おいでよ魔導国   作:うぞうむぞう

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魔導国外の話です。



幕間―諸国の人々

・竜王国

 

 竜王国の王城にある簡素な作りの王の間。そこにいるのは二人の男女――初老の男と少女だけだ。

 

 玉座の傍らに立つ初老の男はこの国の宰相であり、玉座に座る幼い少女は竜王国の女王――黒麟の竜王(ブラックスケイル・ドラゴンロード)――ドラウディロン・オーリウクルスである。

 いま、彼女は頭を抱えていた。

 

 

――遡ること二ヶ月前。

 援軍を要請していたスレイン法国から待望の援軍が送られてきた。

 しかも、退役し一線を退いたとはいえ法国の最強特殊部隊『漆黒聖典』に属した者たちである。

 

 漆黒聖典の存在は法国の国家機密事項であるためその名を公表することはできなかったが、法国援軍の報は前線にいる兵や冒険者の士気を大いに上げた。

 

 事実、皆が期待した通り――それ以上に彼らは強かった。

 

 かつて救援にきた陽光聖典より強大な天使を使役する神官戦士。

 目で追いきれない程の速さで動き、急所を突く盗賊系の戦士。

 人間より力で勝るビーストマンを得物ごと叩き潰す全身鎧(フルプレート)の戦士――その他の隊員も人間とは思えないほどの力を持っていた。正しく"英雄の領域"に立つ者たちであった。

 

 たった十二名の援軍は一か月あまりで数千もの屍の山を築いた。戦線を押し戻し、ついに奪われた都市のひとつを取り戻した。

 

――勝てるかも知れない。人々が希望を持ち始めた頃、戦況が一変した。

 

 

 

 十五万人が住む王都に次ぐ都市をビーストマンの大群が押し寄せたのだ。

 今までは様子見だったと言わんばかりに、その数は都市の人口を遥かに超えていた。

 

 元漆黒聖典はその都市にいた。彼らだけなら撤退は可能だっただろう――だが、そうはしなかった。

 

 彼らは高齢の者たちばかりである。祖国には孫や曾孫までいる者も多い。

 どうせ先の短い命。ならば、この都市で暮らす人々を救うため――人類の未来のため――命を使おうと覚悟を決めたのだ。

 

 ビーストマンと正面からぶつかっても勝ち目は無い。彼らは都市の住人と話し合い、脱出計画を立て即座に実行した。

 

 結果――囮役に志願した住人は全滅したが、女、子供を中心に多くの住人を逃がすことに成功した。彼らは逃げる者たちの殿を引き受け、津波のごとく押し寄せるビーストマンの軍勢を押し留めた。持てる力の全てを使い、一人でも多くの住民を逃がすため戦い続けた。

 

 やがて、彼らは住人が逃げ切るまでの十分な時間を稼いだ後、魔力も精神力も枯れ果ててビーストマンの軍勢に呑まれていった。

 

 

 人々の希望は消え去った。だがビーストマンも数万もの被害を受けたためすぐには動けなかった。

 竜王国には久々に平穏という名の静寂が訪れていたが、それが仮初のものであることを誰もが理解していた。

 

 

 

 

 

「――聞くところによると、魔導王は魔法一発で十万以上の兵を殺したというではないか。うじゃうじゃ湧いてくるビーストマンどもをドーンと一発殲滅してもらえんかな?」

 

「……」

 

「魔導国は一体で小国を滅ぼせるほどの兵を数百保有しているらしいぞ? なんと、それらに荷馬車を引かせたり、畑仕事に使っているというではないか! ちょっとくらい借りても良いのではないか?」

 

「陛下……」

「なんだ? 聞く気はないが言ってみろ」

 

「では、お言葉に甘えて。その方針が決定であればすぐに使いを出しましょう」

 

 ドラウディロンはくたびれた表情を隠さずに溜息をついた。

 

「……分かっている。魔導王はアンデッド。兵もアンデッド。つまり法国にとっては相いれない敵、だろ?

