ウイグル問題、開き直る中国(The Economist)

The Economist
2019/11/25 23:00

The Economist

中国政府は16日、中国最西部の新疆ウイグル自治区で大規模かつ残忍な警察国家を築き上げているという証拠を米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)に突き付けられた。何らかの形で流出したとみられる膨大な中国政府の内部文書を同紙が入手し、習近平国家主席による数々の非公開の演説内容をこの日、報道したからだ。

中国の習国家主席はウイグル族弾圧を国際社会に非難されても気にする必要はないと演説していたことがこのほど暴露された内部文書で明らかになった=ロイター

中国の習国家主席はウイグル族弾圧を国際社会に非難されても気にする必要はないと演説していたことがこのほど暴露された内部文書で明らかになった=ロイター

流出文書によると、習氏は演説で過激主義の"ウイルス"に感染したイスラム教徒は「一定期間、痛みを伴っても積極的に介入して治療」すべきだと発言。2017年以降、数十万人ものイスラム教徒を拘束し、裁判もへずに再教育施設へと収容していく過程で必要だった中国官僚組織の冷血ぶりが明らかになった。

収容されたほとんどは少数民族ウイグル族で、あごひげを伸ばしていたとか、政府が管理しているモスク(イスラム礼拝所)以外の場で祈りをささげたなど、ささやかな信仰に絡む行為でさえ問題視され、拘束された。

イスラム教徒弾圧に関する今回の文書には、両親を収容した場合、その残された子供たちへの対応方法まで想定した台本もあった。その一節はこうだ。「今回、(君たちの)誤った思考を根絶するために、中国共産党と中国政府が与えるこの無料の教育を貴重な機会と理解し大事にせよ」

■ウイグル弾圧に世界は感謝すべきだと中国

NYTの報道に対し、中国当局らは互いに矛盾するような3通りの反応を示した。まず新疆ウイグル自治区の政府は、報道自体を「完全なねつ造」とし、この地域が非常に成功していることに反感を持つ欧米の反中国勢力によるでっち上げだと主張した。

これに対し中国外務省の報道官は、少し慎重な反応をみせた。報道を全面否定はせず、中国政府のテロ・過激化対策が成功していることにケチをつけようと、「いわゆる内部文書」を自分たちに都合よく曲解した「下手なつぎはぎ細工」でしかないとした。

一方、国営メディアと一部の政府当局者らが示した3つ目の反応は、前者2つとは驚くほど異なる。新疆は実際に極めて厳しい統制下にある、と暴露された内容をほぼ認めたうえで、世界はそれに感謝すべきだと主張したのだ。

中国の外交官、趙立堅氏はツイッターのアカウントを持ち(中国ではツイッターは禁じられている)、論争を招くような発言をすることも中国政府に認められている。このほど帰国し、政府の要職に昇格した趙氏は18日、ツイッターで西側の中国への"説教"に強く反論した。西側はイラクの大量破壊兵器保有を誤認したと愚弄したうえで、こう力説した。「中国が新疆でのテロや過激主義に効果的に対処していることは高く評価されるべきだ。中国政府の厳しさと繁栄する経済政策は素晴らしい組み合わせだ!」

この主張に呼応したのが、中国共産党の機関紙「人民日報」傘下のタブロイド紙「環球時報」だ。同紙は、社説にウイグル人らが踊っている写真を載せ、新疆がアフガニスタンやチェチェンの二の舞いになるのを防ぐべく中国政府が「断固たる措置」を取っていることを評価した。

そして、ウイグル族やチベット族など政府に反抗的な民族を含む約1億人の少数民族に、彼らが13億人に上る圧倒的多数の漢民族との平和に共存する代償として特権を与えられるべきだ、とする考え方に反対する国家主義的な知識人や中国共産党のイデオロギーを信奉する人々の見方に理解を示した。彼らは中国という集団的国家アイデンティティーの推進を支持している。

環球時報は社説で、多数派の主張が優先されるべきだとする多数派主義の路線を大胆にも打ち出し、西側のエリートが中国政府によるウイグル族の扱いを批判するのは、ウイグル族以外の全中国人の権利を軽視することになると主張した。

