寒くなってきた。
たこ焼きが食べたい。
でも、たこ焼きにあまりお金を使いたくないし、わざわざ遠くに買いに行くものでもない、というのがわたしの本音だ。
コンビニのものですら高く感じるし、定食が食べられる値段で売ってあるものなど、いくら具材やボリュームにこだわっていてもいまいち食指が動かない。
しかしお祭りで気分が高まっているときに買って食べるのは、空間代込みでアリだと思っている。
そんな厳しい目線でたこ焼きをいつも見つめているわたしだが、ついつい通ってしまう、大好きなたこ焼き屋さんがある。
長崎県佐世保市から平戸市、さらに佐賀県伊万里市や有田町までをむすぶ日本最西端の鉄道「松浦鉄道(以下MR)」。
57ある駅の1つ、左石駅の構内に店を構えているのが、たこ焼き店「駅たこ」だ。
駅舎の壁には、「駅たこ」の店名が。
うっすらとした文字の色が時間の経過を感じさせてくれる。
外観からはお店の中が見えないため、営業しているかどうかは赤いのぼりで確認だ。
駅舎にはいってすぐ右手に、2坪半ほどの小さなお店がある。
かつては待合室として利用されていたL字型のスペースを改装したのだそうだ。
左石駅は大正9年に開業したとても古い駅だ。
駅舎のあちこちには、3つの時代をまたいだ時の経過が刻み込まれている。
かつては有人駅だったが現在は無人駅ゆえ、職員さんの姿は見えない。
うちは、たこ焼きオンリーです
驚くべきことに、このお店のメニューはなんと、
たこ焼きのみ。
わたしも初めて来店したときは思わず周囲に他のメニューがないかそっと確認したが、なかった。
ドリンクすら、ないのだ。
こんな強気で潔いラインナップがあるだろうか。
ーメニュー、増やさないんですか。
率直に聞く。
やはり何度見ても、思い切りが良いメニューだなと思うのだ。
「お客さんからの要望は多いんだけどね。設備と人員的に難しいから、今のところはちょっとね」
森住さんの、これまた率直な答えが返ってきた。
お店がオープンしたのは平成14年。今から17年前のことだ。
ーたこ焼きだけで、17年!?2〜3年が平均寿命といわれている飲食業界で、17年!
「いやいや、そんなおおげさな。お隣の定食屋さんは30年ほど続いてるから、もっとすごいよ」と、自分のお店のことは脇に置く。
けど、本当にすごいと思うのだが。
とにかく美味いのだ
森住さんがつくる「駅たこ」のたこ焼きは、べらぼうに美味い。
さらに6個入り250円、12個入り500円というコスパ最強な価格設定だ。
サイズは標準だ。具材はタコ、ネギ、天かすと至ってシンプル。
ガワはつまようじで叩くとポスポスと音がする。今すぐにかぶりつきたいほどカリッとしているし、時間が経ってもなぜか食感や風味が劣らない。不思議なのだ。
そして、中はとろけるように柔らかい。
こんなに「外はカリッと中はとろ〜り」を再現した料理があっただろうか。
少なくともわたしは、粉ものというジャンルではお目にかかったことがない。
ダシの優しい味が効いた生地をハフハフ味わっていると、小ぶりながらも存在感のあるタコに当たり、さらに旨味と食感がプラスされる。
鰹節の香りとソース、ネギのアクセントを楽しみつつ、まだ歯応えが残っているタコとともにすべてを飲み込む。うん、喉ごしが最高だ。多幸感に包まれてうっとりしてしまう。
…と、これまで食べてきたここのたこ焼きを回想してみた。
あぁ、早く食べたい。
駅たこ誕生は「みんなでMRを盛り上げよう!」から始まった
駅たこ誕生のきっかけは、友人からの「一緒にMR沿線を盛り上げない?」というお誘いからだった。
当時、自営業だった森住さんは新たな事業の展開を考えていた。
もともと大好きだったスポーツ系の職種から、波に乗っていたモバイル系の自営業に転身したものの、頭打ちになりやや疲弊気味だったという。
飲食業界はこれまでとは全く畑違いの職種だったが、「みんなで楽しくやれれば」と二つ返事でOKしたという。
この商売で一儲けしてやろう、佐世保で一番になってやる、この道を極めてプロフェッショナルに、料理で人々の心を癒して笑顔に…そんな野心的なものはほぼ皆無だったそうだ。
「楽しくやれれば良いと思った。5年まで頑張ってみて、もしダメならそれまでだねって。今思えば、ホントあっさりしてたなぁ」
