オーバーロード シャルティアになったモモンガ様の建国記 作:ほとばしるメロン果汁
ほぼ後半がフラグ回になってしまった(反省)次回以降は話が進みます
「お早いお越しで。……随分と面白い顔になられましたね」
最低限の礼儀はそこそこに、ズカズカと無遠慮に入室した
いつも通りの憮然とした表情のつもりだが、どうやら抜けきっていない疲れが少し残っていたようだ。彼女の聡い目は相変わらずの様で、ジルクニフのここへ来た目的を考えれば、それ自体は頼もしいとも言える。
帝国の頂点に立つ人物が入室したというのに、不動のまま椅子に座り茶を味わう女の前を通り過ぎ、机の上に書類を無造作に置く。そしてジルクニフも同じように近くの椅子に腰かけた。
「どう思った?」
座ると同時にただ一言、息を吐くように短い質問を相手に投げる。
何が? などと聞かれる心配はない。この女にそういった説明は不要だ、チラリと視線をこちらに向けた女は迷うそぶりも無くただ一言――
「綺麗な仮面をつけた人」
簡潔な答えを返してきた。
「……かめん?」
後宮住まいにしては地味な、もっと言えば貧乏貴族のような最低限の服飾を身につけた部屋の主、ロクシ―の言葉に首を傾げる。
シャルティア・ブラッドフォールン・アインズ・ウール・ゴウンとの会食、それを彼女に命じた際、ジルクニフはあえて最低限の情報しか与えていなかった。事前情報で彼女の目を曇らせたくなかった、というのが狙いだ。
無論相手を怒らせないよう、魔法学院の件など最低限の情報は伝えてあったが、そこに見た目などの容姿は含まれていない。食事中の話題はお互いの住まう国の様子などの世間話程度だったと聞いているが、聡い彼女の感じたままの情報をジルクニフは欲していた。
「まるで作られたような完成された美貌を持つ少女だったが……あれが本当に作り物だとでも言うつもりか?」
嫌な事を思い出すように会談での少女、シャルティア嬢を思い浮かべる。
豪華絢爛な皇帝執務室の中でも、まるで周囲から浮き上がった美貌。その姿を見た部屋の文官や騎士達はみな呆けた様に入室する少女を見つめていた。年齢不相応に育った胸部もその理由だろう。身につけていた純白のドレスや装飾品も、少し悔しいがこの帝国の国庫で敵う物はない。
「ただの女の勘……というか違和感を覚えただけなのですけれどね」
「勘だと?」
この女にしては珍しく形にならない表現に、思わず怪訝な視線を向ける。
そんな視線を意に介さず、ロクシーは思い出すように天井を見つめながら言葉を探しはじめた。
「なんと言えばいいのか……。あの方と話していると、ときおり男と話してる気になってしまうのですよ」
「……は? いや、待て。お前はアレが……お、おとこだと言うのか?」
あの圧倒的な美を持つ少女を、男と感じてしまう瞬間があるというロクシ―。
これまでの度々ジルクニフを驚かせる言動をしてきた女だが、今回は格別の飛びぬけた発言だった。思わず彼女の横顔をまじまじと凝視してしまう。
「そんな変わり者を見るような目を向けないでください。私の中でもハッキリとしたものではありませんから、確信を持っているわけではありません。あれが魔法などによる偽りの姿か、もしくは借り物……ということかもしれませんし」
「偽りか借り物……いや、待て。確か昼間の件で――」
ジルクニフ自身も彼女の言葉に思い当たる報告を思い出し、机に投げ出していた書類に手を伸ばした。パラパラページをめくり彼女――シャルティア嬢に関する報告の中から目当てのモノ、昼間に苦い思いをした事件に関する物を探す。
「これだ、ここを見てくれ」
指で報告の一部を示しながらロクシ―の前に置く。
「『
ロクシ―が書類を手に取り、事件に関する報告に目を通していく。
彼女にしては珍しく、その瞳は興味深げなものが強く宿っていた。城下でネメルという下級貴族の娘を助ける際、不用意にシャルティア嬢に触れようとした男相手に言い放った言葉。現場にいた複数の人間に聞き取りをしたものなので、内容にまず間違いはない。
「あぁ、最初は自らの容姿に絶対の自信を持つ故の言葉だと思ったんだが。シャルティア嬢はそういった雰囲気はなかった、逆に自らの容姿をごく当たり前のモノとして見ていた気がする」
「確かに会食でもそうでしたね。貴族の中には自分の体をまるで美術品のように大仰に扱う娘もいますが……。彼女はそういった思考とは無縁、むしろ大切にはしていましたが、まるで自分のものではないような……」
ロクシ―の言葉にジルクニフも頭を縦に動かす。例えていうなら他人の素晴らしい功績を誇るでもなく、あくまで冷静に報告する文官に近いものを感じた。
「姿を偽る魔法かもしくは……離れた位置から人や物を操る魔法などはあるのでしょうか?」
「……爺に聞けばすぐにわかっただろうが、今は完全にあちら側だろうからな。弟子の中でその手の分野に詳しいものに、今度調べさせてみよう」
とはいえロクシ―の違和感も含めて、今のところ何も確たる証拠はない。というかアレが本当に男であれば、この世界の全ての性別というものに疑心暗鬼になってしまいそうだ。神話の中の神や天使、そして悪魔には中性的な特徴を持つ存在が登場する事もある。アレもそういった次元の存在なのではないか?
