リプリー
ちくしょう!あいつは頭から出てきた!
アンソニー
見なくてもどういう意味かはわかるね。
リプリー
彼が院長を私たちの所に送ってきたのよ。外にいるあのくそったれよ。私はあいつから逃げられない。彼は私の心をもて遊んでいる。彼が私の罰なんだわ!
アンソニー
僕は混乱しているよ。君は前に、あいつは頭ではなく胴体から出て来ると言った…
リプリー
エイリアンの生態について議論したい気分じゃないの。
ジョンが彼女のそばに来る。
ジョン
リプリー、君は…
彼女はジョンを押しのけ、床に倒れこむ。
リプリー
私はただ空気がなくなるのを待っているべきなんだわ…
ジョン
私は信じているし、わかっている…私たちが勝つことをね。我々の本に答えがあるんだ。
リプリー
あなたの本?修道士さん、あなたの本はもうないのよ。あなたの世界ももうないの。あの怪物が卵を産み始めたら、あなたの仲間たちは…まだそうじゃなければだけど…みんな死ぬわ。
ジョン
もしそれが本当なら、私たち全員も、本も、灰となるわけか。
彼は両手を固く握ってうなだれる。
彼の両手から院長の血が滴る。
ぴちゃっ、ぴちゃっ!
リプリーの足元の小さな水たまりへと。
彼女はその血を見つめる。うぐっ。
また痛みを感じる。
彼女は手で胸を押さえる。
アンソニー
(声のみ)
リプリー?
リプリー
何?
アンソニー
今回のと君が話してくれた他のエイリアンとの間には、いくつか一致しない点があるようだね。
リプリー
もう勘弁してよ。
アンソニー
これは重要な事だと僕は思うんだ。あいつと戦うのに役に立つかもしれない。僕が廊下で戦ったあの生物はね…僕が最初に見たとき、あいつは自分が木材に見えるように擬態していたんだ。
リプリーが顔を上げる。
リプリー
木材?私が自分の部屋で見た時は、あいつは以前と同じような外見だったわ…黒くて、機械みたいで…あれは夢だったけどね。
アンソニー
僕はそれが本来の姿だとは思わない。もしこの生物が君の言うとおり優れた捕食者だとしたら、周囲の環境に適応する能力を持っていると思うんだ。
リプリー
じゃあ、私にあいつらがいつも同じ外見に見えたのは、単に私が同じ環境でしか見ていなかったからなのね。
アンソニー
もしくは、これはまだ知られていない成長の段階なのかもしれない…君は女王を見た…これは王様アリみたいなものかもしれない…生き残るために改良されて、雄バチよりも高度な進化を遂げたのかも…?
ジョン
あの生物が雌羊の胸から出てきたのをどう説明するんだ?院長は頭からだよ?
リプリー
あいつは性質の異なる卵を産むことができるのかもしれない。おそらくチェストバスターは宿主がなにか食べるまでは休眠しているのよ。私が最初に見た奴も、ケインが食事を始めた後に彼から出てきて…
そして恐ろしい一瞬、彼女は理解する。
彼女は食事を摂っていない。自分の胸の痛み…
リプリー
違うわ。
彼女に向けられたアンソニーの「表情」…彼も同じように悟ったのだろうか?
ジョン
何が違うんだ?
リプリー
違う、私たちはまだ負けていないわ。神父さん…
ジョン
修道士だよ…
リプリーは立ち上がる。
リプリー
修道士さんね。まだ終わりじゃないわ。もしあいつが私を嘲っているのなら、それを利用できるかもしれない。このくそったれをやっつけられる。私たちは私の船へたどり着ける。私たちは生き残れる。
カット替わって
内景 科学技術の部屋
ジョンは天井の落とし戸へ伸びる梯子のそばに立っている。松明を持っている。
リプリーはアンソニーと床にいる。アンソニーは傷ついた脚を前に投げ出している。肌は青ざめている。
アンソニー
考え直したりするなよ。目も見えず脚も利かずで僕は足手まといにしかならない。彼に、君が何をしているのか考える時間をやるんだ。僕の棒だけ置いていってくれ。
リプリー
わかったわ。幸運を祈るわ。
彼女はアンソニーと握手する。彼はリプリーを引き寄せる。
アンソニーの空っぽの眼窩が、リプリーを見ているように感じられる。
アンソニー
リプリー、僕は知っているんだ。幸運を祈るよ。
リプリー
じっとしているのよ。
リプリーはジョンの方へ行く。梯子の一段目に足をかけて、二人は天井にある落とし戸を見上げる。
リプリー
彼はあの戸の向こうで待ち受けてるかもしれない。十フィートも行かないうちに、三人とも彼に殺されるかもしれない。
彼は首を振る。
ジョン
それでも、先へ進む方がいい。
彼は微笑む。
彼女も微笑みを返す。
二人は梯子を登り始める。
梯子は湿っぽい、短い縦穴へ通じている。壁は藻で緑色をしている。
地下の桟橋 夜
梯子の縦穴を出ると、そこはフジツボに覆われた桟橋だ。リプリーとジョンは木造の建物の上へ出る。彼らの前には…
惑星全体と同じ広さ、5マイル以上の幅で地下の海が広がっている。この衛星の上半分の最下層の床がここの天井になっていて、百フィート頭上にぼんやりと見えている。
水は黄金色にきらきらと輝いている。
ジョン
惑星の地表は昼間にちがいない。
リプリー
この光はどこから来るの?
