2018年8月26日
黒い現と白い夢(仮)
ご機嫌麗しゅうございます。
黒崎でございます。
夢というものは、何故あんなにもちぐはぐにしか思い出せないのでしょうか。
どれ程鮮明に見えても、目覚めた頃には夢の大筋程度しか覚えていない。
そんなもやもやする朝を何度過ごしたことでしょう。
私だけでございますかね。
さて、お話の続きに参りましょう。
第四章(上) 一つがいの狂気
「・・・黒崎さん・・・杉村さんも、どうしてここに」
浅葱は呆気にとられた様子で私達を見上げていたが、それは私達とて同じことであった。
意識を取り戻す気配さえ感じさせなかった彼が途端に目を覚まし、先ほどまでの記憶などなかったかのように呆けたことを宣っているのだから、なんともやるせない。
「どうして、って・・・さっきからずっと一緒だったじゃあないか」
杉村が呆れたように言い聞かせる。
「なんでこんなところに・・・」
「だから、浅葱はずっとここにいたじゃあないか。白目をむいて」
「はぁ・・・」
浅葱は尚も腑に落ちないといった様子で私たちを見上げている。
その惚けた表情を見ていると、私達二人と浅葱の間に生じた齟齬を事細かにかみ砕き、理解に乏しい後輩に優しく説いてあげる気にすらならない。
私は一つため息をつき、不可解な浅葱の言動を追求するよりも、思わぬ事故により妨げられてしまった有意義な休日を仕切り直そうかと思案していたところ、杉村が閃いたように声を上げた。
「・・・もしかして浅葱、記憶が飛んでしまったんじゃあないか?」
「え?・・・いや、あの―」
「きっとそうだよ!記憶喪失だよ、記憶喪失!きっと倒れた拍子に後頭部でもぶつけて、ここ数時間の記憶が飛んでしまったんだよ。僕や黒崎の名前を憶えているあたり過去の記憶はあるだろうが、このティーサロンに於いて如何なる悲劇が繰り広げられたのかなどは覚えていないのだろう。黒崎もそう思うだろ?いやぁ、こんなことあるものなんだねぇ!」
記憶喪失・・・どこかで聞いた話だなと思いつつ、不変で普遍な日常に突如現れた非日常的な事象に喜々として推察を述べる杉村を放っておくこともできないので、私は休日に戻ることを諦めて状況の整理に努めることにした。
「つまりだ、浅葱。杉村の言う通り、君は何らかの強い衝撃を受けて短期的に記憶を喪失してしまっているのかもしれない。その強い衝撃の原因はいくつか思い当たる節があるが―」
「いえ、黒崎さん・・・そうではなくて―」
私の言葉を遮り、何かを言いかけた浅葱をさらに杉村が遮った。
「大丈夫だよ浅葱!記憶を失ってしまうなんて相当の事だろうに、頭が錯乱するのも無理ないよ。失った記憶のことは僕と黒崎に任せて、大船に乗った気持ちでゆっくりしてなよ」
「あの、別に記憶が消えたわけでは―」
「なぁ、杉村。以前に本で読んだことがあるんだが・・・記憶を取り戻すには記憶を失った時と同じ衝撃を与えることが重要らしいんだ。まずはあらゆる手法を用いて浅葱に衝撃を与えてみようじゃあないか」
「あの、黒崎さん?僕の話聞いてますか・・・」
「それはいいな。やろう!それなら、何か衝撃を与えられそうなものを持ってこようか。用意してくるから、黒崎も何か妙案があるなら、一緒に試そう!」
「ちょっと!僕の話も聞いてくだ―」
浅葱が何か喚いていたようだが、錯乱するのも無理はない。記憶を失う辛さは、さぞ甚大なものなのであろう。
そして私と杉村は、可愛い可愛い後輩を救うべく、めいめい【記憶を取り戻すほどの衝撃】を用意して再び集まることにしたのである。
好奇心に道徳はないとはよく言ったもので、それは人の心の隙間に入り込み、元々潜んでいたであろう些細な欲望を増幅させ、時には人格を変えてしまう程の劇薬に成り得るのです。
私は、今からその非道徳的な欲望の犠牲となってしまうのです...
「お待たせ。少々準備に手間取ってしまったが、何とか用意できたよ」
「お、来たね黒崎。僕はもう大丈夫だ。ささ、早く試そうじゃあないか。浅葱、心の準備は出来たかい?」
杉村さんにそう問いかけられ、私はぶんぶんと必死に首を横に振りました。
真に否定の姿勢を示すならば、体だけではなくはっきりと言葉で示すことも重要ではありますが、今の私にはそうもいかないのです。
布で口を塞がれ、声を発せられないようにされているのです。
「ごめんよ、浅葱。君に与えた衝撃が元で叫び声なんか上げられた日には、執事の方々が何事かと飛んできてもおかしくないからねぇ。そうなると、この現場を目撃されてしまうのは非常にまずい。如何に君を救う為の事だとしても、ね」
私は、いつもと変わらぬ菩薩の様な笑顔を見せる杉村さんの目の奥に、髑髏の影を見た...
