瀬戸の花嫁 君よ貴方よ   作:kairaku

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赫い絆  その1

永澄達が魚盛と話し合いを始める少し前。

平組の事務所の中。永澄達が出てきた井戸からザパーンと水飛沫が上がる。

 

「着いた……けど……ここどこ?」

 

人魚姿の燦がキョロキョロと周りを見渡す。するともう一つ水飛沫。

 

「事務所のようね。けどなんかボロっちいわね、窓割れてるし」

 

人魚姿の瑠奈が顔を出し早速のダメだし。

 

「すみませーーん。誰かいますか?」

 

反応はない。とりあえず事務所のソファーに座り足を乾かす。

 

「ここに永澄さんがいるんじゃろか?」

 

「さぁね。とりあえず今のところ手掛かりはあの移し井戸だけ――と戻ったわね。燦、喉乾いたわお茶淹れて」

 

「瑠奈ちゃん、勝手にいいんじゃろか?」

 

「大丈夫よお茶の一杯か二杯。濃いヤツね、熱々はダメよ」

 

いつものマネージャーに頼む感じで催促する瑠奈にしぶしぶ給湯室に行く燦。その途中床に落ちていた豪華な写真立てを見つける。

 

「うん? この人どっかで見たような……?」

 

「どれ? ――――!? こいつ!! まさか!?」

 

瑠奈が上座に置かれた大きな机の上を調べる。するとデカデカと『平組』の印鑑が押された借用書を見つけた。

 

「燦!! ここ平組の事務所よ!!」

 

「たいらぐみ? 私知らんけど、同業者(ごくどう)なんじゃろか?」

 

「……パパに聞いたことあるわ。平組は千葉の海底都市を牛耳っている極道」

 

「ほえ~~ここ千葉なんじゃ」

 

「そしてその組長。その写真の女、平魚盛は魚人貴族よ!!」

 

「ほんまに!!??」

 

魚人貴族!! その言葉だけで燦にはここがとても危険な場所に感じてしまう。

瑠奈もまさかの事態に緊張感を醸し出す。

 

「パパの話じゃ関東の海を仕切る江戸前組でもこの海底都市だけはアンタッチャブル。下手に手を出すと魚人貴族が圧力をかけて商売が出来なくなるって言ってたわ」

 

ルナパパでさえも下手に手を出せない縄張り(シマ)に永澄がいる。燦の胸に不安が広がる。

 

「そんな一体どうしてそんな場所に永澄さんが……まさか!?」

 

自分の時のように永澄も魚人貴族の策略で囚われてしまったのか、燦の最悪の想像に瑠奈は待ったをかける。

 

「待ちなさいよ燦。まだそうと決まったわけじゃないわ。そもそもアイツも魚人貴族に――」

 

と言いかけたとき。事務所の外からこちらに向かう足音を聞く。

思わず上座の机の下に隠れる燦と瑠奈。バタンと扉が開きぞろぞろと魚人が入って来る。

 

「いや~~~~参ったぜあの人間。ホントに人間か?」

 

「思った以上に頑丈というかしぶといというか」

 

机から少し顔を出し伺う燦と瑠奈。

平組と思われる世紀末風な恰好した魚人達が四人。ソファーに座りくつろいでいる。

 

「モヒーがバイクで突っ込んで生きてんだもんな、やっぱ魚人貴族を倒したって噂はマジなのか?」

 

「あ、あいつ、猫を盾にして……卑怯なヤツだ」

 

どうやら永澄の話をしているらしい。バイクで突っ込んだとかやたら物騒なことを言っている。

 

「しかもよぉ、役人が出て来て印籠出したときは驚いたぜ。魚人貴族の権力(ちから)を人間が使うなんてな」

 

「けっ! いけ好かねぇや。俺たちの姐さんだって喧嘩でそんなことしねぇのによ!」

 

「なぁにアイツら姐さんに会いにいったらしいぜ。姐さんはそういう男大っ嫌いだからよ、今頃ボコボコよ!」

 

ピクリと反応する燦を瑠奈が抑える。

 

「ふん。情けなぇ人間だぜ! やっぱよう、花嫁助けに魚人貴族ブッ倒したってのも『ホラ』じゃねーか?」

 

「ちげぇねぇ。きっとよあの力だって魚人貴族に媚び売って手にいれたんだぜ」

 

「ああ、花嫁も攫われたんじゃなくて『自分からやった』んじゃねーか? そうして魚人貴族になったんだ」

 

「げ、ゲス野郎だ……」

 

ガハハハッと下品に笑う魚人達。その時――

 

ドスッ!!!!

