美智子さまはクリスチャン家庭に育ち、大学のキリスト教系の大学を卒業された。もちろん美智子さまも皇室に入られる前まではキリスト教徒であった。皇太子妃、皇后となられてから後に、どのような信仰をお持ちであったのか、度々議論になる。だが間近で見てきた者として、美智子さまは今も筋金入りのクリスチャンにしか見えないのである。その逸話を紹介したい。
美智子さまと信仰
美智子さまは昔も今もクリスチャンだ。それがこの記事で言いたい結論だ。結婚したというだけでそうそうに心まで改宗できるものでもない。今でもカラオケで歌うのはキリスト教の「聖歌」である。
買われるCDも、クラシックの宗教音楽が多い。お気に入りは、アヴェ・マリアであり、1年に5,6枚は買わているように記憶している。公務で能や雅楽を鑑賞される機会が多いが、それらのCDを購入されたことは私の知る限り一度もない。もちろん頼まずとも演奏家から能や雅楽のCDが送られてくるのだが、それらは開封されることなく地下倉庫行きとなる。
女官たちと合唱団を結成し、内内のパーティで讃美歌を披露されたこともある(1998年夏のこと、曲名は失念してしまった…)。皇室に入られてから、昭和天皇がご存命の間は、信仰を発露する術が限られていたので、女帝となってからその本領が発露されたように思う。思えば昭和の時代に「美智子さまのキリスト教信仰に昭和天皇が苦言を呈された」という報道が流れることがあり、その火消しに宮内庁は必死になったが、この必死さが逆に情報の真実性を力強く裏付けてしまったというのは皮肉でしかない。
ところで香淳皇后が亡くなられたとき、美智子さまはモーツァルトの「レクイエム」ディエス・イラ(怒りの日)を繰り返し掛けられていた。いろいろな想いがあったのであろう。(余談だが、美智子さまのお気に入りはカール・ベーム1971年録音版だ)
皇居は教会?
こんな逸話に欠かない美智子さまとキリスト教の関係。住まわれていた御所は、キリスト教の教会がイメージされていると噂されたが、「さもありない」というところだ。この御所の設計に美智子さまはあれこれ口を挟まれていた。
また、御所の中に礼拝室があったのではないかと噂が流れているが、実際そのような部屋がある。御所の西側は私室となっているが、そのなかでも北側の地下部分は完全プライベート区域となっており、年に一度女官が入れるかどうかというレベルだ。
だが、御代替わりに伴い御所(現、仙洞御所)から引っ越す必要が生じ、荷物の目録をつくるためにこのプライベート区域にも職員が入る必要が生じた。しかし、美智子さまはこれを執拗に拒んだ。その理由は簡単だ、ある一室の隅にキリスト教関連の書籍や十字架などが地下室に山と積み上げられ、さならがカテドラル(聖堂)のようになっていたのだ。
美智子さま曰く「独身時代に荷物をここに置いてままで、散らかってるの」だそうであるが果たして――。少なくとも私には秘密の礼拝室にしか見えなかった。
本地垂迹を熱心に勉強されていた美智子さま
私が美智子さまが未だキリスト教の信仰を捨てていないと確信する理由は、皇后となられてから「本地垂迹」(ほんじすいしゃく)の理論を大変熱心に勉強しており、ビックリするような発言をされていたからだ。
本地垂迹とは、「日本の八百万の神々は、実は様々な仏(菩薩や天部なども含む)が化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)であるとする考え」(Wikipediaより引用)のことである。
つまり「天照大御神=大日如来」なとど解釈することによって、神道と仏教が矛盾なく共存できるようにした理論だ。外来宗教である仏教が布教先の現地宗教と混淆するにあたって、7世紀ごろの宗教家たちが考え出したものとして知られる。このような考え方が広く浸透したので、日本では長らく神道と仏教が併存できたのである。
