2010年代、物理学を永遠に変えた出来事まとめ

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  • author Ryan F. Mandelbaum - Gizmodo US
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  • satomi
2010年代、物理学を永遠に変えた出来事まとめ
ブラックホール衝突のシミュレーション画像

ターニングポイントが一度に訪れた10年。

2010年代は宇宙、物理の考え方が根底から変わる「パラダイムシフトの通過点」だったと、スタンフォード大学のNatalia Toro素粒子物理学・天体物理学准教授は語り、「行く末はわからないけど、50年後に振り返って、あれが幕開けだったと思うかもしれない」と言っています。

10年の主な出来事を振り返ってみましょう。

神の素粒子

2010年代はマクロもミクロも研究が大きく進化した10年でした。中でも大きかったのは、スイスのジュネーブにある全長約27kmの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で見つかったヒッグス粒子発見のニュースです。素粒子物理学の理論的枠組み「標準模型」の中核理論、最後の素粒子発見とあって全世界が湧き立ちました。

宇宙理論の一部に綻びが出はじめたのは1964年のこと。質量を持つと思われていた一部の粒子が質量0とわかって大問題になりました。そこに現れたのがピーター・ヒッグスをはじめとする3グループ6人が提唱した新理論で、ゲージボソンという粒子が力を運んでくれているので宇宙理論は大丈夫ということになったんですが、これを立証するにはヒッグス粒子を見つけなければなりません。これがものすごく大変で、延々半世紀もかかってしまったんです。

CERNがLHCを稼働したのは2008年で、2012年7月4日にATLAS実験とCMS実験の2つで存在が確認され、「素粒子の最後のパズルピースが揃った!」と言われました。

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Linac4加速器
Image: CERN - Robert Hradil, Monika Majer/ProStudio22.ch

ただ、「標準模型の完成と言ってしまうと、まるで宇宙研究の到達点のように聞こえてしまいますが、実際は何も終わっていない」のだと、米フェルミ国立加速器研究所主任研究員のパトリシア・マクブライト(Patty McBride)さんは、Gizmodoの取材に語っています。未解明のところも多く、宇宙の96%は相変わらず標準模型では説明のつかない現象のままなんだとか。LHCも、2012年以来、水を打ったような静けさです。標準模型の実験結果は数々出ているのですが、ヒッグス粒子を最後に素粒子発見のニュースは出ていません。パートナーとなる粒子「超対称性粒子」 が発見されれば、引力がほかの力に比べて弱い理由(冷蔵庫のマグネットが地面に落ちない理由)もわかるし、ダークマターの正体もわかる(宇宙の大部分を占めるのに直接観測できない)と期待されているのですが…。LHCの観測データは多数あり、衝突頻度を増やす改装も進行中なんですが、もう証拠は見つからないんじゃ…という声も出始めています。

でもわかりませんよ。もしかしたら今のこの沈黙の時間が、後から考えると歴史の転換点だった…ということになるかもしれません。現に粒子物理学の世界では、高エネルギーでぶつけまくる手法に代わる素粒子探しの新アプローチ(たとえば標準模型の推論に基づくもっと精密な実験によって小さいながらも有意なデータを得る手法など)を模索する動きもありますし、理論物理学の世界でもダークマターなどの理論を見直す動きが広まっています。

フェルミ研究所粒子物理学部門トップのJosh Friemanシカゴ大学天文学・天文物理学部教授も、新粒子を求めて量子加速器は「これ以上高エネルギーにするのは技術的に難しいところまできている」とGizmodoに語り、次のように今の状況をまとめてくれました。「粒子物理の学会も幅広いアプローチの必要性に目覚めた段階。これは困難な課題で、手持ちのものは全部出さないと解決できない。あまり多くを語ってくれない物理の新領域なので」

時空のさざ波

マクロでも大きな進展があった10年でした。たとえば重力波。これはアインシュタインが相対性理論で唱えた「時空のさざなみ」のこと。超新星爆発やブラックホールの合体といった激しい事象で放出され、 光速度で伝搬する現象を指します。