 

と派手に机の上に日本刀が刺さる。

 

「「へ?」」

 

魚人達が上座を向くとメラメラと目に見える程の怒気を晒しながらゆらりと女の子が立ち上がった。

 

「な、なんだテメエは!!??」

 

「しがらみだらけの世の中を生きりゃな、そらぁ心無い言葉の一つや二つ、耐えにゃならん」

 

「あ?」

 

「でもなぁ、己のことならまだしも、大事な身内をコケにされ、そこで引いちまったら――」

 

周りに桜が舞い散り始め、戸惑うチンピラ。これマズとばかりに瑠奈が逃げる。

 

 

「瀬戸内任侠の名折れじゃきん!!」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

永澄達は事務所の近くまで来ていた。

魚盛に身内かもしれないと説明すると平組の高級車で魚盛と共に送ってくれたのだ。

 

車に乗り込む前、銀だけは別の仕事があると永澄達に説明しその場で別れた。

 

「少しの間でしたが永澄殿を近くで見れて良かったです。それと明乃は今後永澄様お付きとなりますので、まぁ可愛がって下さい。ではいずれまた」

 

最後にとんでもない置き土産を放ったまま銀は去って行った。

 

「いいの不知火さん?」

 

「私は初めから知っていた。……そういうことになりましたのでよろしくお願いします。満潮永澄……様」

 

改めて挨拶する明乃に「は、はい」とドギマギしながら返す。

 

「なに鼻の下伸ばしとんじゃ! さっさと行くぞ!」

 

巻に急かされ車を飛ばし、事務所が入っているビルまで来たが想像以上に『地獄』だった。

ビルの前では車が炎上し、組員と思われる魚人が死屍累々と倒れてる。

 

「これ燦ちゃんがやったのか!?」

 

「派手にやったねぇ。で、その暴れてるって女の子は?」

 

こちらですと下っ端に案内される永澄達。

組員が周りを固めた中央に日本刀を持った燦が他所行きのお洒落なワンピースを汚しながら堂々と戦っていた。

 

「さ、燦ちゃ――」

 

と駆け出す永澄を魚盛が止める。

 

「まぁ待ちな、まずはアタシが挨拶だ。なぁに悪いようにはしないって」

 

ニヤリと意地悪く笑う魚盛に心配する永澄。

 

 

一方、燦は向かってくる組員を次々と返り討ちにしていた。

 

「オラーーーー!!!!」

 

と野太い声を上げ迫る平組組員。しかし一閃。刀が煌めくとどさりと倒れた。

 

「安心せい。峰打ちじゃ……」

 

「おお、なんじゃこの馬鹿強い少女は……まるで昔の姐さんのようじゃ!」

 

「むぅ、しかも昔の姐さんにはない『儚さ』と『少女の可憐さ』があるぅぅ??」

 

と余計なことを言った組員が派手に吹っ飛ばされた。

 

「昔、昔とうるさいね!! ――ったく。よお、久しぶりだね」

 

「? あんたが魚盛?」

 

「まぁそうか。最後にあったのは随分昔だったもんね、覚えてないか」

 

「永澄さんを返して!!」

 

剣先を向ける燦。それを見て不敵に笑う魚盛。

 

「ふふ、会わしてもいいけどね。まずは落とし前付けてからだ、来な!」

 

「――ッ!!」

 

低い姿勢から駆けだす燦。その勢いのまま踏み込み、胴へ渾身の打ち込み。

峰打ちとはいえ、まともに受ければ吹っ飛びそうな一撃。

 

しかし!!

