Apple Cardに発覚した“性差別”問題から、「性別を見ないアルゴリズム」に潜むリスクが浮き彫りに

アップルが米国でサーヴィスを開始したクレジットカードApple Card」が、性差別問題に直面している。発行時に付与される利用限度額が、男性より女性のほうが低いというのだ。発行元であるゴールドマン・サックスによると、性別データはアルゴリズムに入力されていないという。しかし、実は性別データが不在であることで、そもそもバイアスの検証が困難になるという問題が潜んでいる。

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ニューヨークにあるゴールドマン・サックスの本社。CHRISTOPHER LEE/BLOOMBERG/GETTY IMAGES

アップルが今年8月に米国でサーヴィスを開始したクレジットカードApple Card」が、大きな課題に直面している。発行時に付与される利用限度額が、男性より女性のほうが低いらしいことにユーザーが気づいたのだ。

この情報はTwitterで広まり、影響力のあるテック関係者らがApple Cardのことを「とんでもない性差別主義」「本当に最悪どころじゃない」などと非難している。物腰の柔らかいことで知られるアップル共同創業者のスティーヴ・ウォズニアックでさえ、丁寧な言い回しではあるが、このカードには女性蔑視の傾向が潜んでいるかもしれないと書き込んでいる

TwitterのタイムラインにおいてApple Cardに対する批判が高まるなか、ウォール街の当局も動いた。金融規則に違反していないか、調査して判断することを明らかにしたのだ。

性別をデータとして使用していない?

アップルの反応は、さらなる混乱と疑念を招くだけだった。同社の誰ひとりとしてアルゴリズムの正当性を証明できないどころか、どう機能しれいるのかさえも説明できなかったようなのだ。一方、Apple Cardの発行元であるゴールドマン・サックスは、すぐにアルゴリズムには性差別の要素は含まれていないと主張したが、証拠を示すことはできなかった。

そしてついに、ゴールドマンは鉄壁の防御と思えるような理論を持ち出した。アルゴリズムは第三者によって潜在的なバイアスの可能性を精査されているだけでなく、そもそも性別をデータとして入力していないと説明したのだ。顧客の性別を知らない銀行が、どうやって性差別できるのか──というわけだ。

これは二重の意味で誤解を招く説明である。第一に、性別を「分析対象としないように」プログラムされている場合でも、アルゴリズムが性差別を行うことは完全に可能である。第二に、性別などの重要な項目を意図的に分析しないようにすると、企業がその変数に関するバイアスを発見・防止したり、逆バイアスをかけたりすることを困難にするだけである。

第一の点については、より明白である。性別を分析対象としないアルゴリズムであっても、性別と相関するデータを取り込んで利用する限り、女性に対するバイアスが生じてしまう可能性がある。このような「代理変数」がさまざまなアルゴリズムで望ましくないバイアスを引き起こすケースがあることは、多くの研究で証明されている。

ある研究によると、使用しているパソコンがMacかWindows PCかといった単純なデータから、信用力を予測できることが示されている。自宅の住所のようなデータが、人種の代理変数として機能する可能性もある。同じように、買い物をする場所は性別と重なる情報であると考えられている。

ウォール街の元クオンツ・アナリストであるキャシー・オニールは、著書『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』で、金融だけでなく教育や刑事司法、医療の分野においても、代理変数によって恐ろしくバイアスのかかった不公平な自動化システムが生み出されたケースが多数存在することを説明している。

「性別データを使わなければいい」という危険な誤解

そもそもデータを入力しないければバイアスを排除できるという考えは、「非常に一般的だが危険な誤解である」と、サンフランシスコ大学教授のレイチェル・トーマスは語る。トーマスはAIに関する知識を広めるプロジェクト「Fast.ai」の共同創設者でもある。

一般消費者向けの商品を扱う企業が消費者に関する重要な意思決定をアルゴリズムに頼るようになるにつれ、そして人々がこの慣習に疑念を抱くようになるにつれ、ここで指摘された問題は企業にとって大きな頭痛の種になるだろう。