「では、まずはこういった趣向はどうだろう」
そう言って黒崎さんはおもむろに背後から握りこぶしが二つ程入るであろう大きさの柄杓を取り出した。
欲望に囚われた先輩方が考えうることですから、一体どれほどの衝撃が待ち受けているのかと思っておりましたが、柄杓でしたら何のことはありませんね。
おおかたその柄杓で私の後頭部を小突いて終わりでしょう。
「これで浅葱の頭から熱湯をかけるというのはどうだろう」
「なるほど!熱ショック療法だね」
まさか柄杓を主軸としない方法に打って出るとは...奇を衒うのは黒崎さんの定石であることを忘れておりました。
幾度か感じたことのある絶命の危機に怯え、耐えかねた私は逃走を図りましたが、やはり出来ないことはわかっておりました。
「あ、逃げようとしちゃいけないよ。君の手足は椅子に括りつけてあるからね。暴れられたら、何かとやりにくいからさ。ごめんよ」
足掻くこともできず、私はこのまま欲望に蹂躙されていくのかと半ば諦めておりました。
敬愛する先輩方の良心に少しでも後輩を労る気持ちがあればという一縷の希望さえも薄れて参りました。
「さぁ...いくぞ」
そして心無しか低く野太く響く黒崎さんの声を聞き、腹を括ろうと決めた時でした。
「なにやってるの?」
そう言って私達の前に現れたのは...また隈川さんでした。
「隈川さん....あ、これはその...ちょっとした戯れってやつです」
焦った様子で答える杉村さんが手を後ろにまわすと、袖から長さ30センチ程のバールのようなものがゴトっと落ちた。
「あ、しまった」
黒崎さんの熱湯攻めの後にこのような恐ろしいものが待ち受けていようとは・・・杉村さんはそのバールのようなもので一体何をしようとしていたのでしょうか。
ともかく、ここで隈川さんの登場はまさに天の助け。
これまでの所業を思い起こせば隈川さんには良い思い出もありませんが、この制裁とも捉えられる有様を見ては助けずにはいられないでしょう。
戯れだとしても、そもそも凶器にもなりうるものが眼下に転がっていおりますし、杉村さんの焦った表情を見れば怪しまずにはいられない。
またも私は命の危機から脱することになるのですね。
もはやこの先何があろうと怖いものなど無くなるでしょう。
ただ、少しばかり気になることは、何故だか先輩方が小刻みに震えているということです。
隈川さんから大目玉くらうことにでも怯えているのでしょうか。
いえ、それほど隈川さんが二人にとって畏怖の対象であるとも考えられません。
ならば、一体何に....
続く
黒崎でございます。
夢というものは、何故あんなにもちぐはぐにしか思い出せないのでしょうか。
どれ程鮮明に見えても、目覚めた頃には夢の大筋程度しか覚えていない。
そんなもやもやする朝を何度過ごしたことでしょう。
私だけでございますかね。
さて、お話の続きに参りましょう。
第四章(上) 一つがいの狂気
「・・・黒崎さん・・・杉村さんも、どうしてここに」
浅葱は呆気にとられた様子で私達を見上げていたが、それは私達とて同じことであった。
意識を取り戻す気配さえ感じさせなかった彼が途端に目を覚まし、先ほどまでの記憶などなかったかのように呆けたことを宣っているのだから、なんともやるせない。
「どうして、って・・・さっきからずっと一緒だったじゃあないか」
杉村が呆れたように言い聞かせる。
「なんでこんなところに・・・」
「だから、浅葱はずっとここにいたじゃあないか。白目をむいて」
「はぁ・・・」
浅葱は尚も腑に落ちないといった様子で私たちを見上げている。
その惚けた表情を見ていると、私達二人と浅葱の間に生じた齟齬を事細かにかみ砕き、理解に乏しい後輩に優しく説いてあげる気にすらならない。
私は一つため息をつき、不可解な浅葱の言動を追求するよりも、思わぬ事故により妨げられてしまった有意義な休日を仕切り直そうかと思案していたところ、杉村が閃いたように声を上げた。
「・・・もしかして浅葱、記憶が飛んでしまったんじゃあないか?」
「え?・・・いや、あの―」
「きっとそうだよ!記憶喪失だよ、記憶喪失!きっと倒れた拍子に後頭部でもぶつけて、ここ数時間の記憶が飛んでしまったんだよ。僕や黒崎の名前を憶えているあたり過去の記憶はあるだろうが、このティーサロンに於いて如何なる悲劇が繰り広げられたのかなどは覚えていないのだろう。黒崎もそう思うだろ?いやぁ、こんなことあるものなんだねぇ!」
記憶喪失・・・どこかで聞いた話だなと思いつつ、不変で普遍な日常に突如現れた非日常的な事象に喜々として推察を述べる杉村を放っておくこともできないので、私は休日に戻ることを諦めて状況の整理に努めることにした。
「つまりだ、浅葱。杉村の言う通り、君は何らかの強い衝撃を受けて短期的に記憶を喪失してしまっているのかもしれない。その強い衝撃の原因はいくつか思い当たる節があるが―」
