オーバーロード 骨の親子の旅路   作:エクレア・エクレール・エイクレアー

45 / 45
45 差と矛盾

 

 悟とパンドラは水の神殿で魔法を行使していたンフィーレアを法国の首都から離れた森の中に連れてきて、頭についていた諸悪の根源たるマジックアイテムを破壊して寝かせていた。今はグリーンシークレットハウスと同じく簡易拠点になるマジックアイテムの中にあるベッドに寝かしつけていた。

 マジックアイテムを破壊してもすぐには意識が戻らなかったが、これはMP不足と人間的な生活を送ってこなかったからだろう。それにも怒りが湧いてきたが、それはひとまず棚上げしておく。

 

「よし、戻るぞパンドラ。ンフィーレア少年はこれで大丈夫だろう。パンテオンもいる。そのまま弐式炎雷さんの姿のまま行動するんだ」

「はっ。召喚したドッペルゲンガーの配置も終了いたしました。今頃光の神殿は誤情報で混乱しているでしょう」

「ツアーも実際に暴れているからな。俺たちも戻るぞ。ツアー一人にやらせるわけにもいかない」

 

 悟が転移魔法で戻るとツアーが一人で暴れていた。レベルカンストだと思われるツアーに法国の人間たちが抵抗しているが、まるで敵わない。鍛えているとはいえ大体がレベル二十台だ。それでは傷一つ付けることもできないだろう。

 加勢しようとした瞬間。ツアー目掛けて白く透明な龍がツアーにぶつかる。その光に見覚えはなかったが、なんとなくワールドアイテムの効果だろうなと感じていた。なにせ、ツアーにぶつかった瞬間霧散したからだ。

 ツアー目掛けてやるとしたらとてつもなく強力な魔法か、アイテムの効果目当てだろう。第六位階ですら貴重な世界だ。そして悟が知らない魔法はほぼない。そうなると、見覚えがないということは特殊な魔法かアイテムのエフェクトだが、今回は確実に後者。

 

「なるほど。今のがワールドアイテムの効果なんだね。さしずめボクを支配しようとしたのかな?」

「な、神の御技は弾かれた!?」

「そんなバカな!竜王には確実に知性があるのに!」

 

 法国の連中は大混乱。ワールドアイテムが弾かれたのは条件が適さなかった時だけなのだろう。ワールド同士を持っていれば無効という常識を知らなかったらしい。

 パンドラがさっさと傾城傾国を装備していた老婆の後ろを取り、簡単に殺害してワールドアイテムを剥ぎ取った。ワールドアイテムを装備していようと、レベル自体は二十台。それではどうしようもないだろう。

 

「これはどうしますか?」

「ひとまず閉まっておこう。後でじっくり解析すればいいだろう。こんなチャイナ服俺たちじゃ装備できないしな」

 

 着る気がない、とも言う。女もののチャイナ服を着る勇気は悟たちにはなかった。

 

「そうかい?案外君たちには似合うんじゃないかな?」

「ツアー、お前男女の区別があまりついていないだろう?人間は男女で着る服が違うんだよ。これは女が着る服だ。俺たちが着たら気持ち悪いぞ?」

「着てみなければわからないだろう?」

「……竜の価値観は、きっと俺たちとはズレている。たとえパンドラが数少ない三人に変身しても似合わないぞ」

「特にぶくぶく茶釜様はスライムで一見すると女性だとわからないですからね」

 

 アインズ・ウール・ゴウンにいた三人の女性陣は、例に漏れず異業種の姿だったので一見すると本当に女性プレイヤーだと気付かない。まだ守護者に着せた方が似合うだろう。守護者統括のサキュバスとか、それこそぶくぶく茶釜が産み出した闇妖精の姉とか。あとは戦闘メイドたちだろうか。

 彼女らは全員ギルドメンバーが丹精込めて作ったNPCだ。見目麗しいのもそうだが、設定もかなり凝っていた。最終日に見て回ったのでよく覚えていた。あのペンギンはいまだに謎だが。まだ五大悪の方がコンセプトはわかる。

