「これが配られると年末だと実感するよ」。会社から帰宅した良男がカバンから書類を出しました。「年末調整ね。私の会社は今週末が提出期限」と恵が応じます。「ところで何のための書類なの?」。2人が首をひねっているところに幸子が入ってきました。
お母さん、また教えてほしいことがあるの。
それは年末調整の書類ね。今年ももうそんな季節か。
毎年提出してるけど、年末調整ってそもそも何を「調整」するの?
それを説明するには、まず「源泉徴収」を知らないと。青山学院大学法学部教授の木山泰嗣弁護士は源泉徴収について「給料などを支払う会社が、それを支払う際に所定の所得税を徴収すること」と説明しているの。よく「天引きされる」というでしょ。天引きされた所得税が「源泉所得税」なの。
私たちに代わって会社が所得税を集めて納税するわけね。じゃあ、それ以上何かする必要があるのかしら。
実はこの天引きされた額は、本来支払う必要がある税額とは限らないの。源泉所得税はいわば仮の税額なのよ。
そうなの?
年間の稼ぎ(所得)にかかる所得税は、個人が年間の合計所得金額と税額を計算して税務署に申告・納付するのが原則よ。ただ個人が一定時期に申告・納付するとなると……。
国の税収がその一定時期だけに集中しちゃうな。
税務署だって申告・納付の手続きが集中して大混乱よ。
だから源泉徴収という仕組みが必要になるの。
源泉徴収する額はどう決めるの?
お給料から健康保険や厚生年金保険など社会保険料を差し引いた金額を基に、配偶者や子どもなど、控除対象の人数に応じた控除を適用して決めるのよ。例えば、お給料から社会保険料などを差し引いた額が30万円、配偶者など扶養親族の数が3人とすると、月額3510円の源泉所得税が天引きされる計算ね。国税庁が1年分の源泉所得税の月額表を提示するから、それに則して徴収するの。
ということは、所得から控除できる生命保険料や地震保険料などは源泉所得税には反映されないということか。
その通り。毎月天引きされる所得税額はあくまで仮の額よ。辻・本郷税理士法人の浅野恵理税理士は「多くの場合、源泉所得税額は納め過ぎになっている」と言っているわ。
その納め過ぎの状態を解消するのが年末調整なのね。
そういうこと。天引きされた所得税額と実際の税額を精算して、納め過ぎている税金があれば還付する。もっとも、「還付は自分の納めた源泉税の範囲内」(藤曲武美税理士)であることを覚えておいてね。
年末調整しても確定申告は必要なのかな。
今度詳しく話すけど、確定申告が義務付けられている人とか、確定申告をしないと受けられない所得控除があるのよ。
今年の年末調整で気をつけなきゃいけない制度変更などはあるの?
2018年分からの改正で今回は2回目だけど、配偶者控除と配偶者特別控除の仕組みが複雑なので、注意しておいた方がいいわね。
ああ、確か昨年も同じことを聞いたような……。
この2つは所得控除で、一定要件を満たす配偶者がいる場合、課税所得から差し引くことができるの。17年分までは妻の年収が103万円を超えると夫は配偶者控除が受けられなくなって、141万円以上だと配偶者特別控除もなくなったの。18年分からは、妻の年収が150万円までは38万円の配偶者控除または配偶者特別控除が受けられ、150万円超201万6000円未満までは配偶者特別控除が受けられるようになったの。
いい改正だな。
確かに控除の対象者が拡大して、中流層を中心に新たに300万世帯が減税になったそうよ。一方で、世帯主の年収が1120万円を超える世帯への適用は制限されたわ。例えば夫の年収が1120万円を超えると38万円の控除額が減り始めて、1220万円を超えればゼロ。要するに配偶者の所得条件だけでなく、世帯主の所得も加味して、控除が使えるかどうかや金額などを変えたわけ。
複雑になったのね。
年末調整の書類も変わったのよ。17年分までは保険料控除と同じ書類に配偶者特別控除の申告分を記入していたけど、18年分からは2つの書類を分けることになったの。配偶者だけでなく世帯主も所得額の詳細を記入することになるなど、書き方も面倒になったわ。
年末調整では「保険料控除申告書」も出すよね。
そう。お父さんは入院や手術に備える医療保険に入っているでしょ。「生命保険料控除」で最大4万円の控除を受けられるわ(新保険料の場合)。介護医療保険や個人年金保険にも入っていれば、合わせて最大12万円の生命保険料控除が受けられる。地震保険料も最大5万円の控除枠があるわ。
ほかに年末調整で手続きできるものはあるの?
住宅ローン控除は1年目は確定申告が必要だけど、2年目以降は年末調整で必要書類を出せばOKよ。
所得税が源泉徴収されるのは会社員の毎月の給料だけではなく、ボーナスも対象です。退職一時金、公的年金、利子や配当、株式の売却益なども対象です。所得税と同じように住民税も通常、会社が天引きします。これを「特別徴収」といいます。住民税は所得税の年末調整や確定申告の結果、確定した前年の所得額に基づき、その年の税額が決まります。源泉徴収されるものの中には、利子のように所得税15.315%、住民税5%が徴収されて課税関係が終わる「源泉分離課税」があります。また上場株式の売却益と配当のように証券会社の源泉徴収ありの特定口座で取引すれば、いったん源泉徴収されるものの、売却損と配当との損益通算で差し引き赤字になれば、自動的に源泉徴収された所得税が還付される仕組みもあります。(聞き手は後藤直久)
[日本経済新聞夕刊2019年11月20日付]
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