第八話:回復術士は故郷を思い出す
あれから、クレハをたっぷり可愛がってやった。
案の定、彼女は快楽に呑まれっぱなしだった。今はぐっすりと眠っていて、無防備に俺の腕に抱き着いている。
信頼しきった表情だ。
肉欲と恋愛感情の違いをクレハは理解できていない。自分の抱いているものを俺への愛だと誤認し、肉体を求めているだけの俺がクレハを愛していると思い込んでいる。
セックスを覚えたての女にありがちな幻想だ。
こうなることは予測できたとはいえ、予想以上にクレハは俺にはまっている。
クレハに利用価値があるうちは夢を見させてやろう。
上体を起こしてクレハが起きないように慎重に腕を振りほどく。
なに気なしに小さいが形のいい胸を揉む。吸い付くような肌の感触がたまらない。
【翡翠眼】でクレハを見てみる。
「まあ、そうだろうな」
レベル上限があがっている。たっぷりと注ぎ込んだのだから、当然の結果だ。
このまま彼女を強くしていって問題ないのかをよく考えないといけないだろう。
眠ろうかと考えていると扉が開かれた。
「ケアルガ様、お腹が空いていると思って、ごはんをもってきた」
「ありがとう、セツナ」
氷狼族の少女、白い狼の耳と尻尾をもったセツナがやってきた。
彼女の手にはお盆があり、シチューとパンが載っている。
運動して腹が減ったのでありがたい。
「ケアルガ様、その女は気を付けたほうがいい」
セツナが冷めた目で眠っているクレハを見ながらつぶやく。
「なんだ、嫉妬か?」
苦笑する。
セツナは俺の所有物だ。だが、彼女はそれ以上の感情を俺に向けている。
クレハに嫉妬しても不思議ではない。
「嫉妬はしてる。でも、セツナはケアルガ様の奴隷。ケアルガ様を独占できるなんて思い上がりはしてない」
「いい心がけだ。それでこそ俺の所有物だ」
身のほどをよく弁えている。
セツナとはそういう契約だ。氷狼族を救うために、セツナはすべてを俺に委ねた。
恋人ぶって俺を不快にさせるなんて愚かなことをするのであれば教育が必要だった。
俺はセツナのもってきたスープを口に含む。
空っぽの胃袋に染みる。
そして、考える。セツナはいったい何を気にしているのだろうか?
「……ケアルガ様、セツナが気にしているのは、クレハがすごく重い女性に見えること。自分のすべてを捧げないと気が済まないし、好きになった相手のすべてを知らないと納得しない。好きになった男の時間と労力をどれだけ自分のために使ってもらえるかで愛情を確認するし、そうしてもらうことに命をかけるタイプ」
「ぶっ!?」
あまりにも予想外の言葉に口に含んだスープを吹いてしまった。
「……どうして、そんなことがわかるんだ。会ってからほとんど時間も経ってないし、まともに話してすらないだろう」
俺ですら、そういう危惧はしていなかった。
なのに、なぜセツナはそんなことを気にしているのだろうか。
「知り合いにすごく似てる子がいる。だから気を付けて。遊びのうちはいいけど、クレハが本気になったら本当に大変」
「たぶん、そんなことはないと思うよ。クレハは精神的に大人だ」
冷や汗がでる。
遊びで済むかどうかで考えると、もう超えられない一線を軽く超えたあとだ。
とはいえ、あくまでこれはセツナの想像だ。クレハを惚れさせようとはしたが、そのことでクレハが俺を拘束しようなんてことは杞憂に終わるだろう。
……一応、気を付けておこう。
「忠告は受け取るよ。それと今晩相手してあげられなくて悪かったな」
「ん。セツナは文句が言える立場じゃない。でも、ケアルガ様がそう思ってくれるのはうれしい。明日はその分、可愛がってほしい」
セツナが近づいてくる。頭を撫でてキスをする。
セツナと肉体関係をもったきっかけは、レベルの上限をあげるためだった。だが、今では彼女も俺との行為を楽しんでくれている。
