電車のドア上広告も、見ている人にあわせて出る時代に。世界初のデジタルサイネージを見る
車両改造よりは低コスト。第3セクターの新たな収益源に?
NTTドコモ、埼玉高速鉄道、ビズライト・テクノロジー、LIVE BOARD(ライブボード)の4社は、鉄道車両では世界初という広告ディスプレイ「ダイナミックビークルスクリーン」を公開しました。
ダイナミックビークルスクリーンは電車ドア上に取り付ける広告ですが、"世界初"たるゆえんは「見ている人や環境の変化にあわせて広告の表示内容を変える」という点。Webサイトの広告のように、見る人を推定して適切な広告を表示する技術が組み込まれています。
見ている人に合わせて表示を変える屋外型広告は「ダイナミックDOOH(Digital Out Of Home)」と呼ばれ、近年盛んに開発されています。今回のダイナミックビークルスクリーンでは、鉄道車両の広告でこの手法を活用したものとして「世界初」というわけです。
ダイナミックビークルスクリーンは埼玉高速鉄道の車両に順次導入され、来年2020年4月には全車両(6編成60両)に搭載される予定となっています。
▲ダイナミックビークルスクリーンが搭載される埼玉高速鉄道の車両
■空間に合わせて表示を変える
ダイナミックビークルスクリーンでは、LTEモジュールや温湿度センサー、カメラを搭載したディスプレイユニットにより、見ている人のおおよその属性(年齢や性別など)や位置情報によって、広告の表示を出し分けます。たとえば、電車が走っている区間に雨が降っていたら「雨宿りできる喫茶店」の広告を表示したり、30〜40代のユーザーが多くディスプレイを見ていたら「ビール」の広告を出したりと、より効果的(見る側からすれば、不快になりにくい)広告を表示できるとしています。
広告配信の仕組みとして、Web広告のような「インプレッション型」の広告も配信できるというのも今回のシステムのポイントです。たとえば「1万回見られるまで配信します」といったような、Web広告と同じような仕組みが取り入れられます。条件次第では、これまでのドア上の動画広告よりも安価に広告が出せるため、広告を出す側にとっては検討しやすい価格設定になると予想されます。
また、駅単位で走っている区間を把握でき、都度新しい広告をダウンロードできるため、たとえばその地区にゲリラ豪雨が降り出したときに警告表示を出すといった使い方も可能です。
■売り物にならなかった広告を収益源に
鉄道車両のドア上広告は、首都圏など大都市では当たり前のように見かけるようになっています。たとえば東京メトロでは、新型車両のドア上で3面のディスプレイを表示して、運行情報と広告を表示しています。また、JR東日本では山手線の新型車両で、網棚の上までディスプレイ広告を設置するといった取り組みもしています。
こうしたドア上広告が設置できるのは、大量の人が乗車して、ディスプレイを目にするため。多くの人が見ることで、鉄道会社は広告収入を得ることができ、それによって沿線情報を提供するなど、サービスの拡充も図れます。
ただし、そのためには広告ディスプレイを設置するために車両を改造し、通信設備を設置するなど、大きなコストがかかります。埼玉高速鉄道のような第3セクターの鉄道会社では、車両更新の負担も厳しいのが現状です。
実は、埼玉高速鉄道ではこれまでも一部の車両にディスプレイ広告を設置していました。ただし、それは一種の画面付きDVDプレイヤーで、おおよそ月1回の頻度で交換するようなタイプのため、交換頻度が低すぎて広告としての価値を持たせることができていませんでした。埼玉高速鉄道の荻野洋社長は「自治体の公共広告しか買い手がつかず、収入にはほぼゼロだった」とその苦境を語りました。
▲15分の表示のうち1分(15秒×4)が運行情報などのお知らせ用に使われます
一方で埼玉高速鉄道の車両は東京メトロ南北線や東急目黒線に直通しており、東京の中心を南北につらぬくように走っています。つまり、広告の視聴者数では申し分のない状況です。
そこでLIVE BOARDが広告表示の機器の設置コストを負担し、収益の一部を埼玉高速鉄道に「場所代」として支払うような提案を行っています。鉄道会社にとっては、新たな収入源を得ることができ、一部の広告枠を乗客の案内用として使えるという願ってもない申し出でした。
■ラズパイ活用・Web的発想でコスト削減
広告モジュールを開発したビズライト・テクノロジーは、カードサイズPC「Raspberry Pi」(通称ラズパイ)を用いたディスプレイ表示装置などの開発実績があり、今回の機器でもそのノウハウを活用して設置コストを抑えています。今回のシステムでも、2つのディスプレイ表示の制御とセンサー、カメラユニットの制御に合計4つのRaspberry Piを使用。カメラの解析もRaspberry Pi上でエッジAIのアルゴリズムを動作させて行っています。広告の更新にはLTE通信を活用し、走行位置の判別は各駅に設置されているドコモWi-Fiを利用することで車両の改造を必要とせず、電源を引くだけで設置できるような仕組みを整えています。
▲18.5インチのフルHDパネルを2枚配置した18.5インチのモニターは、ディスプレイモジュールをガラスに直接貼り付けるAGCの技術を活用。広視野角を実現しています
さらにこのシステムは、低コストなだけでなく、拡張性が高いという特徴もあります。とくに今後、通信モジュールがLTEから5Gに置き換えられれば大容量の通信が可能になり、たとえば地域のイベントをリアルタイムで車内に中継するといったことも可能になります。
■プライバシーへの配慮
電車の中にカメラを設置し、それが広告に使われるというと、プライバシーへの配慮も気になるところです。その点については「カメラ映像は広告機器の内部で処理し、保存しない」「個人情報は扱わない」という仕様になっていると、説明がなされました。
▲データ取得の目的などはサイネージ上にも表示されます
カメラで撮影した映像は分析用のRaspberry Piに用いて、性別や年代といった大まかな情報と視線の検知などの処理を行った上で、映像そのものは即時で破棄するとしています。
一方で、ドコモのモバイル空間統計データを使って、広告を表示する精度を高める工夫も行われています。具体的には、電車が走っている地域の統計データ(性別・年代などの推計)を使って、より適切な広告を展開するとしています。
一部のWeb広告であるように、追いかけるようにどこでも同じ広告が表示されると不快に感じることが多いかもしれませんが、個人情報を使わない情報表示なら、多くの人が許容できる程度になることでしょう。
その広告料金によって鉄道会社の収益が補われ、サービスの向上に役立てられるとしたら、乗客、鉄道会社、広告主の全員がWin-Winの仕組みとなりそうです。
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