「いえ、黒崎さん・・・そうではなくて―」
私の言葉を遮り、何かを言いかけた浅葱をさらに杉村が遮った。
「大丈夫だよ浅葱!記憶を失ってしまうなんて相当の事だろうに、頭が錯乱するのも無理ないよ。失った記憶のことは僕と黒崎に任せて、大船に乗った気持ちでゆっくりしてなよ」
「あの、別に記憶が消えたわけでは―」
「なぁ、杉村。以前に本で読んだことがあるんだが・・・記憶を取り戻すには記憶を失った時と同じ衝撃を与えることが重要らしいんだ。まずはあらゆる手法を用いて浅葱に衝撃を与えてみようじゃあないか」
「あの、黒崎さん?僕の話聞いてますか・・・」
「それはいいな。やろう!それなら、何か衝撃を与えられそうなものを持ってこようか。用意してくるから、黒崎も何か妙案があるなら、一緒に試そう!」
「ちょっと!僕の話も聞いてくだ―」
浅葱が何か喚いていたようだが、錯乱するのも無理はない。記憶を失う辛さは、さぞ甚大なものなのであろう。
そして私と杉村は、可愛い可愛い後輩を救うべく、めいめい【記憶を取り戻すほどの衝撃】を用意して再び集まることにしたのである。
好奇心に道徳はないとはよく言ったもので、それは人の心の隙間に入り込み、元々潜んでいたであろう些細な欲望を増幅させ、時には人格を変えてしまう程の劇薬に成り得るのです。
私は、今からその非道徳的な欲望の犠牲となってしまうのです...
「お待たせ。少々準備に手間取ってしまったが、何とか用意できたよ」
「お、来たね黒崎。僕はもう大丈夫だ。ささ、早く試そうじゃあないか。浅葱、心の準備は出来たかい?」
杉村さんにそう問いかけられ、私はぶんぶんと必死に首を横に振りました。
真に否定の姿勢を示すならば、体だけではなくはっきりと言葉で示すことも重要ではありますが、今の私にはそうもいかないのです。
布で口を塞がれ、声を発せられないようにされているのです。
「ごめんよ、浅葱。君に与えた衝撃が元で叫び声なんか上げられた日には、執事の方々が何事かと飛んできてもおかしくないからねぇ。そうなると、この現場を目撃されてしまうのは非常にまずい。如何に君を救う為の事だとしても、ね」
私は、いつもと変わらぬ菩薩の様な笑顔を見せる杉村さんの目の奥に、髑髏の影を見た...
「では、まずはこういった趣向はどうだろう」
そう言って黒崎さんはおもむろに背後から握りこぶしが二つ程入るであろう大きさの柄杓を取り出した。
欲望に囚われた先輩方が考えうることですから、一体どれほどの衝撃が待ち受けているのかと思っておりましたが、柄杓でしたら何のことはありませんね。
おおかたその柄杓で私の後頭部を小突いて終わりでしょう。
「これで浅葱の頭から熱湯をかけるというのはどうだろう」
「なるほど!熱ショック療法だね」
まさか柄杓を主軸としない方法に打って出るとは...奇を衒うのは黒崎さんの定石であることを忘れておりました。
幾度か感じたことのある絶命の危機に怯え、耐えかねた私は逃走を図りましたが、やはり出来ないことはわかっておりました。
「あ、逃げようとしちゃいけないよ。君の手足は椅子に括りつけてあるからね。暴れられたら、何かとやりにくいからさ。ごめんよ」
足掻くこともできず、私はこのまま欲望に蹂躙されていくのかと半ば諦めておりました。
敬愛する先輩方の良心に少しでも後輩を労る気持ちがあればという一縷の希望さえも薄れて参りました。
「さぁ...いくぞ」
そして心無しか低く野太く響く黒崎さんの声を聞き、腹を括ろうと決めた時でした。
「なにやってるの?」
そう言って私達の前に現れたのは...また隈川さんでした。
「隈川さん....あ、これはその...ちょっとした戯れってやつです」
焦った様子で答える杉村さんが手を後ろにまわすと、袖から長さ30センチ程のバールのようなものがゴトっと落ちた。
「あ、しまった」
黒崎さんの熱湯攻めの後にこのような恐ろしいものが待ち受けていようとは・・・杉村さんはそのバールのようなもので一体何をしようとしていたのでしょうか。
ともかく、ここで隈川さんの登場はまさに天の助け。
これまでの所業を思い起こせば隈川さんには良い思い出もありませんが、この制裁とも捉えられる有様を見ては助けずにはいられないでしょう。
戯れだとしても、そもそも凶器にもなりうるものが眼下に転がっていおりますし、杉村さんの焦った表情を見れば怪しまずにはいられない。
またも私は命の危機から脱することになるのですね。
もはやこの先何があろうと怖いものなど無くなるでしょう。
ただ、少しばかり気になることは、何故だか先輩方が小刻みに震えているということです。
隈川さんから大目玉くらうことにでも怯えているのでしょうか。
いえ、それほど隈川さんが二人にとって畏怖の対象であるとも考えられません。
ならば、一体何に....
続く
Filed under: 黒崎 — 23:35