新疆問題では、率直かつ常に中国政府が正しいとする論調で先頭を行く同紙はこんな見解も表明した。「新疆を巡る対立は、(市民の自由重視の西側と自由が最優先でない中国という)2つの価値体系の衝突であるだけでなく、2つの利害体系の衝突でもある。新疆にいる様々な民族を含め全ての中国人は、この地域における平和と繁栄を望んでいる。この目標達成のための様々な措置は、道徳的にも正義の面から正当化される」

■内部文書で明らかになった習氏の本音

ウイグル人の活動家や亡命者、欧米の研究者らが新疆に関する情報を外に持ち出すことがいかに危険かを考えると、にわかには理解しにくいかもしれないが、西側にとっては中国があり得ないような嘘をつくよりも、「正直」である方がはるかに対応しにくいかもしれない。

というのも今回の流出文書で、習氏の自分たちはウイグル族を弾圧しているが、それは必要なことであり全く反省の必要がないという世界観が明らかになり、それがほぼ同氏の本音であることが浮き彫りになったからだ。

流出文書には、14年に習氏が秘密裏に行った演説も含まれる。そこで習氏は、国際社会からの批判は無視するよう政府高官らに指示している。「敵対的勢力が我々を批判しても、新疆での中国政府のイメージが悪化しても恐れる必要はない」と。

この時期は、まさにウイグル族の武装勢力がテロを起こしていた。流出文書によると、習氏は新疆が経済的に発展すれば過激派の問題解消につながると期待していた前任者たちとは異なり、こう発言している。「新疆は近年、急成長し生活水準は着実に向上している。だが、それでも中国からの独立を目指す活動やテロによる暴力は増大している」。習氏はあらゆるところに監視体制を浸透させ、厳しい思想統制を徹底し、ウイグル族の比率が高い地域への漢民族の移住を推進するのが解決策だと考えていることが流出文書からわかる。

習氏が最重要視しているのは中国共産党が絶対的権力を維持することだ。だが、権力を中央政府に集中させる国家主義的ポピュリスト(大衆迎合主義者)とみることもできる。習氏が中国が偉大な国に再浮上する「中国の夢」構想を進めても、イスラム教やキリスト教など様々な宗教を「中国化」し統制強化を求めても、多くの国民はそれを支持している。

■世界は中国の世論の対立する覚悟はあるか

とはいえ、中国の世論は一枚岩ではない。今回の流出文書で、新疆での政府の強硬な方針に対し漢民族の当局者の一部が抵抗し、拘束したウイグル人らをひそかに釈放したケースさえあったことが明らかになっている。

だが中国の国民は日々、国家主義を強くあおられる一方で、常にテロが起きうる脅威の中で暮らしている。あらゆる空港や鉄道、地下鉄の駅には検問所が設けられ、まるで魔女を煮る大釜のような爆発物処理用の耐爆容器が備えられている。だが厳しいセキュリティー体制に対する市民の不満の兆候はない。

新疆は膨大な数に上る警察の検問所や監視カメラの設置により、今はハイテクを駆使した独裁体制のディストピア(暗黒郷)と化しているが、それでも国内からの観光で栄えており、旅行ブロガーとして有名な中国人たちは新疆を訪れ、その安全性の高さに驚きを隠さない。中国ではインターネット上で、イスラム教徒らがいかに恐ろしく、排斥すべきかという論調があふれているためだ。

中国政府が秘密裏に進めてきた新疆での残虐行為に世界がどう対応すべきかという問題も、極めて難しい問題だった。だがその弾圧が公になっても、それをまずいとも思わない中国への対応はさらに大きな頭痛の種だ。

新疆での残虐な対応を批判することは、中国政府だけでなく中国の世論とも対立することを意味する。世界にその戦いに挑む覚悟があるのかどうかはさだかではない。

(c)2019 The Economist Newspaper Limited. November 23, 2019 All rights reserved.

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