美智子さまはこの「本地垂迹」を、とある「ご進講」で知られるや、これに大変な興味を持たれたようだ。「ご進講」に呼ばれた講師は、その後、お茶会に招かれるのが通例である。そのお茶会の場で、美智子さまはその講師に「本地垂迹は現代でもあるのでしょうか? たとえば神道とキリスト教との融和はどのようになっていますか?」と聞かれた。その講師(有名な歴史学者)は「そのような試みもございます。宗教多元主義的な考えでございまして、宗教は様々に存在するがそれぞれの宗教が持つ意味は同じであるというような理解がございます」と。美智子さまはさらに「その場合、キリストと天皇の関係はどうなるのでしょうか?」と問われ、講師は「天皇はキリストであるという考え方もございます」と回答すると、美智子さまは大変満足げに「では、キリストに祈るということは、実は天皇に祈ることと同じなのですね」と総括された。この総括に歴史学者は「そのような考え方もございます」とだけ答えた。
キリストに祈ることは、天皇に祈ることだからOK理論
私はこのお茶会の会話を傍らで聞いていて冷や汗が出た。というのも、美智子さまのキリスト教好きを知っていたからだ。
その数か月後、美智子さまは御所内での内輪のパーティで聖歌を披露されると「讃美歌を捧げることは、日本の神々や天皇に祈ることと同じなのよ」と仰った。
それからというのもの美智子さまは堂々と人前で讃美歌を披露されるようになった。そのような美智子さまの姿を拝して、私は言い知れぬ不安がこみ上げ来たのを覚えている。
そして、私の危惧は現実のものとなった。
美智子さまは地下室にカテドラル(聖堂)をつくっておいでだったのだ。 美智子さまのキリスト教信仰は今もない続いていると確信している。
美智子様が祭祀を行われる時にもキリスト教が自分の中で脈打っている状態でなさっていたわけですね。
時には祭祀のお服が着られた様子も無かったと神道関係者からのリークを見たことがありますが、本当だったのかもしれませんね。
大嘗祭のしきたりを変え、前もって参列者に見えるように、まるでコスプレファッションショーのランウェイのようになさったのは、伝統破壊の一つだったんでしょう。
つい最近も雅子様は祭祀軽視で宮内庁職員から冷たい視線とありましたが、それはむしろ美智子様に投げかけるべき視線ではなかったんでしょうか。
私は神道信者とは言えない普通の日本人ですが、このような欺瞞が蔓延っていたなら、それこそ問題だと感じます。
熱心なキリスト教信者であり、皇太子妃、皇后を経て、上皇后という立場でありながら、神道に曲がった行い、自分より優れた者には酷い仕打ちをし、私利私欲まみれ。
慈愛の顔など表向きだけ。
キリスト様も泣いておられることでしょう。
そういうことですか。
キリスト教と神道では宗教自体違う。
皇后陛下が祭祀の作法が完璧だったとどなたかが言ってたけど、女帝さまは宮中祭祀をやりたくなかった。けど、負けず嫌いの女帝さまは皇后陛下が祭祀の作法を完璧にやってみせたことで、皇后陛下の祭祀を止めさせ、皇后陛下が祭祀は嫌いだとかの報道させた訳ですか。
真面目で勉強熱心な皇后陛下が祭祀をお慎みになった理由がやっとわかりました。
だから、皇居から引っ越せないんでしょうね。あるはずのものがなく、ないはずのものがある。
それを知られたくなかったから。
美智子さまがキリスト教というのは、やはり、という感ですが、地下にそのような秘密?の場所を作っておられる事を上皇はご存知だったのでしょうか?また、知っていて黙認されていたのでしょうか?
美智子さまが、どうしてあんなキテレツなマントを好んでいつもお召だったのか。
来日するローマ法王を見ると理解できますね。今回の38年ぶりの来日に天皇陛下との会見があるとの事ですが、私は密かに美智子さまはお会いになられるのではないかと思っています。
皇后雅子様の祭祀に苦言を呈してきた方達は、懸命に祭祀をしている(アピール)が、実はキリスト教で形だけだった美智子さまをどう思うのでしょうか?
