冒頭で少し触れたが北海道以外では青森県の奥入瀬川に、水力で動くインディアン水車が設置されるのでなんとしても訪れてインディアン水車スタンプラリーをコンプリートしたい。
◾️取材協力
・標津サーモン科学館 http://s-salmon.com
・サケのふるさと千歳水族館 https://chitose-aq.jp
・インディアン水車公園(豊浦町) http://www.town.toyoura.hokkaido.jp/hotnews/detail/00000353.html
北海道の河川でサケが遡上する季節になるとがらんがらんと回り出す鉄製の水車がある。サケを捕るための捕魚車、通称「インディアン水車」である。そうとうかっこよかったので標津、千歳、豊浦と道内三箇所をめぐった。
北海道は標津のサーモン科学館で「サケ捕獲水車」なるものを見学する機会があった。
ざっくり言うとでかい水車を回して水路を進んで来たサケを捕まえるという装置である。
「一般的には捕魚車とかインディアン水車と言われるんですが、これは直径が約4mと捕獲水車では国内最大級のものです」
ーー最大かー、でもジャンルがせまいですね、国内には結構あるんですか?
「我々の知る限り、道内でここ含め3個所と青森の奥入瀬に1個所で計4個所ですね」
ーーせまい!いきなりベスト4じゃないですか。
科学館には標津川から分岐した魚道が通っており、遡上するサケを観察できるようになっている。
魚道を上りきったサケを待ち構えているのがこの設備なのだ。
「水車にはカゴが3つ付いていて、回転してサケをすくい取る仕組みになっています。動かしてみましょう」
ゴゴゴ……暴れるサケが鉄板をたたく音がすごい。
間近に見るサケの力強さが半端ない。全身しなやかな筋肉といった感じの60cm、4kgの魚体が殴りつけるように激しく体を振る。私のような軟弱者がこんな動きをしたら瞬く間にハムストリングを痛めてしまうだろう。そんなフィジカルモンスターどもが一斉にカゴをばんばか叩く不揃いなSTOMPがこだまする。
「ひとつのカゴに10尾ほど入るので3つで30尾、それが1分間に2回転するので理屈の上では60尾/分という捕サケ力となるわけです」
サケは樋のような通路をすべり落ちて隣の蓄養池(サケを成熟させるための生け簀のようなもの)へ送られる。
ーー基本的なことなんですけど、このサケ達は標津川でなくこっち(魚道)に来るから観賞用というわけではないんですよね。
「はい。このサケも増協(根室管内さけ・ます増殖事業協会)の管理下にありますからここからトラックでふ化場へ運ばれていきます」
「ここの捕獲水車は電力でモーターを回して動いていますが本来は水力で回るもので、これだけの設備は水量の安定している川でしか使えません。千歳にある『サケのふるさと千歳水族館』の水車は水力で動いているし、由緒もあるので見に行ってみるといいですよ!」
早速!のつもりがなんやかんやで翌シーズンになってしまったが千歳を訪れた。新千歳空港から車で15分程、道の駅「サーモンパーク千歳」と併設された「サケのふるさと千歳水族館」に着く。
石狩川水系の一級河川、千歳川のほとりに立つ国内最大級の淡水魚水族館で、特にサケをはじめ千歳川やその水源である支笏湖の生態を再現した展示と情報が充実している。
圧巻だったのは窓から千歳川の中を直接覗けるいわば“川底観察ゾーン”だ。
窓をのぞくと消失点までつづく一面の砂利、水槽の壁もわざとらしい魚の大群もない、自然の川の中を覗けるのだ。
動画でただ千歳川を見よう。
かなり早く、たくましい流れに乗って落ち葉や水泡が形を変えながらどんどん通りすぎていく。たとえ魚がいなくてもぼーっとこの眺めを眺めながら1日中酒が飲めそうだ。
「一級河川の川の中を直接のぞけるのは世界でもここだけだと思います。私はここに来て26年になりますがまったく飽きないですからね」
館長の菊池基弘さんがその特性を加味してレコメンドする。
「冬になるとこの前で遅く遡上してきたサケが産卵をして、その卵を狙って次々と水鳥が潜って来たり、このあたりに定着したミンクが飛び込んで魚を捕ったりと季節に応じて自然のドラマチックな営みを楽しんでいただける、かもしれません」
ーー「かもしれません」というのはやはり......。
「はい。何せ水槽ではなく自然の川なので魚を足したりみたいなコントロールが効かないんですね。お客様がいるときに鵜(う)がやって来て魚がみんな逃げ去ってしまったり(笑)」
ーー個人的にはそういうのも含めて良さしかないですけどねー。インディアン水車はどのあたりに設置されているんですか?
