「守護者たちよ、良く集まってくれた」
ここ、エ・ランテルの執務室には階層守護者――ヴィクティム、ガルガンチュアを除く――がアインズの命により集まっていた。
守護者たちは跪き、主人の言葉を聞き逃さないように全神経を集中する。
「皆を集めたのは他でもない、既に知っていると思うが竜王国から我ら魔導国に対して救援を要請する使者が来た」
――竜王国から援軍を乞う使者が来たのは昨日のことだ。
竜王国は現在ビーストマンの軍勢に押し寄せられ、既に殆どの都市が陥落し王都も危ういとの事だ。つまり滅亡寸前だ。
この報せを聞いてからアインズは上機嫌だった。
(今まで国交が無かった竜王国が助けを求めてくるなんて、冒険者が魔導国の良い噂を広めてくれている成果かもしれないな!)
これは是非救わねば、などと固く決心しつつ意気揚々と階層守護者を招集したのだ。
「――私の考えを述べよう。この要請を受け、竜王国を助けようと思う。親交は無いとはいえ、我が国に助けを求めてきたのだ。正義を掲げるアインズ・ウール・ゴウン魔導国としては助けない理由はあるまい」
守護者たちを見渡せば、その表情は一様に理解を示していると感じた。
「それでは、誰を向かわせましょう?数が多いだけの軍勢であればマーレが適任ではないでしょうか」
「マーレは新しいダンジョン製作で忙しいのでありんせんか? ……私ならいつでもお役に立てるでありんす」
「はあ!?ちょっと殺しただけで<血の狂乱>が発動するようなあんたが、どの口開いてアピールしてんの? ……アインズ様! あたしならペットを使って遺体回収もすぐですよ!」
珍しくアウラもアピールしている。同僚からも評価が低いシャルティアの<血の狂乱>であるが、ただ軍勢を始末するだけなら発動しても構わないだろう。だが――
「私が行くつもりだ」
守護者の間に動揺が走る。主人からの説明が無くては到底納得しかねる。
「お待ち下さい。御身自らのお手を煩わせるなど、臣下として恥ずべき行為に他なりません」
「マサシク、デミウルゴスノ言ウ通リデス。命ジテ頂ケレバ即座ニ殲滅シテ参リマス」
懇願する守護者の言葉を聞いていたが――アインズには一晩中考えていたあるアイディアがあった。
「勘違いするな。私は戦場に立つつもりは無い。敵を倒すのはアンデッドの軍に任せようと考えている」
(これはアンデッドの有用性をアピールするチャンスだ。ピンチに颯爽と駆けつけて敵を蹴散らすアンデッド――。敵を蹴散らした後、アンデッドはそのまま貸し付ければ良い。竜王国からは感謝され、周辺諸国は魔導国を正義の国と認めるだろうし、逆に向こうからアンデッドを貸して欲しいと言ってくるに違いない。……アンデッド産業の時代が来るな……)
自分の計画に満足しながらも、ちらっとデミウルゴスを窺う。アインズは自分が考えた計画が完璧だとは思っていない。
しかし――今回は自信がある。さすがのデミウルゴスも自分以上のメリットは考え付かない、はずだ。
「それは……つまり……なるほど、そういうことですか」
「そうね。さすがはアインズ様だわ。こうなることを見越して冒険者を育成していたなんて……」
考えこんでいたデミウルゴスとアルベドは、すぐに納得したように主人に称賛の笑みを向ける。
(――きたか!……って、あれ? 何で冒険者が出てくるんだ?)
話に付いていけない者は困惑して、理解している者の表情を窺ってキョロキョロしている。
場の雰囲気に耐えきれなかったのか、アウラが切り出した。
「アインズ様、どういうことですか?」
答えたいがアインズも冒険者のことは全く考えていない。うかつに説明して底の浅さを露呈する訳にはいかなかった。困った……悩んだ挙句、アインズは最後のカードを切る決断をする。
「……デミウルゴスよ、皆に分かるように説明せよ。分かりやすく、だぞ?」
「畏まりました」
満面の笑みを浮かべて恭しくお辞儀すると、デミウルゴスが語りだした。
「まずアンデッドを使うことだが、これには四つのメリットがある」
(四つ、だと!?)
