補足として時系列を書いておきます。
・春 魔導国建国
・初夏 聖王国滅亡、帝国属国化(第一~三話))
・夏 四騎士(第六話)
・秋 竜王国属国化(第五話)、今回(第七話)
竜王国の一件から数日後、アインズは自室のベッドで仰向けに寝転がりながら竜王国の事を思い返していた。
(帝国に続いて竜王国まで属国か……魔導国が脅して従わせてるみたいだな)
アインズは竜王国とは友好的に付き合っていく考えだった。力で従わせてばかりでは敵対する存在を増やしてしまうだろう。
だからこそ、魔導国と付き合うメリットを提示するためにアンデッドのデモンストレーションを行ったのだが――竜王国女王からの申し出は「属国化」だった。
(考えてみれば当然か――)
竜王国が手も足も出せなかったビーストマンの大群。それを一方的に虐殺する力を目の当たりにしたとき、竜王国民は何を思っただろうか。
生き残ったとはいえ、民も物資も、もはや国と呼べない程に失われ、復興には膨大な時間を要するに違いない。そして、もう一度攻められれば今度こそ終わりだ。
……誰がこの状態で対等の国交を申し出ることが出来るだろうか。だが――
(――間違えてはいない……はずだ)
アインズの思惑はどうであれ、竜王国は救われたのだ。
破壊された都市にはゴーレムを送り込んで復興させる。食糧が足りなければ、丁度収穫の季節だ。大量の農作物を送る手筈を整えよう。外敵に対しては既にアンデッドの軍を国境に展開済みだ。
(……とりあえず、人間に友好的な国は魔導国に対して悪いイメージを持たないと思うが……ギルドの仲間たちがいたらどうしていただろうか)
――今も色褪せることのない輝かしい記憶――アインズ・ウール・ゴウンの黄金時代。四十一人のギルドメンバーは意見が割れることが多く、多数決で方針を決めていた。
ギルド長とは名ばかりの調整役に過ぎなかった自分が、今はたった一人で国家の方針を決めなければならない。
その時、カーテンの隙間から朝日が射し込んできた。アインズは起き上がると、窓の外に広がる朝焼けの空を眺める。
「アインズ様、時間になりましたので次の者を呼んで参ります」
「……うむ、ご苦労」
短く返答すると、お辞儀をして部屋を出ていくメイドの後ろ姿を優しげな眼差しで見送る。
(仲間が残してくれたNPCたちは、必ず俺が守る。たとえこの世界の者たちがどれほど苦しむことになろうとも……ナザリックを脅かす存在は排除しなければならない)
決意を新たに意識を警戒すべき存在に向ける。アインズは現時点で警戒すべき存在は「二つ」と考えている。
プレイヤーが存在する可能性が高いスレイン法国。フールーダの話では「神人」という六大神の子孫の中で神の力に目覚めた者がそう呼ばれているらしい。
そして、
(まずはスレイン法国だ。アインズ・ウール・ゴウンに敵対するプレイヤーがいたとしても、国として交渉に当たれば極端な行動には出ないはずだ。友好的に接して徐々に秘匿する戦力を暴き出してやる。
拒絶するなら……ヤルダバオトを使うか。デミウルゴスを前面に出さないようにする工夫が必要だが、やってみる価値はあるな。
評議国は始源の魔法の情報が欲しい。それまでは迂闊に手を出すべきでは――)
そこまで考えてある事に思い至った。
竜王国の女王は
エ・ランテルの門を抜けて街に入ると、強大なアンデッドが蠢く悪夢のような景色が広がっていた。ラキュースたちの顔が青ざめた。
「……変わらないわね、この街の空は――」
ラキュースが視界に入ったものを避けるように空を見上げて呟いた。
「ボスの顔色も空と同じ色」
「冗談言ってる場合じゃない。真面目に周りを見るべき」
街の風景から目を背けようとするラキュースの言葉に、周囲を警戒していたティアとティナが反応する。
「噂には聞いてたけどよ……この街はどうなっていやがるんだ? さっきから鳥肌が治まらねぇぞ」
並んで歩くガガーランが緊張した声で話し掛けてくる。一流の戦士としての本能が警鐘を鳴らしているのだろう。
「無理もあるまい。どのアンデッドもお前たちより強いぞ……まぁ、私ほどではないがな。だが、戦闘になったらこの数は厳しい。いつでも逃げられるように私の側を離れるなよ」
