2019年11月24日
【オススメ!】『逆転交渉術 まずは「ノー」を引き出せ』クリス・ヴォス
逆転交渉術 まずは「ノー」を引き出せ (早川書房)
【本の概要】
◆今日ご紹介するのは、現在開催中である「早川書房 秋のビジネス書フェア」の中でも注目を浴びていた1冊。人の生死がかかっている交渉術の中から編み出された本書のテクニックは、私たちの生活上でも活用できるものでした。
アマゾンの内容紹介から。
商談、トラブル対処、賃上げ、家事の分担、すべての交渉がうまくいく!あえて「ノー」と言わせて本音を聞き出す質問、悪い報告の上手な伝え方、値段交渉で勝てる方法、敵対者が協力してくれるようになる共感の戦略など、元FBIトップ交渉人のコンサルタントが考案し、交渉術の本場ハーバードの教授と学生を驚嘆させた極秘テクニックを明かす!
中古に送料を足すと定価を上回りますから、Kindle版が1100円弱、お得な計算です!
Negotiations / michaelstyne
【ポイント】
■1.ラベリングで他人の感情を受け入れるラベリングの第一歩は、相手の感情の状態を察知することである。(中略)
焦点を当てたい感情を拾いあげたら、つぎの段階は声に出してラベリングすることだ。ラベルの表現は平叙文でも疑問文でも構わない。ちがいは、語尾を下げるか上げるかだけである。ただし、どのような語尾であっても、ほぼ同じことばを使うことになる。……のようだね。注目してもらいたいのは、「……のように聞こえるね」とは言うが、「わたしは……と聞いている」とは言わない点だ。それは、「わたしは」という語は相手の警戒心を高めるからである。「わたしは」と言うときのあなたは、他人よりも自分自身に関心が向いていて、そのあとにつづくことばには──さらには、そのことばが引き起こす悪感情にも──個人として責任を負うことになる。
……のように聞こえるね。
……のように見えるね。
ところが、中立的な表現でラベリングをすれば、相手も受け答えがしやすくなる。
■2.交渉相手に「ノー」と言わせる
「ノー」と言えると感じさせることと、実際に「ノー」と言わせることのあいだには、大きな違いがある。とにかく話を聞かない人に話をしようとしているとき、その頭をこじあける唯一の方法は、相手の反感を買って「ノー」と言わせることである。
その最適なやり方のひとつは、相手の感情や要求にまちがったラベリングをすることだ。つまり、完全にまちがっていると承知していることを──例えば、仕事を失いたくないことが明らかな人に「なるほど、ほんとうにこの仕事を辞めたくてたまらないようですね」と──告げるのである。それによって、相手は話を聞かざるをえなくなり、「いいえ、そうではありません。こうです」と言うことで、あなたのことばを訂正して安心する。
このほかに交渉のなかで「ノー」と言うことを余儀なくさせるためには、相手が望んでいないことは何かと尋ねる方法がある。「あなたがきっと『ノー』と言うことについて話しましょう」と促してみよう。すると相手はここで安心して「ノー」と言える──それが自己防衛のように感じられるからだ。そして、いったん「ノー」と言わせることができれば、相手は新たな選択肢やアイディアに向かって前進することに、だいぶ抵抗がなくなる。
■3.「公正さ」は感情的で破壊的な、混乱を招く力である
だれかにこれを仕掛けられるとき、わたしはいつも近年のNFLのロックアウトを思い返す。
交渉は大づめを迎え、NFL選手会(NFLPA)は、最終決定に同意する前に、オーナーたちに財務状況の開示を求めた。オーナーたちの回答は?
