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 厚生労働省が制作したポスターが炎上している。

 リンク先の記事によれば、批判が集中しているのは、
 「人生の最終段階でどんな治療やケアを受けたいかを繰り返し家族や医師らと話し合っておく」
 ための「アドバンス・ケア・プランニング」(以下「ACP」と略称します)と呼ばれる取り組みを一般に広く宣べ伝えるための掲示物だ。

 なお、ACPについて、厚労省は昨年「人生会議」という愛称を決めている。で、その「人生会議」を啓発するためのPR活動の一環として制作されたポスターが、このたび炎上を招いたというなりゆきだ。

 ポスターの中では、吉本興業所属の小籔千豊という芸人が、ベッドに横たわった状態(鼻に酸素吸入のチューブを入れている)の入院患者に扮している。で、その瀕死と思われる患者の内心のつぶやきが桃色の文字で印字されている。

 記事に添付された写真を見ればわかる通り、なかなか衝撃的な制作物だ。

 良い意味の衝撃ではない。
 「嫌なものを見せられた」

 という感慨を抱く人が多数派だと思う。

 「人生の最終段階」に直面している当事者やその家族にしてみれば、広く一般の注目を引くためとはいえ、家族の死というこれ以上ない重い体験を、お笑い芸人を起用した半笑いの啓発ポスターに委ねた厚労省のやりざまに、裏切られた気持ちを抱いてもおかしくない。

 というのも、件のポスターは、ACPを「ネタ」として消費する文脈の中で制作されているからだ。

 21世紀のお笑いの多くは、他人の人格や人生を対象化しつつ、「ネタ」としていじくりまわすことで成立している。今回のポスターも例外ではない。外部に向けて自分の意思を伝えることがかなわない病状に立ち至っている瀕死の主人公が、もっと早い段階でACPに取り組んでこなかったことを悔やむ思いを関西弁のボヤキ口調で述懐する設定になっている。

 言いたいことはわかる。

 ある意味、わかりやすい作風だとも思う。

 ただ、ポスターが情報として告知している内容とは別に、「形式」「文体」というのか「口調」の部分に漂っている「不真面目さ」が、見る者を困惑させることは、この場を借りて、強く指摘しておきたい。

 おそらく、自分自身の死を意識せざるを得ない状況に置かれている、あるタイプの疾患の患者や、自分の家族や近しい人の中に余命宣告を受けたメンバーをかかえている人々は、このポスターが醸している「不真面目さ」に、「からかわれた感触」をおぼえるはずだ。

 無論のこと、この軽佻な関西弁のPR宣材に触れて、どんな反応を示すのかは、ACPと対峙している当事者といえども、人それぞれではある。

 率直に憤る向きもあるだろうし、悲しみに打ちひしがれる人もいることだろう。笑って済ませる人だっていないとは限らない。が、大部分の当事者は、少なくとも愉快な気持ちではいられないはずだ。

 重要なのは、このポスターを見て、一般の、ACPをよく知らない人々が、ACPなるものに興味を抱いたり啓発されたりするとも思えない一方で、現実にACPについて真剣に考えざるを得ない立場にある当事者の多くが、このポスターに感情を害されるであろうことだ。