 

「フッ――」

 

華麗にかわす魚盛。そしてドレスのどこから取り出したのか木刀を手に持つと返す刀で燦に打ち込む。

 

「くっ!?」

 

転がり込むようにかわす燦。距離を置いて立ち上がる。

相手が強者と感じとったのか、一呼吸置き構え直す。

 

「ふふいいね。久々にいい運動が出来そうだ――よっ!」

 

今度は魚盛が仕掛ける。雑多に見える魚盛の木刀だが一発一発が強烈で、木に対し鉄の日本刀が軋みを上げる。

それでも燦の腕前は確かなもので隙を見つけては反撃する。

 

一進一退。白熱する斬り合いにただの野次馬とかした平組が歓声を上げる。

 

「しっかし! こうして久々会った漣ちゃんの娘っと! チャンバラ出来るなんて感慨深いもんを感じるよっと!」

 

「なにを! 言うとん! の!」

 

斬り合いの最中でも余裕で喋る魚盛に対し捌くばかりで余裕が無い燦。

徐々に実力の隔たりを感じながらも、それでも永澄への思いからか諦めず剣を振るう。

 

「楽しいねぇホント。だがまぁ名残惜しいがやなきゃいけないこともあるし。ここいらでケジメつけるか」

 

「!?」

 

魚盛は燦の打ち込みを左手で握った木刀で受けるともう片方の手で燦の左手首を取った。

 

「なっ!?」

 

「――よっ!!」

 

魚盛の超怪力でそのまま豪快にぶん投げられる。漫画のように宙に舞う燦。

 

「きゃああああ!!」

 

「燦ちゃああああああああああん!!」

 

地面に落ちる前に間一髪スライディングキャッチ。燦ちゃんを受け止める永澄。

 

「わ! 永澄さん!?」

 

「あ、あぶなかった……」

 

突然の永澄の登場に驚いた表情の燦だったが、次第にその瞳に涙が溢れ出る。

受け止めた永澄を気持ちのままに抱きしめた。

 

「ながすみさ~~~~ん!!」

 

「わわわわ!!?? さささささ燦ちゃん????」

 

慌てる永澄だったが、なおも泣きじゃくる燦に照れながら優しく抱きしめる。

そんな濃厚なラブラブ空間をぶち壊すようにかわいい怒鳴り声が辺りに響く。

 

「こら~~~~!!!! アタクシ様の前でイチャイチャすんの禁止!!!!」

 

「る、瑠奈ちゃん!!??」

 

「あ、しうた忘れてた」

 

「忘れんな!!」

 

近くで隠れていた瑠奈が怒りながら現れると燦はようやく泣くの止め立ち上がった。

そして共に立ち上がった永澄に振り向くと今度は少し怒ったように問い詰める。

 

「永澄さん怪我とかないん? ほんに……ほんに……めちゃくちゃ心配したんやから!!」

 

「……うん。なんか心配かけちゃった……ね……」

 

なんとなく燦がどうしてここにいるか。

どうして泣いているのか。どうして怒ってるか。

 

それが分かる永澄。

 

(俺、燦ちゃんにちゃんと話してない)

 

心配されるのが嫌で話せなかった今回のこと。

しかしそれが結局燦を心配させ泣かせてしまったのだ。

 

(俺ってヤツは――)

 

「クソボーフラがああああああああああああ!!!!」

 

「へぼおおおおおおおおおおおおお????」

 

巻のジェットラムアタックが永澄の左頬に炸裂する。

抉り込むような一撃にアニメ的自主規制のかかった虹色の液体を撒き散らしながら吹っ飛ぶ永澄。

 

「こんボケがあああ燦さま泣かせよってからにあの世に旅立つ準備は出来てるんじゃろなあああああああ!?」

 

「巻ちゃん!!」

 

「燦さまああああ。ホント心配させてごめんなさいですぅ! それもこれもこのアホ永澄が全て悪いんですぅ!!」

 

燦の手の平で平謝りする巻。先程のドスの効いた声とはまるで正反対の甘いボイスで燦に擦りつく。

 

「ううん。ほんとは分かってるんよ巻ちゃん。永澄さんが私を心配させん為に黙っとったこと」

 

「燦さま……」

 

「でもな、やっぱりちゃんと言って欲しかった。私ら……夫婦じゃきん」

 

「燦ちゃん……」

 