重力波検出は学会の長年の悲願でした。最初に間接的な証拠が見つかったのは、 連星パルサー 「 PSR 1913+16 」発見時。 公転周期が短くなっていることに気づき、それが一般相対性理論で予測された重力波放出にともなうエネルギー減少とぴったり一致することが数年後にわかって、発見した博士2人は1993年ノーベル物理学賞を受賞しました。

直接的な証拠はまだ見つかっていなかったんですが、 2015年9月14日5:51AM(米東時間)ついに初成功。使ったのは米南部ルイジアナ州と西海岸ワシントン州にあるL字型の検出器LIGOです。これは、おのおの4kmの真空トンネルでレーザーを使って垂直方向に光を分け、最終的に2つの光が合わさって到達したタイミングのずれを検出するもの。これで、さざ波の通過を7ミリ秒差で同時観測しました。約13億光年の彼方でブラックホール2つ(質量は太陽の29~36倍)がぐるぐるとらせん運動渦巻きながら合体(画像トップ)したときに放出された重力波が、地球に到達していたんですね。こちらも、3人の博士が2017年ノーベル物理学賞に輝きました。

これを皮切りに続々と観測されましたが、中でも大きかったのは2017年、米LIGOと欧州Virgo(イタリア)が捉えた重力波信号です。検出のニュースがいち早く世界中の観測グループに伝えられ、同一の重力波源から発せられる電波、紫外線、赤外線の揺れをそれぞれ観測し、日本チームもすばる望遠鏡などで光赤外線追跡に成功重力波源を史上初めて光で捉えるという胸熱な瞬間に立ち会いました。

気になる波形の正体は、中性子星(半径約10km、質量は太陽並み)同士が合体したときのエネルギー放出で、ブラックホールの合体は目で観測できないけど、中性子の合体は光のショーなのでこんなにもたくさんの観測方法があるんですね。けっきょく953の研究所の3,674人が成果をひとつの論文にまとめて発表し、重元素起源の解明が進んで、「金が生まれる瞬間を見たのかも」という感動を呼びました。宇宙の膨張が予想をはるかに上回るスピードで進んでいることがわかって「宇宙論の危機」 と最近呼ばれていますが、そちらの解明にも役立つのではないかと期待が持たれています。

これはまた、マルチメッセンジャー天文学(光だけでなく、 粒子や重力波で発生源を突き止め観測する天文学)の幕開けを記す画期的転換点になりました。天体望遠鏡はもともと目に見える光を観測する装置でしたが、X線や電波などの電磁放射も捉えられるようになり、ついにはニュートリノみたいな粒子と重力波まで加わって、光以外のメッセージも総合して宇宙を科学する時代に突入したことに。

「まさに今はマルチメッセンジャー天文学の黄金期」とハーバード大学のPeter Galison物理学史教授もGizmodoに語っています。

さらにブラックホールと言えば、全地球の電波望遠鏡の総力を結集したイベントホライズン ・テレスコープ(EHT)が、おとめ座のM87銀河の真ん中に、太陽の65億倍もの質量を持つブラックホールの影を観測することに成功し、「人類初のブラックホール(の影)撮像」と話題を呼びましたよね。質量は、LIGOが重力波を捉えたブラックホールのざっとウン億倍。超巨大ブラックホールの中心から大量に噴出される物質(星の誕生とみられている)の解明につながれば、と期待が持たれています。

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仮想望遠鏡「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」が捉えたM87銀河の中心のブラックホール。4/10発表。事象の水平線の5倍の領域に広がる「影」(光が無重力空間に攫われて暗く見える)が克明にわかる
Image: National Science Foundation via Getty Images

「ブラックホールは宇宙規模の現象を起こしうる。こうした天体が発する光はビッグバン直後の名残りであり、目に見える宇宙の果てに灯台がポツンと立っていて、そこからわれわれに向けて光が発せられているようなもの。その源を知ることはとても重要で、それを知ることで銀河のゆらぎを成す物質の正体に近づけるのだ」(Galison教授)

