短編小説   作:重複

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IFであり、独自設定があります。
モブ(名無し)がいます。

残酷な描写があります。



IF NPCが一人 デミウルゴス 7

◆◆◆

 

トブの大森林を縄張りとするその白銀の魔獣を見た時、デミウルゴスが最初に考えたのは「アウラが好みそうな魔獣だ」といったものだった。

 

それに二〇〇年もの間、同族と会ったことがないということは、この魔獣は「希少(レア)」なのかもしれない。

 

至高の御方々は、「レア」と呼ばれる物を好んで集めていた。

 

これが至高の御方々の御眼鏡にかなうかは不明だが、生かしておいても特に支障もない弱い個体(POPレベル程度)だ。

問題はないだろう。

 

 

なにより――

 

自分との実力差を理解すると同時に、即座に恭順の意思を示すあたりは、見所があるといえるだろう。

 

どうしようもない愚か者は、その見極めができない上に、その実力差を知ったとしても「認める」ということができない。

 

状況に即して動けない。

思考が固定化して、自分の常識から脱却することを受け入れられない。

 

挙げ句、自分の常識内に収まらない相手を「非常識」と罵り、悪いのは弱い自分ではなく、非常識な相手だと、何の解決にもならない強弁(言い訳)をはじめたりもする。

 

自分は強い。

自分より強いお前がおかしい。

非常識だ。

非常識なお前が存在することが悪い。

自分の常識に合わせろ。

 

本当に愚かな存在は救いようがない。

 

有効利用するにも限度がある。

 

トブの大森林の「三大」はどれも残念な存在だったが、この「森の賢王」はましな方だといえるだろう。

 

それにこの魔獣は二〇〇年以上生きていても、まだ若い分類であるらしい。

 

長命であることは、なかなかに得難い利点だ。

 

ただし、「森の賢王」と呼ぶには、少々名が大層に過ぎると思われた。

 

よって新たに命名した「ハムスケ」と呼んでいる。

 

「ハム」のような丸々とした体型に、雌だというので「女」という意味で「スケ」を繋げただけである。

 

デミウルゴスにしても、奇妙なほどにしっくりくる呼び名だった。

 

「さて、トブの大森林を掌握しなければいけませんね」

 

「小鬼(ゴブリン)将軍の角笛」で召喚されたゴブリンたちに下され新たな配下となったこの森(現地)のゴブリンやオーガたちから知り得た、トブの大森林にいる三大を下した。

後は細かい集落や種族の調査が必要となる。

 

西の魔蛇と呼ばれる、ナーガのリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンはそれなりに部下の把握をしていた。

しかし、東の巨人こと、トロールのグは知能的に使えず、南の大魔獣、森の賢王こと「ハムスケ」にいたっては、自分の縄張り以外のことはまったく興味が無く、西の魔蛇や東の巨人のことを、その存在すら知らずにいたのだ。

そんな有様なので、自分の縄張り(南)の中の事も自分より強い存在がおらず襲われる心配も無いために、自分の縄張りの中にどんな存在がいるのかも特に把握していないという。

 

ゆえに、新たに調査をする必要があった。

トブの大森林は、広さだけでも相当なものだ。

当然、起伏も木々もあり視界も狭い。

そして地表の広さもさることながら、地下にあるという洞窟もかなりの面積があるらしい。

ましてや、地下ともなれば層を重ねている可能性とてある。

ナザリックのように一〇階層もあれば、地表の面積など比べものにならないほどの広さとなる可能性さえあるだろう。

 

さらには、その地下が王国や帝国にまで及んでいる可能性がないとも言い切れない。

 

つまり、すでに整地され多少のことは住んでいる人間によって把握されている王国や帝国などよりも、調査が難航するかもしれないのだ。

 

だからこそ――

 

「使える存在がいると嬉しいのですがね」

 

ただ単純に支配下におさめるだけなら、森を全て焼き払って更地にし、地下などは探索するまでもなく埋めてしまってもかまわない。

その上で、自分に恭順する者だけを住まわせれば良いのだ。

だが、それでは「情報」まで失われてしまう。

 

そうそうナザリックに繋がる存在がいるとは思ってはいないが、せめて役に立つ存在の確保を期待したいところだった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

ぱんぱん

 

手を叩く音が朝の始まりとなる。

 

ヤルダバオトの側近か家令らしき存在が、陽光聖典の日々の活動を取り仕切っているのだ。

 

「さあ、朝です。お勤めの時間ですよ」

 

広間にずらりと並べられた布。

 

正確には、布をかけられた死体の列だ。

死体は布の形状から人間らしきものから、まったく形状や大きさが異なる亜人種か異形種らしきものまである。

 

陽光聖典三九名はそれぞれ死体の前に立つと、全員の中にいる悪魔が特殊技術を発動させる。

 

死体は形を変えて動き出し、布を被ったまま広間から出ていく。

 

「では、食事の時間です」

 

 

悪魔を憑けられた状態の陽光聖典の隊員たちは、自身の中の悪魔の作成能力によってほぼ毎日悪魔やアンデッドを「死体を媒介にして」作り出していた。

 

それらは、陽光聖典に取り憑いている悪魔たちの召喚主であるヤルダバオトの命令を受けた家令の指示で、どこかへと歩き去っていく。

 

何をしているのかは不明だ。

 

きっとろくでもないことだろうと、陽光聖典の誰もが思っていた。

 

それを口に出して言える者はいないのだが。

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは陽光聖典の中の悪魔やアンデッドが作り出した僕の支配権を、一部の配下に委譲している。

 

単純作業まで自分が采配するのは、効率が悪いと判断したためだ。

 

陽光聖典に取り憑いている悪魔が作り出す僕はレベルが低い。

一桁からせいぜい二〇レベル程度の存在がほとんどだ。

 

だからこそ、使用に耐えられる死体を大量に用意できるともいえる。

 

この世界で確認(実験)できた、人間を始めとする低位の生き物の死体では、高位の存在の作成が不可能なのだ。

 

デミウルゴスが召喚した僕で憑依の能力が無い者では、死体を使って作成や創造をしても、召喚時間が過ぎれば送還されてしまうために、それらの作った僕を残す(現界させ続ける)ことはできない。

作成主が送還されると、作成された者は消えるか案山子になってしまうのだ。

それでも、調査の一環として召喚や作成・創造を繰り返したことによって、この世界の人間や亜人の死体を使用した場合、作り出せる僕は四〇レベルまででしかないと結論付けた。

 

四〇レベル以上の僕は時間の経過と共に、媒介に使用した死体と共に消えてしまうのだ。

正しく「消滅」である。

 

むろん、レベルの高い存在を「材料」に使用すれば、より高位の僕を作り出せるかもしれないが、用意できない以上、現状では不可能だ。

 