今まで考えてもいなかった別方向、神話に関する資料などから彼女と似たような存在がいなかったか調べてみるべきかもしれない。
「少し顔色が良くなりましたね。これならこの後他の娘のところに行っても、勃たないなんてことはないでしょう」
ジルクニフは眉間に皺を作る、同時にロクシ―を睨むが相手はどこ吹く風だ。
こういった反応はいつもの事だが、シャルティア嬢が帝都にきた今日からしばらくは帝国の運命を決めるかもしれない日が続く。跡継ぎの心配も重要だが、その手の話はしばらく遠慮したかった。
咳ばらいを一つし「いや、もう一つある」と、仕切り直すように鋭い視線をロクシ―へ向ける。
「お前の違和感は置いておくとして……あのシャルティア嬢の容姿についてだが、魔法学院に現れればどうなると思う?」
「……陛下が想像されるより、そうですね……十倍は酷いことになると思いますが」
「そうか……バジウッドも同じようなことを言っていたな」
一応の予想はできていたため会談後に平民と貴族、そして男女の関係にも一定の知識がありそうなバジウッドに同じように尋ねていた。返答は「俺ですら見惚れちゃいましたからね……美人に慣れてる陛下にはわかりづらいでしょうが、想像以上に学院中が噂でもちきりになるでしょうよ。男女関係なく夢中になる、ありゃ飛び切り美味くて強い酒のようなものですわ」と、どうしようもないといった表情で首を振られた。
同じようにロクシ―も苦笑いのような微妙な笑みを浮かべている。
「その事ですけど、本当に魔法学院で帝国を内部から喰らう企みなのですか?」
「……それ以外で他国の人間が帝国魔法学院に通いたがるか?」
言わば表から堂々と他国の間者が帝国の重要施設に入り込むようなものだ。
「直接聞いたわけではないのでしょう? 例えば学院内で人材を探そうというおつもりでは?」
「既にフールーダという帝国最高の人材をいつでも引き抜ける状態なんだぞ? レイナースもいるうえに、事が終わればブレイン・アングラウスも正式に配下だ。まだ未熟な学院生を必要とするなどとは思えん」
人を成長させるにはそれなりの時間と金が必要だ。
わざわざそれらを消費せずに、彼女は帝国から最高の人材を引き抜いた。しかも一日で。さらに時間をかければ、彼女に膝まづく優秀に育った人間多いだろう。そんな彼女が、まだ勉学を学んでいる途中の学院生に何か魅力を感じるなどとは思えない。
「仮にそうだとして、どうなさるおつもりですか?」
「……あくまで今のところだが、正直出来る事はあまりに少ないな。とりあえずは貴族の一番少ない学科『魔法学科』に入ってもらう」
おそらく効果は薄いだろうが、彼女が貴族と接触する機会をできるだけ減らすための措置だ。魔法学科に貴族が少ないのはもちろん理由がある。魔法を使える者、生まれ持った才能を持っている者にしか入学を認められていない、ある意味でエリート的な部分を持つ学科故だ。
「そしてこの生徒、ジエット・テスタニアと同じクラスになってもらおう」
書類の束から一枚の報告書を取り出す。魔法学科に所属する生徒の詳細な情報が載せられた書類だ。短い時間で急ぎ調べさせたものとしては上出来なものだった。
「テスタニア……確か今日の事件に関わった平民の少年でしたね……ひょっとして男として使うつもりですか?」
「まさか、それができれば一番だがな」
それは無理だろうと笑いながら首を振る。
どう考えても釣り合っていない。相手の容姿や地位はもちろん、その実力とも住む世界が違うというものだ。まだニンブル辺りをたきつけた方が可能性があるだろう、どちらにせよ無理だろうが。