すでにアマゾンは、採用で利用していたアルゴリズムに潜む性差別が発覚し、使用を停止している。グーグルは「Google 検索」における人種差別的なオートコンプリートで批判を受け、IBMとマイクロソフトの顔認識アルゴリズムは女性より男性、ほかの人種より白人の認識に優れていることが判明している。

つまり、バイアスが入り込んでいないことを確認するには、アルゴリズムを慎重に監査する必要があるのだ。ゴールドマンは今月、自社のアルゴリズムには監査が行なわれていることを明らかにしている。しかし、顧客の性別が収集されていないという事実は、監査の効果を低減させるだろう。トーマスによると、アルゴリズムにバイアスが潜んでいないことを確認するには、企業は逆に「性別や人種などの保護された属性を積極的に測定」しなければならないからだ。

アルゴリズム監査の重要性

ブルッキングス研究所が今年5月、アルゴリズムにおけるバイアスの検出と緩和に関する有益なレポートを公開している。このレポートでは、アルゴリズムに入力されるデータだけでなく出力も調査することで、女性と男性の扱いが概して異なるか、男女間のエラー率に違いがあるかを確認することが推奨されている。

だが、性別がわからなければ、こうしたテストを実施するのは極めて困難になる。監査担当者が既知の変数から性別を推測し、それに関するバイアスをテストを実行することは可能かもしれない。しかし、これは100パーセント正確ではないうえ、特定の人がバイアスを受けているかどうかを示すことはできないと、オニールは説明している。

またブルッキングス研究所のレポートは、アルゴリズムの導入後にはシステムを監視して意図せざるバイアスを発見するために、技術の専門家だけでなく法律専門家も雇うことを勧めている。

金融ビジネスにおいては、アルゴリズムを用いた意思決定によって性別や人種などの情報を利用することが、信用機会均等法によって禁止されている。だが、この事実がかえってこれらの企業が重要な情報を収集することを妨げ、問題の悪化につながっている可能性があると、ブルッキングス研究所のレポートの共同執筆者でミシガン大学情報学部教授のポール・レズニックは指摘する。

「有意義なアルゴリズム監査を実施することは簡単ではありません」と、レズニックは語る。「しかし、監査を行うことは重要なのです」

※『WIRED』によるアップルの関連記事はこちら

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トランプが書き殴った「手書きメモ」は、こうして激写された

米議会においてトランプ大統領の「ウクライナ疑惑」に関する弾劾公聴会が開かれ、そこでの内容について大統領自らが反論した手書きのメモが撮影された。マーカーによって大きな字で書き殴られた文章は、大統領自身がその瞬間に自覚していたより多くのことを物語っている。そんな歴史的な1枚は、いかに撮影されたのか。

TEXT BY BRIAN BARRETT

WIRED(US)

Trump

MARK WILSON/GETTY IMAGES

それはシンプルな写真だった。マーカーで書き殴った、すべて大文字の“叫び”で埋まったメモ帳のクローズアップ。それはドナルド・トランプの手書きメモであり、事実に反論する内容だった。

この写真が公表されると、すぐにトランプ大統領の弾劾手続きを最も象徴する1枚になった。この瞬間を捉えたゲッティイメージズのフォトグラファーのマーク・ウィルソンは、写真を撮った経緯について『WIRED』US版に答えた。

はっきりと見えた黒い文字列

ウィルソンはゲッティの仕事を20年ほど続けている。その間、彼はビル・クリントンやジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマといった歴代大統領を撮影し、現在はトランプを追っている。最近はトランプの側近だったロジャー・ストーンの裁判に出向き、陸軍中佐のアレクサンダー・ヴィンドマンや外交顧問のジェニファー・ウィリアムズによる議会での弾劾証言にも居合わせた。

そんなウィルソンは11月19日(米国時間)、ホワイトハウス南側の芝生にいた。そこでトランプが、大統領専用ヘリコプター「マリーンワン」で飛び立つ前に短いコメントを出したのだ。