こんなに、可愛いことを言ってくれているんだ。
明日は今日の分もセツナと楽しもう。
ふと視線を感じる。そちらを向くと安らかな顔で眠っているクレハだけだ。
なんだ、気のせいか。
夕食をみんなで食べることはできなかったが、朝食は全員で食べよう。
◇
次の日の朝、身だしなみを整えて俺とクレハは食卓に向かった。
……その前にクレハにねだられて搾り取られてしまったが。
あのクレハが積極的に誘惑してくるのは意外だったし、自分から奉仕してくるのは想像もできなかった。そのギャップに興奮し乗り気になってしまったのだ。
セツナを可愛がるはずだったのに失敗した。少しでも回復するように心がけよう。
昨日ハッスルしすぎて夕食をみんなで取れなかった分、朝食をみんなで食べようと決めた。
色々と人に聞かれなくない話をするために、食堂ではなく部屋に食事を運んできてもらっている。
クレハが夕食を食べておらず空腹だということもあり、追加料金を払って朝食にしては、かなり豪勢なものを用意してもらっていた。
大皿にはたっぷりのベーコンが敷き詰められ、そこに野菜と炒り卵を甘辛く炒めたものが大盛りになっている。
あとはパンと肉の切れ端と野菜くずが入ったスープ。見た目は悪いが味と栄養はばつぐんだ。
気になるのは朝起きてから、ずっとクレハが体をぴったりとくっつけて手を握ってくること。
……俺に依存させるつもりではあったが、完全に恋人に対する扱いだ。
昨日のセツナの言葉が脳裏によみがえってくる。
「クレハ、それだと食べにくいだろ?」
「そっ、そうね。ごめんなさい」
顔を赤くしてクレハは俺の手を離した。
手を離すとき、名残惜しそうな目で俺の手を見る。
「ケアルガ様……、ケアル様。頭にゴミがついてる。ちょっとこっちに来て」
言われるがままに、セツナのほうに近づきゴミをとってもらう。
ちなみに、ケアルと言い直したのはクレハがいるからだ。クレハの前では、フレイアのことはフレア、俺のことをケアルと呼んでくれと頼んでいる。
「ん。とれた。ケアル様、座って」
セツナに進められるがままに席についた。
その席はフレイアとセツナの間だ。
若干、クレハが頬を膨らませる。とはいえ、この状況に文句を言うつもりはないらしく全員で食卓についた。
微妙に場の空気が重い。
「私、お腹すいちゃいました。早く、ごはんにしましょう。クレハも座ってください。いろいろとお話をしたいですし」
王女フレアのふりをしているフレイアが明るい声をあげる。
重い空気が軽くなった気がする。
いいタイミングだ。便乗させてもらおう。
「そうだな、はやく飯にしよう」
「ん。今日のごはんも美味しそう」
そして、ぐううううっと可愛い音が鳴る。クレハのお腹の音だ。
クレハは白い肌を真っ赤にし、そして蚊が鳴くような声で……。
「そうね。私もお腹がすいたわ。食事にしましょう」
そうして、食事が和やかに始まった。
◇
しばらくは、雑談を交えながら食事が進んでいった。
セツナとクレハはとくによく食べる。
強い体を作るには栄養摂取は必要なことだ。
一通り、食事が終わったタイミングで俺はクレハのほうを向き、口を開いた。
「クレハ、教えてほしいことがあるんだ。最近、王国兵がやたらラナリッタに押しかけている。何を目的にしているかを知りたい」
クレハは真剣な顔になった。
おそらく、彼女は理由を知っており、なおかつ俺が関わっているからだろう。
「目的が二つあるの。氷狼族の村を守ろうとした……そう王国が表向きには言っている王国兵たちを殺した剣士を見つけること。もう一つは【癒】の勇者ケアルを見つけることよ。あなたも気付いているとは思うけど、王国で捕えられていた【癒】の勇者ケアルが偽者だということがわかったの。だから、本物の【癒】の勇者を捕えるために兵が派遣されたわ」
