらわなければな。
「だから本当なんですって!乾執事から再びカップを渡されて、それは実は割れたはずのあのカップで...」
「だからそれはもう...」
杉村が呆れた顔で浅葱を遮る。
「そこで隈川さんにも会ったんです!隈川さんなら覚えてますよね?」
「はて、会ったような。会ってないような...」
とぼけているのか何なのか、隈川さんはティーカップをくるくると回して遊んでいる。
「あ、でもこの試作した紅茶のレシピが思いついたのは、夢を見たからなんだよねぇ」
「夢?なんの話です?」
杉村がぽかんとした表情で隈川さんに尋ねる。
「いやね、夢で紅茶を作っていたんだよ。そしたらさ、そこに浅葱くんが現れたんだ。そして二人であれやこれや話しているうちに、あの紅茶が完成したのさ。その時の記憶を元に作ったのが、この紅茶ってわけ」
「浅葱と一緒に作った?また業の深い夢ですね。その夢が原因でまさか浅葱が倒れるきっかけになるなんて」
私はこみ上げる笑いを堪えながら言った。
「で、思うんだけどさ。さっきの黒崎くんの夢はパラレルうんたらかんたらって話あったじゃあないか」
「うんたら・・・って夢は並行世界の自分が見た記憶を共有してるって話ですよね。だからパラレルワールドはあるんじゃないかってことですが、それがなにか?」
「その話がもし本当だとするなら、だよ?浅葱くんはもしかしたら並行世界へ行ったんじゃあないかな」
「それはいくらなんでも突飛すぎやしませんか隈川さん」
「ありうる話だよ?」
「並行世界の記憶を夢で見ているから、並行世界の存在が確認できるという仮説を立てただけであって、並行世界に行けるという話はしてませんよ。それはまた別次元の話です」
「でもさ、並行世界が本当にあるなら、いけるとは思わないのかい?」
「そりゃあそっちの方が浪漫がありますけどね。世界には不可思議なことが溢れかえってますから、ありえないなんてことはありえないとは思っています。実際に並行世界に行ってしまったという事例も世界では起きていますから」
「え、そうなの?」
「あぁ、例えば眠りから覚めたら知らない空間にいたとか、過去も現在でも存在しない誰も知らない国からやってきた男が発見された事例とかがあるな」
「起きたら違う場所なんて、僕でもあるさ。ベッドで寝ていたのに、気が付いたらキッチンで料理してたなんてこともあるしね」
「それはお前・・・夢遊病かなにかだろ」
「それに知らない国なんて、その男が嘘をついている可能性だってあるよ?」
「それが、明らかに存在しないはずのその国のパスポートや通貨までもが男の所持品から発見されたらしい」
「へぇ、不思議だねぇ」
「実際に並行世界への行き方なんかも情報はあるらしいですが、眉唾ものですね。しかしながら、浅葱がもし並行世界へ行ったとするならば、なぜ今ここにいるんでしょうか」
「またよくわからない話になってきましたね・・・ああ」
浅葱が頭を掻きむしる。
「単純に、気絶したという一瞬の内に並行世界へ行って帰ってきたんじゃ?」
隈川さんは手のひらをポンと打ってそう言った。
「んー...まぁ確かに浅葱から聞いた夢のような話も、浅葱自身事細かく記憶しているし、なんだか妙に現実味がありますね。気絶して起きたら違和感のある自分の部屋だったというのも、並行世界へ行った事例と類似していますしねぇ」
「となると、考えられない話じゃあないよね?」
「ただ気になることが二つあるのです」
「なんだい?」
「一つは時間軸ですよ。浅葱はその並行世界かもしれないところへ行ったとき、何月何日何時ごろだったか覚えているか?」
「さぁ、そこまでは。あ、ただ時刻は午後4時過ぎくらいだったような気がします。寝坊だと思ってお屋敷へ走りましたから。その時は今日と同じ休館日だったんですけどね」
「そうか、ただ同じタイミングで乾執事が現れたことや、隈川さんが紅茶を試作していたことを鑑みると、日付は今日と同じの様だね。気絶する少し前の時間に行ったってことになるな」
「はぁ」
「ということは並行世界へ行ってしまうときは、時間さえも飛び越えてしまう可能性があるってことか。一種のタイムスリップだな。ただ我々の認識で言うタイムスリップとは違う。この世界の過去未来を行き来するのではなく、違う世界の過去や未来に行ってしまう可能性があるってことだ」
「でも違う世界って言っても、乾執事や隈川さんは同じような時刻に現れたわけだし、お屋敷も休館日だったし、そんなに違う世界ってわけでもないんじゃない?」
「確かにそうだが、浅葱の部屋に違和感があったことを考えると、並行世界とはいえど、ほんの少し現在の世界からずれただけの世界かもしれないな」
「よ、よくわからないよ。どういうこと?」
「前にも言ったように、並行世界は分岐して出来る世界だ。小さな分岐なら石を蹴った世界と蹴らなかった世界みたいに分かれる。もっと大きなずれを例えるなら、太古の昔に恐竜を絶滅させた隕石が地球に落ちずに、今でも恐竜と人間が共存している世界もあるかもしれない、とかな」
「またまたややこしい話になってきましたね。よくわかんないですから次いきましょうよ!もう一つの気になることってなんですか」
「全く我慢ならない子だ。もう一つは、並行世界へ行ったなら、そもそもその世界にいるはずのもう一人の浅葱はどこにいるのかってこと」
「確かに!僕映画で見たことありますよ!主人公がタイムスリップして、もう一人の自分と出会わない様に過去を変えていくあの名作!」
「確かにタイムスリップなら、もう一人の自分は存在するはずだよね。でも並行世界ってやつは、違うんでしょ?何かわからないけど」s