キコさんと言い、美智子さまと言い・・・本当の人柄がわかる悲しくなる実話ばかりで・・・だからこの二人は気が合ったのだと合点がいきました。
益々令和の天皇ご一家を応援したいと思いました。
キリスト教といっても、学歴から推察するにカトリックですよね。
礼拝所を作るほどご熱心なのに、おふるまいはカトリック信徒とは思えないことばかり。
慈愛も、カトリックの象徴であるマリア様をイメージされての演出かと思いますが、
本物の信徒の方々は、お心持が全然違いますよ。
●小内誠一さま
勇気ある、覚悟を決めたブログ開設・更新に敬意を表します。小内さまなど側近しか知り得ない大変貴重な証言の数々に、毎回驚くばかりです。噂が噂でなかったことや、皇后雅子さまへのいわれなきバッシングの裏側が裏付けられようとしています。
どうかくれぐれも小内さまご自身の身の安全をはかっていただくようお願いいたします。
昨年から今年にかけ、今上天皇陛下ご一家を慕うブログが次々と突然閉鎖され、跡形もなく消え去りました。各ブログ主さまは大変な脅しを受けたそうです。「宮●庁から閉鎖の要請を受けています。対策として別ブログを立ち上げました」と、しばらくの間、新旧ブログを並行して更新していたブログもありましたが、ほどなく2つとも強制閉鎖させられました。
●SNSに詳しい方へ
重要な記事・部分を(どれも重要ですが)、逐一、スクリーンショットを取って拡散するなど、小内さまのブログが万が一、強制閉鎖されてもネット上に残るようご協力いただけませんか。
本ブログを支持、応援します。真実が一つひとつ明らかになり、健全な皇室を取り戻し、敬宮愛子内親王殿下が天皇陛下の継承者となることを強く希望します。
ご提案ありがとうございます。
ブログは閉鎖されていませんが、秋篠宮家擁護(というか、今上天皇一家をディスるといったほうが正解か)のブログでも更新が途絶えてしまったものがいくつかありますね。
あの勢いはどこへ行ってしまったのか…という感じです。
若い女性であった美智子様が、民間から見れば未開の異世界である皇室にやってこられ、神道の総本山で、キリスト教の信仰を貫き通すことが出来るものでしょうか。
雅子様のような頭脳明晰・心身健康な方でさえ、男のお子様が出来ないという皇室の型から外れてしまったことで、ご夫君の天皇陛下が一身にお守りになっていたとはいえ、ここまで長年病まれました。
美智子様が心の疲れでご静養されたのは、第2子目のご流産の時期だけでした。
美智子様がその信仰を貫きたいと思ったとしても、キリスト教など皇室の型から外れたどころじゃありません。雅子様の男児が生まれないと同等の大バッシングですよ。
やはり、美智子様がこっそりと信仰活動を行い続ける気力と環境をサポートしていた人がいると思います。
どちらにしても、美智子様こそ、心の治療の必要な方です。
・長年の魂の柱・矜持であるキリスト教の信仰活動を、こっそりと何十年も行ってきたストレス。
・家の外では「才色兼備・質素で清らかな慈愛の聖母」を演じるストレ ス。いくら好きで演じていたとしても、精神的疲労は大きいです。
・天皇陛下からの愛と信頼で得た絶大な世界レベルの権力を使用する高揚感とそれに伴う精神的疲労。
書いていて、恐ろしいです。
雅子様は、美智子様のストレスの格好のはけ口だったわけです。こんな大きなストレスのはけ口にされたら、避けられません。
もう美智子様は年齢的にも老人特有の症状もないわけがありません。心の治療が効くかどうかもわからないし、まず、お受けになることはありません。美智子様を守り、皇室を守り、日本を守るためにも、だただた隠居となるように周りが調節するしかないと思います。