そして、陽光聖典に取り憑いている悪魔やアンデッドのレベルは低い。

当然、作り出せる僕のレベルは、それよりさらに低くなる。

 

現在、デミウルゴスは作り出す僕の大半をアンデッドに指定していた。

 

これは、作り出した僕をトブの大森林に配置し、見張りにあたらせているからだ。

 

食事も睡眠も不要であり暗視(ダークビジョン)を種族特性として基本的に持つアンデッドは、常設する見張り役として適任だった。

 

これは悪魔でも同様なのだが、アンデッドは呼吸すら不要である。

 

つまり、どんな場所でも支障がほとんど無いのだ。

 

悪魔の中には、水の中が不得手な者もいる。

 

代わりにアンデッドは火に対する耐性が低い。

 

配置する場所によって使い分けているが、やはり「生命反応が無い」アンデッドの方が、問題が少なかった。

 

トブの大森林の指示された所定の場所にじっと潜み、定期的な見回りと変わったことが起きない限り動かない。

 

悪魔はその連絡手段に活用されることが多かった。

 

悪魔は種族として、飛行能力を有する者が多いからだ。

 

こうしてトブの大森林には、デミウルゴスの監視網が構築されていった。

 

もっとも、これはデミウルゴスからすればお粗末で稚拙な人海戦術によるものであり、満足のいくものではない。

これがナザリックであれば、ニグレドを筆頭とした探知能力に長けた者たちの協力や、「遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)」などのアイテムを使用した監視網をしくことができただろう。

 

それを思うと、デミウルゴスにとって現状は不満と不安しかない。

 

不満とは監視網の出来の悪さであり、不安はそれによってナザリックへの情報を見逃してしまう可能性である。

 

それでも、現状ではこれ以上のものは望めないのも事実だ。

 

◆◆◆

 

ニグン・グリッド・ルーイン。

 

彼はスレイン法国の特殊部隊、六色聖典の一つ「陽光聖典」の隊長として遺憾なくその能力を発揮し、台頭してくる様々な亜人種を滅ぼしてきた。

 

それらは強敵であり、人間の生存圏を脅かす存在だった。

そういった亜人を殲滅し、人間の活動領域を守護してきたと自負している。

 

その彼が、今は祖国を離れ、与えられた任務も放棄し、人間ではない新たな主人の下で働くことになった現状は、かなりの皮肉であろう。

 

現在の主人は悪魔であり、人間を苦しめる存在だということは疑いようがない。

 

そして、悪魔という存在は総じて悪巧みに長けているという風説に背くことなく、策謀に長けた存在だった。

 

ただしその行動が、今のところ直接人類の不利益となっているかというと、そうではなかった。

 

新たな主人、ヤルダバオトと名乗った悪魔は、知性的であり無駄のない行動理念によって事を進めている。

 

ヤルダバオトという悪魔は「ナザリック」というものを探しており、そのためにあらゆる情報を欲していた。

 

そのために必要な手勢として、人間を活用しているという。

 

なにしろ、この悪魔(ヤルダバオト)がここにいる原因が「人間による召喚」なのだから、情報が手に入る可能性が高いのも、人間の世界(社会)と考えているらしい。

 

「隊長」

 

ニグンは呼ばれた声に振り向いた。

 

「トブの大森林への調査ですが」

 

「ああ。問題なければ昨日の探索地点から開始するとしよう」

 

「転移の魔法がこんなに便利なものとは思いませんでした」

 

ヤルダバオトの手勢の一人として、自分の中に「憑依」という形で存在する悪魔は、強大な力を持っている。

ニグンは自分に憑依したその悪魔の能力に、驚愕した。

 

ヤルダバオトに命じられた、トブの大森林の調査・探索は、この悪魔のおかげで順調といってよいだろう。

 

自分に取り憑いた悪魔が強大なことは理解していた。

もちろん、あのヤルダバオトや、ヤルダバオトが特別に呼び出している炎を纏った悪魔などには遠く及ばないことは理解している。

 

それでも、自分が第四位階で召喚する「監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)」より高位の悪魔を呼び出し、さらには第三位階の「炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)」を複数体召喚することが可能なのだ。

 

悪魔が天使を召喚するなど、理解の範疇外だ。

 

さらには、陽光聖典に憑依した悪魔たちは「転移(テレポーテーション)」が使えるのだ。

 

これにより、どれほど遠くまで遠征しようとも、帰ってくるのは一瞬で済んでしまう。

ヤルダバオトの召喚したゴブリンたちが下したゴブリンやオーガたちがトブの大森林の東に住む者たちで、その集落までの案内に使えたのも大きい。

さらに、踏破した場所まで行く際にも使用できることで、トブの大森林の探索は、ニグンたちの常識を覆す勢いで進んでいた。

 

 

なにしろ、難度としてはおそらく森の賢王と謳われる白銀の魔獣と同程度の強さを持つと思われた、トブの大森林において「三大」の一角であるという異形のトロール「グ」をあっさりと打ちのめしたのだから。

 

そして捕らえられた「グ」は、現在ヤルダバオトの拠点の修練場で、「試し斬り」の案山子となっている。

 

悪魔の使用した魔法によって、グは体の半分を跡形もなく焼き尽くされたのだ。

トロールの再生能力など、歯牙にもかけない圧倒的火力だった。

 

その魔法は、第三位階や第四位階ではあり得ない威力だった。

 

しかしそんな人高位と思われる魔法さえも、ヤルダバオトからすれば「弱い魔法」という分類であるらしい。

 

正しく、桁の違う存在なのだ。

 

今なら、竜王国へ飛ばされた際に、囮の部隊の誰も犠牲になることなく生還できたことに納得がいく。

 

自分や陽光聖典に取り憑いた悪魔には劣るが、あの時点ですでに彼らにもヤルダバオトの配下が取り憑いていたのだ。

 

そんな超常の存在であるヤルダバオトも初めて見たと言う、自分たちにかけられた「三度質問に答えると死ぬ」魔法。

これは、どうやら一度死ぬことによって解除されるらしい。

 

もっとも、解除されたのは囮の部隊から数名と、自分たち陽光聖典の中の一〇名ほどだ。

 

残りは未だその呪いともいうべき魔法にかかったままだ。

 

ヤルダバオトと名乗った悪魔が所持している「復活の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)」。

 

それには複数回分の、復活の呪文が込められているという。

 

それに炎を纏った悪魔も復活魔法を使えるのだ。

 

もちろん、単純に復活できるわけではなく、生命力を大量に消費するために復活できる者はそれなりの強者であることが求められる。

 

囮の部隊が殺した村人は、復活に耐えられずに灰となったという。

 

囮の部隊でも同様に、復活に耐えられず灰となった者もいたと聞く。

 

復活に必要な明確な線引きがはっきりしていないのだ。

 

ヤルダバオトは、復活に関しても実験を進めており、状況によって復活するかの可否を確認しているらしい。

 

