瀬戸の花嫁 君よ貴方よ   作:kairaku

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惚れたら地獄 その2

永澄家の屋根裏、もとい現在は永澄の自室になってる部屋の隅。

男子中学生がおしゃれで置くインテリアにしては場違い、というより何故?と疑問が浮かぶ物が置かれている。

 

「じゃ、邪魔過ぎる……」

 

黒い大きな井戸が狭い屋根裏部屋にドンと置かされていた。

この井戸こそ魚人貴族、またはそれに関する要人にしか使うことが許されない伝説の『移し井戸』と呼ばれる代物であるらしい。

何でもこの井戸を通ると別に設置された井戸に転送されるらしいのだが、まだ一度も試してない。

 

「銀って人が、とりあえず運んでおいたと言ってけど……まさか自分の部屋に置かれるとは思わなかった」

 

その井戸を前にして胡坐をかき憂鬱な眼差しで見つめる中坊永澄。

この置物が否が応でも先日の話が本当であること思い知らしめる。

 

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「組長やってみいひん♪」

 

「ええええええ!!?? ど、ど、どういうことでしょうか!?」

 

 

瀬戸蓮の当然の問い掛けに激しく動揺する永澄。

魚人貴族になることでどうして組長にならねばならないのか、何がどうしてそうなるのか全く理由が分からない。

 

(組長ってのはヤ○ザの組長だよな? それって俺に瀬戸内組を継げってこと? ってか燦ちゃんのお父さん滅茶苦茶睨んでるぅ!!)

 

「ハーーーーン!! ボーフラ風情が生意気な事考えとるのぅ!! 食い散らかしたろかい!!!!」

 

食べていいの?といった感じで腹を鳴らしながら近付く藤代。

命の危機に体が反応し後ずさる永澄。

 

瀬戸蓮が呆れながら手を叩き、場を仕切る。

 

「はいはいそこまで。・・・・・・永澄君よく聞いてね、今回の『天羅譜負御務』の件。結論を言えば受けるしかないんよ」

 

「ぐっ!? 国賊になるからですか? そんなに天帝って偉いんですか?」

 

「当たり前じゃボケ。魚人の頂点(てっぺん)におる御方やぞ? その気になりゃ大統領だってボコれるんやぞ!」

 

巻が吠える。一般ピーポーで人間の永澄には想像できないがやはり滅茶苦茶偉いらしい。

 

「魚人貴族でさえ天帝から見れば使い走りに過ぎやせん。それぐらいにこの海では絶対的な権力(ちから)を持ってると覚えて下せえ」

 

「ぐ、ぐ、ぐっ!? けどその、テラ何とかを受けるとして。それがどうして――く、組長と関係するんです!?」

 

ちらりと豪三郎を見る。猛獣のように睨み返す組長。震える微生物。

 

「こう言うたら悪いんやけど……魚人貴族になった永澄君は瀬戸内組(ウチら)からしたら凄く利用価値あるのよねぇ」

 

「………………へ?」

 

「そうですねぇ。単純に『名義貸し』だけで商いも潤いやすし、銀行からも借り放題。あっしらで御膳立すりゃ政治(まつりごと)にも首突っ込めまさぁ」

 

(政界進出!!??)

 

裏の顔、もとい瀬戸内組若頭という表の顔で指折りしながらシノギを削る政さん。

数学の授業の時のように淡々と『永澄』を使い、裏社会の計算式に当てはめていく。

 

(あぁ~~俺が政さんの頭の中でどんどん過労死させられてくぅ~~~~)

 

反社会的(アブノーマル)なプレイにドキドキする永澄とは別に困った表情を見せる瀬戸蓮。

 

「まぁそれだけならいい話なんだけどね」

 

「? どういう意味ですか?」

 

「魚人貴族の『箔』は瀬戸内組にはちょっとばかしデカすぎるんよ」

 

豪三郎が悪態つき、政が重々しくサングラスに触れる。

 

「デカい権力ってのは与えられた方に自覚がなくても周りが『特別』にしちまうもんなんでさ。テメェよりも強いバックが後ろにいりゃ周りは当然そっちに目がいく……」

 

男子中学生の平均学力よりやや下の永澄の頭では、政さん達が言ってることがイマイチ理解出来ない。うーーんと唸るだけだ。

 

「つまりこのままだと瀬戸内組が乗っ取られる可能性があるんでさぁ」

 

「ええええええええええええええええええ!!!!??」

 

(そんなデカい話だったの??!!)

