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魔導具師ダリヤはうつむかない 作者:甘岸久弥
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239.魔導具師の懇願と付与の授業

「皆様にお願いがあります。お力をお貸しください!」


 従僕の取り次ぎのすぐ後、ダリヤが客室に飛び込んで来た。

 息を切らした懇願に、緊急を悟る。

 話し終え、そろそろ解散しようとしていた男達が、一斉に立ち上がった。


「もちろんだとも、ロセッティ殿。今はヴォルフが留守だ、代わりに全力で受けよう」

「できるかぎりのことをしよう」

「ダリヤ嬢、微力かと思いますが、私も――」


 すでに功績高く、自らが世話になっている、あるいは利益を多大に受けているとも言えるロセッティ商会長。

 彼女に真摯に願われ、断れる者はここにない。


「会長、何かあったのですか?!」

「我々に望むことはなんだね?」


 イヴァーノとグイードの問いかけは、ほぼ同時だった。


「スライムへ、魔法付与をお願いします!」

「……スライムに、魔法付与……」


 この場にいるのはイヴァーノを除き、子爵と伯爵である。

 初等学院では、魔力値のそれなりに高い者は、魔法学が必須教科だ。

 高等学院でも魔法学があるので、そこで学び、付与実習をした者もいる。

 人によっては、戦いや自衛手段として、攻撃魔法を使ってきた。


 しかし、粉といえども『スライム』に魔法付与をしたことなど、ただの一度もない。

 いや、そもそも考えたことすらなかった。


 全員が首を傾げ――いや、ただ一人、イヴァーノだけは額に手のひらを当てていた。


「攻撃魔法でしたらそれなりに使えますが、スライムに魔法付与というと……どうするものでしょう?」

「それは、魔導具を作ったことのない私でも可能でしょうか?」


 迷いがちに問いかけてきたのは、アウグストとフォルトである。


「それは――まず我々が付与を教わるところからスタートになるが、それで間に合うかな、『ダリヤ先生』?」


 果てしなく戸惑いが深い面々と、妙な笑顔を向けてきたグイード。


「……はい」


 ダリヤはこめかみにたらりと汗をかく。

 理性がようやく後ろから追いついてきた。完全に遅いが。


「二言はない、手伝おう」


 きっぱりと答えてくれたのはレオーネだった。

 商業ギルド長としてロセッティ商会への配慮だろうが、この状況では大変ありがたい。


「ありがとうございます。あちらの工房で確認したところ、魔力によって素材のできあがりが変わることがわかりました。失礼は重々承知しておりますが、魔法の属性別で検証をするために、できましたら皆様の魔力をお借りできればと……あと、別の素材もできたようなので」

「別の素材?! それはどのようなものですか?」


 入って来たときと打って変わり、ためらいがちになったダリヤの声。

 だが、フォルトがしっかり聞き取っていた。


「さらさらした感じの小さな粒です。弾力はありませんが、クッションにすると独特の感触で――たとえが難しいのですが、リラックスできる感じです。ルチアがすごく喜んでいました。一度お試し頂ければと思います」