その後、友人たちと共同出資しあう形でお店をオープン。
“メニューはたこ焼き一本”という方向性は、最初の段階で決まっていた。
場所とコストや人件費など、とにかくコンパクトにしようと考えた結果行き着いたという。
ー経営に関わる方が複数いらっしゃるんですね。
「うん、けど、それぞれの事情でみんな離れていっちゃって」
ーええ!それはなんと…
「結局、僕が買い取る形でお店を続けてるんだよね。けど経営から離れても、みんなお客さんとして来てくれるんだよ(笑)」
ー1人だけで経営していくって、よく決断できましたね。
「もちろん生活がかかっているからね。それに、飲食業の楽しさもわかり始めた良いタイミングだったんだ。せっかくみんなで作ったのに、潰すのはもったいない」
ーお店の場所は、はじめから左石駅にターゲットを定めていたんでしょうか。
「いや、他のMRの駅にも良いなぁと思える場所はあったんだけど、他のお店とバッティングしたりしてね。たまたま取れたんで、ここにしたんだ。だってここ、僕の自宅から車で30分以上かかるんだよ。まぁまぁ大変だよ」
大変、なんだろうなとは思うのだが、これまでのいきさつを話す森住さんの様子からはありのままを丁寧に受け止めて日々を過ごす真摯さが感じられる。
ーちなみに、店名の「駅たこ」の名付け親は?
「それは、友人の1人が出した案が採用されたんだ。たくさん候補があったけど、一番シンプルでわかりやすかったからね」
ーロゴマークや文字もどなたかが?
「いや、それは業者さんにリクエストしたんだ。たこ焼きのコロンと丸くて可愛いイメージで考えてもらったの。表の文字、かすれてきちゃって古さが目立つでしょ…そろそろどうにかしなきゃな〜と、思ってはいるんだけど」
たこ焼き一本でやることに期待される「並々ならぬエピソード」
ーやはり、たこ焼き一本だとかなり付加価値がつくというか、レア度が増しますよね。
「こんな場所で、しかもたこ焼き一本でやっていると、きっと並々ならぬこだわりやエピソードがあるんだろうということで多くのメディアさんにお声掛けいただけるんだけども、ご期待に添えないことも多くて…ははは」と苦笑い。
以前、某日本放送協会の番組から取材のオファーがあったそうだが、「特に大層なエピソードはないんです!ごめんなさい!」と出演を断ったという。
この味に行き着くまで
オープン当初からほぼ変わっていないという駅たこの味。一体どのような経緯で行き着いたのだろうか。
ーどちらかで修行を?
「たこ焼きの味は、友人たちで集まって作り上げていったよ。仕事終わりに夜な夜な集まって、ああでもない、こうでもないって。かなり舌が肥えたのが1人いて、彼のアドバイスが理想の味の主軸になってくれた。形が整ったときは、コレコレ!って歓声があがったなぁ」
ーたこ焼きを初めてお客さんに食べてもらったときのこと覚えてますか?
「オープン初日は表に出てチラシを配って回ったり、ひたすら焼き台に回ったりでてんてこ舞いだったからね。どんな方に召し上がっていただいたかも覚えていないけど、みんなで試行錯誤して出来上がったたこ焼きが商品として多くのお客さんの手に渡ったのはものすごく気分が高まったよ」
気になるたこ焼きの製法だが、生地の配合は企業秘密だ。
まろやかで風味豊かなダシの味が効いている。
はじめは地元企業のものを使用していたが、やがてその会社が倒産。その後、惚れ込んだ味を再現するまでにとても苦戦したという。
オープン当初から稼働しているたこ焼き機。
脂にまみれた汚れはもはや勲章ものだ。
「とにかく外側をカリッとさせたくて。油をね、最初の頃はこの鉄板の半分くらいドバッと入れてたかな。ちょっと有名なお店のやり方を参考にしたんだけど、お客さんから油っぽすぎって言われちゃって、速攻で今の量になったよ」
そう話しながら、森住さんはまたたこ焼きを焼き始める。
明石産のタコを投入だ。ちなみに、以前に比べ大きさは変えざるを得なくなったらしい。
「食材の値段が高騰していくなかで、とにかく価格だけは大幅にあげたくなかったし、かといって個数も減らしたくなかった。苦肉の策だよね」
ーうーん、でも、わたしには十分大きく感じますね。タコの切り方に工夫が?
