神楽坂は都心のエアポケット 能町みね子さん【あの人の“旅”の話】
今気になるあの人に、こだわりの旅や街と、おすすめの「旅リスト」を聞くインタビューシリーズ。
漫画やコラム、エッセイを手がけ、テレビやラジオにも出演するなど、多岐にわたって活躍する能町みね子さんは、神楽坂に深い縁があるといいます。22歳の頃から神楽坂に住み、今は仕事場を構えてほぼ毎日通っているという能町さんに、神楽坂の魅力を聞きました。
歩いて楽しい神楽坂。
——— 22歳のとき、神楽坂に住もうと思ったのはどんな理由からだったんですか?
新卒で入社した会社を1年くらいで辞めて無職になって。それを機に実家を出てひとり暮らしをしようと家を探してたんです。収入もないので風呂なしアパートがいいと思い、山手線の北側や大塚、巣鴨のあたりなら手頃な物件がありそうだと見ていたんですけど、あまりピンとこなくて。そんな時、友達に誘われて、神楽坂の小さな劇場にコンテンポラリーダンスを観に行ったんです。いまはもうないんですが、〈神楽坂ディプラッツ〉という劇場です。そのときに初めて神楽坂をちゃんと歩いて、風呂なしアパートのような建物が意外とあることに気づきました。山手線のど真ん中で家賃も高いと思っていたけどそうでもなかったし、下町風情のある街並みも気に入って。数日後、不動産屋に行ったらその日にいい物件が見つかったんです。
——— その頃の神楽坂は今と違いましたか?
当時(2002年頃)は、飯田橋は分かるけど神楽坂といっても「何線?」と聞かれるほど、知名度が低かったですよ。オシャレスポットというよりは「落ち着いている」を通り越して「老けている」イメージが強かった(笑)。夜になったら銭湯に行って、隣のコインランドリーで洗濯して……。当時その洗濯機が壊れてたんですよ。残り時間35分と表示されるのに、時間通り戻ってきたらまだ17分くらい残ってたり。それもだんだん分かってくると、特にお店に入るわけでもなくウロウロ散歩するようになりました。
——— 歩くと街のことがよくわかりますよね。
神楽坂は歩くのが楽しい街なんです。まず、道が細くて車が入って来られないところがいい。大きな道があると車が歩行者を遮ってしまい、街が“分断”されてしまいますから。普通の街って駅前は栄えているけど、離れていくに従ってただの住宅地になったりしますよね。でも神楽坂は、どこかに集中するわけじゃなく、低い建物がばらけている感じです。以前と比べると大きな建物が増えましたが、まだまだ小さな個人商店が多いです。
——— どこに行っても何かがあるのは飽きないですね。
歩ける範囲でだいたいのものがそろいます。病院、郵便局、コンビニ、スーパー、薬局、本屋……おいしいものはいくらでもありますしね。それに夜中でも安心。神楽坂に住んでから他の地域に引っ越したことがあるんですが、すぐに戻ってきました。神楽坂じゃないとなんか嫌なんですよね。愛着が湧いちゃったんですよ。住んでいる人も落ち着いていて、騒がしい学生もそんなにいませんしね。
古い地名に思いを馳せる。
——— 神楽坂は路地や坂が多いですよね。
当時、無職で暇だったので、住みはじめて1ヶ月くらいは、通ったことのない細い路地や坂などを地図を見ながら歩いては「この道とこの道が繋がってるんだ!」と冒険気分で楽しんでました。ひとつひとつ名前がついている坂や、あまり体系立っていない道がいいです。まっすぐな道ばかりではなく、ぐにゃぐにゃした道が多いというのは、区画整理がされておらず、昔ながらの街並みが保持されているという証拠です。古い地名が残っているところもいい。牛込神楽坂の「牛込」はもともとこのあたりが牧場だったことが由来して、今の神楽坂や早稲田、市ヶ谷の一帯は「牛込区」でした。昭和22年に牛込区、四谷区、淀橋区の3区が統合され、「新宿区」になりました。
——— 地名に詳しいんですね。
卒業論文のテーマが東京の地理学だったんです。昔の東京の地図を見るのが好きで、古い地名に興味がありました。東京の地名は、オリンピックあたりを境に細かくあったものが整理されたんですが、牛込の人たちは地名を残すために行政の取り決めに反対して、そのおかげで地名が細かいまま残っているんです。江戸時代の地図と見比べると、ほとんど今と変わらない。箪笥町(たんすまち)の「箪笥」は幕府の武器の総称、納戸町(なんどまち)、払方町(はらいかたまち)、細工町(さいくまち)などは武士の役職名が由来していて、牛込区のほとんどは武家地だったことがわかります。つまり300〜400年ぐらい地名が変わっていないということですよね。それってやっぱりすごいなと思います。
——— ほかの地域ではどうなんですか?