「ルチアが喜んでいるということは、服飾関係に向いた素材なのでしょう。いいですとも、ぜひ協力させてください」


「使えそうな新素材か……実に興味深い。私も実際に試してみたいものだ」

「属性違いで、あれ以上に衝撃的な素材が生まれる可能性があるとすれば……スライム養殖場の追加がいるかもしれませんね」

「では皆さん、ダリヤ先生と共に行きましょうか」


 口々に言うと、皆がとても楽しげな笑顔に変わっていった。


 皆、スライム粉への魔法付与には懐疑的でも、魔導具、そして新素材に関する情熱はあるらしい。

 試作と制作の喜びを分かち合えそうでうれしい――ダリヤは素直にそう思った。


 後に、イヴァーノにはこう言われた。


『あれは皆さん、算盤をはじいている顔でした』



 ・・・・・・・



 ダリヤがお願いしに行った結果、魔導具工房に全員で移動となった。

 最初は極小粒入りクッションに懐疑的な目を向けていた面々は、座った段階で表情かおが変わった。

 クッションにだらりと身体をもたせかけて目を閉じた者、大笑いし始めた者、そして、とても困った顔をした者――どうやら合う合わないがあるらしい。


 その後、実験準備が始まった。

 付与がわからぬ、あるいは詳しくない者への説明は、二人が教師役となって行われた。


 一人はベルニージ、もう一人は意外にも、学院で魔導具研究会にいたというレオーネである。

 強い驚きが顔に出ていたのだろう、『カルロは魔導具研究会の後輩だ』とあっさり言われた。

 さらに驚いた。


『儂は魔道具のことはわからんが、魔法の単純付与はできる。まずは、手のひらにこう、ぎゅーっと魔力を集中するところから……』と、擬音を駆使し、感覚的に教育するベルニージ。


『素材を使う付与魔法は基本無属性で行うが、特定魔力がある者は、無属性、各自の持っている魔法付与、分けて使うことができる』など、魔力と付与の基本を含め、テーブルの上、紙に書きつつ論理的に教育するレオーネ。