盛大に顔を膨らませた永澄がよろよろと這いつくばりながら燦にすがり寄る。

燦はしゃがみ優しく永澄の頬に触れる。

 

「だからちゃんと話して。私もちゃんと受け止めるから」

 

「うううううごめんさんちゃああああん!!!!」

 

己の過ちに悔いる永澄。それを優しく慰める燦。

その光景を見てやれやれと肩をすくめる瑠奈。

 

「ふふ、いい関係じゃないか満潮君」

 

「魚盛さん……」

 

「まぁここじゃなんだ、アタシん家に招待するよ」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

平家 本宅

 

 

リゾートやカジノ等、海外の雰囲気を醸し出していたムーンデザート・チバ。

だがそれを仕切る平組組長の本宅は意外にも純和風の格式ある御屋敷だった。

 

魚盛も御屋敷に見合った和装に着替えると更にどこか燦の母親を思わせる極道の女感が強まった。

改めてよくこんな人に生意気言えたなぁと自分に感心する。

 

魚盛の好意で今夜はここに泊まることとなった永澄達一行は宴会場のような客間に案内され、高級老舗旅館も驚くほどの豪華な懐石料理が振る舞われた。

 

「うわぁ凄いご馳走だね燦ちゃん」

 

「……でもなんか悪いきん。私、その、事務所めちゃめちゃにしちゃって……」

 

ここに来る前に大体の事情を聞かされた燦は己の勘違いからの暴走を知りすっかり恐縮していた。

 

「ふはははは! 気にすんなよそんくらい。アタシや漣ちゃんが若い頃はよくやったもんさ」

 

上座に魚盛。その脇に燦、永澄、瑠奈、明乃と並び、そして巻がちゃっかりと燦の御前の上で正座している。

 

「それによぉ、よくよく話聞きゃうちの下っ端(ばかども)が下らねぇことほざいたのが原因さね」

 

「いやぁ失礼しました」「ほんとマジすみません」と下っ端世紀末が燦と永澄にジュースをお酌する。

 

「いやぁ姐さんに認められるなんて凄いッスよ旦那。しかも噂通り実力で魚人貴族倒しちまっただなんて人間業とは思えませんて!」

 

「お嬢もだぜ! 姐さん相手にあそこまで()れるなんて、ええもん拝ませてもらいましたわ」

 

いや~~と夫婦揃って恐縮する燦と永澄。

平組はとにかく魚盛リスペクトというか、『姐さん』が認めた者ならどんなものでリスペクト。OKらしい。

 

「んじゃ、満潮君と燦ちゃん! 前途ある若者に乾杯!!」

 

「「かんぱ~~い」」

 

かくして千葉の海の底。永澄達&平組の宴会が始まった。

 

「しっかしまさか燦のママとあの平魚盛が幼馴染だなんてね」

 

「まぁよくよく考えればそうだろうな」

 

瑠奈の呟きに一人納得する明乃。

どういうこと?といった具合で瑠奈が隣の明乃を見るが明乃は何も語らず黙々と釜飯を食べている。

 

「チッ、つーかさぁ。なんで不知火さんがここにいるわけ? 立場的に考えて役人が極道の家でメシ食うなんてオカシイでしょ?」

 

学校ではないのでバリバリ裏というか表の顔で突っかかる瑠奈。

明乃はチラリとも瑠奈を見ず茶碗蒸しを冷ましながら答える。

 

「今の私の任務は『魚人貴族』満潮永澄様の従者だ。永澄様がいるところには私も行く」

 

「はああああ?? それギャグじゃなくてマジで言ってんの!? あ・ん・な! 変態短足異常性癖持ち下僕の下僕になるなんてあんた正気!?」

 

「だああああああれが変態短足異常性癖持ちだ!!」

 

「く、分かっているこれが想像以上に危険な任務(ミッション)という事はな! しかし私にも野望が……くぅ悩ましい!!」

 

「おいおいめちゃくちゃ俺利用しようとしてんのになんて言い草だよ!!」

 

(というかそれ燦ちゃんの前で言わないでくれよ!)

