あの「日本一うまい駅そば」がついに東京で食べられる
こんにちは、東京ソバット団のソバット本橋です。
まずはこのそばを見てください。どうですか、この黒さ。
このそばは、四谷三丁目にある「音威子府TOKYO」のざるそば(880円)。
「音威子府(おといねっぷ)」という言葉にピンときた人も多いかもしれません。
駅そばファンの間では「日本一うまい駅そば」として有名な、音威子府のあのそばなんです。
その味わいは、色味そのままにワイルド。
ひと口すすると、むせ返るほどのそばの香りが立ち上ってクラクラしそう。
いやぁ、ここまで振り切ったそばには、そうそうお目にかかれません。イメージとしては、そばの実をガリガリとかじっているような気分。
どれぐらいのそばかは、こちらで提供している信州産の更科そば(ざる・680円)と比べてみれば分かるでしょう。オセロか!
そんな頑強なそばは、ツユをどっぷりつけて食べるのが正解。
ツユをそばの先にちょっとつける、江戸そばの作法なんかじゃ太刀打ちできませんからね。
それでもって薬味もたっぷりいきたい。
このざるそばには、ネギ、わさび、大根おろしの定番に加えて青菜ときゅうりニンジンがつくのですが、これぐらい助太刀がいないと、このそばは味わいきれない。
▲薬味
これらの薬味を絡ませて食べると、あの頑強なそばが柔らかかったり奥深かったり、いろいろな表情を見せてくれるんです。
存在そのものがレアな「幻のそば」なんです
そばのまんま、といった感じの音威子府そばですが、実はかなり希少なそばなんです。都内で食べられるのは今のところ、この「音威子府TOKYO」と奥多摩にある「ぎん鈴」のみ。
さらに地元の北海道音威子府村でも、このそばを出している飲食店は3軒だけ。
さらにその音威子府村自体が札幌から電車で4時間以上もかかるという、けっこうな僻地。たくさんあるご当地そばのなかでも、音威子府そばのレア度は随一なわけです。
いろいろ特殊な音威子府そばを、なぜ東京で出そうと思ったのか、そのあたりの思惑を代表の鈴木章一郎さんに聞いてみました。
メニューそのものに強烈な魅力のある店をやりたかった
実はこちらの鈴木さん、四谷にある立ち食いそば店の「つぼみ家 四谷店」の代表でもあるんです。
自家製麺の本格的なそばが手軽に食べられるとあってファンの多い「つぼみ家」なんですが、なぜそこから音威子府そばにいったのでしょう?
鈴木さん:私はつぼみ家の神田店をやっていたんですが、そこが今年の3月に建物の耐震工事のために閉店したんです。次をどうするか考えたんですが、立ち食いそばの薄利多売のやり方に、限界を感じていまして。
鈴木さん:四谷店は10年やっているんですが、神田店がなくなったからといって、同じ形態の店を増やしても利益的にスケールしていくには限界があります。従業員が余裕をもって生活できる給料を支払い続けることが、難しくなっちゃうんです。そこをどうするか。
とりあえず半年、仕事を休んであちこちを食べ歩きました。そばだけでなく、うどんやラーメン、いろいろな麺類を食べましたね。
当時、鈴木さんが神田店の閉店後に、あちこちを食べ歩いているのは、私もツイッターで見ていました。模索しているのかなぁ、と思っていましたが、まさか音威子府そばを始めるとは!
鈴木さん:頑張れば、また立ち食いそばを始めることもできました。ただ、頑張ることには限界があります。だから、頑張る以外のところ、メニューそのものに強烈な魅力のある店をやりたかったんです。
そのためには、普通においしいそばでは他と同じになってしまう。そう考えた先にたどりついたのが、音威子府そばだったんです。
たしかにこのそばには、強烈な魅力があります。
そして狙い通り「音威子府TOKYO」はそば好きの注目を浴び、10月の開店以来、多くのお客さんが訪れています。
また、鉄道好きのお客さんも多いようで、「あのそばが東京で食べられるなんて」と喜んで訪れてくる人も多いとか。ライバルの多い東京でそばの店を新たに始めるには、この選択はまったく正しいと思います。
さて、そんな音威子府そばなんですが、ひとつ気になることがあるんですよ。
それはこの強靭なそばは、ざるよりも温かいツユの「かけ」のほうがいいんじゃないか、ということです。音威子府そばがむき出しの「ざる」もいいんですが、ツユに浸ることで、また違う風味を味わえるんじゃないかと思ったんです。
「かけ」で音威子府そばを食べてみたら……
というわけで、あったかいたぬきそば(980円)を頼んでみました。
たぬき以外の具はわかめにほうれん草とかまぼこ。いい丼面(どんぶりづら)です。
そしてこれが大正解。ツユをまとった音威子府そばは、優しい風味となっています。
しかしそばを噛めば、やはり豊穣なそばの香りがブワッ。そこにツユをすすれば、ダシのコクが加わってさらに重層的なうまさが広がっていきます。
太めなこともあって、伸びにくいのもいいですね。
それでいて、けっこうしなやか。
このそばは音威子府で唯一の製麺会社、畠山製麺から送られたものなんですが、茹でる前に水に1分間、さらしているんです。それもあってかゴワッとしつつも、均一に茹でが入っていて、しなやかなすすり心地を楽しめるんです。
最初はざるそば、そして次に温かいたぬき……この順番で食べれば、音威子府そばの魅力を、しっかりと感じられるのではないでしょうか。
ちなみに、音威子府そばがなんでこんなに黒いかと言うと、実をひくときに殻も一緒にひくからなんだとか。
通常の田舎そばは甘皮を一緒にひくことで、そばの風味が増すわけですが、音威子府そばはそれ以上ということ。
ではなんで、普通は使わない殻までひくのかと言うと、これは私見なんですが、歩留まりがいいからじゃないですかね。
要するに、殻を捨てるのがもったいなかった。
長い歴史がある音威子府そば。食料がまだ貴重だった頃の、工夫だったのかもしれません。
それがこうして、多くのそば好きを喜ばせているんですから、面白いものです。
ともあれ、「幻のそば」と言われる音威子府そばが、気軽に東京の真ん中で食べられるんですから、これは行っておくべきでしょう。
ひと口食べて驚くこと、保証しますよ。
お店情報
音威子府TOKYO
住所:東京都新宿区舟町3-6 今塚ビル1F
電話番号:03-6457-7590
営業時間:月曜日~土曜日11:30~14:00、17:00~23:00
定休日:日曜日・祝日
書いた人:本橋隆司
フリーランスの編集、ライターとしてウェブや雑誌などで仕事中。近著は『東京立ち食いそばジャーニー』『立ち食いそば大図鑑』(ともにスタンダーズプレス)そばであればだいたい好き。
- サイト:立ち食いそば図鑑の中の人のサイト
- Facebook:東京ソバット団
撮った人:安藤青太
カメラマン、書籍制作。グラビア系から食べ物系まで何でも撮るカメラマン。本橋とは『立ち食いそば図鑑 東京編』『立ち食いそば図鑑 ディープ東京編』を制作。その他『檀蜜DVD色情遊戯2』『相撲部屋の幸せな猫たち』『東京の、すごい旅館』など。好きな立ち食いそばはコロッケそば。