 各自、向いている先生から教わる形になった。

 なお、無属性で特定魔力を持たぬダリヤは薬液作りに励み、イヴァーノは記録役となった。


 無属性とはいっても測定器で感知できぬ程度、属性が魔力に混じっていることはある。

 だが、属性魔法が使えるわけでも、付与で利用できるわけでもない。

 ダリヤの髪は赤、目は緑だ。

 にぎやかな声を聞いていると、つい、火か風魔法がほしかったと思ってしまった。


 その後、ベルニージがイエロースライム入りの薬液への付与を見せ、それをレオーネが解説してくれた。

 ベルニージは今まで自己流で耐久性を上げる『硬化』のみ使っていたが、おそらく土魔法も入っての強化魔法だろうとのこと。

 武器には土魔法の相性が大変いいとの解説に、ベルニージは上機嫌だった。


 そして、実習開始である。

 基本の薬液はイエロースライムの布、または防水布の薬液レシピを使用。

 そこに各スライムの粉を入れ、火・土・水・風・氷魔法を個別に付与する形とした。


 各自が気合いを入れ、次々と試し始める。

 しかし、皆、スライム粉入り薬液への付与など初めてのことだ。

 加減がわからず何も起こらないから始まり、攻撃魔法となって液体を蒸発させかかったり、水で押し流したり、皿ごと凍らせたりと、騒ぎが続いた。


 なんとか慣れたところで、五属性、高魔力の者が、イエロースライム、ブルースライム、レッドスライム、グリーンスライムでの付与を確認する。

 その横、ルチア、イデアが、弱い魔力での付与を試した。

 テーブルの上には、極小から小石までの粒、極小の粒、そして不明の粒があっという間に積み重なる。


 高位貴族から庶民までが入り混じる工房は、妙な熱気に満ちあふれた。

 緊張感の中、とにかく成功させようと頑張る者。

 授業や実習とは違う、未知の実験に期待する者。

 思惑と利が絡んだ上、高位貴族の矜持がある者。

 混じりに混じった状況に区切りがついたのは、辺りに闇が落ちた頃だった。


 ギルド関係者は、本日の会食予定をずらしたり、仕事の指示を従者に言付けたりしていた。が、それらはすべて廊下でなされていたため、他の者達は気づかぬこととなる。

 あわてず、騒がず、何があろうと平静に優雅に行動する――それが貴族男子の基本である。

 もっとも、本日それを守り続けるのは至難の業だが。



 実験終了後、各スライムでできた物があった。


 イエロースライム。

 高級品に通常付与――軽い防刃効果のある布と、衝撃を吸収するクッション材。

 ダリヤが緑の塔で作ってきたものだ。

 高級品・低級品に関わらず、土魔法を高魔力で付与――ビーズ状態の極小粒。クッションや家具向け素材。この工房で最初にできた物である。


 そして、火魔法を高魔力で付与――なぜかこちらも極小の粒ができた。ただ、赤茶色である。

 触れた感覚は、土魔法を付与したものとほぼ一緒。触ってみても火傷や手がかゆくなるといったことはなかった。

 水魔法の通常・高魔力で付与――薄いグリーンの小石状から、魔力が高いほど細かい粒となった。どちらも微妙な柔らかさでつぶれてしまう。座ったりするのには向いていなさそうだ。

 粒の性質は、今後の研究対象となった。

 残念ながら、風属性では変化がなかった。


 ブルースライム。

 高級品低級品に関わりなく、通常付与で防水布が制作できた。

 しかし、各種属性魔法をつけても、薬液が濁るだけだった。

 唯一、氷魔法で薬液が凍ったが、変化はない。

 ちなみに、これは翌日、『冷えたままのジェル状物体』となり、大騒ぎになるのだが、誰も予想していなかった。


 レッドスライム。

 代表四種のスライムの中では、レッドスライムは発見個体数が最も少ない。

 このため、高級品低級品の区分がない。

 スライムの溶解能力の他、皮膚がかぶれる毒があるので、完全無毒化した粉を使用した。


 水魔法を高魔力で付与したところ、人肌の温かさの大きい粒となった。

 見た目が薄い緋色で半透明、小鳥の卵ほどの大きさで、触るとゆで卵のよう、そしてぬるい――

 言い方が悪いが、ダリヤには『小さめの固ゆでレッドスライム』にしか見えない。


 温度を一定以上に上げるのであれば、火の魔石の方が効率がいい。

 『何に使えばいいのかしら?』と言いかけ、頬ずりし、恍惚としているイデアに無言になった。


 『温度が変わらず、ある程度の時間もつならばという前提だが――冬の赤子のベッドや、屋外での病人の搬送にいいのではないか?』と提案したベルニージに、全員が感心した。

 こちらも今後の研究対象となった。


 グリーンスライム。

 高級品・低級品に関わらず、通常の火の魔力付与で、粒ではなく、緑の繊維が団子状になったものができた。

 平らにのばしてみたが、微風布アウラテーロのように風が吹いたりはしないし、引っ張るとすぐ切れてしまう。布にはできないとわかり、フォルトとルチアがとてもがっかりしていた。


