これに対して零細企業について報道されているのは、人手不足のために賃金が上がっていることだ。

 有効求人倍率が高いとか人手不足と言われてきたのは、零細企業のことなのである。

 一方で報道されていないのは、つぎの点だ。

(1)売上高が伸びず、人員が減少していること。人員が減少していることは、ほとんど注目されていない。
(2)零細企業から放出された労働力が、大企業の低賃金労働、ひいては大企業の利益を支えていること。

 アベノミクスの「成果」だと報道されているのは、大企業の利益や株価が上がったことなどの状況で、それは全体から見れば一部のことにすぎない。

 賃金や家計の状況をより正確に表しているのは、零細企業の状況である。

零細企業が減っても
日本の生産性は高まらない

 以上で見たように、零細企業は、売上高で見ても人員で見ても、減少している。では、これは、日本経済全体の生産性の観点から見て、望ましいことと言えるだろうか?

 しばしば、零細企業は低生産性部門だと言われる。そうであれば、その部門が縮小することは、日本経済の生産性を高めることになるのだろうか?

 そうとは言えない。

 なぜなら、これまで指摘したように、大企業の人員1人当たり売上高は減少しているからだ。つまり、この指標で見た大企業の生産性が下がっているのだ。

 これは、すでに指摘したように大企業が非正規の就業者を増やしたためだと考えられるが、それは、大企業の事業内容が従来の零細企業のそれと変わらないものになってきていることを意味すると言ってもよい。

「大企業の事業の生産性が下がっているために、非正規の就業者で済んでいる」とも言える。

 こうしたことになるのは、大企業が新技術の導入や新ビジネスの展開によって生産性を引き上げることを行なっていないからである。

 こうした傾向を、「大企業の零細企業化」と呼ぶことができるだろう。日本で賃金が低下している本質的な理由は、ここにある。

 繰り返せば、つぎのとおりだ。

 日本経済の生産性が低いのは零細企業が多いからだと言われている。その通りなのだが、零細企業が減少すれば日本の生産性が上がるかと言えば、そうではない。

 単に、低賃金労働が零細企業から大企業に移動するだけのことである。その結果、大企業の生産性が下がることになる。このことは日本経済の成長にとって大きな課題だ。

(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口悠紀雄)