あまり語られないけど、ネットゲリラこと川本耕次さんが吾妻ひでおに『Peke』(みのり書房)と『少女アリス』(アリス出版)で連載を依頼したのは、漫画史・ロリコン史ともに非常に重要な意味を持っている。
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その後、川本氏は『HEAVEN』の群雄社出版を経て、三和出版から出た『ロリコンハウス』を創刊号から監修している。この雑誌が重要なのは『ヘイ!バディー』みたいな「ロリコンの皮を被ったサブカル雑誌」などでなく、少女一色の内容となっていて、後発誌だけど「本邦初のロリコン専門誌」であるのです。pic.twitter.com/ZbeRpA8ets
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日本のロリコン史は60年代後期から70年代前半にかけての『12歳の神話』『少女アリス』などの写真集が先駆けと言われるけど、これはロリコンを意識したものでなく立派な芸術作品(ファインアート)だった。
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1970年発行の『ハレンチ学園』4巻(ジャンプコミックス)でも、この写真集をモチーフにした少女のヌードが出てきている。(当時は気づかなかったが)pic.twitter.com/VXfm6pyGsN
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高月靖は12歳の少女の裸が「性的な目で見られ得ること」について「当時の社会は公然と議論する言葉を持たなかったらしい」と推察していて「健全な成人男性はファインアートである少女ヌードを性的な目で見ないといった建前に基づいてこれを許容したのだろう」と指摘してる。
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『12歳の神話』『少女アリス』のヒットがあったものの、少女のヌードが市場に爆発的に定着したとは言い難かった。しかし水面下では着実にブームが育っていた。神保町の芳賀書店でも1976年頃には海外から輸入した多くのチャイルド・ポルノ雑誌が並び、ペドフィリアの拠点の一つであったという。
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特に過激だったのが、児童との性交写真を主体としたグラフ誌『Nymph Lover』。のちに日本でもそれを模した『にんふらばぁジャパン』(麻布書店/創刊1985年6月)が登場し、青山正明も同誌に参加している。
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77年夏、作者不詳の海外小説『ペピの体験』(富士見書店)とアメリカから入荷されたヌーディストビーチの写真集『モペット』シリーズが市場に出回りはじめる。 青山正明はこの二つを「日本男子の眠れるロリコン心に初めて揺さぶりをかけた」と評価しており、それなりに注目されたらしい。
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1979年、爆発的に色んな現象が起こる。 この年は「ロリコン元年」と言っていいと思う。 同年1月、ブームの実質的な火付け役と言われる『リトル・プリテンダー』がミリオン出版から発売。これは日本人少女をモデルにしたもので、この写真集がエロメディアに与えた影響は大きかった。
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また二次元でも連動するように次々と動きが出てくる。 4月『ガンダム』放送開始。セイラの入浴シーンが話題。 4月 日本初のロリコン同人誌『シベール』創刊 冬 自販機本『少女アリス』で吾妻ひでおが「純文学シリーズ」を描く(日本初の商業ロリ漫画?) 12月『カリ城』公開・クラリスショック勃発
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アダルトアニメ黎明期の傑作にして原点『くりいむレモン』誕生のきっかけも『ガンダム』にあって、セイラさんの入浴シーンを撮影していたアニメオタクにヒントを得たものらしい。安彦良和が『くりいむレモン』を生んだのだ。
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Replying to @pareorogas
後、アニメブーム以前のルパン三世(1st)の峰不二子のヌード(初期)やアニメラマ等もその一例だったりします…。
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