「それは、たまたま大きいのが当たっただけ!ラッキーだね。…あ、ちなみに、天かすは最近エビ入りのものを使ってるよ。ココ、グレードアップしたとこ!」
ーおおっ!それはもしや、秘伝のソース!?
「ははは、お客さんからもそう聞かれて、『そうそう!』って答えることが多いんだけどね。実は、これは醤油です。九州おなじみの甘いやつ!」
談笑しながら15分ほどでアツアツのたこ焼きが完成した。
ーちなみに、オススメの食べ方とかってあります?
「うーん、僕自身からは特に提案はないけど。カリカリを維持するためにマヨネーズをかけない人はわりといるかなぁ…あっ!常連で面白いアレンジをする方がいたよ」
なんでも、素焼きで注文(ソーストッピングなし)して、だし汁やお味噌汁に入れて味わうのだという。
ーおお、明石焼きスタイル!たこ焼き本体が美味しくないと出来ない技ですね。
「ある日そのお客さんが、『良いコト教えてあげるわよ、ウフフ』ってな感じで教えてくれたんだよ。僕自身も、そんな食べ方があったのかって勉強になったね」
うわぁ、わたしもチャレンジしてみたい。もうそろそろ食べどきかしら…いやいや、まだまだ聞きたいことがあるんですよ、ガマンガマン。
17年目にして感じた大きな変化の波
ーズバリ聞きますが、最近の客足はいかがですか。
「いやー、それが今年に入ってガクンと減っちゃって。流れがまったく読めないんだ」
17年目にして初の大ピンチ、は言い過ぎだが、一見、順風満帆に見えたたこ焼き店営業にちょっぴり向い風が吹いているようである。
「やっぱり学生さんのベクトルが変わったかなぁ。スマホやコンビニが普及して、ずいぶん様変わりしたよ」
ーお小遣いの行き先が変わっちゃったのでしょうか。あと、わたしが高校生の頃ですが、学校帰りに買い食いしてると晩ご飯が入らなくなっちゃって、親に怒られましたね。…いや、それは関係ないか。
「それはたまに高校生のお客さんから言われちゃうね。ちなみに前は部活動で遅く帰ってくる学生さんが多かったから20時まで開けてたなぁ。帰りが夜遅いし、ここ無人駅だから真っ暗だしで、なんだか心配だったの。最近はめっきりそんな学生さんも減ってしまったから、営業時間を短縮したけど。少しさびしいね」
こうして話している間にも、お客さんがちらほらやってくる。
平日の夕方時だからか、買い物帰りの主婦や保育園のお迎え帰りの親子、おやつモードのお兄ちゃんなどさまざまだ。
その誰もに、森住さんは気さくに声を掛ける。
「ごめんなさい、これ、作ってからちょっと時間が経ってるんです。少しお安くしときますから。温めるときはレンジで人肌ほどがおすすめですよ」
お客さんが満足そうに帰ったのを見計らって声をかける。
ーわざわざ伝えるんですね。親切ですね。
「焼き立てが一番なんだけど、客入りによっては時間が経ったものをお渡しすることになっちゃうからね。出来るだけベストな状態で召し上がっていただきたいから。うち、保温器は置かないポリシーなんですよ」
そういえば、それらしきものが見当たらない。
「お客さんには出来るだけ、たこ焼きを自然のままで召し上がっていただきたいから。だから冬なんかは本当に、作るタイミングが難しい」
その後、1人、また1人とお客さんがやってきては、小窓からたこ焼きを受け取って帰っていく。
幼稚園帰りだろうか。小さな制服を着た子どもが母親と手をつないでやってきた。常連さんらしい。
「お子さんの反応が一番正直。喜ばれた時なんかはかなり手応えを感じるな。おまけに癒されるし…」
家でおやつとして食べるのだろう、子どもは楽しそうにスキップしながら去っていった。
ーやはりこの場所に根付いてるとあって、愛されてますねぇ。
「いや、これだけお店が持ってるのもね、ホントにお客さまのおかげですよ。特に、オープン当初は学生さんたちの口コミが有り難かった。佐世保特有の波はあったけどね」
佐世保特有の波とは、“新しいもの好きだが飽きっぽい”という、地元人の気質を表すものだ。
特に飲食のジャンルにおいてはそれが顕著で、オープン当初は怒涛の荒波のように客が押し寄せるのだが、半年ほどですっかり引いてしまい閑古鳥が鳴く。
佐世保で商売をする際の大きな関門の1つだ。
「最近は僕と同じように、お客さんの流れが大きく変わったりスタッフの人員が確保できなかったりで苦戦している声を多く聞くね。けど、まだまだ楽しみにしててくださるお客さんも多いから、そして何より僕も生活していくために、頑張らなきゃって思うよ」
淀みのない森住さんの言葉は、とても自然だった。
このたこ焼き店も、ここまでくるべくして緩やかに歩んできたんだなと実感する。
「オープン当初は高校生だった学生さんが、帰省した時に家族連れで来てくれたりしてね、すごく嬉しいし、お店やってて良かったなと思う瞬間ですよ。それと同時に、常連のお客さんでご高齢の方が亡くなった知らせとか聞くととても悲しくて。時間の流れを痛感して、ふとわが身を振り返ったりするよ」
―そういえば、ご家族の方は応援してくれているんですか?