「われわれは選手たちに公正なオファーをしてきた」
恐ろしいほどの天才ぶりである。財務状況を開示したり、それを拒否したりするのではなく、選手会が公正さを理解していないのではないかという話にすり替えたのである。
このような状況に立たされたときの最善の反応は、あなたに向かって投げられたこの〝公正〟を、単純にミラーリングで返すことだ。「公正ですって?」あなたは言い、少し間を置いて、ことばの力が自分に向けられたときと同じように相手に作用するのを待つ。つづいてラベリングである。「そのことを裏付ける証拠をお持ちのようですね」と言い、相手に財務状況を開示するように、あるいは公正だという主張と相反する情報や、こちらがすでに持っているよりも利用可能なデータが多く含まれる情報を引き渡すようにとほのめかす。これでただちに攻撃を骨抜きにできる。
■4.「狙いを定めた質問」で要求を切り出す
ドス・パルマスの苦い経験からは、FBIの人質交渉の方法を永久に変える教訓を得た。わたしたちは、交渉とは打ち負かすことではなく、なだめすかすことだと学んだ。さらに、交渉を成功させるには、相手をこちらのために働かせ、こちらの解決策を相手に提案させることが重要だと知った。また、実際には会話の内容を決めているのはこちらでも、相手が主導権を握っているのだと錯覚させることも必要なのだった。
そこで作り出したツールを、わたしは狙いを定めた質問、あるいは自由回答式の質問と呼んでいる。その働きは、相手を率直に、抵抗せず受けいれることで、会話から攻撃性を取り除くことである。これによって、押しつけがましく聞こえないように考えや要求を切り出すことができる。やんわりと説得することが可能になるのである。
のちに詳しく説明するが、それはほんとうに単純なことだと言っておきたい。たとえば、「立ち去ってはいけません」ということばから敵意を取り除き、それをひとつの質問に変えるだけでいい。
「あなたは立ち去ることで、何を実現したいと思っているのですか?」
■5.アッカーマンの「価格交渉の6ステップ」
このプロセスは系統立てられていて憶えやすく、ステップはたったの6つしかない。あなたは支払い側で値下げ交渉をしている。1 目標とする価格を決める(あなたのゴール)。このシステムの特質は、ここまで述べてきた心理学的な戦術──相互依存、極端なアンカー、損失の回避など──が組みこまれていて、自分はそこを意識する必要がないことだ。
2 最初の提示額は、目標とする価格の65パーセントとする。
3 三段階で引きあげた額を算出するが、増加する差額は段階的に減らす(85、95、100パーセントというように)。
4 共感や、言い方を変えた「ノー」を多用して、こちらが提示額をあげるより先に、相手に対案を出させる。
5 最終的な金額を算出するときは、端数をまるめずに細かい数字を使う。たとえば3万8000ドルではなく3万7893ドルという具合。そうすれば数字に信憑性と重みをもたせることができる。
6 最終的な金額には、金銭以外のもの(おそらくは相手もほしがらないもの)を付け加えて、こちらが限界に達していることを示す。
【感想】
◆非常に興味深い交渉術本でした。確かに380ページ弱ある作品とはいえ、ハイライトも引きまくりで、過去の作品の中でも上位5%レベルになると思います。
なぜそんなに引くことになったかというと、従来の交渉術本とは一線を画しているから。
特に一般的に「正解」と思われている『ハーバード流交渉術』に関して、本書の第1章ではこのように述べられています。
この本のすばらしい理論と法執行機関における日々の出来事とでは、明らかな隔たりがあった。だれもがこのビジネス書のベストセラーを読み、これまでにない最高の交渉術の教科書だと請け合っているのに、実際に成功した例がほとんどないというのは、どういうわけなのか。要は、いざ現場においては、「互いにとって有益なウィン-ウィンの解決策」など役に立たないということ。
必要なのは、人々を落ち着かせ、意思の疎通をはかり、信頼を得て、要求をことばで引き出し、こちらは共感を寄せているのだと相手に思わせることのできる、現場で役に立つ単純な心理的戦術や駆け引きだった。 教えやすく、学びやすく、実行しやすい何かだ。そしてその具体的な戦術を、実際のケーススタディをもとに明らかにしているのが、本書というわけです。
◆まず第2章で解説されているのが、ミラーリング。
一般的にボディランゲージなど、ことばによらないコミュニケーションに関連づけられることがほとんどですが、本書では言葉によるミラーリングに特化されています。
その際、使うべき声のトーンまで状況に応じて3種類使い分けるという細かさ!