リアル世界の物理

この10年の天体物理学と量子物理学の発展を支えた影の立役者は、巨大なデータセットをがんがん処理する機械学習のアルゴリズムです。ブラックホールの画像も機械学習抜きには語れないし、量子物理学分野で応用が広まったことが「ターニングポイント」になったと、先述のスタンフォード大のToro教授は話しています。

量子コンピューターに代表される量子物理学の怪現象が、テクノロジーに応用が広まった10年でもありました。「量子コンピュータがSFから現実に近づいた10年」と、素因数分解を量子アルゴリズムで解く「ショアのアルゴリズム」で知られるMITピーター・ショア数学教授はGizmodoに語っています。

マッドサイエンティスト的な風貌でも期待を裏切らないショア博士
Video: Physics World/YouTube

量子のシステムを提唱したのはRichard Feynmanで、1981年のことでした。普通のコンピュータでは解けない問題を論理を超越した原子統計力学で解決しようというもので、分子の振る舞いや新たな数学を応用した高度アルゴリズムで解くことを目指します。コイン投げで表裏出る確率分布を、空中のエネルギーパルスの解析で予測するような学問ですね。普通のコイン投げのルールと違って、負の確率が現れるので確率分布はもっと複雑になります。

2007年、イエール大学が提唱した「量子ビット」は、「トランズモン」という電荷量子ビットで、人口原子であり、量子コンピュータの最小単位として機能します。IBMとGoogleの量子コンピュータは50を超える量子ビットを有し、既存の電算処理を上回る処理スピードも一部観測されています。他社も、レーザーで原子を固定する同様のシステムを次々デビューさせ、これにソフトウェアや部品を製造するスタートアップも続々と登場しました。

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IBM Researchダリオ・ジル所長。NY州ヨークシャーハイツの研究所内にあるIBM Qシステム・ワンにて。10/18撮影。
Image: IBM

ただ、非常に限られた計算を除けば、実用レベルで従来型コンピュータを凌駕するのはまだ何十年も先の話です。外部からの波動や放射の干渉を除いた状態で、原子レベルの観測をするのはすごくたいへんなことですし、誤算(1なのに0を吐き出す、みたいな)も十分起こりえます。量子ビットを複数組み合わせて、誤りのないメガ級の「ロジカル」な量子ビットをつくる動きもありますが、本当に「エラーのない」ユニバーサル量子コンピュータを実現するには数百万単位の量子ビットが必要という見方もあり前途多難です。

でも、今の小さくてうるさい原始的装置も物は使いようで、いろいろおもしろい現象が起こります。 2017年にはカリフォルニア工科大学のJohn Preskill物理学教授が量子コンピュータ黎明期を宣言し、「Noisy Intermediate-Scale Quantum Technology(NISQ、ノイズだらけで拡張性もいまいちな量子技術)時代」と名付けました。同教授は「量子超越性(Quantum Supremacy)」の名付け親としても知られていますが、こんなエラーだらけの段階でも既存コンピュータを超えることはできるとし、また実際、超越性実証も話題になりました。

あと量子力学といえば、中国が打ち上げた世界初の量子暗号衛星「墨子」号では、北京とウィーンの間のビデオ通話の暗号化に成功しましたよね。室温近い温度で電流を電気抵抗ゼロで伝える新素材も見つかりました。こちらも数十年来の研究の成果が実ったもの。2つのグラフェン薄膜をほんの少しずらして重ねると、超伝導状態のオンオフ切り替えが可能になるという妖術も昨年発見され、応用研究が続々と出ています。


20世紀はじめのように宇宙観がひっくり返ることもなく、サプライズもなく、地道な研究の積み重ねが実った10年ですが、それでも2010年代は、物理の技術、実験手法、理論のすべてにおいてパラダイムシフトの10年と言えそうです。「物理にとっては最高の10年」というMcBride博士の言葉で十年の計としましょう。