「敵を蹴散らし周辺諸国に正義と国の力を見せつけること、その後竜王国にアンデッドを貸し付けること。ここまでは言うまでもないだろう。
次に竜王国がアンデッドを借りることで周辺国家も借りなければならない。アンデッドを戦争に使われたら対抗できないからだ。
ここで問題がある。それは、ひ弱な人間たちはアンデッドを恐れていること。まぁ、当然だね。だからこそ、ここで魔導国の冒険者が活きてくる。
魔導国の冒険者はアンデッドと共に生活し、共に成長してきた。アンデッドに対して親しみを持つ者も多い。その冒険者が派遣されたアンデッドと親しくすることで、その国の民に安心感を与える。まず周辺国家は竜王国の噂を聞いて我先にアンデッドを借りようとするだろうね。そうしてアンデッドを防衛に、労働力に使わせ国家の基盤に浸透させてアンデッド無しでは成り立たないようにする――他にも我々階層守護者の存在を秘匿するなどがある。勿論、アインズ様にはより深いお考えがあるのでしょうが……」
「――そ、その通りだ。さすがはデミウルゴス。私の考えをよく読んでいる」
――どもった。アインズは何度も精神が抑制されつつ、一晩考えた自信満々のアイディアだったのだから仕方ない、と自分自身を慰めた。
「アインズ様、せっかくなので『強欲』を使われてはいかがでしょう?」
「それは良い考えだな、アルベド。王国との戦争では奴らから経験ポイントを集める機会がなかったからな。マーレ、『強欲と無欲』を借りるぞ」
「あ、はい! どうぞ!」
マーレが両手に着けていた『強欲と無欲』を外してアインズに差し出してくる。アインズがそれを両手に着けるが……マーレは耳をたらして嬉しそうにそれを見つめてくる。
(なぜ嬉しそうなんだ……)
マーレから視線をそらしつつバツが悪そうにアインズは宣言する。
「守護者たちよ、それぞれの役割を果たすのだ。準備が整い次第竜王国へ乗り込むとしよう――」
――竜王国の王都。
王都は分厚い城壁に囲まれ、相当な軍勢をもってしても簡単には陥落できないだろう。
その日、王都を目指して奇怪な咆哮を上げながらビーストマンが進軍していた――その数二十五万。その軍勢を見た者は王都の城壁では数日ももたないことを悟るだろう。
ビーストマンの軍勢から竜王国の王都が見えてくるとビーストマンは嘲笑うかのように一層大きな咆哮をあげる。咆哮は大きな波となり王都に叩き付けられ、住人を震え上がらせた。
城壁の外側には人の姿は無い。野外戦では太刀打ちできないことを理解していたため王城に立て籠もっているのだ。竜王国兵の士気は低く、ほとんどの者が項垂れて地面に座り込んでいる。
そんな中、アダマンタイト級冒険者チーム『クリスタルティア』の"閃烈"セラブレイトは城壁の上でビーストマンの軍勢を眺めていた。
「遂に来たか……。お前たちは付き合う必要ないぞ? これは俺の我がままだからな」
「私たちは女王のことはどうでもいい。だけど仲間は見捨てたりしない」
彼の仲間たちは最後まで『クリスタルティア』として行動するようだ。セラブレイトは嬉しさを表情に出しながらも仲間たちに心の中で謝罪した。
「そうか。ならばやる事はひとつ、奴らが人間を見て食欲が湧かなくなるまで殺し尽くしてやるか」
そう言い放つと、地を埋め尽くして王都を押し包むように扇状に拡がりながら迫るビーストマンの軍勢を眺める。先頭のビーストマンには城壁から魔法が届きそうな距離だ。
目前に迫る絶望を見ても彼の戦意は衰えていない。アダマンタイト級冒険者として、最後まで
周囲の兵たちも矢や魔法を放とうとした。
そのとき――城壁の上に死を具現化したような存在が顕われた。
「はじめまして、竜王国の者たちよ。私はアインズ・ウール・ゴウン魔導国の魔導王だ。竜王国の女王の救援要請を受けてこの国を助けに来た」
アインズは
(周囲の者たちを少々驚かせてしまったか。一応挨拶をして敵ではないことを説明したから襲ってはこないと思うが……)
周りを見れば皆こちらを見ながら固まっているようだ。面倒なので放置してシャルティアに<
「聞こえるか、シャルティア。<
ビーストマンたちは王都に立て籠もって震える竜王国民の姿を想い、嘲笑いながら城壁に近づいていく。もう城壁まで数百メートルの距離に差し掛かって――突然動きを止めた。
城壁の前に黒い半球のようなものが浮かび上がったからだ。
そこから現れたのは――彼らにとっての絶望だった。
大きな盾を持った棘付き鎧の戦士が五百、そして戦士が乗る骨の魔獣は黄色と緑の膿のような靄を纏っていた。
間違いなくアンデッドだ。ビーストマンの旺盛な食欲は全く反応しない。その替わりに生物としての生存本能を激しく刺激していた。
見たこともない化け物を前にビーストマンの軍勢は静まりかえって――はいなかった。カチカチ、カチカチと彼らの牙が擦れ合う音が戦場に響いていた。
「――蹂躙を開始せよ」
どこからか厳かな声が聞こえる。牙が生み出す音が響く中、その声はやけに大きく聞こえた。
骨の獣――ソウルイーター――とそれに跨る戦士――デス・ナイト――がビーストマンの軍勢に突撃を開始する。