 その者たちには化けられないパンドラ。50までの姿にしか変身できず、守護者たちはその内に含んでいなかった。必要性を感じなかったのだ。41はメンバーで使っていて、残りの9枠は何かあった時のためと思って使っていなかった。

 それにパンドラの人格が男なので、女物を着せるという発想が浮かばない。

 そんな雑談をしていると、最後の本命として残しておいた光の神殿の入り口が倒壊した。まだそちらは金貨を消費して産み出したドッペルゲンガーによる情報工作しか行っていないので、建物が崩れるのは悟たちのせいではなかった。

 出てきたのは一人の小柄な少女。物騒な死神の鎌のようなものを持って、勇んで出てきていた。

 

「カイレのババア死にやがった!ワタシを待たずに焦るからだ。ま、邪魔されるのも嫌だしいいけどさ!」

 

 ずいぶんと威勢のいい。そして法国の最高戦力。レベル90台の白黒少女だった。その少女はワールドアイテムを持っていない。ワールドのバフがついていないからだ。

 

「アンデッドはどうでもいい。真なる竜王もドラゴンが強いのは当たり前。だから消去法。そこの人型のあなた。あなたは人型でその強さでしょう?ワタシと戦いなさい」

 

 パンドラが名指しされている。別に一対一でも構わなかった。悟としてもパンドラが負けると思っていないし、ツアーと自分で暴れた方が手っ取り早いと思ったからだ。

 

「じゃあ任せるぞ。ツアーは火の神殿に向かってくれ。俺は土の神殿に行ってくる。その後闇の神殿に集合しよう」

「囚われた子たちは貰った巻物で回収すればいいんだね?」

「それでいい。こんな時じゃないと使わないだろうからな」

「相談は終わった?そんで、アナタ男?」

「……まあ、男です」

 

 質問の意図がわからなかったのか、パンドラは答えるのに若干間が空いてしまった。悟も質問の意図がわからない。戦闘狂だから、男を倒したいとかだろうか。

 

「じゃあ子作りできるわね!ワタシが勝ったら子作りするわ。ワタシが負けたら子作りしてちょうだい。あなた、そこの竜王と同じくらい強いんだもの」

「……良かったな、パンドラ。嫁が見つかって」

「父上ェ!?私は一切あの娘のことを認めていませんが!?」

「なに?そこのアンデッドが父親なの?じゃあアナタでも子どもが作れるのね。アナタでもいいわ。アンデッドだから除外してたけど、どっちでもいいわ」

「……こんな最低な告白が初めての告白とか最悪だな……」

「それは私もですよ、父上ェ……」

 

 親子そろって落胆する。こんな史上最悪の初めてなど到底受け入れられなかった。だが残念ながら、時を止める魔法はあっても時を戻す魔法は存在しない。そもそも襲撃に来たら相手からこんな最悪な告白を受けるとか、予想もできない。

 

「……うん。頭が痛くなってきた。パンドラ、任せたぞ。好きに処分しろ」

「はっ」

 

 悟とツアーは立ち去る。残ったパンドラと番外席次は、お互いの得物を持ち合図もなく斬り合っていた。速度はパンドラの方が上。だが耐久力は番外席次の方が上。パンドラは弐式炎雷の姿だと、本人が「防御なんてゴミ同然」という考えだったために防御力が紙レベルで低いので、あまり長くこの姿でいるつもりはなかった。

 番外席次が身体にマジックアイテムを埋め込んで意図的に様々な能力を底上げしているということもある。パンドラも一撃の破壊力は高いのだが、いかんせん敵の防御を突破できなかった。

 番外席次の鎌がパンドラを捉えようとした瞬間、パンドラの姿がブレる。忍者の姿から変身した姿はピンク色の粘液まみれのスライムの姿。その姿になった瞬間両腕を使って鎌をパリィし、すぐさま飛びのいたのと同時に更に姿を変えて今度は大柄の鎧姿をした大男になる。

 そして現れた二本の刀で斬り伏せた。41の姿の中でも最高の物理攻撃力を誇るこの姿は、防御の姿勢を取った番外席次であっても、デスサイズの刃が欠け、左手首が切断されていた。

 