 

普通に考えて奥さんいる前で女の子が旦那に「私、今日からこの人の従者になります」発言は戦争(ケンカ)勃発の危機である。

しかし普通に考えてそんなシュチュレーションは有り得ないのだが、今ここに起きる。

オロオロしまくる永澄。チラリと燦を横目で見る。

 

「えっ、明乃っちも永澄さん家に住むの? うーーん部屋足りるじゃろか」

 

(悩むとこそこじゃないのに変な邪推しない燦ちゃんの天然に今はナイス!)

 

「コラ下僕! アンタ貴族になるからって調子乗ってじゃないでしょーね!!」

 

「そ、そんなことないよ! そもそもそれが嫌だからわざわざ組立ち上げて魚人貴族に対抗しようとしてんのに!」

 

ほ、本気でやってんだぞ!とご主人様に猛抗議する下僕永澄。

そんな下僕野郎の膝にご主人様(ルナ)が手回すと耳元で妖しく呟いた。

 

「ねぇ下僕、なんなら江戸前組が後ろ盾(スポンサー)になってもいいわよ? そうすれば瀬戸内組、江戸前組で十分魚人貴族に対抗できるわよ?」

 

ぞわぞわ~と脳に浸透する甘言に思わず食いつきたくなる永澄。

しかし分かっている。これは一度ハマったら抜け出せない食虫植物系罠なのだ。

 

「仮に江戸前組が後ろ盾になったら俺に何を要求するんだ!」

 

「え、何も要求しないわ? いつも通り(ワタクシ)様の下僕よ」

 

「え? マジで?」

 

「そう魚人貴族になっても下僕は下僕。そして下僕の下僕は私様の下僕!! つまりアンタの下に付いたそこの修練剣士とかそこらの雑魚魚人とかみ~~んなアタクシ様の下僕、従僕、家来よ!!」

 

頬に手を当て例の女王様フェイスで高笑いする一応アイドルな瑠奈。と鎖に繋がれガタガタ震える下僕。

 

(やべぇモノホンの女王様が誕生しちまう!)

 

「……まぁアンタが独立すればアタシも嫁ぎやすいかな」

 

「え? 今何か言った?」

 

「な、なんでないわよ!」(裏拳)

 

「なでえぇーーーー!!??」

 

瑠奈の照れ隠し裏拳を眉間(テンプル)にまともに受け後ろに倒れる不憫、いや幸せ者永澄。

 

「いや~~最近の子は進んでんな~~」

 

「あ、あの魚盛さん」

 

燦の改まった顔を見てなんだい?と顔を横に倒す。

 

「その、魚盛さんは魚人貴族だって瑠奈ちゃんから聞きました。本当なんですか?」

 

え?と永澄も注目する。明乃はぺたぺたとお替りの釜飯を茶碗に大盛にしている。

魚盛は明らかに困った顔してコクりとお猪口の酒を飲んだ。

 

「ごめんなさい。その、どうしても気になって」

 

魚人貴族に良いイメージが無いとか、そんな曖昧な感情ではなく。

その肩書だけで『あの一件』のことを思い出してしまう燦にとってはどうしてもはっきりさせておきたいことである。

 

「『(たいら)』と聞けば分かりそうなんだが、そうか漣ちゃん教えてないのか。う~~んどうしたもんか」

 

チラリと巻を見る魚盛。巻は何も言わずムスっとしている。

散々に迷うといずれ分かることかと呟き燦に向く。

 

「順を追って説明するか。……まずはっきりさせとくとだ。アタシは『元』魚人貴族さ」

 

「もと?」

 

「大昔に海での豪華な暮らしに飽き足らず、陸の世界に手を出した魚人貴族がいたのさ。それがアタシの先祖初代魚盛」

 

ふむふむと頷く燦と永澄。瑠奈はまったく興味なさそうにジュースを飲んでる。

 

「初代魚盛は魚人貴族の力を悪用して人間の世界を自分の理想郷にしようと計画したのさ、自らを『平家(へいけ)』と名乗ってね」

 

「へ、平家ってあの平家? 源平合戦の?」

 

精一杯の中学生歴史知識で付いていこうとする永澄。あまり成績がいい方ではない。

 

「ああそれさ」

 

(い、今明かされる衝撃の事実!! やっぱ魚人貴族って昔からとんでもないな!!)

