大きな背中

大旦那様より、お許しを得て燕尾に袖を通したあの日。

鏡に映った自分の姿。

歪に結われたリボンが滑稽極まりない。

これではお嬢様に笑われてしまうと、解いては結び直す私を案じて、

杉村がリボンを結んでくれたこともございましたね。

「二人で一緒に、立派な使用人になれるよう頑張ろうね」と、

共に紅茶の勉強やお給仕の作法を学び、高め合った仲。

今思い起こせば、彼と一緒だったから、

不安と期待に満ちた険しい道のりを、乗り越えられたのかもしれませんね。

いつしか、二人の歩幅は重なることもなくなり、

それぞれが想う道へと、歩を進めるようになりました。



そして、私の道の先には、優雅に舞う大きな燕達。

追いつこうとしても縮まらぬ、遠い遠い存在。

自分より高く飛べることに羨望を抱きながら、

羽をバタバタとはためかせるも届かず、もがき続ける日々。

目に見えない鎖に繋がれているのかと疑うほどに。

そんな私を見捨てるでもなく、一羽の大きな燕が私の元に降り立ちて、

「早く上がってこい」と言わんばかりの情けと期待をはらんだ眼差しで、私を見守ってくれている。

あなたの目に映る景色はどんなに美しいのでしょうか。そして、共に見る景色は如何に・・・

現実に目を背け、理想の世界に浸ってばかりではいられませんね。

次々と、自分を追い抜く者が現れるやもしれません。



そんなことを、必死に研鑽に臨む新たな燕達を眺めながら、

ふと物思いに耽っておりました。


初心忘るるべからず。


高く高く飛び、立派な背中を見せる為にも、

腐心を惜しまぬ決意を新たに、明日もお給仕に勤しむといたしましょう。

あの日、杉村と交わした言葉を思い出しながら。



黒崎
Filed under: 黒崎 — 21:00

黒崎の独り言

猫は本当に美しく気高い生き物でございます。

見る者を魅了し、誰に媚びることなく、環境に依存することなく、

孤高の人生を・・・猫生を送っております。



私も、猫のように生きたかった。

自分の居場所など、自分一人分のスペースさえあれば満足。

誰に媚びずとも愛され、誰からも憎まれぬ存在。

環境が脅かされれば、より良い環境を求めて放浪する。

そんな猫生が・・・人生が送れたら、どんなに楽でどんなに幸せでしょうか。



しかし神は私に猫としての生を与えてはくれなかった。

人間として生を受けた以上、社会に依存せねば生きてゆけません。

そして厄介なことに、人間にしかない欲求をも課せられた。



マズローの欲求階層説で申しますところの、

「所属と愛の欲求」

自分の帰りを待ってくれる居場所がほしい。

誰かに認められ、存在意義を見出したい。

誰かに愛されたい。



私はこの欲求から逃げ続けておりました。

満たされることがないと、気づいてしまったのです。

なぜなら、満たされたことが一度もありませんから。

そして、満たされることなどこれからもないのであろうと・・・

だから、逃げておりました。



自分は猫でいい。

一人分の居場所で生きていくと決めていた。

もうあきらめておりました。

それでも良いと、前向きに生きようと歩み出すことも出来始めてきました。



なのに、このお屋敷に来てからどうでしょう。

私が茫然自失になれば、使用人の先輩方が我が事のように励ましてくださる・・・

お嬢様の笑顔に触れれば、渇いた心が満ち満ちていく・・・



「きっとここなら・・・見つからなかった自分の居場所があるのかも知れない。」



お嬢様にお仕えしているひと時だけは、

「猫に生まれなくてよかったのかもしれない」

そう思えます。









柄にもなく心の内を漏らしてしまいました。


お嬢様や先輩方の優しさに触れ、

忘れかけていた幸せを掴もうと、

歩み出した一介の使用人の独り言。


お恥ずかしゅうございますから、

どうかお忘れくださいませ。



黒崎
Filed under: 黒崎 — 21:00

「掛け替え」のない存在

7年、いえ8年前になりますか。

初めて出会った日のこと、君は覚えているでしょうか。

一目見たときから、その凛とした姿に心を奪われたのですよ。




君と暮らしを共にするようになってから、

ぼやけていた世界がクリアに見えるようになったのです。




君と一緒に色んなところへ行き、

君と一緒に色んな景色を見て、

君と一緒に色んな本を読みましたね。

すべて、君のおかげ。




君が私の歩む道を示してくれたから、

ここまで来れた。




なのに、また世界がぼやけて映る。




ここがどこかもわからない。




どこに歩いていけばいいのかもわからない。




君がいないと、世界はこんなにも暗くて不安なのですね。





私は、たくさん君を傷つけました。

君が段々歪んでいくことに、目を背けていました。




大切にできなくてごめんなさい。




生まれ変わったら、また私のところへ来て、

鮮やかな世界を見せてくれますか。








ありがとう。さようなら。


リーガル
Filed under: 黒崎 — 21:00

季節を楽しむ

黒崎でございます。

まだまだ、お給仕に慣れたというには程遠く、

先輩フットマンの方々の背中を見ながら学ぶ日々が続いております。


お給仕を終えた後も、学ぶことは多く、

自室に戻っては机にかじりつき、紅茶やお酒の勉強をしております。

勉強に集中したいとき、最近の不安定な気候がうってつけでございます。



その訳は、「雨」



雨の音には、集中力を高めるθ波という音波が流れております。

心を落ち着かせ、欲求を抑え、目の前のことに没頭させてくれます。

雨は気持ちを憂鬱にさせることもあるとは存じますが、私は大好きです雨の音。

雨が多いこのような季節こそ、雨を楽しみたいものですね。




しかし、心の雨が止まないときは、私がそっと傘をさしましょう。
Filed under: 黒崎 — 10:00

ご挨拶

お嬢様、お坊ちゃま、お初にお目にかかります。

私、黒崎と申します。


ご挨拶が大変遅れまして申し訳ございません。

今後お嬢様お坊ちゃまにお仕えしていく想いを、どのように綴ろうかと迷いに迷った挙句、結局、上手く言葉にすることはできませんでした....


そこで黒崎は、言葉で語るよりも、

お給仕でこの想いをお伝えしていくことに致しました。


若輩者ではございますが、どうぞよろしくお願い致します。

また、お暑い日も続いて参りますので、どうかご自愛下さいませ。


黒崎の拙いご挨拶でございました。
Filed under: 黒崎 — 10:00

ご挨拶申し上げます

お嬢様、お坊っちゃま初めまして。
綾瀬(あやせ)と申します。


この度日々の仕事をお認め頂き、大旦那様よりお嬢様、お坊ちゃまのお給仕をさせて頂くお許しを賜わりました。

幼い頃よりお嬢様、お坊ちゃまのお役に立てる事を夢見て参りましたので、この様な機会を頂き誠に光栄でございます。

まだまだ若輩者ではございますが、一日でも早く先輩方と肩を並べられる様に努力して参りますので、どうぞよろしくお願い致します。

それでは、皆様のお帰りをお待ちして居ります。

綾瀬
Filed under: 黒崎 — 10:00
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