賢人論。第15回にご登場いただいた勝間和代氏と「(株)監査と分析」を設立するなど、気鋭の経済評論家として注目度が高まっている上念司氏。金融政策や財政政策、外交防衛政策等のリサーチを本業とする一方、自身はフィットネスクラブのオーナーを務めるなど、精力的に活動している。40代にさしかかって介護予防の重要性を痛感したという氏に、その理由と、今の中高年世代に求めることを伺った。
取材・文/猪俣ゆみ子(編集部) 撮影/鈴木智博
医療が崩壊しても平均寿命は伸びる
みんなの介護 今日は、上念さんがオーナーを務めておられるフィットネスジム「ファイトフィット池袋」にお邪魔しています。こちらの店舗にはよく来られるんですか?
上念 毎週、ラジオの収録がある日は体を動かしているんです。ちょうど今、上半身を鍛えるためにスパーリングをやったところです。
みんなの介護 レッスンの様子を見させていただきましたが、かなり本格的ですね。
上念 初心者の方でも少しずつ始めれば大丈夫だと思いますよ。キックボクシングといった激しい運動のものだけではなく、簡単な体操だったり柔軟だったり…姿勢をキープするだけでも疲れるじゃないですか。その人に合った運動をやればいいと思います。ここのジムには60代の男性も通っていますよ。
運動する習慣がほとんどなかった人でも“流行しているから”というきっかけで始めた人もいますし。今の50歳前後の人はちょうどバブル世代なので、美への欲求には貪欲な人が多いのでは。
みんなの介護 30代、40代の人たちもこういった運動する習慣を身につければ、その人たちが高齢者になったときにかかる医療費を減らせるかもしれませんね。2015年度の日本の医療費は、41兆円を突破しています。
上念 一人ひとりにかかる医療費は今よりも下げられると思いますよ。北海道夕張市の例をあげますね。夕張市は2007年に財政が破綻して、市立病院がなくなってしまいました。医療の崩壊、ですね。それでも数年後、市の平均寿命が伸びて、なおかつ三大疾病の罹患率が下がったんです。病院がないから、“みんなで病気の予防をしましょう”という動きになったようで、健康体操の推進や訪問介護での指導を重点的にした。
みんなの介護 つまり、医療の質が変わったんですね。
上念 予防医療に力を入れたそうなんです。現代のように、病院にかかる高齢者は持病があることが多い。それって、病気が完治しないことが前提でしょう。つまり、治らない持病とどのように付き合っていくか。夕張市の場合は、医療が崩壊したことをきっかけに“寄り添う医療”に発想を転換していったわけです。
介護が必要になる前に鍛えておく
上念 「どうせ病院があるから」と、タバコを吸って酒を飲んで運動をしない、なんていうことを繰り返していれば、生活習慣病にならないほうが少ないんじゃないでしょうか。私もお酒を飲みますけれど、飲んだ翌日はアルコールを抜くようなトレーニングを心がけていますから。
みんなの介護 病院がない、すぐ医者に診てもらえない、となってしまえば健康に気をつけるほかありません。
上念 極端な話、日本全国で医療が崩壊した状態になってしまっても、日頃からしっかりと運動していれば大方の人は大丈夫でしょう。
みんなの介護 ジムのお話に戻らせてください。上念さんご自身は“プロの格闘家に教わる場所がほしかった”とのことですが、プロ選手と一緒にトレーニングすることで、どのような効果が得られますか?
上念 対人練習ができることが最大のメリットですね。マシン相手に一人でやっていると、どうしてもぬるくなってしまいます。
みんなの介護 “ぬるくなる”とは?
上念 自分に対して甘くなります。相手がいて攻撃されれば、必死で守るじゃないですか。守っているうちに、時間がたっているんです。うまい選手に相手をしてもらうと、ちょうど自分より強い強度で自分を追い込めるんです。
みんなの介護 ジムで体を鍛えると聞くと、トレーナーが横についてアドバイスをしたり、個人で黙々とトレーニングをやっていたり、といったものをイメージしていたのですが。
上念 パーソナルトレーナーをつけると費用がかかりますし、最初はグループでやったほうがいいと思います。まわりに引っ張られながらやるのが大事。運動といっても“やらされる運動”ではなくて、“無理やり”やらされる運動ぐらいのほうがむしろいいですよ。マシン相手に自分一人でやる運動だと、対人練習のように負荷をかけるのは無理で、限界の手前でやめてしまいますから。
「ファイトフィット」の良いところは、本格的にやっていた人が教えてくれるし、100パーセントの出力の少し上ぐらいで相手してくれるところ。絶妙な加減で調節してくれるのがいいんですよね。こういうジムはなかなかありません。キックボクシングブームのせいか、女性に人気ですし。
みんなの介護 流行がきっかけになって運動する人が増えれば、健康寿命にも影響が出そうですね。
上念 今40代になって思うのが、介護が必要になる前に鍛えておくことは大事だと思いますよ。知人の整体師の方には、自分の治療院にトレーニングマシンを置いて、腹筋や背筋をトレーニングさせている人がいます。高齢者の方って受け身の取り方を知らない方が多いので、ちょっと転倒したときに骨折してしまったりすることもあるそうで、予防の一環でしょうね。
医療とか介護の世界って、真面目じゃなければいけないという風潮がある。楽しく続けるのが大事
上念 もちろん、お年寄りの方にやってもらうのは少しずつ。筋肉がついてくると転倒しにくくなります。加えて、受け身の取り方もトレーニングできていれば、転倒による骨折を減らせるのかなと思います。転倒を機に寝たきりになってしまう方は多いのでね。
さらに言えば、歳を取ったときに転倒しにくい体を作るためには、40代、50代のうちに基礎体力をつけておくことが大事でしょう。自分自身の今の出力のちょっと上をやると、まだ伸びるんです。40代の自分が言うのもなんですが、今の40代の方って若いんですよね。私も、40を過ぎてこんなに筋肉がつくとは思いませんでした。
みんなの介護 元気なお年寄りが増えると、働き始める方も増えるかもしれませんし。
上念 今の60代の方は、昔のその世代の人に比べると若いですよね。ファミレスの厨房やコンビニなどでも働ける方はいらっしゃると思うので。認知症の予防にもいいだろうし。健康でいることは、本人のためになることはもちろん、社会保障費の削減にもつながるでしょうね。
私が思うに、医療とか介護の世界って“真面目じゃなければいけない”という風潮がありますよね。“リハビリ”という型に当てはめてやってしまうと、楽しみながら体を動かしたくてもできない人はいますから。
みんなの介護 長続きさせるコツは、楽しみながらやるということですね。
上念 最近だと、カジノデイサービスがあるでしょ。デイサービスで健康体操をすればチケットをもらえるから、必死になって体操をする人もいる。動機はどんなことでもいいと思うんです。楽しんで何をできるかが大事だと思います。