  この異国の地で散っていった彼ら、そして彼らを送ってくれた法国の恩には報いたい……報いたいが、どうしろと言うのだ? 最後の一人になるまで戦って、やつらの食糧になれというのか?」

 

 これ以上援軍を期待できないため兵たちの士気は低く、王都には絶望の気配が漂っている。

 アダマンタイト級冒険者チームの『クリスタルティア』は健在だが、ビーストマンの数に比べれば焼け石に水だろう。

 ワーカーチームの『豪炎紅蓮』は姿が見えない。既に国外へ脱出したのかもしれない。

 

 

「それより早くこちらの食糧が底を突くかもしれませんな。現在王都にいる全ての者が生きていくなら、もって二ヶ月……と、いったところでしょう」

 

 まるで他人事のように、冷ややかに言い放つ宰相が恨めしかった。

 長年の付き合いで宰相のことはよく分かっている。感情的になりやすい彼女の補佐役として、彼はわざとこのような役回りを受け持っているのだ。

 ……時折見せる彼女をからかうような皮肉は本心であることが多いのだが……。

 

「はぁ……この国を救うには恩義を投げ捨てて悪魔に魂を売り渡すしかないのか?」

「魔導王は『悪魔』ではありません、『アンデッド』ですよ」

「知っておる! 言葉尻を捉えるな!」

 

 そう言い放つと、茶化すような宰相の表情を窺う。彼の表情は先ほどまでの薄い笑みではなく苦渋に満ちたものに見えた。

 

「……私も魔導国にすがる以外に方法は無いと考えます。相手がアンデッドであろうが悪魔であろうが、我々にはこの国を存続させる義務があります」

 

 ドラウディロンは小さな手で頭を抱えた。

 残された手段はもうひとつあるのだ――百万もの魂を対価にして放つ始源の魔法――だが、それを選択することは国を滅ぼすことに等しい。

 

 それでも、全ての国民が奴等の餌になるよりは遥かにマシな気がした。

 

 

 ドラウディロンは竜王国の存亡を決める、最後の決断に迫られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・スレイン法国

 

 スレイン法国神都、その最奥。

 今後の対応を決めるべく彼ら最高執行機関――最高神官長、六大神の各神官長、司法・立法・行政の各機関長、研究機関長、大元帥の十二名――は集まり会議が行われていた。

 

 最初の議題に挙がったものは魔導国の件――ではなかった。

 魔導国よりも緊急性が高いと判断されたのは、ヤルダバオトの件であった。

 

 それには理由がある。

 聖王国と法国の間にある、多数の亜人たちが日々紛争を繰り返している荒野で悪魔を見たという報告があったためだ。ヤルダバオトの次の狙いは法国ではないか、と考えても不思議ではない。

 

 

 

 

「風花聖典を調査に行かせてはどうか?」

「いや、下手に刺激するのはまずいな」

 

「竜王国に送った元漆黒聖典の者たちを呼び戻して襲撃に備えるべきでは? 今は少しでも戦力が欲しい」

 

 元漆黒聖典の話が出ると、幾人かが神妙な顔をしたことで場に沈黙が訪れた。やがて土の神官長――レイモン・ザーグ・ローランサン――が重々しく口を開く。

 

「彼らは戻ってきません……死体は回収できませんでした」

 

 たとえ死んだとしても死体さえあれば復活は可能だ。だが――相手は人間を食糧としか見ていないビーストマンだ。彼らが復活できる可能性はゼロに等しいだろう。

 皆の目に一瞬、憎悪の色が宿る。

 

「おのれ獣どもめ! このままでは奴等を増長させるばかりだ! 奴等に人間の力を示すべきではないか!?」

 

「落ち着け。今はヤルダバオトの件だ。それに、殉職した者たちの中にはレイモンの同期も何名かいたのだ。仇を討ちたい気持ちは彼の方が強いだろう」

 

 その言葉により、騒然としていた場には静寂が取り戻された。レイモンは元漆黒聖典の隊員であり、援軍――同僚や先人たち――を竜王国へ送り出した責任者でもあった。

 今は重要なことから決めなければならない。六大神の像を眺めて心を落ち着かせると議論を再開した。

 