イビルアイの普段通りの言葉に頼もしさを感じて、ラキュースたちは内心で安堵する。彼女はチームの最大戦力であり、彼女に余裕があれば何とかなると思えたからだ。
彼女たち――アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』――がエ・ランテルに来た理由、それは魔導王の配下についたモモンが、これからどのように行動するのかを確認するため、という事になっている。
「あれ程の大英雄がいつまでも魔王にかしずいている訳がない。もしかしたら我々――いや、私の助けを待っているのかもしれない――いや、違いない!」
そのようにエ・ランテル行きを熱望するイビルアイに圧されてしまっては放っておく訳にもいかない。
それにエ・ランテルの現状も直接見ておく必要があると考えていた。
「まずはモモン様の所だ、急ぐぞ!」
イビルアイは未だ緊張する仲間たちを励ますように、そして、自らの胸の熱情を解き放つように力強く言った。
(――魔導王。この程度のアンデッドでは私は止められんぞ。私のあの方への思いは、な――モモン様、いま会いに行きます)
モモンの屋敷前に辿り着いてイビルアイが門番のデス・ナイトに用件を告げる。すると中庭から一体のアンデッドがこちらに近付いてきた。
それが視界に入った瞬間――モモンの屋敷へ近づくに連れて高鳴っていたイビルアイの心に冷水を浴びせかけた。
(まっ、まずいぞ!!)
やって来たアンデッド――
(おのれ魔導王め……! まさか私もラキュース達と同様の恐怖を味わうことになるとはな!)
先ほどまでの余裕が消えたイビルアイの様子に、ラキュースたちも顔を見合わせて青ざめていった。
……戦う訳にはいかない。イビルアイが戦う意思を見せれば、たとえ勝率がゼロでもラキュース達は供に戦う決心を固めるだろう。
(……落ち着け。奴はモモン様の自宅を守る門番に過ぎない。これは交渉なのだ)
自分に言い聞かせながらその時を待つ。かつて見た圧倒的な存在――モモンとヤルダバオト――の姿が脳裏に過る。やがて、そのアンデッドがイビルアイの前で止まった。
(何という禍々しい表情だ)
イビルアイは邪悪な笑みを浮かべる者の顔を真っ直ぐに見据えると、仮面の奥で深く息を吸い――呼吸不要な身体だが――口を開く。
「モ、モモン様は――」
「――――」
焦りと恐れの為、イビルアイは言葉に詰まって用件がうまく伝えられない――しかし、それを見透かしたかのように、そのアンデッドは嗄れた声でモモンが街の見廻りに出掛けた事や何時頃戻る予定かを丁寧に説明した。
イビルアイたちはぎこちなく謝辞を述べると、そのアンデッドはニヤリと嗤って再び中庭の方へ戻っていった。張り詰めた空気が薄らいでいくと、イビルアイは肩の力を抜いて一息ついた。
「……なんと邪悪なアンデッドだ。ヤルダバオト程では無いが、魔神を確実に超える存在だったぞ。戦闘になったら全員で戦っても恐らく勝てない――だが、あれ程の化物は他にはいないだろう。あれこそ魔導王の切り札に違いない」
イビルアイの普段と異なる弱気な言葉に一抹の不安を感じつつ、ラキュース達は再び市街地へ戻っていった。
「見ろよ、あれって蒼の薔薇じゃないか?」「魔導国に何の用だ?討伐するモンスターなんてこの辺りにはいないだろ?」「まさか、魔導王を討伐に来たんじゃ……」「おいおい、いくら蒼の薔薇でも人間だぞ?勝ち目が無い戦いを挑む程馬鹿じゃないさ」「じゃあ、蒼の薔薇も魔導国の冒険者になるつもりだとか……」
通りすがりの冒険者たちが、彼女たちを遠目に見つけては勝手なことを口走っていた。だが、彼女たちはそんな事は気にしていない。逆に冒険者達に対して気になることがあったからだ。
「だけどよぉ……この街の住人は平気なのか? こんなにヤバいアンデッドがうようよしてんのに」
「この街の住民は皆、ガガーランより強靭な精神力の持ち主」
「違うな、この街には大英雄であるモモン様が居られるからだ。モモン様の存在が魔導王への抑止力となっているからこそ、住民は安心して暮らせているのだ」
イビルアイはモモンの功績だと誇らし気に語るが、ラキュースは首を捻っていた。
「そうかもしれないけど……あまりアンデッドを怖がっているようには見えないわね……」
