どの程度強力なアンデッドかはよく知りません。
―バハルス帝国― 帝城 通路
モモンガとの面会を終えたフールーダ・パラダインは走りたくなるのを抑えて、早足で歩みを進める
自分の夢を叶えるために、ジルにモモンガから拝命した要望を全て飲んでもらわなければ……いや、飲ませなければならない。
(ジルの事じゃ、御方の希望を受け入れるのは問題なかろうが)
フールーダはジルクニフの性格からして、モモンガの希望を受け入れるだろうという事は今までの付き合いでなんとなく分かる。
モモンガはその辺りを踏まえて要望を出したのだろうを思うと、流石いと深き御方と言わざるを得ない。
フールーダがジルクニフの執務室の前に到着すると、扉の左右に立つ騎士達のうち、左の騎士がフールーダに声をかける。
「フールーダ様、陛下は文官の方々と会議をなされています。
緊急の案件であければ、時間を改めて頂ければと――――」
フールーダは愚鈍な騎士に苛立ちを覚える。
急いでこの場所へ来た自分を見て、何故緊急ではないと思うのかと。
だが、騎士の対応も無理も無い。フールーダは魔法に絡んだ案件であれば大体いつもこんな感じなので、緊急の案件かどうかは所作だけでは判断し難い。
「緊急の案件じゃ! 直ちに行動を起こさねば帝国の存亡に関わる!」
剣呑な雰囲気を作るフールーダに騎士たちは直ちに執務室への扉を開けた。
―バハルス帝国― 帝城 ジルクニフ執務室
「どうした爺? 随分と慌てているようだが。
――――アンデッド労働の実験に進展でもあったかな?」
ジルクニフは会議中の
「その様な
「ほぅ? と、するならば――――」
(爺にとってアンデッドの労働力は肝いりの研究のはずだ。それを些事と評価するのならば、考えられるのは2つ……)
ジルクニフはフールーダの嬉々とした表情と先ほどの言葉から思考を逡巡させて「デス・ナイトの支配」「カルネ村を救ったマジックキャスター」の2つに絞り込む。
「流石の陛下でもわかりませぬか。」
「爺よ。結論を出すには情報が少なすぎるとは思わないか?」
それは尤もだし、こんな言葉遊びを興じている場合ではなかった。
つい、いつもの様に会話をしてしまったフールーダは気持ちを切り替える。
「そうでしたな。このような事をしている場合では御座いませんでした。
結論から言いましょう。
陛下がいくつかの条件を飲んでくだされば至高なる御方、件のマジックキャスターがバハルス帝国の陣営に加わってくださるとの事です」
「ほぅ……?それは素晴らしいな爺。だが話が飛び過ぎだ、順を追って話せ。
それと、今日の会議はこれまでとする。ロウネ、後日続きを行う。諸々の調整を任せる。」
ロウネと文官たちは頭を下げて執務室から退出する。
フールーダに匹敵するほどのマジックキャスターに関することなのだ、帝国内でも最優先に処理されるべき案件である事はこの場にいる誰もが理解している。
万が一にでも他国に渡れば、我が国の魔法に関する優位性は一気に失われる。
それは純粋な戦闘能力だけでなく、外交、諜報、内政、経済、全てにおいてだ。
だから自分たちの仕事が後回しにされるもの当然の事だ。
文官たちが退出した後、ジルクニフは言葉を発する
「先ずは状況を整理しようじゃないか。爺の焦りもわかるが、このような時こそ冷静さを欠いてはならぬ。
私は件のマジックキャスターの名前も知らぬのだぞ?」
フールーダが魔法に絡むと色々とおかしくなるのはジルクニフだけでなく側近の面々も重々承知している。
しかも、自身に匹敵するマジックキャスター。フールーダの言葉を察するに自身より優れたマジックキャスターである事も伺える。
フールーダ自身、ジルクニフが生まれる前からマジックキャスターとしての成長が停滞している事に焦燥感を感じている中、この朗報なのだ。冷静になれないのも理解は出来る。
だからこそ、必ず勧誘成功させるためにも冷静さをフールーダに要求したのだ。
「はっ、ジルの仰る通りです。私にとっても人生の岐路、冷静さを欠いておりました。」
あの御方にもう一度会いたい。可能であれば教鞭をとって頂きたい。
あの御方の叡智の一端でもこの目に焼き付けたい。
あの御方に私の進んでいる道が正しいのか、方向を示して頂きたい。