 使いようがないということで放置となり――実験終了直前、イヴァーノが机で乾ききったそれを引き剥がすのに苦労していた。

 細かな繊維でうまく伸ばせば紙に近いものもできそうだが、色は緑。薬液を考えると値段が高すぎる。


 他のスライムからできた素材もそうだが、価格を下げないと普及は難しい。

 薬液を減らせないか、一部の材料なしで作れないか、しばらくは試行錯誤が続きそうだ。


 そして、一番の難題は魔力だ。

 高魔力の魔導師にお願いするとなると、けっこうな金額がかかる。

 大量生産するには人数と期間がいるだろう。


「この粒々、もっとほしいんだけど、大量に作るにはやっぱり魔力よね……」


 ルチアがクッションの端をつつきながら言う。

 とりあえず、実験でも実際にも一番ほしいのは、あの極小ビーズだろう。

 あれは繊細な付与というより、高い魔力で爆発させたような感じに思える。


 指先で極小の粒をつつきながら、ぽろりと思いつきがこぼれた。


「土と火魔法を皆で一斉に入れたら、大量にできないかしら?」

「ダリヤー!」

「ロセッティ会長……」

「会長……」


 一斉にこちらを見た皆の顔が怖い。

 興味本位の独り言です、本当にすみませんでした。


「物は試しだ、ヨナス」

「はい」


 ベルニージとヨナスの二人はテーブルに近づくと、打ち合わせすらなく、小皿の薬剤に同時に魔力を入れる。

 たちまちにできる細かい粒に、なぜか同時にうなずいた。


「ヨナス、魔力ポーションを貸してくれんか? 全力で挑みたい」

「差し上げますので、ご遠慮なくお飲みください」


 ヨナスはベルニージとアウグストに魔力ポーションを差し出した。

 ベルニージはあっさりと、アウグストも納得した顔で飲んでいる。


 続いて、ヨナスはマルチェラに魔力ポーションを渡す。その後に、自分も飲んでいた。

 全員満タンで挑むつもりらしい。


 マルチェラは驚きとあせりを交互に浮かべた顔で飲んだ後、魔力ポーションの渋さに眉を寄せていた。

 ポーション系の味は正直、どれも微妙だ。錬金術師に改善を求めたいところである。


「ダリヤ嬢、すまんが、薬液を作れるだけお願いしたい」

「はい、すぐ作ります」


 ベルニージに願われ、そこから王蛇キングスネークの抜け殻の粉、その在庫がある限り、ただひたすらに薬液を作った。

 レオーネが手伝ってくれたが、現役の魔導具師を名乗ってもおかしくない手早さで、またも驚かされた。



 その後、全員で屋敷の裏庭に移動した。

 防水布を地面に敷きまくり、やたらに大きいたらい――最早、風呂のようだが、そこに薬液をバケツでざばざば入れる。


 指示を出すグイードの近く、数人の魔導師が待機していた。

 こちらも火魔法か土魔法の使い手かと思ったら、治癒魔法が使える者達だと説明された。

 大変申し訳なくなった。


「皆、準備はいいか? 行くぞ!」

「はい!」


 ベルニージ、マルチェラ、そして、アウグストとヨナス。

 高い魔力の土魔法使いが二人、火魔法使いが二人。

 わずか数時間でどうしてこんなに呼吸が合っているか謎である。


 特に、ベルニージ、マルチェラは土魔法使い同士で気があったのか、表情かおまで似てきた気がする――そう思いつつも、四人の付与を見守った。


 四人横並びで、右手のひらをたらいに向け、呼吸を合わせて振り下ろす。

 大きく揺らいだ魔力は、陽炎のようにたらいを包んだ。

 直後、パーーンと甲高い響きがして、粒となったイエロースライムが、辺り一面に舞う。

 付与の四人はもちろん、離れて見ていた者達の髪や服にも粒が飛んだ。


 防水布の上をころころと転がる粒は、どれも均一な大きさと色。

 そっと触れてみると、実験したものとまるで同じ感触だった。


 大きいたらいを埋め尽くし、それでも足りぬと『山』になった、薄錆色の粒。

 クッションがとてもたくさんできそうである。


「あはは……!」


 誰が最初に笑い出したのかわからない。

 ただ、皆、緊張しつつ付与を覚え、実験をし、疲れもあり、妙な連帯感も生まれ――気がつけば全員に伝染し、大笑いとなっていた。

 笑い声はずいぶんと長く続いた。


 山とできた薄錆の小粒は、グイードが布を持ってこさせ、希望者が持ち帰る形となった。

 危険性については、スカルファロット家の魔導師・錬金術師が確認。その上で、念の為にと、状態固定の重ねがけをしてくれた。

 通常は難しい複数付与、あっさり重ねがけをこなす魔力量が、大変うらやましかった。


 極小粒は、大きな布で包んだだけでも、なかなかに座り心地がいい。

 クッションを作ったら、緑の塔の寝室に置くか、居間に置くか、なかなか悩むことになりそうだ。


 なお、ダリヤとフォルトへ、『関係者への優先納品希望』の切々たる手紙が届き始めるのは、翌日午後からのことである。

(誤字を教えて頂き、ありがとうございます。大変助かります)

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