 

「――ヤルダバオトの件だが、荒野で見たという悪魔は囮という線はないか?」

「それは十分に考えられる。悪魔というものは狡猾だ。罠を張って我らが来るのを待ち構えているかもしれん」

「ならば荒野は放置するのか。だが近い内に来るぞ」

「その時はこの神都で迎え撃つしかあるまいて。ヤルダバオトを『ケイセケコゥク』で魅了するのだ」

 

「なるほど……うまくすればビーストマン、エルフ、そして対魔導王の先兵とすることも出来るか」

 

 しかし、幾人かは首を捻って考え込んでいた。

 

「相手は神の領域に立つかもしれぬ存在。もしケイセケコゥクが効かなかった場合は――」

「全力で撃退するしかないでしょう? この神都であれば、あの子を使っても問題ないはずよ」

 

 その言葉にようやく全員に納得の表情が浮かんだ。

 神々の装備を身に着ける番外席次。彼女が負けることは考えられなかった。

 

 

 

「……ヤルダバオトについては皆様、異論無さそうですね。予定では次の議題は魔導国でしたが、その前に先ほどの件――竜王国について明確にしておくべきではないかと」

 

 レイモンは皆が無言で頷くのを確認すると話を続けた。

 

「現状、竜王国にこれ以上支援することは出来ないと考えます」

 

 冷酷な意見だが、これに対して反対意見は挙がらなかった。

 

「先ほどは感情的になってしまったが、落ち着いて考えると……彼の国に対して支援できることは無いかもしれん」

「見殺しにする、と言えば聞こえは悪いが……その通りなのだから仕方あるまい。ヤルダバオトの問題が解決しない限り我々は動けん」

「聖王国に続いて竜王国まで……人類の生存圏がどんどん狭まっていくな」

 

「――属国のくせに領土拡大の動きを見せる国があるではないか」

 

 その発言は一同の表情を様々なものに変えた。

 怒り、苦笑、困惑、そして――理解。

 

「愚かな皇帝め! アンデッドの犬になり下りおって!」

 

 その意見にその場にいる半数ほどが頷く。だが、残りの半数はそうではなかった。

 

「あら? 帝国にいるアンデッドは皇帝の指揮で動いているそうよ?」

「……バハルス帝国の皇帝は死霊使いにでも転職したのか? それとも人間を辞めたのか?」

「魔導王はエ・ランテルの近郊にダンジョンが作り、人間をそこに放り込んでいると聞いたぞ。そこでアンデッドに変えられているのでは」

 

「――魔導国は人間を蔑ろにはしておらん。むしろ我等の神の行いに近いのではないか?

 それを理解した上で属国になることを決めたのであれば、優れた皇帝と言えるのでは?」

 

「そうですね。魔導王と一度話し合いをしてみてはどうでしょうか」

 

「待て! 先の大虐殺を忘れたか! あの所業こそ魔導王の本性だ! 心を許し我等の手の内を明かしたら、取り返しのつかないことになるぞ!」

「そうだ! お前は自分の子や孫たちに、エルダーリッチやデス・ナイトどもと仲良くしろと言えるのか?」

 

 その後も様々な意見が飛び交い、一向にまとまる気配は無かった。

 司会であるレイモンはこの場では最年少であるが、慣れたもので、紛糾した会議を終わらせるためにあるを提案する。

 

「皆様のお気持ちはよくわかりました。まとまらないようですので……魔導国は引き続き様子見で宜しいでしょうか?」

 

 今まで通り。可もなく不可もないが……

 

「異議なし」

 

 

 魔導国への対応について何かが決まったことはなかった。 

 

 

 

 




・竜王国
 元漆黒聖典は渋い爺婆がいっぱいだと思うので原作続刊が楽しみです
 トカゲ編を超えるドラマを期待しています

・法国
 会議を書くのはすごく大変でした


誤字脱字報告、有難うございます

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