フールーダの頭にあるのはモモンガの事ばかりで、自身がいつもより視野狭窄に陥っていた事に気がつかなかった。
これを成功させなければ全て気泡に帰すというのに……。
「先ず、かの御方の名は【モモンガ】様と申します。性別は男性。マジックアイテムの仮面を身に付けており、ご尊顔は拝見できませんでしたが、声質から見て、見かけ上は20~40歳かと思われます。
こちらに関しては、私の様に老化を止める魔法を使用している可能性が高いため、実年齢は分かりませんでした。
そして得意とされる魔法は死霊系統と仰られております。」
「爺の目から見て魔法の才は?」
「私の目を以ってしても正確には測れませんでした。私の魔力量から相対的に判断すると第7~8位階を御使用になるかと。」
これはフールーダの嘘だった。
タレントの目を持ってすれば魔力系の魔法に限り使用できる位階まで正確に測れる。
だが、第10位階と正直に言えばジルクニフが自分の目を疑うか、信用したとしても力を恐れて飼い殺しにする可能性がある。
第7位階ですら神の領域、第8位階など存在しないのではないかというのが魔法界でも一般的なのだ。
だから自身より遙かに格上というくらいに留めるべきだとフールーダは判断した。
「それは本当か!? いや、すまない。爺の目を疑ったわけではない。
余りに想定外だったのでな。愚かな事を聞いた、すまぬ。」
「いえ、そう思うのは無理もありません。私自身も神が降臨なされたかと思ったのですから。」
「そうなると、モモンガが提示した条件というのが気になるな。
それほどの力があれば、何でも出来るだろう?」
魔法というのは武力だけではない。フールーダの持論の通り、国家運営全てにおいて大きな役割を果たす。
マジックアイテムしかり、回復魔法しかり、諜報魔法しかり、転移魔法しかりだ。
民の目線に立てば、調味料を生成したり、トルイドの魔法で植物の成長を助けたり、品種改良の役にも立っている。
それを理解していないリ・エスティーゼ王国は目を覆いたくなる程の愚か者の集団だ。
「条件は大きく分ければ1つ。細かく分ければ多岐に分かれます。」
「それでは大きい方から聞こうか。」
「モモンガ様は3箇所の領地を欲せられています。」
ジルクニフは肩透かしを食らった感覚に襲われる。
もっと難解な条件を提示されるかと思ったのだが――――
「随分と俗物的だな? 爺の様に探求者的な条件を提示されるかと思ったが。」
「ふふっ、早合点が過ぎますぞ、ジル。」
「む? そうなのか、ではその3箇所とやらを教えてくれ。」
「1つ目はエ・ランテル含む周辺の領地。こちらは絶対条件と仰られています。」
やはり俗物的では、とジルクニフは思ったが言葉にはしないでおいた。
「2つ目はトブの大森林とアゼルリシア山脈、そして3つ目がカッツェ平野でございます。
こちらは可能であれば、と仰られておりますが絶対条件と認識した方が良いでしょう。」
「その土地が欲しい理由は聞いていないのか?爺。」
「聞いておりますが、出来れば陛下ご自身で気付いて頂きたいものですな。」
(という事は既にヒントは出ている。カッツェ平野といい、死霊系マジックキャスターであることが関係する。そして、エ・ランテルは交通の要所で非常に発展している。そしてあの辺りは土壌も良く穀倉地帯としても――――)
ジルクニフの頭の中に無数のアイデアが浮かび、消えていく。
そして瞬く間に一つの解へと到達した。
(まさか――――)
フールーダはその表情を見てニヤリと笑い、賞賛の拍手を送る。
「流石ですな、ジル。では答えあわせとしましょうか。」
「モモンガがエ・ランテルを欲したのはアンデッドの労働力の効果確認を行いたい。違うか?」
「その通りでございます。私が我々のアンデッド労働力の実験を些事と切り捨てたのは、そこに御座います。
完成形を知ってしまえば、私の研究など子供の自由研究に等しい。」
「それほどか……」
(アンデッドの労働力は人間の代わりに単純労働を行うものとして研究をしていた。
単純労働者を減らし、兵士・マジックキャスター等として育てる事で国力を増加させる目論見だ。
ただし、これはアンデッドを敵視する神殿勢力との軋轢を免れない。
それでも、アンデッドの労働力により増える信仰系マジックキャスターの手駒を増やす事が出来れば、対コスト的に神殿勢力と手を切る事は十分に可能だ。