 

◆◆◆

 

「コロシテクレ、コロシテクレ」

 

グ、と呼ばれていたトロールは、日々訓練という名の拷問を受けていた。

 

殴っても蹴っても切りつけても矢の的にしても、直ぐに再生するトロールは、受けたダメージの測定に丁度よかったのだ。

 

手足を切り落とされ傷口を焼かれ、再生できないようにした上で、剣の試し切りや初心者の剣で何処を突けばダメージが入るかという試金石にされた。

 

自らの切り落とした腕を調理され、それを食事とされたこともある。

 

その上で治癒魔法をかけられるのだ。

グに安息は無かった。

 

 

◆◆◆

 

デミウルゴスは、自身が表舞台に出るつもりはなかった。

だが、いずれ表に出すべき「ヤルダバオト」は用意すべきだとも考えていた。

 

四〇レベル後半の僕が憑依できる対象は、現状ではニグンを含めた三人だけだ。

 

 

ニグンに取り憑いた悪魔は、純戦士系というより支援も含めた戦闘系といえる。

 

それなりに汎用性のある悪魔で、カルマは中立となっている。

これはカルマの善悪に対応するためであり、特筆する技能は無いが状況に応じて戦える器用さが特徴だ。

 

召喚できる存在も、悪魔だけでなく天使も召喚可能としている。

 

その分、強力な個体を呼び出せないというデメリットがあるが、手札の多さは悪魔という種族特性も含めて多い。

 

 

単純な戦闘能力だけなら、ガゼフやブレインに憑依させた僕より高い。

それでもデミウルゴスからすれば、弱すぎる僕だ。

 

「ヤルダバオト」を名乗らせるなら、やはり魔将クラスが望ましい。

 

見栄えという点でいけば、強欲の魔将(イビルロード・グリード)だろうか。

蝙蝠の黒い翼と頭の二本の角がなければ、人間の美男子で通る容姿だ。

 

威を放つなら憤怒の魔将(イビルロード・ラース)だろう。

悪魔というイメージを表現したとしか言いようのない顔つきと体格は、見る者に畏怖を感じさせるだろう。

 

どちらを影武者として使用するかとなれば、やはり前者(イビルロード・グリード)が妥当だろう。

 

憤怒の魔将(イビルロード・ラース)は体格が大きく、さらに体の何カ所かに常時炎が燃え上がっている。

 

狭い箇所では少々不便と言わざるを得ない。

 

ユグドラシルのように大きさ変更のアイテムを、今のデミウルゴスは持ち合わせていないからだ。

 

いっそ「ヤルダバオト」は複数の姿を使い分けるという設定をつけてみても面白いかもしれない。

 

どうせ時間によって消えてしまう召喚魔将だ。

 

一度に一体しか呼び出せず、複数を同時に運用することは、現段階では不可能なのだから。

 

それに、複数の姿を「ヤルダバオト」の仮の姿としておけば、それ以外の姿もありえると、相手を疑心暗鬼に陥れることも可能となるだろう。

 

いずれこの世界に「固定」できる「材料」が見つかるまで「ヤルダバオト」は表舞台に出る事はないとデミウルゴスは考えていた。

 

◆◆◆

 

「さて、始めなさい」

 

召喚した魔将に命じ、目の前の存在に取り憑かせる。

 

そして――

 

「やはり失敗ですか」

 

同じ結果にため息を吐く。

 

魔将に取り憑かれた対象が「崩壊」したのだ。

 

デミウルゴスは魔将が取り憑ける存在を欲していた。

今回も失敗する公算が大きかったので失望は小さいが、残念な結果であることに変わりはない。

 

スレイン法国の囮の部隊を使った実験で、あまりにもレベルに差があると「対象(依代)」が持たないことは判明していたからだ。

 

作成などであれば、たとえレベルが一の村人でも、四〇レベルまでの僕の作成が可能だった。

しかし、これが「憑依」となると、途端に制限が厳しくなった。

あまりにレベルが離れすぎると、取り憑かれた対象(生き物)が持たずに「破損」するのだ。

 

「対象」のレベルから一〇から二〇レベルほど上の存在までしか憑依を成功させることができなかった。

それも個人差があり明確な線引きができないため、安全性を考慮すると二〇レベル差程度での憑依を優先してしまう状況となっている。

 

とりあえず、四〇レベル前後では魔将のレベルに耐えられないことが今回の実験で判明した。

 

「偶然」手に入ったドラゴンだが、縄張り争いに負けた弱者である上に人間社会にも上下関係にも疎い、デミウルゴスからすればまるで使い物にならない存在だった。

死んだ後は「素材」として使用予定だ。

もっとも、デミウルゴスの僕には完全な生産職の者がいないため、人間や山小人(ドワーフ)レベルの使い道しかない。

 

これも何とも残念な状況だ。

 

「有効利用」が見込めるなら生かしておいて何度も「再利用」するつもりだったのだ。

 

 

「せめて六〇レベル以上、安全を考慮するなら七〇以上のレベルの存在がほしいところですね」

 

陽光聖典のニグンの知る強者たちが、そのレベルに達していることを期待していた。

 

むろん、他にも隠れた強者という者は存在するはずだ。

 

デミウルゴスはそういった存在を探していた。

 

 

デミウルゴスが召喚する魔将で、相手に取り憑く能力を有している者は残念ながら存在しない。

しかし、強欲の魔将(イビルロード・グリード)はその能力を他者から奪うことができた。

 

強欲と言われるだけあって、相手の能力を一つ奪う能力だ。

 

これはフレーバーテキストに書かれているだけで、ユグドラシル(ゲーム)の時は相手の能力を封じ、同じ魔法を使用できるようになるだけのものでしかなかった。

 

当然、強欲の魔将(イビルロード・グリード)が倒されればその「奪った」制限は解除される。

 

破格の能力のように思えるが、実際としては能力を奪えば、真っ先に討伐対象にされてしまうために、プレイヤーの身代わりのような扱いだ。

 

レベルが八〇台の魔将など、一〇〇レベルのプレイヤーからすれば、少々面倒な敵程度の扱いでしかない。

 

むしろ、三〇レベル台でありながら、レイドボスすらヘイトで引きつけ、プレイヤーへの攻撃を引き受けられるデスナイトなど、破格を通り越して反則に近いかもしれない。

 

一〇〇レベルの全力攻撃ですら一度は完全に凌ぐのだから、味方なら頼もしいが、敵の立場なら「ずるい」の一言くらいはあるだろう。

 

かように、特殊技術とは戦闘能力で劣っても、戦局において切り札となるものもある。

 

残念ながら、強欲の魔将(イビルロード・グリード)の能力は、ユグドラシル時代には相手の敵愾心を煽るだけのものでしかなかった。

 

しかも、相手から奪う能力は運(AI)まかせで、選ぶことができないという残念仕様だった。

 