 

「計画は順調に進み、平家はどんどん増長していった。人間の反感を買いながらね」

 

徳利を傾けお猪口に酒を注ぐ。並々と注がれ表面まで達するがそれでも注ぐの止めない魚盛。

表面張力を超え酒が零れる。

 

「そしてそこから先は知っての通り『平家』は滅んだ。戦犯の魚盛は捕らえられ命こそ助かったものの魚人貴族であることを剥奪され、この地に流されたってわけだ」

 

ぐいっと酒を飲み干す魚盛。少しだけ遠い目をする。

 

「ごめんなさい。言いにくいこと言わせてしもうて……」

 

「ハハ、気にすんな大昔の話さ。それにどっちかというと『本家』に迷惑かけたこっちの方こそ謝らんといけない立場だしな」

 

意味が分からないとキョトンとする燦。

 

「あ~~!! 魚盛の姐さんその話はああああ!!??」

 

何かを察し突然慌てる巻。

だいぶ酒が回って来た魚盛はこっからがメインとばかりに更に酒を煽る。

 

「っぷは! 初代平魚盛は『分家』の生まれ。『本家』の平は今だ現役! 立派な魚人貴族さ!」

 

(ねぇ下僕、分家と本家って何?)

 

(え? あ? う、う~~ん……ちょうど今の瀬戸内組と満潮組みたいなもん……かな?)

 

「そして何を隠そう本家『平』こそ真の魚人貴族! 名家の中の名家!」

 

魚盛の声のトーンが上がり、ビシッと真っ直ぐに燦を指差す。

ああとうなだれる巻。

 

 

「蓮ちゃんの実家――つまり燦ちゃん、アンタの家でもあるんだよ!!」

 

 

「ってことは……」

 

「おかあちゃん魚人貴族やったん――――!!??」

 

「いやアンタもじゃないのよ!! その娘なんだから!!」

 

「えええええええええ!!??」

 

やんややんやと騒ぎまくる三人。急な展開についていけない。

 

「巻ちゃんは知っとったのおかあちゃんのこと!?」

 

「は、はいです燦さま……昔からいた瀬戸内組のもんは大体知ってますです。でも仕方なかったんですぅ! このことは瀬戸内組ではタブーにされてて!!」 

 

気まずそうに言い訳する巻。

食事に埋没していた明乃も箸を置くとうむと頷いた。

 

「私も瀬戸内組のデータを調べたときはかなり驚いた。瀬戸蓮の実家は『日本一』とも呼べる名家でな、実際日本を治める役職『征夷大将軍』を務めていたのも瀬戸蓮の実家だ。……いやホント驚いてな、慌てて挨拶に行ったが『実家とは縁を切ったから』と貴族扱い禁止と言われたのだ」

 

「姐さんそういうのマジで嫌がるからのぅ……あぁ姐さんに怒られる……」

 

「蓮ちゃんは家と大分『揉めた』からねぇ。勘当されてなけりゃアタシも燦ちゃんの大叔母さんってとこだなハッハッハッ――誰がオバさんだよ!!」

 

「りふじん!!」

 

急に殴られる永澄。本格的に酔っぱらってきた魚盛。

ぶん殴った永澄を今度はヘッドロック気味に抱きしめる。近い胸元。

 

「ガハハハッ! で、ついでに言っておくとよぉ~~ウチの先祖倒した『源氏(げんじ)』ってのはさ。あのクソ『義魚』の実家なのさ」

 

「おほっ、ほほ、ほ~~う、そうなんですかぁ~~」

 

RPGの台詞なら太文字になるくらい重要な情報も目の前の豊かな胸に夢中で頭に入っていかない。

 

「それを機会に『(みなもと)』は出世、今や『平』と並ぶ日本の名家だとほざきやがる。まぁ~~皮肉なことに今度は源が似たようなことになってるがなぁ~~ガハハハッざまぁ~」

 

バシバシと今度は背中を容赦なく叩かれる永澄。

助けてぇと燦達を見るが各々が色々と考え込んでまるっきり無視。

 

「それで魚盛殿、どうやって源から永澄様を助けるので?」

 