なにより、それだけのマジックキャスターを他国にみすみすと渡す事などありえない。)
「アンデッドの住まうカッツェ平野は言うまでもないが、トブの大森林とアゼルリシア山脈については流石に分からぬな。
これらを欲する理由はなんだ?」
「それはこちらをご覧下さい」
そういってフールーダは古地図を懐から取り出す。
これはモモンガが渡したもので、この帝国、王国、法国周辺の地理が示されている。
「これは凄いな。我々帝国が作成している地図よりも遙かに精密ではないか。
だが、地形だけで都市の記載はないな。それにエ・ランテル辺りが赤い線で囲われているが……
なるほど、これを有効活用しろということか。」
この(モモンガが作った新しい)古地図は紙の質感から200年以上、リ・エスティーゼ王国やバハルス帝国建国以前だということが分かる。
そしてこの赤枠はモモンガが欲している領土。これは見方を変えれば200年以上前からモモンガの支配地だったとする事が出来る。
それを許可無くリ・エスティーゼ王国が簒奪した。次の戦争はエ・ランテル周辺をあるべき姿に戻す領土奪還であると大儀が出来る。
無論モモンガはそこまで考えては居ないが、ジルクニフとナザリックの知者たちはそこまで見通していた。
「――――と、思考に耽りすぎたな。爺、この点は何かな?」
エ・ランテルから北東に100km程に点が記してあり、ここは帝国と王国の国境線付近で王国側の位置に記されていた。
「こちらはモモンガ様と連絡を取るための拠点に御座います。
モモンガ様はトブの大森林の奥深くに拠点を構えられており、我々が自力でたどり着くのは困難だろうとの事で、この連絡拠点をお持ちだそうです。」
「なるほどな。高位のマジックキャスターはやはり変わった者が多いな。
自身の拠点よりも真っ先に研究成果を発表する場がほしいという事か。」
どの道、トブの大森林は領有権を主張しているが、実際のところ全く手付かずの地、アゼルリシア山脈は領有権すら主張していない。
それは王国も同じだ。
「トブの大森林については、森の入り口付近を除くという条件はつけられぬか?
入り口付近でも品質の高い薬草の群生地が多い。そこまで持っていかれるのは些か困るな。」
(まぁ、税収の一部に薬草を追加すればいいだけだが、面倒毎が減るのに越した事はない。)
「はい。その話が出た際は森から1km程度であれば問題ないとのことです。」
これまでの歴史からトブの大森林に1kmも奥に分け入るなどオリハルコン以上の冒険者で無ければ不可能なのは明らかだ。
上手い所を突いて来る。ジルクニフはそう思った。
「ふむ、引き際も心得ているようだ。
いいだろう、トブの大森林はそれでいい。アゼルリシア山脈はモモンガが実効支配してくれればこちらで領土宣言しよう。」
(ドワーフの国もあるが、そのあたりは上手く折衝すればいいだろう。
これだけ物事を理解しているやつだ。そのあたりも織り込み済みなのかもしれんがな。)
マジックキャスターとしてでなく、知者としても優秀さを感じるモモンガにジルクニフは益々モモンガの事を手に入れたくなった。
「カッツェ平野については寧ろ貰ってほしいくらいだな。
アレが手から離れるだけで、財政が大分楽になる。
――――大きな事がこれだとすれば、小さい事はこれらに関わる事を上手く取りまとめてくれという事かな?」
「ご明察の通りです、陛下。
これだけの領地を御渡しになるのであれば、それなりの根回しは必要となるでしょう。」
(先代もフールーダを招聘したときは頭を悩ませたのだろうな。
フフッこれは大仕事だ。六代前の皇帝には頭が下がるな)
「ロウネを呼べ。今年は本気で王国を切り崩しにかかる。6軍全てを出すぞ。」
帝国騎士団は第1~8軍まで存在し、帝国全土の防衛に最低でも2軍が必要となる。
ジルクニフの6軍全て動員するというのは、帝国の総力戦を意味する。
その言葉を聞いた護衛の騎士は慌てて退出し、ロウネの元へと向かった。
「陛下、その戦争にはモモンガ様自らが最前線に立つ事を希望されております。
私より格上のマジックキャスターである事を示すには最も分かり易いだろうと。」
「なるほど、功績を作れば些事の根回しにも役に立つだろうとの配慮か。
だが、大丈夫なのか?