しかし、この世界では「正しく」相手からその能力を奪うことができるのだ。

それでも、その使用は一回のみと限られた。

 

ユグドラシル(ゲーム)なら、一回の戦闘につき一回なのだが、この世界では能力を返さない限り、あるいは奪った対象が死ぬまでの一回だけとなった。

 

そして、残念ながらというべきか予想通りというべきか、この世界特有の「生まれながらの異能(タレント)」を奪うことは、強欲の魔将(イビルロード・グリード)の能力でも不可能だった。

 

異形種であれば大抵の者が種族特性として持つ「暗視(ダークヴィジョン)」すら、それが「生まれながらの異能(タレント)」である場合は奪うことができなかったのだ。

 

奪えない理由は不明だ。

 

魔法やスキルではないためかもしれない。

その人間の「存在」あるいは「魂」に付随する能力なのかもしれない。

ユグドラシルの能力ではなく、この世界の能力でなら奪えるのかもしれない。

あるいは、単純に力が足りないだけなのかもしれない。

 

いずれにせよ、現状では奪えないと判明した以上、役に立ちそうな異能を持つ者は、殺さずに確保しておく必要があった。

 

そして、この奪う能力は非常に不便で、この能力を付与させるのにデミウルゴスは非常に難儀をしたのだった。

 

この世界で憑依できる能力を持つ現地の者は、発見できなかった。

そこでデミウルゴスは、まず憑依できる存在を召喚し、それをこの世界の存在に取り憑かせた。

その取り憑いた存在にこの世界の生き物を材料に、改めて憑依できる存在を作り出した。

 

最初に憑依させた存在(召喚)と、作り出し憑依の能力を奪われた存在(作成)は、この世界の存在を使用しているので消えることはない。

 

しかし、この二者が消えれば、強欲の魔将(イビルロード・グリード)が奪った能力も消えてしまうのだ。

 

 

それでも、現界し続けるための「憑依」の能力を強欲の魔将(イビルロード・グリード)が会得できるという実験結果を得られたことは、成果としては悪くはないとデミウルゴスは判断していた。

 

 

だが、それ以前の問題として、強欲の魔将(イビルロード・グリード)の「憑依」に耐えられる存在がいないという最大の問題が残っていた。

 

それが向こうから来てくれたのだ。

 

「魔樹の竜王」

 

人間の世界では、過去の文献にそう記された存在。

トブの大森林に住まうドライアード、ピニスン・ポール・ペルリアが言うところの「世界を滅ぼせる魔樹」。

過去に分体を討伐した者が付けた名を「ザイトル・クワエ」。

 

トブの大森林に張り巡らせていた監視網によって、その存在の復活をすぐに確認することができた。

 

デミウルゴスには、相手の強さを正確にはかる能力はない。

そのため、「おおよそ」という程度でしかわからないが、その存在の強さは八〇レベルを超えると思われた。

 

おそらく魔将と同程度だ。

 

暴れている状態を見るに、デミウルゴス一人でも問題なく倒せる対象だ。

 

だが――

 

ピニスンの言葉を信じるなら、この魔樹の分体を倒した存在がいるはずだ。

こんなろくな知性も無いウドの大木よりも、そちらの出現を待った方が良いと判断した。

 

倒したのは随分と昔のようだが、人間種でもバハルス帝国のフールーダ・パラダインという例が存在するのだ。

人間種以外の存在もいたのなら、まだ生存している可能性もあるだろう。

 

利用するにせよ敵対するにせよ、相手の情報はあった方がいい。

 

「人間の集団」と見て、陽光聖典に話しかけてきて、今は喚きたてるしか能がないドライアードのピニスンは、本体の木ごと拠点の草原近くまで退避させた。

 

このドライアードは、生きてきた時間の長さから情報源として多少は役に立つかもしれないが、戦闘に関してはうるさいだけだ。

 

頭も口も軽そうな存在に、こちらの手札を見せる必要も無いのだから。

 

そうして、拠点やカルネ村などに近づかないように誘導させながら観察していると、数にして十二人の人間の集団がやってきた。

 

◆◆◆

 

漆黒聖典隊長は唖然と、その巨大な木を見上げた。

周りにいる仲間も同様だった。

 

とにかく巨大だ。

 

遠目に見えているはずなのに、距離感が狂うような大きさだ。

 

だからこそ、その脅威ははかりしれない。

 

「……使え」

 

ここで使わなくては、この動き回る巨大な木のモンスターによってどれだけの被害が出るかわからない。

 

森に住むモンスターが犠牲になるのは構わないが、すみかを荒らされ追い立てられたモンスターや獣が、人間の領域に行かないとは限らない。

 

肉食であれば人や家畜が、草食であれば畑が荒らされることになる。

 

人類の守り手として、なんとしてもここで食い止めなければならない。

 

対象に「神々が残せし秘宝」が使える距離まで近づく。

 

これがなかなか容易ではない。

相手は全長よりも長く、鞭のように振り回せる巨大な枝を六本も備えているのだから。

 

それでも護衛対象を何とか守る。

 

そして、力が発動される。

 

その巨大な木のモンスターはその動きを停止した。

 

「お見事です、カイレ様」

「うむ」

 

カイレと呼ばれた「変わった服(チャイナ服)」を着た老婆が、疲労に耐えながら答える。

 

「この巨木のモンスターが「破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)」なのでしょうか」

「わからん。わからんが、ここまでの存在がそうそう居るとも思えん」

 

こんな存在が複数いれば、世界はあっという間に滅んでしまうだろう。

 

「しかし、このモンスターに我々のアイテムを奪うような知性があるようには見えません。もしかしたら、あの監視に対して送り込まれた悪魔たちと、このモンスターは関係が無いのでは?」

 

陽光聖典に定期的な監視を行おうとしたところ、突如として空中から悪魔の集団が現れ、その場にいた人間の所持品やアイテムを盗まれるという事態が発生した。

その直後から、行方がわからなくなった陽光聖典四十五名。

 

王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺のために編成した囮の部隊が、ガゼフ率いる王国戦士団に討伐されたとしても、陽光聖典が全滅する事態になるとは考えられない。

 

故に、この事態をなんらかの予兆と判断して、漆黒聖典は陽光聖典の足跡を追っていたのだ。

 

そして遭遇した、この強大な力を持つ巨大な木のモンスター。

 

この木のモンスターは、もしかしたら古文書に載っていた「魔樹の竜王」と呼ばれる存在かもしれない。

 

世界の強者の情報を、法国は口伝であれ古文書であれ、それこそ小さな村の言い伝えであれ、委細かまわず集めている。

 

これは風花聖典の仕事でもある。

 

どのような話にも、元になった出来事や逸話、対象という物が存在するものだ。

どれほど荒唐無稽・無知蒙昧と笑われるような話であっても、彼の神々の御業を知る者なら、「もしかしたら」その存在が実在したかもしれないと疑うのは当然だ。

 