ふと周りを見れば、近くの店の前で年配の店長らしき男が荷車をひくソウルイーターに指示を出す姿が見えた。黙って頷くソウルイーターの姿はどこか微笑ましく――見えてしまった。
「……まずはモモン様に会ってからだ」
イビルアイがそう締め括ったとき、こちらに向かって歩いてくる漆黒の戦士の姿が見えた。
モモン――パンドラズ・アクターが変身した姿――は街の見廻りのため市街地を歩いていた。今はナーベもハムスケも連れていない。
最近は不満を訴える者も少なくなり、一時期はこうして見廻る機会は減っていたのだが、ある事が切っ掛けとなって今は毎日見回りを欠かしていない。
(この街が平和であるのは偉大なるアインズ様――いえ、父上の温情の賜物でしょう……しかし、何も無いというのも些か困りものですね)
パンドラズ・アクターは自分の役割について考える。
当初はモモンとしてエ・ランテルの住民から情報を集めることこそ至高の御方に与えられた役割と考え、役割を全うする喜びに満ち溢れていた。
しかし、あるとき父であるアインズに"成長の証を見せろ"と言われたのだ。
そのためには与えられた役割をこなしているだけでは足りない。今まで以上に行動してナザリックに利益を齎さなければ、と。今では大好きな宝物殿での作業時間を減らして、少しでも有益な情報を集めようと街の巡回に励んでいるのだ。
あの時の胸を打つような衝撃は今もパンドラズ・アクターの心に疼いている。
――自分はナザリックにおいて創造主を持つ唯一の存在、そして至高の創造主に"子"として認められた"特別"な存在なのだ。
自らの館に帰る途中、前方に冒険者達が集まっているのが見えた。近くの冒険者に何かあったのかと声を掛ける。
「あ、モモンさん! 見てくださいよ、蒼の薔薇が来てるんです」
(――蒼の薔薇。確かエントマ嬢を瀕死の状態にまで追い詰めた"敵")
バンドラズ・アクターはゆっくりと彼女たちに近付いていった。胸の奥に"敵意"とそれに勝る"興味"を隠して――。
「モモン様!」
モモンの姿を見つけると、イビルアイを先頭にラキュースたちもモモンに駆け寄った。
「お久しぶりです、モモン様」
モモンに抱きつきたい衝動を必死で抑え込み目前で立ち止まると、ローブの裾を持ちあげてゆっくりお辞儀する。淑女たるもの人前ではしたない真似は避けるべきと、ラキュースに学んでいたからだ。
「お久しぶりですね、蒼の薔薇の皆さん。ヤルダバオトの一件以来ですから……大体一年ぶりでしょうか」
モモンの柔らかくも力を感じさせる口調に、彼女たちはこの街に来て以来、初めて心の底から安堵した。
「ここでは目立ちますので、場所を変えましょうか」
そう言って歩き出すモモン。イビルアイたちはその後に続いた。
『黄金の輝き亭』は多くの冒険者たちで賑わっていた。正式に魔導国の冒険者と認められた彼らは国から相当な金品を支給されているため、エ・ランテル最上級の宿屋でも食事を楽しむことができるのだ。しかし、モモンと蒼の薔薇が現れると場は静まり返った。モモンが店員の一人に何かを告げて、そのまま二階の一室に入っていくまで静寂は保たれた。
全員がテーブルを囲んで椅子に腰かけると蒼の薔薇のリーダーであるラキュースが話し始めた。
「では改めまして、モモンさん。お忙しいところ申し訳ありません」
「いえ、私もちょうど帰るところでしたので……それより皆さんがエ・ランテルまで来られた理由を伺っても宜しいでしょうか」
モモンの言葉を聞いて、イビルアイが身を乗り出す。
「モモン様! モモン様はいつまで魔導王の下に就いているつもりですか!? 何か困っていることが――」
「イビルアイ、順番に話をしようぜ? 落ち着きの無い女は犬も食わねぇ、ってな……モモンさんに嫌われちまうぞ?」
ニヤリと笑うガガーランの言葉にびくっと反応してイビルアイが身を引くのを横目で見ながらラキュースが続けた。
「私達がここに来た理由は他でもありません。モモンさん、あなたが魔導国、いえ、魔導王についてどのように感じているのか、そしてこれから何をしようとしているのかを伺うためです」
モモンは暫し考える素振りを見せたが、すぐに