「ここの少し上流です。これから水車で捕獲したサケを取り出す作業が始まります。特別に許可を取ったので近くで見ましょう」
「水車は7月の中旬に設置されて8月の下旬から12月の中旬ごろまでサケを捕獲します。年間およそ20万尾が捕獲され、ふ化事業に用いられます。つまり、卵を採るんですね」
ーーそういえば水族館の入り口近くにも水車が展示してありましたね。
「あれは今の水車の前に使用していたものです。1996年に設置100周年を記念して今の水車を作り、それまで使っていたものを当館で預かって展示しています」
ーー1996年で100周年という事は、もう120年以上という事ですか……。
「インディアン水車による漁は国内では千歳川が発祥で、その歩みは官営によるサケの人工ふ化事業の歴史と共にあるんです」
この漁法を日本に紹介したのは水産界の先駆者で、北海道庁水産課初代課長となった伊藤一隆である。
1886(明治19)年、水産事情調査のためにアメリカに渡った伊藤は、翌年帰国すると千歳川で自ら適地を求めて調査を行うなど人工ふ化場のプロジェクトを推進、1888(明治21年)には官営の千歳中央ふ化場が建設され、官民一体のふ化放流事業の始まりとなった。
伊藤は渡米時に西海岸のコロンビア川で「フィッシュ・ウィル」と呼ばれる捕魚水車を目撃し、設計図を日本に持ち帰っている。
「原名のフィッシュ・ウィル(Fish Wheel)を伊藤は『捕魚車』と訳しました。インディアン水車という呼称はアメリカで原住民族が使っていたからということで昭和40年代から使われましたがどうもその話には誤解もあるようで、今では『インディアン地区のある川で使っていた』と解説し、元の捕魚車という呼び名もあわせて紹介しています」
ーー当時インディアン水車が用いられた理由として「ホギョシャ」という音では一般にわかりにくいと考えた、とありますね。いい感じだと思うけどなあ、捕魚車。
「この時期、原則水車は24時間回っていて、捕獲されたサケはすぐ前の生け簀に溜まっていきます。これから始まるのはそこからサケを運搬用に仕分けて、ふ化場に運ぶために活魚車に積み込む作業です」
生け簀にクレーンで吊られた大きなタモ網が突っ込まれた。パンパンにつまったサケが板場にぶちまけられる。
動画でどうぞ。
作業中も捕魚車は回り続けてサケを捕らえている。
ーーちなみにサケは残らず水車で捕まるんですか?ウライを飛び越えて水車に入らず上流に向かうツワモノがいたり……
「さすがにそこまで跳躍力はありませんが水車から生け簀に落ちずに粘って上流側に落ちて逃げ延びたりするのがたまにいますね」
ーーなるほど。でもその程度じゃ自然に産卵するのは厳しいですね。
「ところが最近になって千歳川にも野性のサケがかなり存在する事がわかってきました。12月から1月の遅い時期に遡上してくるサケはほぼ野生のサケだと調査で判明したんです」
ーーへー!
「毎年3千万匹もの稚魚を放流する千歳川に上ってくるサケはほぼ全てふ化場生まれの放流魚だと考えられていたのでこの発見はインパクトがありました。きっかけはサケの捕獲が終わった後に上って来て、観察窓の前で産卵するサケが確認された事でした。この生態の研究がサケの資源回復のために新たな知見をもたらすことが期待されています」
水車を見に来たらさらに興味深い話を聞いてしまった。
※今回は特別に許可を得て水車の近くで撮影しています。通常は関係者以外立ち入り禁止のため見学は橋の上からとなります。
千歳からさらに西、定山渓や羊蹄山、洞爺湖などジオ的な名所を横目に見ながら豊浦町へ、渡島半島の像の鼻のように曲がったところの海、噴火湾に注ぐ貫気別川(ぬっきべつがわ)の上流に「インディアン水車公園」といういかにもインディアン水車がありますよといった公園がある。
もっというと、ほぼインディアン水車しかない公園である。
サケを水車の下に呼び込んで捕えるのは標津や千歳と同じだ。
豊浦町の産業観光課によると「遡上の最盛期は例年10月なので11月になるとあまりサケが見られないかもしれないです」との事だったが魚道をのぞくと結構な数のサケがタピオカミルクティー屋のように列を作っていた。
名曲「石狩番屋」では失われたかつてのニシン漁による豊穣を「あれからニシンはどこへ行ったやら」と歌っていたが現代におけるニシンはタピオカなのではないかと思った、今じゃ浜辺でオンボロロ、オンボロボロロ。
水車へ向かう水路は途中から階段型の魚道水槽になっており、サケを間近に観察できる。
観光のみの施設っぽく見えるが先に紹介した標津・千歳と同じく捕獲したサケはふ化場行きとなる。水中での水車の様子も見えるので回る水車と上るサケ、捕らえるものと逃げるものの息詰まる攻防(言い過ぎ)を目の当たりにできるのだ。
水車で捕われたサケは隣の細い水路に落ちていく。
豊浦インディアン水車公園の醍醐味はなんといっても山に囲まれた景観の良さだった。サケの上る時期には多彩に色づいた木々の紅葉も味わえる。
最後に北海道を東西につらぬくインディアン水車ベルトのマップを掲載しておく。1日で全て回るのは厳しいがぜひ三車三様の捕魚っぷりを堪能してほしい。
標津めっちゃ東だな。
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