 

「まぁあくまで可能性ってだけなんですがね……そういう事に関しちゃ向こうの得意芸ですし」

 

「な、なら大人しくしてればいいんじゃ!? 魚人貴族の力を使わなきゃ!!」

 

「そうしたところで……なんですよ永澄さん。ゆくゆくはお嬢と結こ――ごほん。仮に身内になった時、永澄さんの位置は瀬戸内組に近すぎる」

 

途中ビームのようなメンチが飛んできて言い直す政さん。

 

組長(おやっさん)の義理の息子という立場にいる永澄さんを魚人貴族側は間違いなく利用してきやす!」

 

だぁれが義理の息子じゃボケェと暴れる豪三郎をなだめる政さん。

 

(要するに魚人貴族になった状態で燦ちゃんと結婚したら、俺を利用して瀬戸内組を魚人貴族側が乗っ取ろうとするってことか……)

 

 

「――ってええええ!!?? それってめちゃくちゃヤバい!!??」

 

 

「ようやく気付いんたんかボケェーー!!!!」

 

巻のツッコミも頭に入らず頭を抱える永澄。

 

 

このままじゃ俺、燦ちゃんと一緒にいられない!?

 

 

「いくら二人がデキてるゆうて、それで瀬戸内組が無うなってしまうんやったら……流石にウチとしてもこのまま永澄君と燦をくっつける訳にはいかないんよ」

 

「そ、そんな……」

 

「仮に。燦が家を出てくいうても今回の件があった以上、おいそれと魚人貴族の立場の者に娘を嫁がすんは親として認められん」

 

「おうおう!! そうじゃ、いかんのぅ♪」

 

ご機嫌の豪三郎に対して絶望に暮れる永澄。

 

 

――――燦ちゃんと結婚出来ない。

 

優しくて。可愛くて。暖ったかい。

俺の大好きな燦ちゃん。

 

出会いも馴れ初めも滅茶苦茶で

でもようやくお互いに好きになれたのに。

 

(なんで……)

 

 

「なんで永澄君には……

 

『瀬戸内組とは別の組を旗揚げして』

 

『そこで組長やってもらって』

 

『そこに燦を嫁がせます』」

 

 

「なんでじゃあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

豪ちゃんいやん!とばかりに狼狽える豪三郎。

永澄は今までの話を中坊(ガキ)なりに必死で理解し瀬戸蓮が言った言葉の意味を理解する。

 

「それが『組長になれ』ってことなんですね……」

 

「そういうこと。他の誰でもない、アンタ自身が!」

 

バシリと指を指される永澄。

 

「魚人貴族に対抗できるだけの『力』を付けてもらうきん!」

 

 

 

「あ、姐さん……いくらなんでもこんなフナ虫野郎に……いや、魚人だってそないな事出来るヤツなんぞ……」

 

あまりの無茶振りに暗殺する側(ヒットマン)の巻でさえ同情を隠しえない。

魚人でもないただの人間の永澄に、瀬戸内組の力も無しに魚人貴族に対抗しろというのは

それこそボーフラにサメに勝てと言ってるようなものだ。

 

しかしそんな巻の発言に瀬戸蓮は笑う。

それは冗談とか皮肉ではなく。瀬戸漣だけが知っているある自信が見せた不敵な笑顔だった。

 

「ほんまの『漢』に出来ないことなんてないんよ。なぁアンタ?」

 

「…………フン」

 

「……おいフナ虫、悪いこといわん。燦さまと別れろや。貴族になればええ暮らしが出来る。女やって誘わんでも連いてくるぞ。ここらが潮時と違うか?」

 

「…………別れない」

 

「おい」

 

「別れるもんか!! それしか道がないなら俺はそれを全力でやるだけだ!!」

 

立ち上がり胸を張る。

ぶっちゃけ虚勢だ。強がりだ。

 

「今からじゃない。燦ちゃんと一緒に生きてくって決めてから俺自身が強くならきゃならないのは決まってたんだ!!」

 

燦ちゃんに見合う漢になる。

どれだけ強くなればいいか分かりやすい目標が出来たんだ。

 

「貴族様がナンボのもんじゃい!! ヤッたらああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

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・・・

 

 

「はああああああああああああああああああああああ」

 

長い回想を終え現実に帰る永澄。

四つん這いになり見事に落ち込んでいる。

 

「なんじゃいフナ虫、あれだけ大口叩いてそのザマか? やっぱフナ虫はフナ虫じゃの~~」

 

「うるさい巻!! あと俺の頭の上で菓子食うな!!」

 

(くぅ~~~~!!いくらそれしか方法がないとはいえ若干14才で人生の進路を決めてしまった俺の悲しみがお前に分かるかっていうか俺この歳で組長ってなんだよ!?学校の役員じゃないんだぞ!?ヤ○ザだぞ!?殺るか殺られるかの世界に自分から飛び込むなんてえええええええええええ俺の明日はどっちだあああああああああああああ!!!!!)