そして、そういった存在は倒された者も多いが、封印された、姿を隠したと伝えられる者も多い。

 

この巨木のモンスターが、トブの大森林に封印されたという「魔樹の竜王」である可能性は高い。

 

「それでも、なぜ今になって封印が解けたのか」

 

これもできれば解明したい問題だ。

 

何がきっかけでこの魔樹の封印が解けたのか。

 

時間か。

状況か。

あるいは、何者かの手によるものなのか。

 

時間経過なら今まで通りの警戒を。

状況変化なら最近の調査を。

そして、何者かによってもたらされたのであれば、その者の確認を。

 

偶然なのか、はたまた確信して行ったのか。

 

偶然なら厳重な注意、あるいは処罰。

確信なら――

 

確かめなければならない。

それがどのように行われたのかを。

 

知識か、あるいは純然な力技なのか。

 

そしてその理由を。

 

たまたまの好奇心なのか、はたまた悪意ある行動なのか。

 

悪意であれば、それは人類の敵と見なすべき行為だ。

 

放置などできるはずがない。

 

討伐も視野に入れて検討すべき案件となるだろう。

 

 

ともあれ、現状は一応の解決をみた。

 

この「魔樹」は、法国の新たな戦力として役に立つだろう。

 

あとは――

 

「ひ!」

 

突然現れた悪魔が、疲労で動けないカイレを掴み、そのまま消えた。

 

「な!」

「カイレ様!」

「なんだ、今のは!」

 

瞬時に現れ、瞬時に消えた。

 

どう考えても、転移の魔法だろう。

 

しかし、それでも疑問が残る。

 

自分たち漆黒聖典の警戒範囲に収まらないほどの長距離を転移する魔法となれば、一体何位階の魔法だというのか。

 

そして、周囲を探し回っていた彼らは、その鋭利な感覚で事態の急変に気付く。

 

「え?」

「嘘だろ?」

「おいおいおいおい!」

 

常人よりも感度が高い彼らは、頭上から降ってくる物に気付く。

 

それは一気に落下し――

 

ただ突っ立つだけの的と化していた魔樹の真上に落ちた。

 

その衝撃に彼らは吹き飛ばされる。

大地はさざ波のように揺れ、魔樹に踏み倒されなかった木々も大地を離れて吹き飛ぶ。

めり込んだ巨大な岩石は、魔樹の身長を半分ほどに減らしていた。

木々を貪り、種を吐き出す凶悪な武器でもあった巨大な口も抉れて無くなっている。

 

巨大な岩石によって潰れた部分からは、くすぶったように煙が上がっていた。

 

これが自然現象で、偶然に魔樹に当たったと考える者は、この場にはいない。

 

「注意しろ!!」

 

「おお、無事だったか」

 

「え?」

 

かけられた、あまりにもこの場にそぐわない声は、先ほど悪魔に連れ去られたはずのカイレその人だった。

 

「カイレ様!ご無事でしたか!」

「ああ、お前も無事でなにより、 と!」

「カイレ様!」

 

言葉の途中で抉れた地面に足を取られたのか、よろけるカイレを隊長が駆け寄り支える。

 

「ああ、よかった」

「え?」

 

しっかりと自分の腕を掴んで離さないカイレに首を傾げる。

 

そして――

 

「ご苦労でした。意外に幼いのですね」

「お役に立てて、この老骨も嬉しく思います。ヤルダバオト様」

 

自分たち(漆黒聖典)を検分する、新しい主人(ヤルダバオト)と顔を合わせていた。

 

◆◆◆

 

トブの大森林はデミウルゴスにとって実験場でもある。

そのため、情報の漏洩を防ぐために、あらゆる阻害を行っている。

自らの拠点も、視線を遮るように木々を植え替えたり、幻術などを使用して隠蔽を行っている。

 

 

 

 

トブの大森林に出入りする者は、ほぼ全て感知している。

地中を進んだり、転移するなどの移動手段でなければという注釈がつくが。

故に最初から、十二人の行動はデミウルゴスに筒抜けだった。

 

スレイン法国の「漆黒聖典」と知れたから、魔樹をそちらに向かわせたくらいだ。

 

老婆がどのようにして魔樹を押さえたのか不明のため、「上位転移(グレーター・テレポーテーション)」のできる憤怒の魔将(イビルロード・ラース)に連れてこさせ、支配の呪言と全種族魅了(チャームスピシーズ)で精神を拘束し、情報を聞き出したのだ。

 

念の為に、質問(命令)も二回で止めている。

魔樹を支配した方法と、十二人の中で一番強い者を支配下におく方法である。

 

支配下においてしまえば、カイレなどワールドアイテムを所持して(着て)いるだけの老婆にすぎない。

次に支配する当てができるまでは、不要となる。

生きていることが必要なら、石化してしまっても問題はないだろう。

 

 

デミウルゴスは知らないが、「ワールドアイテム」は「ワールドアイテム」の効果を打ち消すが、通常の魔法の効果を無効化するものではない。

そんな効果があれば、常時装着しているモモンガは、一切の魔法を気にする必要がなくなっただろう。

 

 

道具鑑定(アプレイザル・マジック)によって、老婆の着用している「旗袍(チャイナ服)」が、至高の御方々も探しておられた「ワールドアイテム」であったことには驚いたが、これによりこの世界にもユグドラシルとの繋がりが確かに存在すると、デミウルゴスは確信した。

 

だからこそ、新たな手足が早急に必要だと考えた。

 

 

ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」はユグドラシルでも屈指のワールドアイテム保持数を誇っていた。

 

その数は十一。

 

まったく所持していないことが当たり前。

所持していても、その数はギルド「アインズ・ウール・ゴウン」を大きく下回る、最大でも三という数字。

 

そんな超級のアイテムが、階層守護者といえど僕ごときに下賜されるはずもない。

当然、デミウルゴスも与えられた所持品の中にワールドアイテムは存在しない。

 

所持品の中で、最もランクが高いのは神器級(ゴッズ)アイテムだ。

それとて一つ。

 

しかし、それもギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の破格さを表している。

 

ナザリック地下大墳墓に攻め込んできた侵入者たち。

すなわち「プレイヤー」と呼ばれる存在ですら、神器(ゴッズ)アイテムを所持している存在は少なかったのだ。

 

それらを、僕にまで与えることのできる御方々は、まさしく「至高」の存在であると言えよう。

 

 

だからこそ、デミウルゴスは考える。

 

「ワールドアイテム」は強大な力を秘めている。

これはかの一五〇〇人侵攻の際に手に入れたワールドアイテムからも確かだ。

そんな超級とされるアイテムが他にもある可能性が現れた。

 

「ワールドアイテム」は、至高の御方々が探していた究極のアイテムだ。

献上するには最上のものだろう。

 