「これも仮説でしかないが、並行世界へ行くっていうのは、自分自身の体が行くわけじゃあなく、意識だけが行くのかもしれないな」
「意識だけ?」
「ああ、何らかのきっかけで、この世界の浅葱の意識が、並行世界の浅葱の意識と入れ替わってしまったのかもしれない」
「浅葱はどうなの?並行世界へ行ったって感覚はあるのかい?」
「と言われましても...でも自分でははっきりと割れていないティーカップも見ましたし、隈川さんと話した記憶もあります。ただ並行世界へ行ったという時も帰ってきたという時も気絶したのがきっかけみたいですから、そこははっきりとは自覚できませんよ」
「気絶したのがきっかけかぁ....ならもう一度試してみようか」
「え!?」
「せっかく用意したんだ、無駄にならなくてよかった」
杉村はそう言って再びバールのような物を取り出した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
「待て杉村、ただ単純に気絶させただけじゃ意味は無いのかもしれない。浅葱、並行世界で再び気絶した時も、隈川さんのあの紅茶を飲んだんだよな?」
「えぇ、絶望的に美味しくなくて...三度目は結構ですからね!」
「いや、となると....もしかしたら、この紅茶が並行世界へ行く鍵になるんじゃないか?」
「そんなわけ」
隈川さんがぼそりと呟く。
「浅葱がこの世界で気絶したのも、並行世界で気絶したのも、この紅茶が原因なんだ。可能性はあり得るだろ?」
「なら、お二人が飲んだらいいじゃないですか。僕の体験が嘘じゃないって証明できるかもしれませんし」
「どうする?黒崎」
「何だか急な展開だけど、面白そうな事になってきたみたいだし、やってみたら?」
隈川さんがぐいぐいと私の肩を押す。
確かに、自分の目で確かめられるならこんなに面白いことはない。
優雅な休日を取り戻すことはやめにして、これまで人類が辿り着くことができなかった宇宙の真理とも言える謎を、解き明かしてみようじゃあないか。
「行こう。杉村」
「え、本気で?!もう行ける気になっちゃってるけど、あの紅茶を飲むんだよ?死ぬかもしれない」
「失敬な」
隈川さんが指で杉村の頬を突く。
「これは、俺の人生をかけた大冒険さ。大冒険にはリスクはつきものだろ。そして杉村、お前はいつも俺と一緒だ。お前と、共に行きたいんだ」
「どうするんです?杉村さん」
「そんなキラキラした瞳で見られちゃあ、断れるわけないだろ。わかったよ。君と僕は二人で一人、何をするのも何処へ行くのもいつも一緒。君が行くなら、何処までもついて行ってやるさ!」
「杉村...」
「黒崎...」
「杉村...」
「黒崎...」
「杉ー」
「早く飲んでくださいよ!」
「ったく、今二人の心を確かめ合ってるんだよ。邪魔するなよな」
そんな私達をよそに、隈川さんは既に紅茶を注いでいた。
「さぁ、召し上がれ」
差し出された紅茶を眺めていると、心臓の鼓動が段々と大きくなっていくのがわかる。
私は、これから杉村と共に人類の神秘に触れることとなるのだ。
その期待がこの胸を高鳴らせているのだろう。
しかし、一つの懸念がまた、この鼓動の源になっているであろうこともわかっている。
並行世界へ行ってしまったら、無事に帰ってくることができるのか。
などということではない。
一番の問題は、杉村と同じ並行世界へ行けるのかということだ。
二人の間で、大きく時間の軸がずれることも、世界の軸がずれることもあり得る。
それを考え出すと、より一層鼓動が早くなってゆく。
だが私は信じよう。
二人の絆が持つ力を、どんな世界でもいつの世界でも、
きっと二人の絆が私と杉村を引き合わせてくれるはずさ。
「行くぞ、杉村」
「いつでもいいよ、黒崎」
私と杉村は、なみなみと紅茶が注がれたカップを手に、互いの息を合わせ一気に・・・
「「ええい、ままよ!」」
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どれくらい眠っていたのでしょうか。
まったく変な夢を見たものでございます。
悪夢とは言わないまでも、到底理解の及ばぬややこしい夢でした。
記憶もあやふやで、どんな夢だったかはあまり思い出せませんが、
唯一覚えているのは、私は夢の中でとても楽しそうにしておりました。
きっと気の置ける仲間と共に、お茶でも飲みながらくだらない話で盛り上がっていたのでしょう。
夢というものは本当に不思議なものでございますね。
私には何がどうなって人は夢を見るのか、
何が夢の中のストーリーを作り上げるのかはまったくもってわかりませんが、
今度お暇を頂戴した時には、夢について調べてみたいと存じます。
調べがつきましたら、お嬢様にもぜひお話しとうございます。
とその前に、彼にも話してみましょうかね。
きっと、怪訝な顔をして「う~ん」と頭を捻らせることでしょう。
ふふ、今から楽しみでございます。
では、今日の執事日誌はこれにて
またいつか、その時まで続く
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お嬢様、いかがでしたでしょうか。
ええ、そうでしょうとも。
お気持ちはわかります。
きっと理解が及ばぬと申しあげたのは、この通りにございます。
私とてほとんど理解しておりません。
ただ、聞いていただきたかったのです。
私の見た、奇妙な夢の話を。
お嬢様もまた、興味深い夢を見たのならば、
お聞かせくださいませ。
黒崎
Filed under: 黒崎 — 14:00