上皇職まで美智子様と同じ精神状態ではないでしょうから、上皇職がこの穏やかな隠居の調節をする立場です。上皇職も美智子様のような精神状態であれば、どんどん人事で移動または退職させ(雇用延長の年配職員もいると思います)、適切に皇室と日本を守る職務が出来る人で固めるべきです。
上皇陛下が生前退位を決断された理由の一つに女帝さまからのストレスもあると私は思います。
女帝さまは目立ちたくて仕方ないお方。そのお方に振り回されることにお疲れになったのだと思います。
雅子様が適応障害で医師の診察を受けられたとき、
「治療が必要なのはこの方ではなくて他の人だ」とその医師が言ったとか。
私は、それが美智子さまだったと思っています。
美智子様は根は善人と断言できます。何故なら、お子様の徳仁様がその証明です。美智子様が3人のお子様の中で最も愛された方。お子様への愛を見失うほど孤独であり、お辛かったから、キリスト教信仰が生きるための命綱となられた。そして心を深く病み、遂には徳仁さまへの愛よりもキリスト教信仰を優先されるほど、孤独・不安・女優の演技・高揚感・極度の精神的疲労・老いで錯乱されてしまった。
美智子様が善人と現在の回復不能の心の病となられる境目の時期に、おそばで美智子様を励まされた方の作為により、皇室全体が不幸になってしまったと思います。
私も美智子様か紀子様のどちらかであろうと思っていましたが、今は美智子様だと思っています。
紀子様など、美智子様次第でいくらでも抑えられますからね。
それは振舞い、佇まいからわかります。日本ではない。
キリスト教を否定はしないが、日本の皇室は神道。
日本の伝統精神・文化を破壊されている日々は、心が破壊される苦しいものでした。
例えばイギリスが、イギリス国教会を外戚の異教徒が引っ掻き回していたら、国民は当然信頼しませんよ。
それを当然としていたこと、さらに皇后になれば何をしても許されるとの精神(驕り、支配欲)は、国民への裏切りです。隠しきれてはいないところは、驕りゆえであるのは哀れなことです。
その最たるものとして、雅子様が神道を蔑ろにしているかのような記事がよく出ます。
雅子様こそ母方は神道、父方は仏教。
さらに国家のために生きてこられた家系に対して、酷い風評の仕打ちをなさいました。私は雅子さまのご両親が生きていらっしゃるうちに、静かに耐えてきたことから少しでも解放されてほしいと願っています。そして敬宮様のご成人を、曇りのない平和の中で祝福される世になって欲しいです。
それを見届けていただきたい。
これだけ熱心にキリスト教を信仰してるわりに
ローマ教皇に謁見した時には黒服でない上ベールを被っていないのが不思議
キリスト教徒ではないけど教会で結婚するようなファッション感覚に近いのかもと思いました
洋風のものがオシャレで和風はダサイという感覚の人も年配の方には稀にいますし
本当に信仰心が強いのならばもう少し周りに優しく出来るのではないかと思ってしまいます
法王にあうとき白の服であえるのはカトリック国の皇后と王妃 のみだとか。
実は美智子様は皇后だけれど、心はカトリック教徒ですということをローマ教皇に知らせたかったとか?
敬虔なカトリックの美智子さんがよくもまぁ当時から報じられていた〇胎疑惑のあった紀子さんを溺愛した次男の嫁として許可したのですねぇ
カトリックはキリスト教の中でも特にそのことには厳しいはずですが
当時からグレースケリーなのコピーばかりしていたので、意外と白人コンプのなんちゃってクリスチャンだったのかもしれません
結論から
まずは上皇ご夫妻には速やかに高輪にお移りいただきそこに生涯お住まいになる。
赤坂仙洞御所は作らない(ここにもカテドラルを作る可能性があるため)
天皇皇后両陛下のお住まいをどのようにするか、早急に話し合う必要があるのではないでしょうか?