そして、「ワールドアイテム」ほどの破格のアイテムであれば、もしかしたらナザリックへ帰還する手段にもなりえるかもしれないのだ。

 

ゆえに、ここに来た者たちの国には残念な結末となったと思ってもらう。

 

「ワールドアイテム」も「その使用者」も返すつもりはない。

その護衛も同様だ。

 

それに、この集団はスレイン法国の人間だ。

デミウルゴスにとっては、「使用」することに何の問題も感じない対象だ。

 

魔樹を「隕石落下(メテオフォール)」で処分し、洗脳する「ワールドアイテム」の空きを作る。

 

「大治癒(ヒール)」によって、疲労状態を治しておいたカイレを漆黒聖典の元へ戻し、「隊長」を洗脳する。

 

この「隊長」以外は、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)によって、全員が意識を奪われた。

この十人は、今までの人間よりも強い。

今、使用している悪魔より、もう少し強い悪魔を憑依させることができるだろう。

 

そして「隊長」のレベルは、この世界では破格と言えるほどに高い。

 

これなら使えると、デミウルゴスは喜んだ。

 

魔樹と同様に正確なレベルはわからないが、おおよそでも七〇レベルはあるだろう。

 

ニグンが持っていた「魔封じの水晶」の魔法で「魔神」という存在が倒せたなら、この世界で魔神の強さは五〇~六〇レベル程度と予想する。

 

最低でも、それ以上は強いはずだ。

 

これなら――

 

「二日後に使用しましょう」

 

 

漆黒聖典の隊長には、三度の質問をして「死ぬ呪いにかかっていないこと」を確認している。

さすがに希少な「神人」を、たかが三度の質問で失うことは避けたかったようだ。

 

デミウルゴスとしては、例え「隊長」が三回の質問で死んだとしても、生き返らせた上で再度洗脳するつもりだった。

その時には捕らえた残りの一〇人を殺させてのレベルアップも考えていた。

それで足りなければ、ニグンたち陽光聖典を。

それでも足りなければ、トブの大森林の「三大」を。

 

故に、現状は手間が省けたと言える。

 

殺さずに済んだ一〇人も、別のことに有効活用できることは喜ばしい。

 

漆黒聖典隊長が三回の質問で死なず洗脳も完全ならば、法国の情報は隊長によって明らかになるだろう。

 

もちろん、全てが正しいとは限らない以上、確認は必要だ。

 

だが、何も分からずに調べることと、すでにある情報を精査することはまるで意味が異なる。

 

調べることがさらに明確に、そして細かくなったのだ。

 

 

 

漆黒聖典の隊長の体は、強欲の魔将(イビルロード・グリード)の器として使うことが可能だった。

 

今までは失敗続きだったが、ようやく実験の成果が出たのだ。

 

新たに召喚し、「憑依」という能力を他の悪魔から奪って自分の能力とした強欲の魔将(イビルロード・グリード)は、「隊長」に憑依した。

 

ここで今までの「憑依」とは、変わった現象が起きた。

強欲のためか、その姿形が強欲の魔将(イビルロード・グリード)のものへと変じたのだ。

 

しかも、強欲の魔将(イビルロード・グリード)が望めば、元の「隊長」の姿に戻ることも可能だった。

 

「ふむ」

 

「隊長」の素顔は一〇代、しかも前半の年齢だった。

 

人間の姿で活動することもあるだろう。

素顔でいれば、せっかく死んだことにして使用するつもりが、法国の知己などに会っては計画が頓挫してしまう。

 

かといって強欲の魔将(イビルロード・グリード)に変身能力は無く、安易な幻術は危険が伴う。

漆黒聖典としてもともと使っていた仮面も、相手(法国)に知られているので使えない。

 

ふと、デミウルゴスの脳裏に一人の階層守護者の姿が浮かんだ。

 

「女装させれば、問題はないでしょう」

 

ナザリック地下大墳墓の第六階層守護者である闇妖精(ダークエルフ)の双子は、姉のアウラが男の子の格好、弟のマーレが女の子の格好をしていた。

どうしてマーレが女装をしていたのかまではデミウルゴスは知らないし、今は知る術もない。

だが、女装していて然程の違和感は無かったと記憶している。

 

この世界ではそういった風習は無いようだ。

もちろん、変装として男装も女装もあるだろう。

 

とにかく、どのような「生まれながらの異能(タレント)」持ちがいるか不明な以上、極力「この世界でも可能な方法」をとるべきだろう。

 

であるなら、無理に魔法などによって偽装するよりも疑いを持たれずに済むはずだ。

 

中性的な顔立ちに低い身長も相まって、十分にごまかしが利く容姿と年齢だ。

 

わざわざ危険を冒す必要も無い。

 

◆◆◆

 

「隊長」は洗脳のため、自分が女装することに迷いも躊躇いも無かった。

 

必要だからするのだ。

 

これは大切な「仕事」なのだから。

 

自分の素顔を知っている者に見つからないための処置(変装)なのだ。

 

普段でも、自分の顔を隠すために仮面を着用していたのだから、その延長のようなものだ。

 

射干玉色の髪を鬘に収め、女性の衣服を身につけると、女性にしか見えなくなった。

アンデッドのほとんどが赤い目をしている上に、人間種に紅い眼は珍しい。

人間の姿で赤い目となると、真っ先に疑われるのが吸血鬼だ。

だが、牙があるわけではないので、対応に気を付けさえすれば問題はない。

吸血鬼などの牙は、肉体上の武器にあたるので再生するため、牙のない隊長が吸血鬼と疑われることもないだろう。

 

もちろん、疑われてもアンデッドではないのだから不死者探知(ディテクト・アンデッド)も不死者退散(ターン・アンデッド)も問題はない。

問題なのは、そこまでの事態に発展するほど衆目を集めるような状況に陥ることだ。

 

だからこそ、人目を引く要素は極力排しておきたいところだ。

 

赤い目だけでなく、黒髪も王国や帝国では珍しい色なのだから。

 

もともとの丁寧な言葉使いと、少し高めの声は、十分に女性で通る。

 

「名前が必要ですね」

 

元の名前を名乗らせるなど無意味だ。

 

しかし、この世界の名前となると、あまり詳しくない。

 

「フェイ・バレアレと名乗りなさい」

「はい、ヤルダバオト様」

 

どこかで耳にした、男の子なら女の子ならという話で出てきた名だ。

同名が存在するかもしれないが、完全に一人しかいない名などありはしないだろう。

 

◆◆◆

 

強欲の魔将(イビルロード・グリード)は、自分が女装するわけではないので特に気にしなかった。

もちろん、任務であれば厭わない。

本来の自分の姿に戻れば、その服は破けてしまうし、自分の本来の姿は武装状態だ。

ただ、その破けた服の代わりを、自分のインベントリーに用意しておく必要があるのが面倒だった。

 