「今日の事件というきっかけもあるんだ、上手くいけば学友というものになれるだろう。良好な関係を築いてもらい、それを国としても後押しするということだ」
「手綱を握ってもらうと?」
「それほどは期待してはいない、ただ良い思い出を作って貰おうと言うだけだ。テスタニアが無理なら適当に他の貴族家を探すが、男として変な勘違いをしない弁えた子供を探すとなるとな……」
平民であるジエット・テスタニアを選んだのもこれが理由だ。
貴族の跡取りや後継者候補の子供はまだ世界の、貴族社会の身分差というものを知らない。平民を見下し自分の生まれた環境を誇り、自分が特別な人間だと思い込み無謀な野心を抱くバカな男もいる――まぁそこまで酷いのは稀だが。
そんな人間が彼女に近づくのは避けねばならない。その人間が殺される程度なら構わないが、他の人間がそれに巻き込まれる危険性もある。おそらくレイナースやフールーダ辺りがいればある程度安心できるが、ジルクニフも手を打っておかねばならないだろう。
「それとお前の考えも考慮して、こちらの息がかかったまともな貴族の令嬢にも何人か意図的に接触させよう。……目ぼしいのはグシモンド家の娘だな」
「……確か生徒会長を務めていましたね。成績もトップクラスですし、生徒を代表して学院の案内などをするように命じてみては?」
それはいい考えだと、大きく頷き同意する。
おそらくジルクニフが何も命じなくても、自発的にそういった類の接触ができるくらい頭が回る娘だったはずだ。ただ、どういった経緯と意図でこちらが動いているか、連絡は事前にしておいた方がいいだろう。
「ところで……このテスタニアという少年は大丈夫なのですか?」
「何がだ?」
「ここに、フルト家へ雇われていたという記述があるのだけれど」
書類を覗き込むと、確かに聞いたこともない貴族家へ勤めていた記述がある。
当時の若さでは本当に下働き程度だろうが、そこまで考えてロクシ―の言いたい事を理解し、苦笑いが漏れる。
「なるほど、私が潰した家ということか。――鮮血帝への恨みを晴らすため、仲の良くなった友人シャルティア嬢に復讐を願う、などという事も在り得ると思うか?」
「そこまでは……。今の生活と元フルト家がどこまで没落しているか、それら次第では?」
ロクシ―の助言になるほど、とジルクニフは頷く。
実際見落としていた情報なので彼女に話して正解だった。貴族家へと務めていた昔と今では、収入は確実に減っているだろう。そのような状況で魔法学院に通えているのであれば、ジエット・テスタニア自身の生活は一応成り立っている。ただ、フルト家を辞めたことで彼の周りで不幸になった人間が一人でもいれば、現皇帝にあまり良い感情を持っていない可能性もある。
それは彼に限った話ではない。入学したばかりのシャルティア嬢に近づける前に、その周囲に集まる魔法学科の人間の情報――時間はないができるだけ調査しておいた方が良いだろう。
「明日の朝、いや今からでも指示を出しに行くか。彼女に関する事は早いに越したことはない」
「
安堵するような声に書類から目を上げると、ロクシーの微笑みが目の前にあった。
それは清々しい、やっと苦労から解放されるといった類の笑顔。少なくともわざわざ意見を聞くために足を運んだ皇帝に、向けるべき顔と言葉ではない。
「私はもう寝ますので、戻ってこないでくださいね。その調査指示を出したらちゃんと他の娘のところへ行ってあげてください」
投稿直前に大幅修正しました、うふふやべえよやべえよ……次回短くなったり、一日遅れて土曜日の投稿になったらスミマセン。
次話→3日後投稿予定?