「そうだね、今はもう独立しちゃってるんだけど、離れて暮らす子どもたちがたまに食べに来てくれるよ。そして色々せびってくる(笑)」
ー「パパ、ワタシ、お店の跡を継ぐよ!」ってことにはなりませんか?
「ないね。むしろ、『よくそんなところで1日中焼き続けられるねぇ』って。感心されてるんだか呆れられてるんだか」
人件費はシビアな問題
経営が1人体制となり、繁忙期などはお手伝い程度にスタッフを雇いつつ何年も仕事をこなしてきた森住さん。
しかし安くて美味しいたこ焼きの提供のため、どうしても人件費に予算が回らなかったという。
なかなか人員を確保できない期間が続き、ワンオペ働き詰め状態だった今年の初め、ぶらりと健康診断気分で受けた人間ドックで即入院を言い渡された。
「気がつかないうちに身体がとんでもないことになってたよ」
なんとか大事には至らなかったものの、1週間ほど店を閉めることになった。
お客さんに心配をかけさせたくないと、店頭には「都合により店休」の貼り紙をした。復帰した際には心配の声も多く寄せられたが、何事もなかったかのように振る舞った。
「そういうの、表には出したくないんです」とはにかむ。
55歳にして、仕事ですっかり埋没していた健康への意識がようやく芽生えたそうだ。
愛煙家だった森住さんだったが、タバコをあっさりと辞めることができたという。
「人間、命の際まで来ちゃったらこんなもんだよね」
ー乗り越えた人にしか言えないセリフです、それ…。
「健康食品のCMでよく見るでしょ、飲食店を営むナントカさんが大病を患って…っていうの。あれホント大袈裟じゃなくて、飲食業は、水面下がコワイ」
ふと遠くを見つめながら森住さんが言う。
「この店を畳むときがくるとしたら、いよいよ体が動かなくなった時だね」
これまで通り、歩みを続ける
森住さんが長年見てきた、焼き台からの風景。
「ここからの景色も当たり前のものになってきちゃったな」
ーこれからはどんなお店作りをしていきたいですか?
「そんな特別なことはしないつもりだよ。これまで通り。できれば70歳までは現役で続けたいけどね」
ーえーっと、ご主人は今55歳だから、あと15年か…。いやいや、できればわたしの子どもが大きくなったら何度でも連れていきたいので、もうあと30年はよろしく頼みますよー!
「85歳か!厳しいな!さすがに倒れる!」
駅たこはこれまで通り、たこ焼き一本で。駅を行き交う人々を眺めながら、変わらぬ時を刻んでいく。
ーよしっ、では、6個入りを2パックください!ウスターソースとしょうゆ、マヨネーズ付きで!
「はい、ありがとう」
森住さんにお礼を伝え、たこ焼きの袋をぶらさげたまま駅のホームへ行く。
列車に乗るためではなく、たこ焼きを最高のロケーションで食べるためだ。
焼きたてでホカホカの、たこ焼きが入ったパックをさっそく開封する。
ソースの香りがぶわっと押し寄せてきた。ついでに列車もやってきた。
ーふわ、熱い。美味い、あつい。はは。やっぱうまいなぁ。
自分用の1パックをあっさりと胃に収め、家族のために買っていたもう1パックもペロリと平らげてしまった。心の中でゴメンと謝っておく。
わたしは、身の丈にあった着心地の良い、それも上質な服を着ているかのような、バランスの良いこの味が大好きだ。
カリッとまあるい出来立てのたこ焼きは、ご主人の人柄のように温かく素朴で、沿線の風景とともに穏やかに流れる時間を与えてくれるのだった。
※お忙しい中取材にご協力いただきました、「駅たこ」店主森住さま、誠に有難うございました。
【記事を書きました】
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★好きです、西海楽園フォーエバー。