必要に応じて着替えることを望まれたために、平民の服からメイド服に富裕層向け、さらには貴族風の服も用意した。

人間の街で購入させた物もあれば、野盗の塒にあった物を拠点の女たちに仕立て直させた物もある。

 

ついでとばかりに化粧道具に複数の鬘まで用意する念の入れようだった。

 

「これを付けなさい」

 

デミウルゴスは、自らのインベントリーの中から「認識阻害」の効果のある指輪を渡す。

 

自らも付けている物と同じ物だ。

 

この世界の職人を囲い、いくつかのマジックアイテムの開発も始めている。

 

だが、やはりと言うべきか、ユグドラシルの物とは質も精度も比べ物にならないお粗末さだ。

 

しかし、この世界にはさまざまな「生まれながらの異能(タレント)」がある。

 

デミウルゴスも、必要な時は外しているが、基本的には身につけているのだ。

 

せっかく手に入れた貴重な駒を、力がわかる者に発見されて奪われては意味が無い。

 

化粧や女性に必要な作法も、簡単にではあるが身につけさせた。

 

本来なら、時間攻撃対策や移動阻害対策、それに精神系対策を行うところだ。

 

しかし、この世界でそこまでのアイテムを複数身に付けるのは、別の意味で目立つ。

そして、精神系はすでに「洗脳状態」であり、これを解除しなければさらなる精神系攻撃は受け付けないはずだ。

 

これを解こうとするなら、同じだけのアイテム、つまり「ワールドアイテム」を使用するか、対象を殺す以外に方法は無いだろう。

 

それでも、デミウルゴスには懸念材料がある。

 

この世界の人間が持つ「生まれながらの異能(タレント)」だ。

 

ンフィーレアのように、「あらゆるアイテムを制限無しで使用可能とする」能力があるなら、長ずれば「あらゆる状態異常を解除する」能力があるかもしれないからだ。

 

それらの対策として、護衛であり監視役でもある隠密系の配下を複数つけた。

 

◆◆◆

 

「彼女を僕の妹に、ですか?」

 

話を持ちかけられたンフィーレア・バレアレは首を傾げた。

隣で話を聞いていた、祖母のリイジー・バレアレも同様だ。

 

ただ、疑問に思っただけで、拒否するつもりはない。

 

当然だ。

話を持ってきたヤルダバオトは、二人にとって「大恩人」なのだから。

 

ンフィーレアにとっては、命を救ってもらい、死んでいた祖母を復活させ、さらには大切な少女(エンリ)も助けてくれた相手である。

同様に、リイジーにとっても、孫の恩人であり、自分を蘇らせてくれた上に、その後の生活の面倒までみてくれた存在だ。

 

よほどに、大罪と思われ自分の倫理感から大きく外れるようなことでない限りは、多少の泥は被る覚悟がある。

 

理がヤルダバオトの方にある場合なら、協力するのは当然だ。

その時は、命がけになるくらいの恩は感じている。

 

現在、リイジーはカルネ村でも「死んだもの」として対外的には扱うように、村全体で周知徹底されている。

 

そもそも、カルネ村に移住してきた理由を「エ・ランテルで命を狙われた。死んだことにしてカルネ村に逃げてきた」と伝えてあるので、カルネ村に住む者も治療を引き受けるバレアレ家の不利益になるようなことはしない。

 

何しろ、彼らの認識では「国は信用できない」のだから。

 

「彼女は、フェイといいます。リイジーの兄弟の孫娘という対外的な身分証明になってほしいのです」

 

「身分証明ですか?」

 

「フェイに身寄りはいません。人間社会に働きに出す予定ですが、身元がはっきりしない人間は、あまり歓迎されないでしょう」

 

「ああ、なるほど」

 

この悪魔(ヤルダバオト)は、またどこかで厄介事を引き受けたのだろう。

ンフィーレアとリイジーは、そう解釈した。

きっと、この「フェイ」という少女は、ヤルダバオトに保護されたのだ。

 

「それにフェイは対外的には「死んだ」ことになっていますから、根ほり葉ほり聞かれない立場がほしいのです」

 

「わかりました。僕の遠縁で、妹のような存在ということですね」

 

「ええ、そのような立ち位置で接してください。彼女にも尋ねてくる者にも」

 

「はい」

 

顔付きも整っているし、身なりも良い。

なにより動きに品がある。

 

きっとどこかの裕福な娘なのだろう。

それでも、ここ(カルネ村)に身を寄せるなら「訳あり」と考えるべきなのだろう。

 

「よろしく、フェイ。今日から君の『兄』になる、ンフィーレア・バレアレだよ」

 

「お前さんの『祖母』になる、リイジー・バレアレじゃ。よろしくたのむよ、フェイ」

 

「はい、今日から『フェイ・バレアレ』としてお世話になります。よろしくお願いします」

 

◆◆◆

 

『フェイ』には、しばらくの間村娘として、カルネ村で過ごさせる。

ここで問題が生じなければ、先の話の通りに人間社会で働かせる予定だ。

 

問題とは、フェイが女として疑われないかということに加えて、洗脳が解ける可能性である。

 

◆◆◆

 

フェイは村の中でも、「女の振り」を続けることが義務付けられていた。

 

とっさの行動で正体を知られることを避けるため、女装を「常態化」させることを徹底したのだ。

 

王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺が、本来なら漆黒聖典の仕事であったように、狩るべき強者は人間種であっても存在するため、他国に入り込んでも違和感の無い行動をとれる訓練は受けている。

 

「フェイ(漆黒聖典隊長)」にとって、これ(女装)はその延長だった。

 

もともとの顔立ちも愛らしいものだ。

 

これは、先祖にプレイヤーがいるためかもしれない。

 

人間種のプレイヤーは基本的にそれなりの外見だった。

 

異形種も亜人種も、外見をそれほどいじれないように、人間種もツールに沿った外装データしか使用できなかったためだ。

故に極端な美醜は存在しなかったのだ。

 

外見で個人が特定できるようなアバターの使用は、自分自身の姿であれ他人の姿であれ、個人情報として禁止されていたからだ。

 

個人を特定できる映像情報は、いつまでも残る以上優先して排除されていた。

 

格差の激しい「リアル」では、住むところが違うだけで犯罪に巻き込まれる可能性すらあった。

 

その対策の一環だった。

 

自分であれ他人であれ、プレイヤーの視覚映像は運営だけでなく誰でも記録できるのだから。

 

もっとも、「だからこそ」異形種狩りが流行ったとも言えるだろう。

外見が「絶対に人間では無い」ことで異形種狩りが起きるのは、同じ人間の外見でも肌の色が異なるなどの理由だけで迫害が横行する世界では必然かもしれない。

ゲームであるユグドラシルでも「不人気職である」ことや「ロマンビルドである」ことを理由に、ギルドから追い出そうという行為すらありふれていたのだから。

 