「それは予想通りだ。だが、なぜここに?」
ここに大規模な戦力を派遣したのが不可解だ。
まるで、初めから俺がこの街にわかっているかのような動き。そこが気になる。
足取りを掴まれるような間抜けなことはしていない。そもそも顔と名前を変えて、クラスすら回復術士であることを隠し、錬金術士として振る舞っている。
「これは私の推測になるのだけど、まずはラナリッタが無法者や犯罪者が溶け込むには最適な街だというのがあげられるわ。それに噂があったの」
「噂?」
「ええ。不治の病を治せる回復術士がこの街に現れたという噂よ。もともと、王国の兵士をまとめて切り伏せた剣士の話もあったから仮にその噂が間違いであっても、その対処になるから人員は無駄にはならないって考えて、だいたんにたくさんの兵士を送り込んだみたい。……ただ、やっぱり噂の方はガセだったみたいね。実際は、すごい錬金術師が薬を作ったみたい」
「教えてくれてありがとう。参考になるよ」
自分で墓穴を掘った形になっている。
薬なら大丈夫だと思ったが、それが原因で王国の兵士を呼び寄せた。
「ただ、どうやって俺を見つけるつもりだろう。俺は見た目を変えられることは知っているはずだけど」
なにせ、俺の身代わりにした近衛騎士隊長が向うにいる。
俺が姿、形を変えていることまでは想定のうちだろう。
なら、どうやって見つける?
「大量に鑑定紙を持って来ているのよ。回復術士らしき人には片っ端から使わせているみたいね。見た目は変えられても名前は変えられないから」
「ずいぶんと贅沢な方法だな」
鑑定紙は高価だ。さらに高い信頼性から身分証がわりに使われる。
だからこそ、俺は自らの鑑定紙を魔術で改竄して持ち歩いている。
とはいえ、王国兵の目の前で鑑定紙を使わされるのは避けたい。短時間での改竄は厳しいのだ。もし、その場で使えと言われたら、あっさりと本当の名前が見つかってしまうだろう。
少なくともラナリッタでは、人前で【
今まで通り、錬金術士と名乗っていこう。
「たしかに贅沢ね。でも、フレア王女を殺した犯人を捕まえるためなら、王家はいくらでもお金と人を出すわ。……いえ、違うわね。この場合は王国の闇をしったケアルを捕まえるためね」
俺たちの作り話を信じ込んだクレハが変な深読みをしている。
大丈夫だ。それはない。
「とにかく気を付けるよ。なにやら、外が騒がしいな」
窓がびりびりと震える。誰かが叫んでいるようだ。
外を見てみると、見知った顔がいた。
俺の村の知り合いの一人だ。
そいつが磔にされている。
周囲には王国の兵たちがいた。
それを見て、だいたいのことが理解できた。
なるほどこれは……。
「報復であり、俺を呼び出すエサってわけか」
叫び声の内容は、【癒】の勇者ケアルに向かって出てこないとこいつを公開処刑するぞと言った内容だ。
他の街でも同じようなことが行われているだろう。
俺の村はすでに滅ぼされ。知り合いたちは様々な街に送られ、それぞれの街で俺を呼び出すエサになっているはずだ。
やっぱり、王国は糞だな。
せっかく、今回は穏便にこの街から逃げ出そうと思っていたのに。こんなことをされたら、この首謀者を見つけて、復讐しないといけないじゃないか。
「ケアル様、楽しそうな顔している」
「違うよ。俺は悲しんで、怒っているんだ」
ああ、大好きな村が滅ぼされて、知り合いが見世物にされて、喜ぶなんてとんでもない。
俺の胸で熱い怒りが燃え盛っていた。
たしかに、なぜか口角が吊り上がっているが俺は笑ってなんていない。
周囲を警戒しつつ、その様子を俺は眺め、どうすればこの首謀者を突き止めて近づけるのか。
そのことを考えていた。