それらの化け物はビーストマンの数に比べれば圧倒的に少ない。数の優位が彼らを奮い立たせ突撃してくる化け物を返り討ちにしようと武器を構えた。
数歩の距離に入ったとき、突然骨の獣が纏う靄が周囲に拡がり数体のビーストマンを飲み込んだ。光に飲み込まれたビーストマンはもがくこともなく糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
靄が透けるような青い光を伴ってビーストマンの身体から離れていき、青い光を取り込んだソウルイーターは靄の輝きが一段と大きくなった。
ソウルイーターの持つスキル≪魂の吸収≫は、靄に取り込んだ生物の魂を糧として一定時間自己を飛躍的に強化し――強化時にはレベル五十にも匹敵する。そして、スキルに使用回数制限はなく連続で使用可能、というものだ。
化け物の軍勢は縦横無尽に走り周りビーストマンを虐殺していった。
魔導国では馬車を引き、畑を耕していた化け物は、日ごろの鬱憤を晴らすかのように生物の命を奪う喜びに暴れまわった。
蹂躙が開始されてから僅かな時間に戦場は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
当初は戦う気力を維持していたビーストマンも獣としての本能により、武器を捨てて全力で戦場を離れようと無我夢中で逃走した。
しかし、ソウルイーターの移動速度はビーストマンの身体能力を遥かに上回る。後ろから迫るソウルイーターの靄に取り込まれるか、運良く逃れた者もデス・ナイトの振るう剣に一撃で命を奪われていった。
数時間後、戦場には静寂が訪れていた。そこに立つ者はソウルイーターとデス・ナイトのみ。そして、数えきれないほどの綺麗な遺体が横たわっていた。
アインズは戦場全体をゆっくりと眺めると左手に嵌めた『強欲』を掲げる。すると、戦場に横たわっている数えきれないほどの遺体から青い透けるような光が飛んできて『強欲』に吸い込まれていった。
(おお! こんなに溜まるなんてちょっと予想外だったな。溜まった経験ポイントは何に使おうか……)
アインズは予想以上の経験ポイントを得られて上機嫌であったが、思い出したようにシャルティアに<
「シャルティア、終わったぞ。戦場にある遺体の回収を任せる。私はこの国の女王に話があるのでな」
竜王国女王ドラウディロン・オーリウクルスは玉座の間でその時を待っていた。
王城の守備兵には魔導王をここまで案内するよう伝達している。
彼女は自分が選んだことにより齎された結果について考える。法国から受けた恩よりも自国を存続させるため魔導国の力に頼ることを選んだ。
そして――国は救われた。想像以上の力をもって。
これが最善だ。バハルス帝国はアンデッドの力を使って、より強大な国になろうとしている。竜王国も、国民がこれ以上死ぬことは無いだろう。ビーストマンから受けた被害は甚大だ。なにしろ百万を超える民の命が失われたのだ……復興には時間がかかる。
彼女は物思いに耽っていると、隣に立つ青い顔をした宰相は話を切り出し難そうに、言葉をまとめることに苦戦していた様子だったが……やがて、ポツリと話し始めた。
「陛下……これからの国の事は重要ですが、まずは魔導王との会見を成功させることが最優先です。絶対に機嫌を損なわないよう細心の注意を払ってください。全ては魔導王の気分次第ですので」
「……そうだな。魔導王は私の姿はどちらが好みかな? 一応男なのだろう? ならば胸があった方が――」
「アンデッドに性欲があるのかは分かりかねますが……少女の姿では舐められて国を任せる器とみられないかもしれませんな。確かにあちらの形態の方が良いかもしれませんね」
「国を任せる、か。帝国の例があるし、もしかしたら自治を認めてくれる可能性もあるのだな?」
「それは帝国の皇帝が優秀だったから……かもしれません。そうであれば陛下は絶望的ですな」
宰相の軽口を聞いてドラウディロンは固まった身体からようやく緊張が解けていくのを感じた。
「はぁー、反論する気も起きないな。まぁ魔導国の属国になればビーストマンは手を出してこないだろう。たとえ出してきても魔導国が負ける未来が思い浮かばないがな……」
――ナザリック地下大墳墓の第九階層。アインズの部屋。
そこで
「ビーストマンの遺体も追加ですか……そろそろ第五階層で氷漬けにするのも手狭になってきましたね。コキュートスの居住区も圧迫するかもしれません」
「ナッ! ソレハ困ル……」
「と、『図書館』のオーバーロードの方々にアンデッド作成を手伝ってもらったらどうでしょう?」
「それはいい考えね、マーレ。アインズ様が戻られたら相談してみましょう。
――ところでデミウルゴス、あなたの説明は竜王国が
「私が先ほど説明したのは"アンデッドを使うメリット"です。ナザリックの誰が動いても竜王国が
「ソ、ソノトオリダナ。ソノ程度ノコトヲ至高ノ御方ノ前デ話スコトデハナイ」
「だ、だよね! ……でも、ちょっとくらい説明してくれても良かったんじゃないかなー」
ソウルイーターのスキルは某ゲームの説明からとってきました。
誤字・脱字報告、ありがとうございます。いつも助かってます。