ジョン
鏡だよ。外の光を広い縦穴で下へ反射させているんだ…レンズを通してね。ガラス工房で作っているのがそれなのさ。レンズだ。あれを見て…
彼女は振り返る。
巨大な滝がある。
頭上から差し込む光の範囲だけ照らされて…二人からそれほど遠くない海へ注いでいる。
ジョン
この星の表面とつながっているんだ。水は流れ込み、流れ出ていく。どうやってかは知らない。海の両端にそれぞれ滝がある。私は反対側に降りてきたんだ。
リプリー
私たちはどうするの?
ジョンは端をロープで繋がれて波に揺れている、革と木で出来た三艘のかご船を指さす。
ジョン
海を渡るんだ。
内景 科学技術の部屋 昼間
アンソニーは這って一基の風車の基部に行き、そこに寄りかかって座っている。彼は負傷した足首を棒の先でつついてみて、痛みに縮み上がる。足首から火花が散る。
カンバス貼りの大きな風車が、彼の頭上で回っている。
風が彼の髪の中を吹き抜ける。
いい気分だ。
アンソニーは手を上げて、自分の「眼」の前で手をひらひらさせる。
アンソニー
いまや預言者に見えるのは、神が彼に見せたいものだけか。修道僧たちの星に四十年いて、僕はついに信仰を見つけたわけだ。
床板が軋む。
アンソニーは懸命に物音を聞き取ろうとする。
アンソニー
ジョンか?リプリー?
ヒューッ…ヒューッ…
それがジョンやリプリーでないことを彼は知っている。
アンソニー
来るがいいさ。僕も永遠には生きられないんだ。
彼の顔に影が落ちる。彼にはそれが感じられる。
そこに何がいるのか、彼には見る必要がない。
地下の海 昼から夜へ変わっていく
革張りのボートが海を渡っていく。
ジョンが漕ぎ、リプリーが松明を高く掲げている。
夜になり、彼女がオールを持つ。
海はひどく穏やかだ。籠船はガラスのような水面を滑っていく。ジョンは怪我をした指を曲げてみる。
リプリー
手は大丈夫?
ジョン
大丈夫だ。君は前にボートに乗ったことがあるんだね。
リプリーは目をすがめて前方を見る。
海は永遠に続いているかのように見える。
リプリー
私は船の准士官だったわ…でも船に乗ったのは宇宙でだけよ。
ジョン
小さいころ、アンセルム神父が彼のかご船によく乗せてくれたよ。
リプリーは身を乗り出して、ジョンの顔をよく見る。
リプリー
この衛星に連れて来られたとき、あなたは何歳だったの?
ジョン
五歳だ。ここに到着するまで三十年間眠らされた、と院長は言っていた。それから四十年ほど経っている。今までね。
リプリー
あなたのお母さんはどうしたの?
ジョン
いなかった。つまり、母を知らないんだ。いやその、昔はいたんだが。母は父がこの運動に参加したとき、父のもとを去った。彼女がそうしなかったら、私はここにいなかっただろう。二人は他の子供たちを地球にいる女性たちに託した。今では遠い昔の話さ。夢みたいにね。
リプリーの顔が奇妙に暗く輝く。彼女は水面の方を向く。
リプリー
私が母親だったことは知ってた?
ジョン
一緒に船の中にいた女の子の…?
リプリー
いいえ。地球でよ。彼女を私の娘だと言ったことはないわ。私自身の娘がいたの。地球に娘がいる…今では「いた」でしょうね。キャシイというの。私がノストロモ号に乗る契約をしたとき、彼女は九歳だった。ママはあなたが気づきもしないうちに帰ってくるわよ、私はそう言った。私の任務の取り分で、私たちは楽に暮らせたでしょうね。そして私は救難ポッドで漂流して六十年を失った。エイリアンに感謝、ってとこね。私は帰還して、苦い顔をした七十歳の女性に会った。私の娘よ。母親が帰ってこなかった、小さな女の子。
ジョン
気の毒に。
リプリー
生きているだけでも幸運なんだ、と言われたわ。可笑しいでしょ?だから私は二度目の任務に参加した。あいつと戦うためじゃない…あいつとは戦えないわ…あいつに私を殺させるために。
彼女は胸をさする…
ジョン
君が望んで宇宙を漂流したわけじゃない。
リプリー
神父さん、お気遣いはありがたいけど…
ジョン
修道士だよ。
リプリー
修道士さん、でも私は赦しを求めているわけじゃないの。
私は自分の娘にとって良い母親になれなかった。
私はニュートにとって良い母親になれなかった。
でもあなたにとって良い母親になることはできる。あなたを絶対に生き延びさせる。
急に二人は雨が落ちてくるのを感じる…
リプリーは腕を突き出す。
自分が見たものに、彼女は目を見開く。
ジョンがオールを持ち、彼女は松明をボートの外へ突き出す。
海が血で赤く染まっている。
二人の周囲に、天井から血が滴っている。
リプリー
血だわ。
ジョンが上を見上げる。
ジョン
上の階からだ。
彼の顔が蒼白になる。
ジョン
彼が全員を殺したに…
リプリー
そのことは考えないで。上に何があるかは考えないで。ただ漕ぐのよ。
リプリーは松明を水面から遠ざける。水面を小さな波が渡ってくる。
彼女は気づかない。
影
ボートの下を通り抜ける。泳ぐ生き物だ。エイリアンだ。
水の反射のおかげで、その影は巨大に見える。
かご船がひどく小さく見える。
内景 科学技術の部屋
すべての風車が炎上している。
燃える風車の腕がのろのろと回っている。
アンソニーの姿は見えない。
ヒューッ…ヒューッ…