「あ……あああああああああっ!?」

「おや、断末魔。お嬢さんは痴女かと思いましたが、痛みなどは普通の人間の感性なんですね。ハーフエルフといえども、そこは変わらないようだ」

「フーッ、フーッ!て、テメエ……何者だ……!?」

「よくぞ聞いてくれました!私の名はパンドラズ・アクター!語るのは最後でしょうし、構わないでしょう。千変万化の紛い物、望まれたのはたった一つの郷愁。それでも私は!今もあの御方の傍でこうして為すべきことを為せている。それがたまらなく嬉しいのです!ええ、他の守護者の方々にお会いした時には必ずや自慢いたしましょう。こんな幸運を味わえなかったあなた方は憐れだと!!!」

 

 そこはすでに大劇場へと化していた。ただの広場だったはずなのに、パンドラの独壇場へと変貌していた。元の顔は埴輪顔で表情を読み取るなんて難しいことなのに、今はとても活き活きしていた。

 もしこの場に件の守護者たちがいて、パンドラの表情を読み取れるほど仲が良くなっていればおそらくこう言っただろうと。「うぜー」「その場を代われ」などなど、罵詈雑言が飛んだだろう。NPCとはそれだけ主に認められたいのだ。そして役立っているのが悔しく、二人きりとなれば泣いて喜ぶほどだろう。女性陣はあわよくば、という風に狙うかもしれない。

 だがここにいるのはパンドラだけで。他の者たちは何もできないのが現状で。

 そんな風に大見得を切っている間に番外席次は巻物を使って左手を復活させていた。貴重な品だが、今回はそれを使うことが許可された緊急事態。法国に現存する最高峰の巻物だったが、躊躇することなく使っていた。出し惜しみなんてしていれば死ぬと察して。

 

「まあ、それぐらいは予想していました。こんな初手で終わるはずがないと。ですが武器は損壊していますね。たとえお嬢さんの実力がずば抜けていても、見合う武器がなければ真の実力を発揮できないまま。その鎌も所詮は粗悪品。もう少しマシな武器があれば良かったのですが」

「粗悪品……?神の遺産が、粗悪品ですって?」

「それが神の遺産?もしやそちらのギルドは初心者の集まりだったのですか?それとも中堅程度?確実に武器の質からしてナザリックには遠く及ばない。または、現地民に渡す武器のランクを制限していた?この辺りがしっくりきますね。その場合逆にワールドアイテムが遺されているのが疑問ですが。もしやあなた方の先祖はその神から神の力を簒奪しましたか?裏切ったのはあなた方が先?それとも六大神?なるほど。これがモモン様がおっしゃっていた『考察』ですか。これは愉しい」

 

 まるでその国の膿を切開するような推論のぶつけ方だった。確かなことなどない。だが、様々な情報を統合するとおかしな矛盾点がいくつも見つかる。法国最高の部隊たる漆黒聖典へ渡される武器の貧弱さ、数少ない実力者、決裂の歴史。六百年という時間のせいか、それとも。

 番外席次はパンドラの言葉があまりにもユグドラシル寄りだったので全ての言葉の意味を把握できなかった。自分が渡された武器は法国の中でも最高級の物のはず。これを除くと神の御技が使える二つの装備しかない。

 パンドラの語る話の規模が違いすぎて、あくまでこの世界の常識に囚われた番外席次ではユグドラシルの常識は受け止めきれなかった。

 

「真実はこの国を滅ぼしてからでいいでしょう。あなたにも隠している真実があるかもしれない。なるほど、これが探究心。マジックアイテム以外に私がここまで関心を持つとは。少しは私も変わったんですかねえ」

「ワタシとアナタで国を興す?子どもも加われば、きっと強い国になるわ。法国とは比べ物にならないくらい」

「あなた、精神がおかしいですね。状態異常にかかっているわけではなく、本質がズレているのでしょう。思考がメチャクチャですし、この状況でもそんなことが言えるとは。あなたの『おままごと』に付き合うつもりはありません。きっとあなたは眠っている方が幸せでしょう」

 

 もう一度切り結び。レベルだけを見れば世界最高峰の戦いがもう一度繰り広げられた。その争いが続く中、ツアーと悟の神殿攻略は順調に進み、残るは闇の神殿のみとなった。

 

 

 


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