第九話:暗殺者は依頼される
婚約パーティは無事終わった。
両親もディアたちも喜んでもらえて頑張った甲斐があったというもの。
パーティの最後には、彼女たちのために作った婚約指輪を渡し、とっておきのチョコレートケーキをみんなで食べた。
前世ではチョコレートケーキの王様と呼ばれたザッハトルテ。レシピを巡って裁判まで起こったその味にみんな酔いしれ、マーハなどは完全に商売人の顔になっていたのが面白かった。
そして……。
◇
日が明けると同時にマーハを送っていくことになった。
「マーハちゃん、もう少し、ゆっくりしていけたらいいのに」
「私もそうしたいわ。でも、仕事があるの。ルーグ兄さんから預けられたオルナをないがしろにはできないわ」
マーハが少しだけさびしげな顔をする。
「また、会いに行く」
「ええ、待っているわ。この指輪があれば頑張れる気がするの」
マーハの指にはサファイアの指輪が青く輝いていた。
「そのときは私も行くよ。もう少し、マーハと話をしたかったし」
「うれしいわ。私もディアともっと話をしたいと思っていたところよ」
たった一日でディアとマーハは仲良くなっていた。
話が合うようで、昨日は二人で盛り上がっていた。
趣味も性格も違う二人が、こんなにも相性がいいのは意外だった。
……いや、意外でもないか。魔術士と商人。道は違ってもそれぞれの分野でプロフェッショナル。通じ合うものがあるだろう。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてください」
「お土産、期待しているね」
そうして、俺は飛行機を取り出し、飛び立った。
◇
あれからしばらく経った。
色々と面倒なことが起こっている。
俺の婚約が周知されたことに思ったより反響があった。
王家から直々に祝いの品が届いたことで、この辺り一帯の貴族は目の色を変えた。
前から、魔族を殺して英雄になったことで王家から覚えがいいと思われていたが、今回のが決定的だった。
どうにか、トウアハーデにすり寄ろうとみんな必死だ。父も一週間で、友だちと親戚を名乗る連中が十倍に増えたと苦笑いするほどだ。
アルヴァン王国では、貴族の権力が強いとはいえ、未だに王族の威光は存在する。
そして、今までも多かった婚約の話が、さらに凄まじい数舞い込んできた。
普通の感覚では婚約発表した相手に婚約を持ちかけるなんて馬鹿らしいのだが、この国は一夫多妻制を認めている。俺が複数の妻を持ったことで、じゃあうちの娘もというわけだ。
(中でもうざいのが、ディアたちのことは許してやるから、ウチの娘を正妻にしろと上から目線で頼んでくる上級貴族たちだな)
立場の問題で面倒なのもあるが、そういうディアたちを蔑むような文面は腹が立つ。
そういうのに一々返事を出すのがひどく面倒だ。
(これも来週までの辛抱だ)
来週には学園に戻る。
そうすれば、しばらくこの鬱陶しい雑務から解放されるだろう。
……まあ、家の言いつけで俺に迫ってくる令嬢はいるだろうが、建前でも学園内では身分は関係ないとなっている。つまり、雑に断れる。
部屋にある端末が鳴る。このチャンネル。マーハだ。
『あら、今日は部屋に居たの』
「まあな、山程来た婚約話の返事への断りを無心で書いてる」
『そっちも大変そうね』
「そっちも? オルナのほうも大変なのか」
『それはもちろん。今、一躍有名人になったルーグ・トウアハーデの婚約者が代表代理なのよ?』
「それもそうだな。……ちょっと考えなしだったか。もう少し、婚約を遅らせたほうが良かったか」
『それはないわ。ルーグ兄さんの気持ちを示してくれてとてもうれしいの。それはそれとして、定期報告よ。今の所、魔族の動きは見つかってないわ』
「そうか、ありがとう」
最近、魔物の活性化が収まっているように見える。
だからこそ逆に魔族が何かを企んでいるのではと警戒を引き上げていた。しかし、マーハの言う通り、魔族が動いている気配はない。
ただ、それとは別に少し気になる動きがあると報告に上がっている。
……教会の連中が良からぬことを企んでいるようだ。
『どういたしまして。でも、これからの定時連絡、少し面倒になるわね。さすがに学園内まで通信網を伸ばすのはかなりリスクが高いもの』
「それは色々と考えてある。数日中になんとかするさ」
通信網のケーブルと端末の設置が通常の街よりかなり厳しい。
だが、不可能ではない。
『それは安心ね。ルーグ兄さんの声が聞けなくなるのは嫌だもの。そろそろ切るわ。また、次の定期連絡で』