批判はその後でじっくりされたらよろしいかと。
クリスチャンとは、とても思えませんけれどね。十戒をまったく無視ですもの。
もし本当にカトリックなのなら、きちんと告解されるべきです。
いっそのこと、いまから皇室離脱されて、カトリックの荘厳なご葬儀をされてはどうでしょうか。ご本人の心の安定のためには、それがいいと思います。
赤坂御所の改装の請負業者が、ステンドグラスの入った礼拝堂のような場所の依頼を受けているそうですが、その噂の信憑性が高まりました。
平成の間、教皇が日本を避けていらしたこと、その意味をしっかりと考えていただきたいと思います。
以前退位が決まった時に,何処かの新聞社の記者が正田家と懇意で,婚約後?当時の皇太子殿下に差し上げる写真でのは美智子さんのベールの被り方がいかにもカトリック教徒なので『こんな写真出さない,私は神社じゃないのに』と,その記者の前て泣き伏したと述懐してもいました。大嘘じゃない❗️
それにキリストと天皇が同じというのも違うと思います。質問された方は歴史学者との事,答えを求めるに相応しい相手とは思えない出すが。美智子さんがキリスト教信者でも構わないですが、聖書のも言葉には『こんな小さな子供(1番下の者という意味)の中にもキリストはいる』という言葉があら、例えその身はキリスト教徒でも天皇に仕え,夫に仕え,他人に仕えるなら神道を受ける捧げても許されると思います。
人はそんなに単純ではなく香淳皇后との事は美智子さんにしか分からない事もあったでしょうが,モーツァルトのディーエス,イラを聴き流した話は凄い。
そういえば,今月25日,ローマ法皇様がいらっしゃいますね。この方については何も言えないくらい、凄い(呆れる)❗️
ブログ主様,以前のも方も多いおっしゃっていたように、何か残す対策を考えてみましょう。これは貴重な証言です。
真実はたとえ「菊のカーテン」の向こうの秘め事であっても、後世に伝え残すべきです。
ネット上だけでなく、紙にして残せるものなら残して欲しい。
(書籍化希望です)
たびたび失礼いたします。先程投稿した者です。訂正させて頂きます。結婚前の写真についての美智子さんの発言『こんな写真は出せない。私はキリスト教信者ではない』でした。文字のも間違いですが、読みづらいですね。
こちらのブログの今までの内容を,一応カメラで撮影いたしております。閉鎖されずに残される事を願っています。
世界的にも一番歴史のある日本一の旧家に嫁がれたのにとんでもないことをされていたのだなと恐れおののきました。宗教の事はよく存じませんが、宗教というものは排他的で他の宗教は一切認めず我こそが真の神だという原理主義的思想を含んでいるという印象ですし、それは宗教の対立による戦乱が遥か昔から今尚続いているということからも明白です。(日本の八百万の神という考え方は世界的にも珍しいものではないでしょうか?)
美智子様のなさっている事は日本国に対する背信行為であり、美智子様が最も信奉心酔するイエスキリストをも侮辱する行為ではないでしょうか?
何より心が痛むのは
>香淳皇后が亡くなられたとき、美智子さまはモーツァルトの「レクイエム」ディエス・イラ(怒りの日)を繰り返し掛けられていた。いろいろな想いがあったのであろう。
この下りです。どのような解釈かは分かりませんが、怒りの文字からはマイナスの印象しか受けることができません。生を終えられたのですからクリスチャンとして赦すという心持にはなれなかったのでしょうか?
>美智子さま曰く「独身時代に荷物をここに置いてままで、散らかってるの」だそうである
独身時代とゆうことは、「東宮妃になる時に実家から持参したもの」と解釈してよろしいですね?
「美智子さまはクリスチャンなのか?」とゆう話は、皇室会議でも俎上に載せられました。
「正田家はクリスチャンであるが、正田美智子嬢もクリスチャンなのか?」
その回答は「洗礼は受けていないからクリスチャンではない。」でした。
しかし正田美智子は聖心女子大で「クリスチャンでなければ演じる資格の無いマリア役」を演じており、その証拠写真も残っています。
さらに婚約前に新聞記者に撮らせた写真は、クリスチャンでなければ持っていない「マリアベール」を正田美智子はかぶっていました。
そもそも正田富美(のちに富美子と改名)が新聞記者に「うちは日蓮宗でしたが、カトリックに改宗しました。」と言っています。
カトリックは強烈な一神教です。親がカトリックなら子もカトリックにさせるはずですから、正田美智子もカトリックであると考えるほうが妥当です。
>美智子さまは、「では、キリストに祈るということは、実は天皇に祈ることと同じなのですね」と総括された。
以前から囁かれている話として「キリスト教と皇室崇拝をミックスさせている某宗教に美智子さまが興味を示されており、その信者に手紙を書かれた。その手紙は布教する時に利用されている。」とゆうものがありますが、小内さんの話を総合すると、(根も葉もない噂レベルではなく事実に近いのだろう。)と思えてきます。