2019.11.29   

ひとり暮らしの認知症の母が準備した朝食が切なすぎた話

 盛岡でひとり暮らしをする認知症の母を、東京から遠距離で介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。工藤さんは介護サービスや便利グッズなど、さまざまなことを活用し、遠距離でも介護をスムーズに行う工夫している。そのノウハウは、書籍やブログで紹介され、すぐに役に立つと評判だ。

 しれっと、を信条とし、円滑に介護を続ける工藤さんだが、離れて暮らす母を想う息子心は、複雑なこともあるようで…。

こたつに入る認知症の母

ひとり暮らしの母の見守りカメラに映った切ない映像とは…(写真/工藤氏提供)

 父、母、祖母、わたし、妹の5人一緒に、盛岡の実家で暮らしていた時期がありました。

 子どもたちが家を出て、祖母と父が亡くなった今、2階建ての大きな一軒家には、母がひとりで住んでいます。

息子が盛岡に帰ってきていることを忘れる母

 母は1階の居間で過ごすことが多く、わたしも帰省したときは居間で一緒に過ごします。ただ、本やコラムなどの執筆は集中したいので、2階の自分の部屋で作業しています。

 自分の部屋で2時間ほど執筆し、休憩のために1階の居間へ行くと母が、

母:「あら、あんた。盛岡にいたの」

 お昼ご飯を一緒に食べたばかりでも、2時間も経てば、母はわたしと一緒にいたことを忘れてしまいます。

 こんな調子なので、わたしが2階に居ることを何かで示しておかないと、母はひとりで朝食を作って食べ、わたしが起きた頃には後片付けまで終わっていることすらあります。

母に息子の存在を示す「目印」

 わたしが2階に居ることを母に知らせるために、ある「目印」をつけています。

 夜のうちに台所のテーブルの上に、皿2枚と箸2膳をわたしが並べます。母はいつもひとり分の皿と箸しか用意しないので、いつもと違うことに気づきます。この目印のおかげで、息子が盛岡に居て、明日の朝食は2人分作らないといけないと思うようです。

 目印の効果で、母は朝食をきちんと用意できていたのですが、しばらくすると皿と箸をひとり分片づけ、ひとりで朝食をとるようになりました。

 そこで、今度は、台所にある冷蔵庫のドアにマグネットでくっついているホワイトボードに「ひろ、2階にいます」と書くようにしたところ、ひとりで朝食をとることは、ほとんどなくなりました。

見守りカメラに映った3人分の朝食

 ここまでは母とわたしが一緒に居るときの話でしたが、母がひとりで生活しているときの朝食にも、認知症の症状が出る瞬間があります。

 わたしは東京から盛岡の母の様子を、居間に設置した見守りカメラの映像をわたしのスマートフォンを使って1日3回以上チェックしています。

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 母は起きたらすぐに、居間のカーテンを開ける習慣があるので、カーテンが開いていれば、母は今日も元気に生きている証拠になります。

 カメラをチェックしていてよく見かけるのは、母が東京に居るわたしの分まで朝食を作って、待っている姿です。

 その姿を見かけたら、わたしは東京から盛岡の母に電話をして、「今日は東京にいるから、朝食はいらないよ」と言って、わたしの分の朝食を片づけてもらいます。

 せっかく息子のために作った朝食を片づける母の背中をスマートフォン越しに見ていると、「あぁ・・・朝食を食べてあげられなくてごめん!」「盛岡に行けなくてごめん!」そんな気持ちになります。

 最近は毎回電話をせずに、見守りカメラでジッと母の様子を見るようになりました。

 東京のスマートフォンで母を観察し続けた結果、2人分の朝食を作って1時間が経っても誰も居間に現れない場合は、母が自ら異変に気づいて、朝食を片づけることが分かりました。

 ある日のことです。

 朝7時に、東京のスマートフォンから盛岡の母の様子をチェックしたら、いつもと様子が違います。居間にあるコタツの上に、箸がなぜか「3膳」も並んでいます。

 2膳ならいつものことだけど、3膳って何だろう?

 箸を3膳用意した母は、3人分の朝食を作り終え、来るはずのない他の2人を待っているようでした。他の2人とは、わたしとわたしの妹だと思われます。

 この数日前、母は「昨日の夜、娘が家にいたよね」という妄想を、わたしに繰り返し話していたことを思い出しました。理由は分かりませんが、娘は家にいません。

 母の頭の中では、小学校に通う幼いわたしと妹が、2階の子ども部屋から降りてきて、居間で朝食をとっていた遙か昔の記憶と重ね合わせた結果、3人分の朝食を用意してしまったのでしょう。

 その日はデイサービスの日だったので、母は朝食をそのままの状態にして、デイサービスへ行きました。

 デイサービスから帰ってきたら、さすがに朝食は片づけるだろうと思いながら、カメラ越しに母の様子を見ていたのですが、わたしと妹の分の朝食を残したまま夕食を食べ、寝てしまいました。

 翌朝も3人分の箸は並んだままで、新しく目玉焼きを焼き、わたしと妹を待ち続ける母。まさか2日にわたって、来るはずのない子どもたちを待っているとは…。

 さすがにわたしも切なくなり、盛岡に電話をしようと思ったのですが、その日はヘルパーさんが家に来ることになっていたため、電話をせずに見守りカメラで様子を見ていたら、ヘルパーさんが来る直前で、母は残った2人分の朝食を片づけたようでした。

 この日の午後、東京から盛岡に移動したわたしは、着いてすぐに冷蔵庫の中を確認。誰も食べなかった目玉焼きが入っていました。母と一緒に食べようか悩んだのですが、翌朝もまた3人分の朝食を作るかもしれないと思い、母に見つからないよう、目玉焼きをそっと捨てました。

 今日もしれっと、しれっと。

工藤広伸(くどうひろのぶ)

祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士、なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/

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  • ISBN-139784534056399
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