諸事情により、先祖代々の不動産を売却処分することになったのですが、金庫に入れてあったはずの不動産の権利証がなくなっており、困っています。権利証がない場合、土地の処分はできないのでしょうか。
結論から申し上げますと、権利証がなくても不動産の処分(所有権移転登記)は可能です。
前回のCase:67に続き映画やドラマの話からのスタートとなって恐縮ですが、日本の古い映画やドラマでは、あくどい債権者が家に押し入ってきて、主人が「それだけは勘弁してください!」と抵抗しているにもかかわらず、むりやり不動産の権利証(「権利書」と呼ばれることも多い)を取り上げられ、それだけで所有権も債権者に移転してしまうようなシーンをしばしば見かけたものです。
しかし、これは誤りで、後述するように権利証の交付だけで所有権が移転するわけではありません。
権利証とは、より正確にいうと「所有権の権利に関する登記済証」のことです。改正前の不動産登記法では、登記をした際、登記によって権利を取得する人に「登記済証」という書類が発行されていました。この登記済証が、通称「権利証」(または権利書)と呼ばれています(2006年からはこれが「登記識別情報」に切り替わっています)。
所有している不動産でふだん生活している分には権利証などなくても何も困りませんが、不動産を売って移転登記をしたり、抵当権などの担保を設定したりする場合、その人が本当に所有権者かどうかを確認するために権利証が必要となります。
つまり、権利証は所有者であることの証明手段なのです。権利証というのは大切な書類であることは確かですが、権利証を紛失してしまったからといって不動産の所有権そのものを失うわけではありません。権利証がなくても、ほかの方法でそれが証明できれば所有権の移転は可能です。
なお、仮に紛失した権利証が他人の手に渡っている場合でも、権利証だけで不動産を処分することはできません。それ以外に実印の押なつと印鑑証明書などの添付が必要になるので、実印や印鑑登録カードが権利証と一緒に盗まれたような場合以外は、本人の知らないところで不動産が勝手に処分されてしまう可能性はそれほど高くありません。
登記の手続きは法務局が扱っていますが、法務局は売り主や買い手に面会するわけではなく、提出された書類で審査します。法務局では、権利証という書類を持っており、その内容が法務局に保管されている登記の内容と一致している人を基本的に所有者として取り扱うことになっていますので、「紛失しました」と言われて「そうですか」と安易に認めてしまうわけにはいきません。また、権利証の再発行は認められていません。このため、以下に述べるうちいずれかの手続きをとる必要があります。
まず、登記申請の際に権利証が提出できない場合、登記申請についての本人の意思を確認するために、法務局から申請人に対して「登記申請がなされたこと」および「自分が確かに登記を申請した旨を申し出る旨」を通知する書面を郵送し、法務局の書類発送から2週間以内に登記名義人が本人確認書類に必要事項を記入して実印を押なつし、返送されたときにはじめて登記の実行をする「事前通知制度」があります。
しかし、この制度は実務上あまり使われていません。通常、不動産の売買取引では売り主は所有権移転登記と引き換えに代金を受け取り、買い手は代金支払いと引き換えに所有権移転登記を受ける取り決めになっていることがほとんどですが、事前通知制度を用いると、移転登記が完了するのは登記名義人(売り主)が本人確認書類を法務局に返送し、これが届いたときということになります。
つまり、売り主が書類をきちんと返送しなければ、移転登記はできません。代金を先払いにすれば、買い手は移転登記を受けられないリスクを負います。一方、代金を後払いにすれば、売り主には代金支払いを受けられないリスクが発生してしまうのです。
司法書士などの専門資格者が登記の代理申請をする場合に、申請者が間違いなく本人であることを証する「本人確認証明情報」を提供することによって、事前通知を省略することができる「資格者代理人による本人確認証明情報の提供制度」が通常の取引では広く利用されています。
専門資格者は本人に面談し、運転免許証や健康保険証などの本人確認書類の提示を受けて、本人確認証明情報を作成します。専門資格者は登記の申請者が本人であることを証明する重い責任を負うわけですから、それなりの手数料(数万~十数万円程度)が別途発生します。
なお、本人確認情報は、登記の申請をした資格者代理人が本人確認して作成されたものに限ります。したがって、登記の申請代理人とならない資格者代理人が本人確認して作成した本人確認情報の提供があっても、本人確認情報とは認められません。
実は、弁護士も前述した「専門資格者」に含まれているのですが、私を含めほとんどの弁護士は登記申請業務を行っていないので、事実上は専門資格者=司法書士となります。それ以外に、本人確認情報作成を公証人に依頼する方法もあります。この場合は登記義務者(売り主)が公証人役場へ出向く必要があります。
ところで、前述したように06年から08年にかけ、紙の権利証(登記済証)に代えて、英数字の符号の組み合わせからなる12桁の符号の「登記識別情報」が発行されるようになりました(法務局ごとに登記識別情報へ移行された日が異なります)。
登記申請の際には登記識別情報通知書面そのものの提出は不要であり、必要なのはこの12桁の符号だけです。つまり、この12桁の符号が他人に知られたりコピーをとられたりすると、登記識別情報通知の書面が権利者の手元にあっても、紙の権利証が盗難されたのと同じ状況になるのです。
登記識別情報通知は12桁の符号が「袋とじ」にされた状態で発行され、開封しない限り見られなくなっています(以前は目隠しシールが貼られていたのですが、このシールがはがれにくいらしく、袋とじに変わりました)。袋とじは開封せずにそのまま保管するようお勧めします。
なお、登記識別情報制度が導入された以降も不動産の取引が行われていない物件については依然として紙の権利証が有効ですので、廃棄などしないよう注意してください。その不動産を譲渡するときに紙の権利証が回収され、次の権利者には権利証ではなく登記識別情報が発行されることになります。
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