例えば六本木にはかつて20個くらい地名があり、ひとつひとつに由来もきちんとあったんですよ。でもいまは新しくきた人ばかりなので知る人も少ないですよね。車通りで重要だった六本木交差点の知名度が上がったことで、極端に言うと「この辺全部六本木でいいじゃん」となってしまい、鳥居坂町や材木町など江戸時代を思わせる味のある名前が全部なくなってしまったと思われます。その風情のなさが許せなくて。ほかのたくさんの地域でも同様のことが起こっています。牛込がきちんと残っているのは、本当に珍しいこと。でもそれは裏返せば、頑張れば意外と残るということです。特に住民が頑張れば。
能町さん行きつけの喫茶店。
——— 能町さんは神楽坂のどのあたりによく行くんですか?
私のテリトリーは大久保通りより北側の「坂上」と呼ばれるエリアです。神楽坂駅周辺ですね。最近、“奥神楽坂”なんていわれていますが、奥渋谷みたいな呼び方はあんまり好きじゃないです(苦笑)。よく行く喫茶店は〈トンボロ〉や〈キイトス茶房〉など、打ち合わせでよく使わせてもらっています。私はコーヒーが飲めないので、チャイやミルクセーキを飲みますね。傾きかけた小さな一軒家の〈ムギマル2〉はおまんじゅうを蒸しているカフェ。2階に行くとコタツがあって、猫が気まぐれにいたりいなかったりします。一度そこでイベントをやったんですが、40〜50人が来て床が抜けるんじゃないかと本気で心配しました。
——— 喫茶店ではどうやって過ごしていますか?
本を読むこともあるし、スマホを見てダラダラすることもあるし、そんなに決め込んでいません。あんまり長居するのは気がひけるので、PCを持ち込んで仕事をするときはチェーンのカフェやファミレスに行きます。喫茶店はゼロから何かを思いつきたいなっていうときに行きますね。ぼーっと考えて、最初のアイディア出しをします。喫茶店って何が美味しいとかじゃないんですよね。お店の雰囲気やくつろげる感じが好きなんです。
——— 能町さんにとって、いい喫茶店ってなんでしょう?
身も蓋もないですが、外観がいいことですね。外観がイマイチだと印象に残らない。古い建物のほうが好きですが、古ければいいというわけでもなくて、新しくても細部に作った人の気持ちが出ている店はいいですね。〈オンザコーナー〉はウエスタン調の外観で、かなり古いです。広くはないけど、地元って感じの喫茶店です。日本橋から移動してきた〈カフェナガシマ〉や駅のすぐそばの〈フォンテーヌ〉もいいですね。神楽坂では珍しくミルクセーキもあります。
——— 次々にお店の名前が出てきますね。
すっかり地元のつもりです。最近では、家族で集まって食事をするのも神楽坂のお店になりました。住んでいる人もチャラチャラしてない。よく地元の飲み屋でほかのお客さんと話すのですが、あの飲み屋がおいしいというと「そこの店主は同級生」と言われたり。意外と生まれも育ちもこの辺りの人が多くて、おのぼりっぽい人は少ないんですよね。神楽坂は都心のエアポケットのようです。今は住まいを移して仕事場だけですが、いずれはこっちに戻ってきたいですね。
——— トリップアドバイザーには、オススメのスポットをまとめてリストや地図で一覧表示できる「旅リスト」の機能があります。今回能町さんに作っていただいた旅リスト「牛込と神楽坂の日常」ではどんなスポットが紹介されているんでしょうか。
観光で来る人が行くところというよりは、住んでいる人が行くところを選びました。牛込・神楽坂の基本ですね。〈貞〉は私が引っ越してきた頃にできた雑貨屋で、和物や作家ものの雑貨、いい靴を仕入れています。勝手に同期だと思っています(笑)
神楽坂のおすすめの本屋は〈かもめブックス〉と〈神楽坂モノガタリ〉。どちらもちゃんとおしゃれなブックカフェですが、本の系統が全然違います。〈神楽坂モノガタリ〉のほうがすっごく狭いところを狙っている感じです。
——— 食べ物系はどうですか。
よく行くのは中華系のデリやお菓子の〈桃李天下〉。店主が台湾の方なのですが、いつも愛想がいい。地元の庶民的な中華屋〈龍朋〉もおすすめです。神楽坂には〈龍朋〉と〈宝龍〉の2つの中華屋があるのですが、私は龍朋派。チャーハンとトマトたまご麺が好きで、いつもリピートしてます。去年くらいにできた立ち飲み屋の〈カド〉もよく行きますね。
クリームパンの〈亀井堂〉は人気ですぐ売り切れるので、午前中に行った方がいいですよ。矢来町にある〈アチョ〉のプリンは間違いなくおいしいです。
能町みね子さんの旅リスト
「牛込と神楽坂の日常」を見る >>
撮影/田中雅也 取材・文/橋本安奈(euphoria FACTORY)
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