いかに優秀とは言えマジックキャスターは近接戦は不得手とするだろう?」
「多数のアンデッドを従えた私が10人最前線に立つをお考えになれば、簡単かと?」
本来はフールーダ100人以上並ぼうが、モモンガに届かない事は重々理解しているが、事実は時にして判断を鈍らせる。
それ故に敢えて10人としたのだが
「それは些かモモンガを買い被り過ぎではないのか?」
フールーダの優秀さを知っているジルクニフは、どうしても自分を過小評価するフールーダをフォローしようとする。
だが、それがフールーダの怒りに触れてしまう。同時に知らぬという事の愚かさに哀れみも
マジックキャスター……下らない。
愚かな王国の外交官が口にした時の怒りに満ちたフールーダの視線に良く似ている。
フールーダが魔法に関してデタラメを言う筈がない。フールーダを信じたいあまり、逆に信じていなかった事にジルクニフは謝罪する。
「すまない、爺。バハルス帝国最優の爺が言うのだから正しいのだろう。」
「お分かり下されば構いません、陛下。」
怒りを纏った雰囲気が霧散し、いつものフールーダに戻る。
「さて馬車の準備だ。彼を勧誘しに行こうではないか、爺。帝国四騎士のバジウッド達も同行させる。」
「陛下ならそう為さると思っておりましたぞ?」
「当たり前だろう? 此処で動かぬようでは、私は退位すべきだ。」
フールーダとジルクニフの不敵な笑みが交わる。
これも全てナザリック3人の知者の計画通り。
それを知る者はこの場には居ない――――。
モモンガも知らない――――
デミウルゴスたちはつい、モモンガなら理解している前提で進めそうですよね。
●小話
「爺よ、もし私が条件を飲まなかった場合、どうした?」
「その様なありえない妄想をしても意味はないと思いますが? 陛下。
それに言わなくてもお分かりでしょう?」
「ふっ、そうだな。下らん事を聞いた、許せ。」
(もし、条件を飲まなかった場合、フールーダはバハルス帝国からその日の内に姿を消していただろう。
その場合、落日の近い竜王国に身を寄せて同じ条件を飲ませようとしたのだろうな。
フールーダの身を担保とすれば、竜王国は領地を渡す事など厭わないだろうな。)
フールーダは夢を叶える為ならば国を捨てるなど厭わないとジルクニフは理解している。
モモンガもそんな変人じゃなければいいなと、馬車に揺れる中、ジルクニフは願わずには居られなかった。
●小話2
「爺よ、モモンガは何故王国に自分を売り込もうと思わなかったのだと思う?」
「それは帝国魔法学院の学生に聞いても答えられると思いますぞ?」
「へぇ?一体何なんです?
マジックキャスターが正しい評価をされてないからですかい?」
話を聞いていたバジウッドが会話に参加してきた。
「簡単なことですな。沈み行く船に乗る者が居るわけない。そういうことですぞ」
「なるほど。モモンガっつー方は、隠者でありながら随分と世情に詳しいみたいですね。」
バジウッドが理解するとジルクニフが口を開く
「爺が歩みを止めているのは、意外とそのあたりなのかも知れんな。
もう少し公務を増やしてみる気はあるか?」
「そうですな。世界を知る事が深みへと至る為に必要なのかもしれませぬ。」
モモンガが実験を終えた後、隠遁生活に戻るとしても
フールーダが帝国への魔法研究にウェイトを増やしてくれるなら、この訪問は正解だったなとジルクニフは思った。