「――私はエ・ランテルを、いや、魔導国を理想的な国だと考えています。皆が知っての通り魔導王は生者を呪うアンデッド。エ・ランテルが占領された日、私も街の住人の安全を考えて魔導王の提示した条件を飲みました。しかし、その後の魔導王の統治はアンデッドとは思えないほど、どの国よりも平和を齎しています。魔導王は敵ではないでしょう……いまのところは、ですが」
「いまのところ、ということは将来的にはまだ敵となる可能性があるということでしょうか?」
「魔導国が建国してからまだ日が浅いですからね。もう少し様子を見る必要があるでしょう」
その言葉にラキュースたちは納得する。では次に……とモモンへ提案を口にする――前にモモンからの意外な提案を受けて、彼女たちは驚きのあまり目を丸くした。
「……とは言え、今後何かがあったときに私やナーベだけでは魔導王やその配下の者を抑えることは難しいでしょう。可能であれば皆さんのお力をお借りしたいと考えています」
天地程も力量差がある彼の大英雄から協力を申し入れられたのだ。すぐさまイビルアイが――ポカーンとしている仲間を無視して――飛び付いた。
「もちろん! 最大限協力しますとも!」
その返答に満足気に頷くモモン。
「では、定期的に連絡を取り合える手段を確立したいのですが……」
モモンの言葉にようやく思考が戻ってきたラキュースが返答する。
「それではイビルアイが転移の魔法が使えますので彼女に任せます……イビルアイ、良いかしら?」
「任せておけ!」
モモンはイビルアイに向き直ると頭を下げた。
「――イビルアイ、今後とも宜しく頼む」
王都への帰路、イビルアイはまさに天にも昇る心地だった。何しろあのモモンから定期的に会うことを約束されたのだ。それも公式に。
「うふふふ……」
「良かったじゃねぇか! まじでこんな展開になるとはな」
ガガーランが満面の笑みを浮かべてイビルアイの背中をバシバシ叩いていたが、顔を空に向け未だ夢見心地のイビルアイは全く反応しない。
「……驚いた。本当にあの大英雄とイビルアイがくっつく可能性が出てきた」
「油断大敵。初恋は実らないもの」
「ティア、初恋が実るように私たちもサポートしてあげましょうよ……」
ティアが不吉なことを呟くが、今のイビルアイの思考に入り込む余地はなかった。
イビルアイは先程自分に向けられていたモモンの視線を思い出して胸を高鳴らせていたのだから。
(話している間、モモン様は私の方を何度も見ていた――これが「脈あり」と言うものに違いない!)
「――父上は『蒼の薔薇』について、どのようにお考えでしょうか」
モモンの変身を解いた軍服姿のパンドラズ・アクターはアインズの執務室に入ると、椅子に座るアインズの正面から机に手をついて身を乗り出した。僅かに身を後ろに反らしてアインズが返答する。
「……蒼の薔薇? 詳しくは知らないが、王国で進行中のアルベド達の計画に関係する可能性が高いため計画が完了するまでは放っておくつもりだが」
「なるほど。では、その後はいかが致しますか?」
アインズの眼に殺気が篭もる。
「無論、エントマの願いを叶えるべく動くつもりだ。奴らはエントマの素顔も見ているため、放置しておくとエントマを表に出しにくいしな」
パンドラズ・アクターは黙って頷くとアインズに申し出た。
「父上、蒼の薔薇の件、私にお任せいただけませんか。決して父上に不利益を齎すような事態には致しません」
「ん?……分からんな、奴等を取り込んだとしても大したメリットは無いと思うが」
パンドラズ・アクターはイビルアイが身に付けていた指輪を思い返す。マジックアイテムに造詣が深いパンドラズ・アクターは、あれが力や存在を隠蔽する類いのものであることに気づいていた。
「少し気になる事があるのです。もしかしたらメリットにはならないかもしれませんが、その時は私が――」
「よし、そこまで言うのであればお前に任せよう。期待しているぞ――パンドラズ・アクター」
(
パンドラズ・アクターは心の中で高らかに宣言し、神にも等しい父に向かって無言で敬礼した。
オバロ二次で必ずといっていいほど登場する蒼の薔薇です。
原作の展開を気にするのを止めてようやく結末が決まりました。
イビルアイの話はとびとびになると思いますが、エタらないように頑張ります。
誤字修正しました。報告ありがとうございます。