「いつもなら記者会見にいる多くの記者が議会の弾劾聴聞会を取材していたので、このときは雰囲気が少し違っていました」と、ウィルソンは振り返る。「それでも、大統領の背後は記者やフォトグラファーたちでごった返しており、誰もがスペースを求めて押し合いへし合いしていました」

ウィルソンはキヤノンのデジタル一眼レフカメラ「EOS-1D X」と、100–400mmのレンズと24–35mmレンズを持ってきていた。望遠レンズは、万が一トランプがメディアにまったく話さないと決め、待機しているヘリコプターへまっすぐ向かったときのものだった。幸運なことに、大統領は立ち止まった。

President Trump

MARK WILSON/GETTY IMAGES

大統領の話が始まったが、特に注目すべき内容ではなかった。トランプは経済について、いつも通りのテーマを話した。しかし、そこから会見の状況が変わった。大統領がメモを読み始めて腕を振ったため、黒い文字列がはっきりと見えたのだ。

「わたしはすぐ、マーカーで手書きした大きな文字がメモ帳にあることに気付き、カメラのフォーカスを合わせてそのページにあるものを撮ろうとしました」とウィルソンは言う。

ページにあったのはトランプが主張する内容だった。米国の駐欧州連合(EU)大使のゴードン・ソンドランドが9月の電話で語ったとされる内容を置き換えたもののように見えた。

「わたしは何もいらない。わたしは何もいらない。見返りは求めない。正しいことをするようにゼレンスキー(ZELLINSKY:原文ママ)に伝えろ。これはアメリカ大統領からの最後の言葉だ」

多くを物語っていた大きな文字

その内容は、大統領自身がその瞬間に自覚していたよりも、トランプの発言やソンドランドの証言について多くを物語っていた。

大使はウクライナが「見返り」の対象だったと、議会ではっきりと述べている。「アメリカ大統領からの最後の言葉」は、民主的に選ばれたリーダーの発言というよりも、偉大で権力もあるオズの魔法使いの宣言のようにも聞こえる。

そしてウクライナ大統領であるウォロディミル・ゼレンスキー(Zelensky)のスペルの間違いは、最も基本的な事実に対してすら無関心かつ無頓着であることを示している。大きな文字は、トランプがメガネを切実に必要としているにもかかわらず、それを拒んでいるという有力な仮説を裏付けるものだ。

President Trump

MARK WILSON/GETTY IMAGES

ウィルソンの写真がなければ、これらの補足的な知見が公に知られることはなかっただろう。「わたしはいつも、誰も撮らないような写真を撮ろうと思っています。わたしたちはニュースの視聴者として、記者会見で毎日同じような絵を見せられがちです。ときとして自分の専門スキルを使って、とてもユニークでほかとは違う写真を撮れる状況が生まれます」

この写真を撮影したとき、ウィルソンは象徴となるような瞬間をとらえたという自覚はなかった。「正直なところ、わたしはメモ帳の1ページを撮っただけです」

だが、ゲッティは写真をすぐさまツイートし、多く人もそれにならった。そして彼の電話には突然、彼の写真が拡散されていることを知らせる友人や仕事仲間からの通知が殺到し始めたのだ。

歴史に残る1枚

記者会見のあと、電話は以前の状態に戻った。Getty Imagesのサイトにあるウィルソンのページを確認してみると、彼の直近のアップロードが見られる。その写真のタイトルは「米国議事堂の前に秋の色」だ。ワシントンD.C.の中心部以外で見られるような田園風景で、内側の憎悪とは裏腹に、秋の静けさが議事堂のドームを強調している。

「わたしのフォトグラファーとしての役割は、現政権の取材においてはこれまで以上にそうなのですが、数百年後の未来に人々が振り返る歴史的な記録を提供する務めや義務だと思います」と、ウィルソンは言う。

撮影時には思いもよらなかったかもしれないが、メモ帳のシンプルなクローズアップは、そんな歴史に残る1枚になるだろう。いまというときやこの大統領について、これ以上明確に説明した写真を思いつくのは難しい。

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