さらには、続く第3章では、上記ポイントの1番目のラベリングについて言及されていました。
要は「ラベリングで他人の感情を受け入れる」ことによって、それを発散させ、ポジティブな感情をラベリングすることで、それを強化する次第。
本書では、誘拐犯との交渉のケースのみならず、「シーズンチケットの未納者への支払いのお願い」や「家族から疎外されていると感じて不機嫌になっている祖父への声かけ」といった具体例も紹介されていますので、ご参考まで。
◆一方第4章では、本書のサブタイトルにもなっている「ノー」の使い方を学びます。
本書曰く「相手が『ノー』と言うように仕向けることは、障壁を破り有益なコミュニケーションを促す驚くべき力をもっている」とのこと。
それは上記ポイントの2番目でも述べられているとおりです。
このTIPSへの理解を促すために、本書では具体例をいくつか収録(「栄転を妨害する上司への働きかけ」「政治資金の調達のお願い」等)。
また、「たった1行のEメール」で、音沙汰のない相手からの反応を引き出す手法は、ビジネスシーンで真似しても良いかもしれません(詳細は本書を)。
◆もう1つ「武器」として触れておきたいのが、本書の第6章で解説されている、上記ポイントの3番目の「公正さ」という言葉です。
本書曰く「公正さ」とは、「慎重に使わなくてはいけない」ものとのこと。
何でも「公正さ」には、その威力を示す方法が3つあり、上記ポイントの3番目の例は、その中の1つである「相手を不誠実という理由で非難する」ものになります。
逆にそうされた場合の対処方法については、ポイントの3番目の後半部分にあるとおり。
また、著者の交渉学の講座では、いわゆる「最後通牒ゲーム」を行うのだそう。
最後通牒ゲームとは サイエンスの人気・最新記事を集めました - はてな
提案者はいくらを提示してもいいのですが、回答者が「公正ではない」と思って断ると、両者とも一銭ももらえない、というこのゲーム。
講座では「どの受講生が使った論理も、100パーセント不合理で感情的」なのだとか。
では、いったいいくらが「合理的」と言えるのか……?(これまた詳細は本書を)
◆そして本書でもっとも重要と思われるのが、上記ポイントの4番目の「狙いを定めた質問」です。
これは本書の第7章にて掘り下げられているもの。
この戦術が生み出されたきっかけは、誘拐犯との交渉の現場だったのですが、誘拐犯はドラッグの売人で、誘拐したのは何と別の売人のガールフレンド!?
電話で売人同士が交渉したのですが、普通ならガールフレンドの生存を確認するために「彼女が小さいときにもっていたテディベアの名前は?」のような質問をすべきところ、この売人が口走ったのは
「おい、てめえ、あいつが無事だってどうしたらわかるんだよ」というものでした。
すると実に面白いことが起こった。誘拐犯は実際に10秒ほど押し黙った。完全に不意をつかれたようだ。それから、敵意がだいぶ弱まった声で、「じゃあ、電話に出してやるよ」と告げた。わたしは面喰らった。この無骨なドラッグの売人が、交渉において驚異的な勝利をつかんだのである。この事件をきっかけに、著者は「狙いを定めた質問」を洗練させていきます。
もちろん、これはビジネスシーンでも使えるものであり、本書では以下のようなリストも収録。
・これがあなたにとって重要だとしたら、どうでしょう?これならビジネスシーンでも実践できますね!
・これをよりよいものにするために、どのようにお手伝いすればいいでしょう?
・どのように事をすすめさせたいですか?
・このような状況にいたらしめたものは、なんでしょうか?
・この問題をどうしたら解決できるでしょうか?
もちろん、上記ポイントの5番目の「価格交渉の6ステップ」も破壊力抜群ですから、本書を参考にしてお試しアレ。
交渉術本がお好きな方なら、必読の1冊!
逆転交渉術 まずは「ノー」を引き出せ (早川書房)
1 交渉の新しいルール―ハーバード流交渉術を超える
2 相手のことばをくり返す―ミラーリングで説明を促す
3 相手の痛みは、感じるのではなく言語化せよ―ラベリングと戦術的共感
4 相手の「ノー」から交渉ははじまる―拒否の返事はこわくない
5 どんな交渉もひっくり返す魔法のことば―要約で相手を誘導する
6 現実のとらえ方を変えさせる―「公正さ」という武器の取りあつかい方
7 理想の解決策を相手から引き出す―対決から協力に変える“狙いを定めた質問"
8 実行すると保証する―重要人物全員の確約を得るには?
9 値切り交渉は熱く―中間点で妥協しない戦略
10 隠された情報を見つける―交渉を逆転させるブラック・スワンの在り処
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【編集後記】
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参考記事:【講演&対談】『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』山中伸弥,羽生善治,是枝裕和,山極壽一,永田和宏(2017年02月28日)
ご声援ありがとうございました!
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