「ああ、よろしく頼む」
それで通信は切れる。
マーハはマーハで大変のようだし、一度イルグ・バロールとして商会に顔を出したほうがいいかも知れない。
一番効果的なタイミングを見計らっておこう。
◇
馬車から降りて、門を潜る。
今日はディアとタルトの学園服姿を久しぶりに見た。
今日からまた学園が始まる。
生徒たちは友人と再会できてうれしそうだ。
「ものすごく注目されてますね」
「学園が閉まっている間、私たち、というかルーグがずいぶん活躍したからね」
俺たちが学園内を歩くと、それだけで視線が集まる。
すっかり、有名人だ。
視線を集めているのは、ディアとタルトがとびっきりの美少女なのと、その指に嵌められている婚約指輪も原因の一つ。
婚約パーティの日にプレゼントしてから、体を清めるときと寝るとき以外、ほとんどいつも身につけていた。
たまに二人はぼうっと指輪を見つめて、表情が緩むことがあって、そういう彼女たちを見るとこちらまで幸せになる。
「こういう視線は慣れないな」
「慣れたほうがいいよ。これからもっと注目が集まるようになるだろうからね」
「そんなことはないさ」
「そんなことはあるよ。ルーグが大人しくしているなんて考えられないもん」
「タルト、何か言ってやってくれ」
「……あははっ、その、どちらかというとディア様に同意です」
まさか、タルトにまでそう言われるとは。
これが日頃の行いか。
生徒たちは遠目に見るだけで、話しかけてくる勇気はないらしい。
だが、何事にも例外はいる。
学園が一時閉鎖するまで、意図的にお互い声をかけないようにしていた生徒が俺たちの目の前に現れた。
彼女もまた有名人。
一学年上の主席様。
「ルーグ・トウアハーデ。お話がありますの。私の部屋に来てくださいな」
ネヴァン・ローマルング。
四大公爵家が一つ、ローマルング家の令嬢。
優秀な人間を作ることを至上命題にし、数百年、優秀な血をかけ合わせ完成した最高傑作。
「ええ、いいですよ。ネヴァン先輩」
周りから黄色い声が響く。
……ネヴァンは男女関係なくモテるとは聞いていたがこれほどとは。
生徒たちは有名人の俺とネヴァンの取り合わせを面白がっている。
今まで、俺とネヴァンが学園内で一切関わりを持たなくしていたのは、トウアハーデの暗殺家業においてローマルング公爵が上司であり王家からの依頼を精査する役割を果たしてるからだ。
トウアハーデとローマルング、その繋がりを見せるべきではなかった。公爵家と男爵家、身分が違いすぎる二人が親しくすれば、裏があるのでは? と考える連中が現れる。
しかし、今は違う。今の俺は公爵家の令嬢が近づいてもなんら違和感はない。
二人で並んで歩く。
ネヴァンが俺にだけ聞こえる独特の発声法を使って話しかけてくる。
「貴方が有名になってくださったおかげで、お仕事がやりやすいですわ」
「父から話は聞いている。……ローマルングの諜報部隊にすら任せられない。ネヴァンが直々に伝える必要がある依頼があるようだな。さすがに、身構えてしまうよ」
学園に出発する前、父から暗殺の依頼があると伝えられた。
通常なら、ローマルング家の諜報部隊が、暗号化された手紙を運んでくる。
彼らは超一流の諜報員。なおかつその暗号は極めて複雑で、万が一手紙が奪われても解読されることはまずない。
事実、トウアハーデへの依頼が外に漏れたことは一度もなかった。
だというのに、今回はネヴァン自らが学園の自室というある意味、情報がもっとも漏れにくい場所で依頼を伝えることに決まっていた。
「聞いたら驚きますの。……神をも恐れぬ、そういう依頼ですもの」
だいたい分かってしまった。
各地に散らばった俺の目と耳たちの報告の中に、その兆候は隠れていた。
もし、俺の読みが当たっていれば、それこそ殺すどころか、敵意を持っていることを口に出しただけで、己だけでなく一家郎党皆殺し、そういう相手だ。
下手をすると前世を含めて、もっとも難易度の高い暗殺かもしれない。
「とても気の利いた婚約祝いだ」
「喜んでもらえてなによりですの……あと、予め言っておきますが、私、もし貴方の婚約者になって、身内になってしまっていても依頼しましたわよ」
それは私情を交えていない、ローマルング家としてこの国のため、ターゲットの殺しが必要だという判断。
ならば、俺はトウアハーデとしてその依頼と向き合わなければならない。
話を聞き、アルヴァン王国のためであると判断すれば、トウアハーデの刃を振るうのだ。