仕方なしにひょいっと永澄を助ける明乃。話を変える。

 

「あ~そうだった、そのこと話してなかったね。ああ~~まぁいいか♪ それは明日話すよ。アタシはもう寝る!」

 

そう言うとゆらゆらと奥の座敷に帰っていった。

 

「えええええええっ!!??自由すぎるだろぉぉ!!??」

 

かくして怒涛の宴会は唐突に終わり告げたのだった。

 

 

その夜

 

『空の水面』に揺れる月が手入れされた松と庭石を照らしていた。

海中にあるこの魚人の世界では月は地上とはまた違った姿を見せる。

 

荘厳な中庭が眺められる縁側で永澄は一人黄昏れ座っていた。

 

(まさか燦ちゃんのお母さんの実家が魚人貴族で一番偉い家だったなんて……燦ちゃんも本当のお嬢様なんだな……。勘当されたとか言ってたから今は魚人貴族じゃないらしいけど実際どうなんだろ……)

 

銀に天羅譜負御務のことが告げられ、自分が魚人貴族になることに決まったとき。はっきりと辞退を示した永澄。

それでも心の奥底でチラリと思ったことがある。

 

貴族になれば燦ちゃんと釣り合う男になれるかも――。

 

しかし実際は新米貴族じゃ及びもしない程の大貴族だった燦ちゃんの実家。

 

「例え俺が魚人貴族になったとしてもやっぱ燦ちゃんとは釣り合わないんだろうなぁ……」

 

そこでハッとする永澄。

 

「つうか燦ちゃんのお父さん! 散々人に釣り合わないだの何だのぬかしておいて自分だって大貴族の嫁さん貰ってんじゃねーーか!!」

 

その場に本人がいないので強気な永澄。ヤクザもんと貴族の娘なんてそれこそ不釣り合いなカップルだ。

 

「……それでも燦ちゃんのお母さんはあの人を選んだんだな」

 

「どうしたん永澄さん真剣な顔して?」

 

「わぁ燦ちゃん!?」

 

当然声を掛けられ驚く永澄。

お風呂上がりだからかいつもより色っぽい浴衣姿の燦ちゃんにドキリとする。

燦はそのまま永澄の横に座ると一緒になって庭を眺めた。

 

「……今日、色んなことがあったね」

 

「……うん」

 

互いに庭を眺めたまま。燦の呟くような声に返事をする永澄。

海底の夜は静かで二人はしばらく黙って庭を眺めいた。

 

「ごめんね燦ちゃん……勝手に一人で行って……」

 

顔をうつむかせ燦に語りかける。

 

「ううん、話を聞いて分かったんよ。魚人貴族になるなんて私に向かって言うんは嫌やもんね」

 

「燦ちゃん……」

 

うつむく顔を上げると穏やかに微笑む燦の顔があった。

お互いの顔を見る。永澄を見て燦は思い出したかのように笑う。

 

「お風呂場でね、巻ちゃんが言っとった。永澄さん、魚盛さんに向かって一歩も引かなかったって、漢らしく向かっていったって」

 

「巻が!?」

 

「巻ちゃんがああまで嬉しそうに言うん私初めてじゃった。ほんに頑張ってくれたんじゃね」

 

思いがけない人物からの援護射撃に驚く永澄。

私も見たかったなぁ、と今度は燦が顔を伏せ、恥ずかしそうに永澄に語る。

 

「燦ちゃん」

 

「永澄さんが組作ってまで私を守ろうとしてくれて――。私と一緒にいたい思うてくれて――。本当に――」

 

赤く染まった頬をゆっくりと傾けると永澄の肩に置いた。

 

「私は幸せもんのお嫁さんじゃきん」

 

燦の手が優しく永澄の手に触れる。

 

永澄はその手を取り応えるように指を絡めた。

互いの手を重ね、互いの存在を確かめるように寄りかかり、目を閉じた。

 

夜空に揺れる月の下。

永澄はこの手を絶対に離すもんかと心に刻んだ。

 

 

続く!!




話を進めるためオリジナルキャラを思いっきり動かしました。
魚盛のイメージは髪が長くてドレスコードの燦ちゃんのお母さんって感じです。

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