もしかしたら、それ(迫害)すらも運営は「自由」と称するかもしれないが。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「お世話になります」

 

 

『フェイ』は挨拶のために頭を下げた。

 

ここが新しい職場となるのだ。

しっかり対応しなければ、と『フェイ』は思った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

デミウルゴスは、捕らえた漆黒聖典の一人が自分に言った言葉を思い返していた。

 

「罪悪感はないのか」

 

デミウルゴスには、理解のできない発言だ。

 

自分は好きでこんなことをしている訳ではない。

 

帰る手段を探すために必要だから行っているだけだ。

 

本来なら、こんなことをしているなど、不本意極まりないことだ。

 

自分の役割は「ナザリック地下大墳墓第七階層の守護者」であり、「防衛時のNPC指揮官」なのだから。

 

それ以外のことなど、至高の御方々の命令でなければ関わりたくもないことだ。

 

それなのに、こんな世界に連れてこられてしまった。

 

いわば自分は被害者だ。

 

好き好んでこの世界に来たわけではないのだから。

 

罪なら、自分をこの世界へ呼び出したあの男(ごみ)にある。

 

そして、それを放置し止められなかったこの世界の住人全てだ。

 

この世界の者が犯した罪は、この世界が償うべきだ。

 

だからデミウルゴスが「この世界の存在に」罪悪感を持つことはない。

 

デミウルゴスの罪悪感は、今この瞬間にも「至高の御方々のお役に立てないこと」にのみ覚えているのだから。

 

 

 

そもそも――

 

 

「人間は虫を踏み潰して罪悪感に苛まれることがあるのでしょうかね」

 

本人(人間)がしもしないことを、自分(悪魔)に置き換えられても迷惑というものだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 




◆大きさ変更アイテム

特典小説「王の使者」より
デスナイトがアウラくらいに小さくなることが可能。


◆ハムスケ

ご都合主義です。
でも「森の賢王」と、いちいちデミウルゴスが呼ぶかと考えると。


◆アンデッドの監視網

三巻で宝物庫の猛毒の空気に対して、アンデッドであるユリとオートマトンであるシズは種族として毒が効かない。
悪魔であるアルベドは、毒が効くが種族特性以外で無効化しているとあり、アンデッドは呼吸が不要、悪魔は呼吸が必要と判断しています。


◆ニグンに取り憑いた悪魔

悪魔ですがカルマが中立で、天使も呼び出せるという、勝手はいいが弱いという存在です。
「亡国の吸血姫」で、黒い仔山羊のカルマはゼロとあります。
カルマ値五〇のコキュートスと同じ中立と判断しました。
十三巻で「神炎」はカルマ値により威力が上下するが、どの系統の魔法詠唱者でも使えるとあります。
なので、そういった中立カルマの悪魔もいるかもしれないという、独自設定です。


◆強欲の魔将

「能力を奪える能力」は独自設定です。
「強欲」なので、それに因んだ能力があればと思ったことと、一人くらいは高位の僕が常時ほしいと思ってのことです。

「魂と引き換えの奇跡」が魔将全般の能力か、憤怒の魔将特有の能力か不明ですが、憤怒の魔将が純戦士系で魔法の数が少ないとあるので、その数の少なさを補うためのものかとも考えました。
なので、他の魔将にはそれぞれに特有の何かがあると考えています。

作成・創造に比べて、召喚の僕に制限が大きいようなので、大目にみてください。


◆生まれながらの異能

人間種だけでなく、亜人種や異形種にも存在するらしいので、デミウルゴスは確認をしながらトブの大森林を支配下に置いています。


◆魔樹

トブの大森林にアンデッドや悪魔を大量配置したために、ヘイトが溜まった模様。


◆魔樹の強さ

ドラマCDでコキュートスが「ここにいる者なら誰でも一人で倒せる」と言っているので、デミウルゴス一人でも倒せると考えました。


◆魔将

十三巻で、アインズが「自分一人でも問題なく倒せる」と判断している。


◆魔樹に隕石落下

十二巻で、意識があれば表皮の弱い人間でも強者は気や魔力をまとって強化できるとあります。
魔樹は洗脳中の棒立ち状態で、レベル以上の防御力が無い状態のため、第一〇位階の隕石の直撃に耐えられませんでした。


◆ワールドアイテム

WEBの「守護者アウラちゃん」で至高の御方々が集める究極のアイテムとして話しています。
一五〇〇人侵攻の時にいくつか手に入れた、とあること。
四巻で「ワールドアイテムであれば覗き見されない」とデミウルゴスが発言していること。
なので、破格のアイテムという認識はあると予想。
ワールドアイテムの効果がワールドアイテム所持者には効かないことは、その後でアインズから説明されているので、今は知らないと考えています。

なので、ワールドアイテム対策にデミウルゴスが「傾城傾国(チャイナ服)」を使用(着用)することはないと思われます。


◆漆黒聖典隊長の強さ

三巻でシャルティアが「ソリュシャン(五七レベル)より遙かに強い」と判断しています。
比較対象が守護者ではないことと、一〇レベル離れれば確実に勝てるらしいので、七〇くらいを目安にしています。


◆不死者退散(ターンアンデッド)

原作では名称(ルビ)が見あたらなかったので、アニメでロバーデイクが言った台詞を使用しました。


◆フェイ

WEBのリイジーの孫娘。


◆アバターの外見

独自設定です。
しかし、アバターの表情が変えられないなど、表現にも制限があることは一巻で明記されています。
さらに「亡国の吸血姫」で、リアルでは鈴木悟が住む場所では、道に子供の死体が転がっていても珍しくないとあり、「勝ち組」と「負け組」の格差は正しく天地ほどもあるようなので、個人情報は隠されていると考えました。
ここまで格差があると、リアルではギルドメンバーに会ったこともなさそうに思えます。


◆ツアー

シャルティアと遭遇することはあっても、隠蔽してあるナザリックを見つけられていません。
魔樹の復活の際や、リザードマンとの戦争の時にも、ナザリックが隠蔽していたせいか登場しませんでした。
魔樹の時は、現れて(復活して)から隠蔽しているはずなので、ツアーの操る鎧は探索系の技能は持っていないか、人間の領域付近を基本的に活動しているのかと考えています。
一応、ハムスケの足でカルネ村から一日以上かかるほどトブの大森林の奥地に封印されていたこと、漆黒聖典はデミウルゴスが誘導したことで、ツアーとは遭遇していません。


◆『フェイ』の状況

三巻でも、洗脳されたシャルティアは多少の疑問は押し込めてアインズと戦っていました。
不完全な洗脳状態のシャルティアでも『至高の御方と戦うことが可能』となるので、完全な洗脳状態の『フェイ』は今の状態に疑問はありません。

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