Ever17「バックログ:沙羅双樹」
優
「いい? よく聞いて……私のことをちゃんと見て……。
きみは今、自分の境界を見失っておびえているんだと思う。
過去を失ったきみは、自分の存在自体を失ってしまったかのように感じて……恐怖を感じてるの。
でもね? 怖がることなんか何もないのよ。あなたは今、ここにいる。
私の目の前に立っている。たとえどんなことがあっても、
あなたの存在が消えてしまうようなことはないの。ねえ? 私の目をしっかり見て?
そう……そしたら、笑ってみて? 人間は、今、この瞬間にしか生きることはできない。
過去や未来は、幻と同じようなもの……。そんな正体のない幻影をつかみ取ろうとしったて……
何の意味も無いんだよ。だから今は、ちょっと開き直るぐらいの感じで、ただ笑ってればいいの。
笑わないんなら……『マヨ』の鼻の穴に、指突っ込んじゃうぞ?」
沙羅
「……は? ちょ、ちょっとやめてくださいよ! 先輩!
あっ、ああっ……せ、先輩……先輩……先輩……。
先輩の指先が、私の鼻の中に……。そして今、先輩と私はひとつに……。
っつーか、何がやりたいんじゃ、お前はぁ~!」
Ever17「バックログ:空を吹く風」
仮に、2次元の世界に知的生命体がいるとしましょう
彼は3次元の立体を見ることができますか……?
いいえ、彼にはできません
なぜなら、2次元的な存在である彼は、平面上で起こった出来事しか知覚することができないからです
2次元存在の視野には直線(1次元)しか映りませんから……
さて、何らかの理由で彼が3次元的存在に変化したとしましょう
すると、3次元的存在である彼の視野には、平面(2次元)しか映らなくなるはずです
3次元における立体視は、左目に映った平面と、右目に映った平面を合成しているに過ぎません
精巧に、緻密に描かれた富士山の書き割りと、本物の富士山の映像を、近づくことなしに見分けることはできないでしょう
繰り返しますが……
平面(2次元)としての情報を、同時に2方向から入手することによって、立体を知覚していると錯覚しているだけなのです
それは3次元的な視覚とは呼べません
3次元的な視覚とは、サイコロの6面すべてを、同時に見ることができる視覚のことを言うのです
n次元的存在にはn-1次元の視覚情報しか得られない
ですからYの字の先端にいる存在は、もう一方の先端にいる、存在のことに気づけないのです
もしも、彼が3次元的視野を獲得したとき……
つまり2次元平面から脱出して、3次元空間内から、その平面を「見下ろした」ときに──
そのとき初めて「自分がYの字の一部であったこと」に気づき
さらに「枝分かれしたもうひとりの自分がいること」にも気づけるのです
そう、そしてこれは、3次元空間内においても同じことです
あなたが4次元的視野を獲得したとき
つまり、倉成さんが、3次元空間内から脱出して、4次元空間内から、その空間を「見下ろした」とき
そのとき初めて「自分がΨの字の一部であったこと」に気づき
さらに「枝分かれした他の自分がいること」にも気づけるのです
異なった歴史、異なった世界、異なった空間の中に……
別の自分自身が存在する、ということが、わかってもらえたでしょうか?
世界に、自己は遍在しているのです
あなと同様に、私という存在も、遍在しています
あまたも、私と同じ……
単一から分かれた「Y」……
ですが……
遍在する自己は、ひとつになれるのです……
あなたの知らない「あなた」が、あなた自身と不可分の存在になれるとしたら
あなた自身が、他のあらゆる「あなた」を把握できる位置に立って、すべてを見通せたとしたら
すべての「あなた」の体験はあなたひとりの体験に等しくなる
あなたは本当の意味で、たったひとつの存在になる
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