 

心の中で土砂降りの雨を浴び現実逃避するが、ブスリと頭にポッキーが刺さる。

 

「おいフナ虫いつまで遊んどんのじゃ、そろそろ時間やぞ」

 

「ぐ、そうか行かないと……」

 

今日は土曜日。ゆとりある休日である。

しかし永澄にとっては運命の一日といえる。

 

これから永澄は千葉近郊の海、その奥深くに赴く。

その名も海底都市「ムーンデザート・チバ」。

 

なぜに行くのか。

もちろん『組長』満潮永澄としての務めである。

 

「ふぅ、けどなんだかんだで燦ちゃんのお義母さんは優しいよな事務所で勉強させてくれるなんて」

 

とりあえずここで頑張りなさいと勧めてくれたのがムーンデザート・チバの事務所だった。

瀬戸内組系の事務所で組長成り立ての永澄に丁度いいらしい。

 

「天羅譜負御務まで一週間……それまでにこれを成し遂げなさい……か」

 

手にした巻物を見る。中身は見ておらずまだしっかりと紐に結ばれている。

 

永澄に課せられた宿題。

天羅譜負御務が授与され正式に魚人貴族になるまであと七日。

それまでの間にやっておくことが書かれている。

 

(ここまで御膳立てしてくれたんだ、燦ちゃんの為、どんな事も頑張るぞ!)

 

緊張しつつ巻物の中身を見る。

 

「??? し・め・る……?」

 

デカデカと書かれてたのは「しめる」の三文字だけだった。

 

「どういう意味だ? 気を引締めろってことか?」

 

永澄の頭から降りテーブルでチョコ菓子をバリバリ食べている巻が気の抜けた声を出す。

 

「これから行くムーンデザート・チバっつう所はのぅ~今回のケジメで貴族側から渡されたシマでのぅ~要は新しく瀬戸内組のシマになったばかりなんじゃ」

 

「え」

 

「前の管理者が適当なヤツみたいでのぅ~かなり荒れた町だと聞いとる」

 

瀬戸内組は何の援助もなく永澄を見捨てたりしない。

そこまで鬼じゃない。血も涙もある任侠だ。

一応とはいえ燦の婿であり、なんだかんだで家族ぐるみの付き合いをしてきた。

 

「しめるって……」

 

締める×

占める○

 

そう瀬戸内組は鬼じゃない。

 

 

極道だ。

 

 

【ミッション 一週間で荒れた都市を占めろ】

 

 

三回くらい絶叫し、心の雨に打たれた後この巻物を窓から投げ捨てた。

 

「いきなり中学生に荒れた町一つ占めろとか常識でもの考えろおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 

「なにいうとんのじゃ! お前みたいなチンピラ坊主に瀬戸内組のシマ任されるなんぞ常識からゆうてないんやぞ!?」

 

(そりゃそうだろ!!)

 

中坊にシマ仕切らすヤ○ザとか頭がイカレてる。

普通もっと段階があるだろう? そもそも物理的可能なのか? 

 

「やる気ないなら終いでええぞ? お前が燦さまと別れりゃええことじゃ」

 

しかしやらねばならぬ。

全ては俺と燦ちゃんの未来の為に!!

 

「ちくしょ~~~~~~!!!!」

 

涙ながらに『移し井戸』を発動させる。行先は永澄の仕事場となるムーンデザート・チバの事務所だ。

まず十分に井戸に水を満たす。次に枠に付いている月型のメモリを操作する。

 

「ええと確か三日月だったかな」

 

メモリを合わせると不思議な事に井戸に張られた水面に三日月の光が浮かんだ。

 

「うーん。魚人のアイテムに慣れ過ぎてこれくらいじゃ驚かないな」

 

これで繋がったらしい。

ここから先、いよいよ始まってしまう。

『組長』満潮永澄の人生が。

 

「……燦さまには言わんのか」

 

「…………」

 

あの会合から家に帰ると、燦ちゃんは心配して待っていた。

真っ先に玄関にやってきて心底ホッとした顔を見せた。

 

『良かったぁ~永澄さん無事で』

 

 

その言葉とその顔に永澄は嬉しさと後ろめたさを感じ。

バカに明るく振る舞って……それから今に至るまで言えないでいた。

 

「……今日行って無事帰って来れたら言う」

 

「そうか……ならとっと行け!!」

 

噴射する巻貝の突撃の勢いのまま井戸に落ちる永澄。

 

「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

薄暗い屋敷の廊下。政と蓮が深海の庭を見る。

 

「政、今回の件どう思う?」

 

「……そうですね、何かキナ臭いもんを感じやす」

 

「……ウチ、ちょっと昔のツテ頼って調べてみるわ」

 

「姉さん、そいつぁ……」

 

「大事な娘とその娘の大事な人の為やからね」

 

廊下の柱に背を預け豪三郎が静かに鼻息を鳴らした。

 

 




全6話?くらいの話でございます。今更な作品なんで気長に書きます。
瀬戸花やっぱ好きなんすよね~。興味ある人は是非アニメを見て下せぇ。

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